第22話 魔獣討伐(2)
「………俺たちの出番はねぇみてぇだな」
「そのようですね」
その様子を遠くから見ていた二人の影。
一人はアーノルド・ウィッシャート。
もう一人はアーノルドの上官である王国騎士団二番隊隊長マックス・ランプリング。
筋骨隆々で、身長は190cmを優に超えた40歳ちょうどの偉丈夫である。
一見、粗野で豪快な印象を与えるが、髭や髪形も整っており不快感を与えない様は、腐っても隊長といったところか。
「あのまま誰も来ないようなら、出ていくつもりだったが…
なかなか良い仲間がいるようじゃないか」
「同じクラスにいた、本当にろくでもない奴らは排除しましたからね。
今、一緒にいる奴は、それなりの連中でしょう」
ふぅん、とマックスはアーノルドの返事を顎を撫でながら聞くと、質問をした。
「自分があの子を助けられなくて、がっかりしてるんじゃないか?」
「俺が? どうして?」
「聞いているぞ。
堅物騎士のアーノルドが、可愛い後輩にうつつを抜かしているってよ」
「断固、否定します」
「本当かね。
ずっと一緒に登校してるなら、ちょいとばかり情が移っても良い頃合いだろうに」
「……情が移るような子なら良いんですけどね」
すんっ…とアーノルドから表情が消える。
仕方なくマックスは遠ざかっていく生徒たちの後姿を眺めながら、話題を変えた。
「去年の今頃は、お前もあんな感じだったなぁ」
「その節はご迷惑をおかけしました」
「いや、あの時は助かった」
「アーノルドの魔獣狩り」と呼ばれる事件が起きたのは、去年の「魔獣討伐」での事だが、まずはこの「魔獣討伐」についてもうちょっと説明しておこう。
簡単に言うと
・魔獣のいる洞窟に行って、騎士団と学生たちが共同で討伐アタックするよ
・そんな難しくないから登竜門みたいな感じだよ(経費削減兼ねる)
・でもそのおかげで近隣の平和が保たれてるよ
・でも最近は魔獣の出現率がUpしてきてるよ
・学生の身分でも活躍すれば騎士になるチャンスだよ
アーノルドは去年、大活躍したよ
という内容なので、面倒な場合は「説明ここまで」まで流し読みしてしまおう。
さてエリーは魔獣討伐を「校外学習」と簡単に言ってのけたが、この狩りを行うには理由がある。
王都の城壁外に広がる森林、そのさらに奥にある洞窟。
この地一帯は「魔獣」と呼ばれる動物ではない生き物の棲家となっている危険な地域になっていた。
その魔獣がどこからやってくるかというと、これからアタックを仕掛けようとしている洞窟であることが確かめられている。
その洞窟から出てきた魔獣が森林を闊歩し、この森林付近を行き来する通行人を襲撃する事もあった。
「どうにかせい」
と、歴代の王が幾度となく魔獣の撲滅を目指したのだが、浅い階層は踏破するものの深淵には至らず、派遣された騎士団は悲願達成ならずに撤退を余儀なくされていた。
だが派遣された騎士団の奮闘は無駄にはならなかった。
低階層の魔獣を駆逐した事で、森林に出てくる魔獣の数が激減したのである。
手ごわい魔獣ほど奥深くに巣食っている傾向が強いのだが、そこまで到達しなくとも浅い階層の魔獣を倒せば地上に出てくるような低レベルの魔獣による被害は防げるのだ。
つまり定期的に、洞窟の低階層にいる魔獣を討伐すれば森林地帯の治安は保たれるというわけである。
だが問題は、その人員である。
イシュメイル王国は決して小さな国ではないが、その分、兵を配置する拠点も多い。
また洞窟を攻略するとなれば、いくら低階層だとしても物資以外に少なからぬ人員も必要となる。
兵を動員すればそれなりに資金が必要になるのだが、本音を言えば、低階層の魔獣討伐にあまり国費をかけたくないのだ。
また騎士たちも、
「魔獣の洞窟? ああ、大掃除みたいなもんだろ」
という認識であり、士気も上がらないというのが実情だった。
そこで上奏されたのが
「どうせ弱小魔獣の討伐なんだから、後方支援くらい騎士じゃなくても十分じゃね?」
という提案だった。
さすがに戦闘は騎士団が担わなくてはならないだろう。
だが後方支援程度ならどうだ?
魔法が使えれば、低レベルの付与魔法とか援護魔法は学生でも可能だし、怪我人が出たら治癒魔法で手当てもできるだろう。
それくらいなら何も、騎士団お抱えの魔法師団を動員しなくても良いのではないか…
そこで白羽の矢が立ったのが聖トラヴィス魔法学園である。
魔法の素養に富んだ若者たちが集う学び舎。
そこの生徒たちであれば、低階層の討伐程度なら十分に戦力になるだろう。
また学園の卒業生のうち、幾人もの男子生徒が騎士団に入隊している事を考えると、早い段階で実戦経験を積んでおくのも悪くない。
何なら、有望な人材であれば同行しても良い。
……てな感じで、今から20年くらい前に、この魔獣狩りは聖トラヴィス魔法学園との共同作業になったのである。
そんな魔獣討伐だが、ここ数年、様相が変わってきていた。
低層階に出没する魔獣が増えてきたのである。
それに伴い、これまで地下2階程度までで終えていた掃討戦は地下3階、できれば4階までとノルマが増えてきていたし、掃討し損ねると森林近郊に被害が及ぶようになっていたのである。
この事態に対応したのが学園に入学したノエリア・ウィッシャートであった。
このままでは森に魔獣があふれかえり、将来的には王都が危険に晒されるかもしれない。
そう睨んだノエリアは洞窟への警戒を強めた。
そして2年生の秋、洞窟3階層目に凶狼の群れが確認され、しかもこれが地上へ向かっている事を突き止め、討伐した。
この討伐戦で破格の活躍をしたのが、当時1年生だった義弟アーノルドである。
洞窟から出ていく寸前の凶狼を倒しただけでなく、熟練の騎士でなければ太刀打ちできない第5階層へ向かい
凶狼の親玉的存在だったウェアウルフを一騎打ちの末に倒したのだ。
最悪の事態を免れると共に、大活躍をしたウィッシャート姉弟は絶大な支持を集める事になったのである。
(なぜか弟はその貯金を毎日登下校時に切り崩しているが)
……以上、説明ここまで。
マックスは回顧するような表情でつぶやいた。
「あれ以来か、ここに来るのは」
「ウェアウルフ以降は、厄介な魔獣が出現したという報告もありませんしね」
だが、それでも念のため、騎士団のうちでも攻撃に長けた二番隊が召喚された。
在学生であるアーノルドが二番隊に仮所属しているという事もあるが、万が一に備えてである。
一番隊が王都の守護を中心に配備され守備に強い「盾」としての性格を帯びた編成であるなら、さしずめ二番隊は「剣」であろうか。
もし厄介な魔獣が確認されれば、必ずや討伐しなければならない。
それには強い攻撃力が必要とされる。
その点、二番隊はその役目を果たすのに適任であった。
「しかし……やはり心配です。
今回の編成は新人騎士も多く含まれていますよね?」
アーノルドの懸念はそこであった。
この魔獣討伐は学生が動員されている事からも分かるように、登竜門的な側面を持つ。
ただでさえ学生を抱えている中、実戦経験の少ない騎士たちが、もしウェアウルフと同等の力を持つ魔獣と遭遇したらどうなるか。
パニックを起こして潰走しないとも限らない。
いや、潰走するくらいならまだしも、犠牲者が出たとなれば……それは取り返しがつかないだろう。
「そこだよ。
俺も散々、上に掛け合ったんだがな」
「生徒会でも陳情しました。
ですが、経費の問題などを理由に押し切られました」
「なるほど、だからお前が来たのか」
本当ならアーノルドは参加するはずではなかった。
だが、この編成に懸念を抱いたクリフォードやノエリアが、「学生代表」という名目でギリギリ参加をねじ込んだのである。
「アーノルドがいるなら、特に問題は起きなそうだな。
それより、話を戻すが例の子、なかなか可愛いじゃないか。
ずいぶんとお前が話していたのと、だいぶ印象が違うぞ」
「どこがですか?
外見で惑わされると、真実を見誤りますよ」
そうは言うものの、遠目から見るエリーは、一見するだけなら元気溌剌とした、健康的な美少女である。
言動が限りなく残念なだけである。
アーノルドにしてみれば、その失点は外見で得られる得点をはるかに上回っていた。
まったく、ちょっと可愛いと採点が甘くなるものだ…と、アーノルドは内心、辟易せざるを得ないが、浮いた話の少ない騎士団では、当人の気持ちなどお構いなしで、そんな些細な話題すらネタにされてしまう。
「そんな事言って、やる事やっているんじゃないのか? え?」
「してませんって! 強いて言うなら…」
「お、何だよ、教えろよ」
ふーむ、俺の方から口は出しても、手を出した事はほとんどないはずだろ…と、アーノルドは首を捻りながら回想し
やがて思い出したかのように口を開く。
「スカートの中に手を突っ込んだくらいですかね」
可愛がっている弟分の衝撃的な告白を耳にしたマックスは絶句し、しばしの沈黙の後、忠告を口にした。
「おまえ、それ、絶対に他で言うなよ…」
話のナンバリングを間違えていたので修正しました