第23話 魔獣討伐(3)
「あーー、暇、暇ですわー」
モニカ・ホールズワースは暇であった。
魔獣討伐に参加してから2日目。
現在、2階層目に入ってすぐの野営地で、学生たちは炊き出しや負傷者の救護など後方支援に従事していた。
ただしそれもひと段落してからは、ほとんどやる事がなくなっていたのだ。
洞窟第2層の出口よりやや先にある広いスペースは、大人数を収容するのにも十分であり、毎年この場所を使用している事もあって、あちこちに野営した痕跡がある。
寝る場所も食べる場所も、先人たちの遺産を使用すれば良いので、あまりする事もないのである。
「もう少しでD組の番なんだから…」
キャロルがたしなめると、ぶつくさ言いながらもモニカは荷物の手入れを始める。
現在、A、B、C組が出動しており、ここに来たメンバーから、さらに選抜された生徒が、それぞれ騎士団に随行する形で洞窟の奥へ向かった。
順番からして、次はD組である。
「もうすぐだな。腕が鳴るぜ」
と、剣の手入れに余念がないのはグレン。
この中では一番、討伐戦に向いているであろう「火」属性の騎士志望の生徒だ。
一方で、一番探索向きではないであろう生徒が、「大道芸」属性のエリー・フォレスト……将来の聖女…である…多分。
「おー、グレンくん、頑張ってね」
他人事のように、いや、完全に他人事でエリーは応援する。
焼けた携行肉を手に持ち、もしゃもしゃと食べる姿に緊張感は皆無であった。
まぁ、私には関係ないか、どう考えても討伐戦に随行できる魔法じゃないし。
エリーは自分の「大道芸魔法」なぞ、こんな討伐戦で役に立つものか…と、たかを括っていた。
なので、その代わりと言っては何だが、甲斐甲斐しく野営の仕事を率先して行っている。
「後方は私に任せて、みんな最前線で頑張って」
の精神である。
そのおかげか騎士団の方々に可愛がられて、ちょこちょこ情報を手に入れてはメンバーに共有している。
最後発である事もあって、D組には今回の討伐戦について、それなりの情報が集まってきていた。
「去年は3階層目で凶狼が出たんですわよね。
今年は大丈夫なのかしら?」
モニカがダラダラしながら確認をする。
するとキャロルがノートを開いて、これまでの情報をチェックし始める。
(さすが委員長。これまでの情報をメモってんのかー)
モグモグと肉をかじりながら感心するエリー。
もう完全に他人事である。
「現時点では報告はありませんが、気になる事はあります」
「気になる事?」
「例年よりも森における魔獣の目撃情報が多いのです」
眼鏡をくいっ、と上げてキャロルが続ける。
「つまり低階層においても、魔獣の徘徊率が高いという事ですね。
凶狼のようなレベルの魔獣こそ目撃されていませんが…」
「いつ現れてもおかしくねぇって事だな」
グレンが研いだ剣の仕上がりを確認しながら応じる。
エリーは、「ああ」とそれに続いて感想を口にする。
「だから騎士団や生徒会が今回の編成に懸念を上奏したのね。
小隊長クラス以外は新人騎士が多いみたいだし」
その言葉に周囲は「え?」と固まる。
一方、エリーもその反応に「ん?」と首をかしげて。
「エリーさん、その情報はどこから……?」
「アーノルド先輩が言ってた」
そう、毎朝毎夕の送迎時にアーノルドと口喧嘩を繰り広げる中、数々の情報を自然と耳にしていたエリーはすっかり情報通になっていたのだ!
まったくもって迂闊すぎるアーノルドである。
「だから騎士団の中でも二番隊が……いや、それでも新人騎士が多いって……」
「先遣隊は大丈夫なの?」
「……というか、アーノルドさんとどういうご関係ですの!?」
モニカの最後の発言は置いておいて、D組一同に緊張感が走る。
その時だった、欠けていた残る1名のD組メンバーが戻ってきたのは。
「影」属性を持つ、隠密行動を得意とするケイジ・ウィンドヒルである。
その表情は、いつものニヤニヤニコニコであるのだが、若干の緊張を帯びていた。
「ケイジくん?」
「まずい事になりそうですよ」
「え?」
「先遣隊が潰走しました」
その報告を聞くと同時に一同は顔を見合わせ、我関せずだったエリーは「ふへ?」と変な声を漏らした。
ケイジの持ち帰った情報が事実であることは、すぐに実感できた。
ざわつく騎士団の面々、洞窟外へ報告へ向かう伝令、そして……行きは騎士団たちと一緒に潜っていったのに、バラバラに戻ってくる生徒たち。
憔悴しきった表情、怯えて震える体から嫌な予感しか受けない。
「救護班!!」
指導兵のけたたましく声が響く。
騎士団が慌ただしく動き、生徒たちですらA~C組で野営地待機組だったメンバーのうち、回復系の魔法持ちが招集されていく。
「はえー」、とその様子を眺めていたエリーの背後から……
「イヴェット嬢」
「うおっ、びっくりした!」
音もなく担任教師が出現し、モニカ三人組(命名エリー)のうち、「月」属性のイヴェットが呼び出される。
「すぐに来い」
「は、はい」
落ちこぼれのD組にも招集がかかる事から、事態の切迫さがうかがえる。
びっくりしてすっ転んだエリーを教師は見下ろしながら
「ちっ、平民風情が」
と一声かけると、つむじ風と共に一瞬で消え去っていく。
「今の一言、いります!?」
エリーの抗議も空しく、すでに彼の姿は消え去っていた。
「ふぅ、いきなり背後に現れるとは…
先生は隠密系の影魔法の使い手…それとも風のように去っていった所を見ると風魔法…」
エリーがふむぅ、と感心していると、次はD組全体に招集がかかり、慌ただしく出発する事になる。
「まさかこんな状況で生徒を動員するはずはないと思うのだけれど…」
キャロルが不安げに呟くが、エリーは口の中に残る肉をもにゅもにゅさせながら煽る。
「どうかなぁ。こういう時に限って、不安って的中するよね」
「縁起でもないことを言わないでよ…」
「俺は的中して欲しいね。去年のアーノルド先輩の役目は俺が引き受けた」
グレンはやる気満々で剣を振るう。
ここで「今年の魔獣討伐は打ち切り」とでも宣言されたら単独で潜りに行きそうだ。
野営地の端、ここから先が洞窟の奥になるが、その突入路の向こうから一人、また一人と戻ってくる。
戻ってくるのは生徒と、新人騎士ばかり。
頼りになる騎士たちは未だに洞窟の奥で魔獣たちの追撃を防いでいるようだ。
「学生! D組の生徒はいるか!?」
「はい、私たちです」
キャロルが手を上げると、おそらく小隊長クラスであろう騎士が駆け寄ってきた。
「すまないが、諸君たちの手を借りたい」
かいつまんで説明された状況は、思ったよりも深刻であった。
第3層を討伐中の騎士団は、凶狼の群れと遭遇したそうだ。
去年も遭遇戦になったので備えをしていた事もあり、そこまでは対応できたのだが、続けて出現したのが「凶暴熊」であった。
体長4mを超える巨大な魔獣との戦いは熾烈を極めたが、これをどうにか撃退し帰還する時だった。
「ば、馬鹿な……!」
悲鳴と共に現れたのは、これまで7階層以降にしか存在が確認されていなかった「人馬獣」だった。
しかも「凶暴熊」までもが新たに出現した時、新人騎士が恐慌に駆られて逃げ出してしまう。
これをきっかけに、先遣隊は後退を余儀なくされ、後続の二陣、三陣までもがそれに呑み込まれて3階層目から2階層目に撤退する。
それでも魔獣たちの追撃は終わらない。
学生たちは2階層目奥の前線基地で待機していたのだが、ここにも魔獣の群れが押し寄せると、実戦経験のない彼らは完全にパニックを起こし、あっという間に潰走した。
もちろん集団行動など取れようはずもなく四散し、命からがらエリーたちのいる野営地まで、バラバラに逃げ込んできている状況だ。
「それじゃ、ここも危ないのではなくて!?
は、早く撤退をしなくては!」
モニカが悲鳴を上げるように叫ぶ。極めて真っ当な反応だろう。
だが騎士を首を振って「それはできない」と告げる。
「まだ学生たちが全員帰ってきていない。
せめて彼らだけでも逃さなくてはならんのだ」
聞けば学生たちは、野営地の目と鼻の先まで逃げ帰っているのだが、散り散りバラバラで、中には迷子になっている者もいる。
現在、騎士たちが2階層目と3階層目の間、そして前線基地の二段階で侵入を阻止しているので、この間に生徒全員を収容し、洞窟からの脱出を図るらしい。
だがあまりにも人員が欠乏しているので、騎士の護衛の下、無傷のD組も捜索に加わってもらいたいとの事だ。
(おー、こりゃ二次災害ってやつが起きちゃいますなー)
エリーは肉をすっかり食べ終わり、水筒の水をがぶがぶ飲みながら思った。
新人が多いとはいえ騎士団が潰走した相手に、素人が救出活動を担うとか、もうやべーやつだ、これ。
一応、安全地帯での捜索活動という事になっているが、それだっていつ、殿を務めている騎士団が突破されるか分からない。
そうなったら………
「俺たちの出番、ってわけだな」
違う。
それは違うぞ、グレンくん。
捜索隊のメンバーに加わっていなくて、本当に良かったと思うエリーだった。
しかし当然のように運命の咢は彼女を逃してはくれなかったのである。
「問題は、暗い洞窟の中、どうやって要救護者たちを探すかだが…」
「僕なら拙いレベルですが、【探知】系の魔法が使えます。
詳しい場所までは探れませんが、どの方角に、何人いるか…くらいならば」
おー、さすがは「影」魔法。ケイジくん、頼りになる。
「それは助かる。
万が一、魔獣と遭遇したら、すぐに脱出を図る」
「グレンさんとモニカさんの魔法は高出力です。
2層目程度の魔獣であれば問題はありません」
グレンくんは分かっていたけれど、モニカ様もですか!
いや、キャロルさんの魔法も授業を拝見した限りでは大概、学生レベル超えてるように見えましたけど。
「それは心強い。
あとは我々が探すと同時に、向こうからも我々を見つけてくれれば良いのだが…」
「大丈夫です」
ほう、何が大丈夫なのだろうか。
松明をガンガン燃やしたりするんですかね?
……あれ? どうしてみんな、こっちを見ているんですか?
「うちにはこれ以上ない、目立つ魔法を使えるメンバーがいますから」