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4章第12話 出立前

「申し訳なかった。反省している」


そう言ってアーノルドさんが頭を下げた。

ガタゴトと揺れる馬車の中、赤い髪の毛が揺れている。

彼が謝っているのは、昨晩、自ら植物園に招待しておきながら、私なんぞ膝枕された挙句にぐっすりと熟睡するという失態を犯したからである。

あの後、ノエリアさんが来てくれなかったらと思うと、ぞっとする。きっと「さてどうしたものか」と途方に暮れていただろうなぁ。

いや、まぁ、普通に起こせば良いんだけど。

ただ私とアーノルドさんだけが朝帰りならぬ深夜帰りとか、屋敷の方々にどう思われるかなんて考えるまでもなくて。そこにノエリア様が同行してくれるだけで信頼度が格段にアップよ、アップ。

皆、ノエリア様を見ただけで無罪放免なんだもんな。我らが夜にどこへ行ったかなんて誰一人聞きやしねぇ。

さすがです、ノエリア様。


「謝る事なんてありませんよ。気にしてませんし」


事実である。

むしろ寝てくれたおかげで、普段恥ずかしくて口にできないような事も言えたしね!

本人がもし聞いていたら、憤死するわ、あんなこっ恥ずかしい台詞。


「そう言えば、微睡(まどろ)んでいる中で、色々と話しかけてくれていたよな」


「っひぇ」


魂が抜け出るような声が出た。

嘘だろ、聞いていたんかい!?


「へ、へ、へぇ~~~、どんな事、言ってたかなぁ~~?」


まだだ、落ち着け、落ち着け。

あんだけ前後不覚に陥っていたんだから、ほとんど記憶なんてなくなっているはずだ。


「確か、お互い、頑張ろうとか……ダンスを頑張るとか、俺の家族と仲良くするつもりだとか」


こ、こいつ、意外と覚えていやがる。


「怪我をしないように祈ってもくれていたな。戻ったらパーティーをしようとも」


え? そこまで覚えてるの!?

ちょっと待って欲しい。私の記憶が確かならば、その後に言った台詞ってさぁ……


「その後、少し沈黙した後、何か言っていたような気がするんだが……ええと、なんだっけな、もう少しで思い出せそうな…」


「おおおおおおおおっとおおおおぉぉ!!!!!」


「うわ、なんだなんだ」


あっぶねーーっ、こいつ、意外と覚えていやがる!! もう少しで私だけの独白が、白日の下に晒されるところだったぜ。

素っ頓狂な声を出して思考の邪魔をしなかったらヤバかったんじゃないか。


「なんだよ、もう少しで思い出すところだったのに」


「思い出させてたまるかよ!」


「は?」


「い、いえ、何でもありません。そ、それよりも!!」


「それよりも?」


………何も決めていない。とりあえず思考を遮っただけだ。

しょうがねーだろ。この場であんな恥ずい台詞を思い出されたりでもしたら、私は羞恥のあまり、この馬車から身を投げる。

くっ、この状況から起死回生の一手は………あ、あるぞ。

最後の手段だが……この期に及んでは出し惜しみをしている場合ではない。

私は両手を広げると同時に、両足をぴったりとくっつけて、アーノルドさんに差し出した。


「………何の真似だ?」


「なにって、アーノルドさんも大好きな膝枕ですよ」


「いつ俺が膝枕が好きになった?」


「おや、嫌いなんですか? ……っていうやりとりは、もうテンプレ過ぎるので割愛しましょう。今日はさらにパワーアップしたのです。分かりますか?」


「………太って肉厚になった…とか?」


「お前、いつか後ろから刺されるぞ」


この男のノンデリっぷりは今に始まった事ではないが、さすがに将来心配になるレベルだ。

剣術だの魔法だのを学ぶよりも情操教育が必須だろう。

もちろん、ぶっぶーの大大大不正解である。


「これです!!」


と、私はじゃじゃーん、と手にしていた小さいスプーン状の金属を見せる。


「なんだ、この小さい棒は」


「これは、耳かきです」


「は?」


「おっと、今、完全に侮った声を出しましたね。しかしこの耳かき、膝枕と合わせると、とんでもない効力を発揮するんですよ」


ただでさえ私の膝枕の前に何度も撃沈しているアーノルドさんである。耳かきなどされたら、一瞬で昇天するだろう。

これが私の最終兵器だ。


………は? しょぼい?

うるせーな、あの男にまともに勝負したって勝てっこねーんだから、こうやって勝利を手繰り寄せるしかねーんだわ。

それにアーノルドさん、意外と快楽攻撃に弱いからな。


「なるほど。得意分野ならワンチャンあるとか思ってんだろ」


呆れ返った声で言われた。悔しい。完全に馬鹿を相手にしている口調である。別に得意分野でもねーし。


「これでいいのか?」


アーノルドさんが素直に膝枕を受ける。くそ、舐めやがって。


「真上向かないでくださいよ。耳かきするんですから」


「こうか?」


「下向くんじゃねぇよ。横向けよ。耳かきっつってんだろうがよ。乙女の股間に顔面突っ込んでんじゃねぇぞ」


こんな姿、他の人が見たら卒倒するぞ。とてもじゃないが、学園ナンバーワンの騎士様が見せて良い恰好ではない。

ゴホン……では、仕切り直して………


「じゃあ、上の方からやっていきますね」


「ああ、任せた」


「どうですか?かゆいとこ、ありませんか~?」


「もう少し右……あ、違う違う、逆だ、逆。左の方」


「はいはい」


「もう少し奥の方も頼む……というか、こんな事で俺が堕ちるとでも思っているのか?」


「……………」


「…………………」


「………………………」


「……………………………」


「……アーノルドさん」


「なんだ?」


「もう10分経過したので、反対側で」


「な、なにぃ!?」


何が「なにぃ」だか知らないですが、堕ちるとでも思っているのか、の後、即座に寝息立てましたからね。

これでも馬車の揺れで誤って耳を傷つけないように丁寧にやったから、相当時間かけましたけど。

その間、あなたは一度たりとも起きませんでしたが。


「おそるべし、膝枕……いや、耳かきと言うべきか、その両方と言うべきか……このふたつを合わせると時間を操れるというのか…」


なぜか戦慄するアーノルドさんですが、おめーが圧倒的に弱いだけな気がします。

別に時も操れませんし。


「次はこうはいかんぞ」


おとなしく反対側を向いて逆の耳を差し出すアーノルドさん。素直。


「では、いきますよー」


そう宣言してコリコリと耳掃除を始めた途端に寝息が聞こえてきた。

言うまでもなく、わたくしめの圧勝である。




―― かくしてアーノルドは馬車が学園に到着するまで、エリーの膝枕でぐっすりと寝入った。

この痛恨の敗北にアーノルドは馬車を下りてなお、エリーに縋りつき


「もう一回!!もう一戦だけ頼む!!お前があんなに棒の扱いが巧みで器用だとは思わなかったんだ。寝っ転がって上から奉仕されるだけで、あっという間に2回も昇天させるとは恐れ入った。次こそは、もう少し長く耐えてみせるから!」


などと衆人環視の中で懇願したせいで、年の瀬の学園がざわつく事となった。


「言い方ぁ!!もう少し別の言い方があるでしょうが!!」


「それで、してくれるのか、してくれないのか」


「だめです」


「な、なぜだ!」


「あのですね、今日は大サービスして長時間ご奉仕させてもらいましたが、本来なら穴の中、特に奥はデリケートなんですよ。さっきみたいに棒で満遍なく、余すところなく掻き回したら休ませないといけません。せいぜい週一ですね」


「俺は毎日でもしたいのに……浅い所でもいいから、ちょちょっとしてくれるだけでも」


「だめです。絶対にアーノルドさん、我慢できなくなるでしょ?」


「まぁ、それはそうかも知れないが。だが出来る限りの事はやるつもりだ」


「先輩は寝っ転がっているだけでしょーが!上であくせく動いてるの、私ですから!」


「指示は出している」


「ああ、そこ、そこ、もっと奥まで、とか不明瞭な呟きが指示と言うのでしたら、そうなんでしょうね」


「お前だってまんざらでもない感じで弄ってくれていたじゃないか」


「まー、身悶えた挙句に昇天するアーノルドさんを見下ろすのは、なかなか乙な気分ではありますが」


「だろ? だからもう一戦………」



……その後も誤解を盛大に招く会話を大声でしながら登校した二人は、即生徒会室に召喚されるのであった。


◇◇◇


「まぁ、それくらいで済めば何よりだ」


生徒会室で報告を受けた生徒会長のクリフォード・オデュッセイアは、そう評した。

無論、今日のアーノルドとエリーの醜聞に関してである。


「確かに実害と言う意味では、これまでのものより軽微だろう……」


それに応じたのは監査役としてクリフォードを支えるラルス・ハーゲンベックだ。

応じつつも、疑問を口にするのを忘れない。


「……だが、考えてみてくれ。かなり彼らに関する基準が下がっているのではないだろうか」


まぁ、その通りである。

このトラヴィス魔法学園開校以来、不祥事は多々あったが、エリー・フォレストとアーノルド・ウィッシャートに絡む報告ほど、頻繁かつ風紀を乱し続けたケースは例にない。

たいていの場合は一度目の注意で改善され、停学ともなればおとなしくなるのが常であった。だが彼らは今日も今日とて絶好調なのである。ある意味、尊敬する胆力だ。


「基準か……」


クリフォードはテーブルに両肘をつき、手を合わせる。まさにあれだ、エヴァン〇リオンの某最高司令官のポーズである。

そしてにやりと不敵な笑みを浮かべると、こう言った。


「私はね、ラルス。もう二人が学内で性交さえしなければ良いと思っているよ」


もう基準が低すぎる。ハードルなら10cmくらいしかない。学生と言うより人間としてのモラルの問題だろう。

不敵な笑みを浮かべてまで宣言するような内容でもない。


「もうすぐ卒業だからと言って諦めるのは良くないぞ、クリフォード。後輩たちに宿題を押し付けるのは感心しないな」


彼の言葉をラルスが(たしな)めるが、よくよく考えれば視点がおかしい。

普通なら言語道断、ありえないと却下すべきだろうに、クリフォードの言を「さもありなん」受け入れつつ、対策を練るべきだと言っているのである。

この1年間で生徒会の認識もだいぶ変わったようだ(悪い方に)。


「………程度の低いやりとりは止めていただけませんか。歴代屈指の生徒会メンバーという評判が泣きますよ」


限りなく低空飛行のやりとりに対して口を挟まずにはおれなかったのは、キャロル・ワインバークである。

彼女は年末になって蓄積した書類を手に、実りの薄い会話を続ける男二人を呆れ顔で一瞥した。


既に1年生ながら才媛としての評価を確立しているキャロルは次期生徒会役員として有力視されている。

それもそのはずで、彼女のこの1年の実績を振り返れば異を唱える人は上級生でもいないだろう。特に1年D組を知る者にとっては、あのクラスをまとめあげているという一事例だけで彼女の実力を認めざるを得ない。

キャロルの言に対して


「そんな評価は、したい奴にだけさせておけばいいさ」


事もなげに言い放つクリフォードに対し、ラルスは不満げな沈黙で応えた。

将来、玉座につき王冠を頭に戴く者ならば、小さくとも名声を蓄積していくべきだと思う一方で、来年度を託すはずだった2年生の書記が、自由奔放な1年生と一緒に絡み合いながら落下して行ったせいで、その名声は風前の灯火であり、もうどうでもよくなりつつある(ちなみに今もなお、絶賛落下中だ)。


「堕ちた評判は、キャロル嬢たちがどうにかしてくれるだろう」


最終的にラルスは半分、諦念にも似た心境でキャロルに丸投げした。

よくよく考えれば、今もキャロルが生徒会の仕事を手伝っている状況がおかしいのだが、卓越した事務能力を有する女子生徒はすでに役員の一員と見られていたので、誰も疑念を抱いていない。馴染み過ぎである。

同様の立ち位置として、2年生の学年委員長を務めるジュマーナがおり、彼女もまた次期生徒会役員候補……というよりも生徒会会長に就任するであろうともっぱらの噂であった。

以前ならば、現在書記を務めるアーノルド・ウィッシャートこそが有力候補だったのだが、当人が会長という座にまったく興味を示していない事と、1年女子との乱行のせいで相応しくないという評価だ。

ついでにいうと、その1年女子(名をエリー・フォレストと言う)も違った意味で生徒会に馴染んでいた。何せ週に2回は呼び出しを受けているのだから、問題児という域を超えた存在であろう。

先日など、


「今日はお菓子ないの?」


と、まるで客人然、悪びれもせずに要求を出す始末である。アーノルドと一緒になって学校の風紀を乱した咎で召喚されたのだが、反省の色は皆無だった。


「そのエリー・フォレストがウィッシャート家に保護されたのは幸いだった。冬期休暇中、不埒な輩の手は、そこまで長くないだろう」


下落していくエリーの風紀精神に対して、日に日に周囲からの声望という点では上昇をしていた。この場合、【声望】という単語は【利用価値】と置き換えても良い。

洞窟の深層に二度も赴き、報告書では言及はほとんどされていなかったが、目聡い者からすれば、明らかに何か「持っている」に違いない隠された実力。

さらにルンドマルクに拉致されそうになった時に見せた献身性と、まるで演劇のようなヒロイン性と大団円(ハッピーエンド)は、娯楽に飢えた平民たちからの高い支持を得た。

そんな彼女が庇護もなく、特定の男性と婚姻しているわけでもなく、友人知人と離れて一人ぼっちになるという。当人は気が付いていないが、狼の群れの中に羊を放り込むようなものであった。


「もし何の庇護も逃避先もなかったとしたら、どんな輩が蠢動していたか。ノエリアもアーノルドも不在の状況下なら、ここぞとばかりにあらゆる手練手管を駆使して手中に収めようとしてくるに違いない」


「だろうね。冬期休暇・年末年始などは、私も登城して祝賀や式典などに参列する機会が多くなり、そこまで目を光らせていられないケースが増える。ウィッシャート家に抱えられるのは、本当に幸いだ」


クリフォードは安堵した。エリーの立場は当人が想像しているよりも、はるかに危うい。

ここで強力な後ろ盾を手に入れたのは、勿怪(もっけ)の幸いというやつだろう。


「おそらく庇護を与えられる貴族の中では最善かと」


キャロルも同意する。

エリーを保護してもらうにも、残念ながらエリーを利用しようとする者が多すぎる。

生半可な実力では上流貴族らの圧力に屈してしまうだろうし、かと言って有力な伝手(つて)は限られている。

同級生ならモニカ・ホールズワースに頼るのが一番だろうが、一説では親子間の仲がしっくり言っておらず、そんな家庭環境の中にいわくつきの他者を放り込むのは、双方にとって益がなかろう。

そういう意味ではノエリアと一緒に登城するのが安心だったのだが、平民を理由もなく王宮に招待するのは難しく、さらにはただでさえ周囲からの嫉視の強いエリーが、さらに穿った目で見られる事になってしまう。

まぁ、ウィッシャート家だとしても同様の嫉妬は受けるのだが、さすがに王宮と貴族邸宅とでは格が違い過ぎる事と、これまでのアーノルドとの関係性もあって「それならまぁ」と説得できるラインだった。


「ウィッシャート家は武家として名声高いのですが、それゆえの質実剛健さは誰もが認めるところ。そして一族の結束は強く、年末年始には一族だけが集まり、宴を催す風習もあります。一門には実力者も多く、これだけの人材が一堂に会せば蟻一匹とて通行は難しい。外部からの掣肘を受ける事はないでしょう」


キャロルの言う通り、フルで待ち構えるウィッシャート家にちょっかいを出す勇気のある者はそうそう現れるまい。

それは問題ない。

だがクリフォードは、心配は別にあると考えていた。


「……実は今回、エリー嬢よりも心配なのはアーノルドだ」


「アーノルド先輩が?」


キャロルは疑問形で反応したが、心当たりがない事もない。

アーノルドが就くのは東方戦線への物資輸送の護衛任務である。兵站は確立されており、仮にならず者風情が出た所で、アーノルドの他にも正規兵が同行する予定となっている。ほとんど鎧袖一触で蹴散らせるであろう。

警戒すべきは魔獣だが、向かう地域は比較的「澱み」が少ないので、大型の魔獣は存在しないとされている。せいぜい「狂狼」程度で、そのレベルの魔獣が出てきた所で、洞窟の深層まで到達したアーノルドが後れを取るとは思えない。

……理屈ではそう。理屈では何事も起こらないはずである。


「だが一見盤石に見えるここにこそ、付け入る隙があるんじゃないか……クリフォード様はそう見ていらっしゃるのですね」


「確信はない。だが魔獣をけしかける方法はいくらでもある」


洞窟ではドット・スラッファという旧九番隊隊長にして裏切者が、魔獣の興奮を操る鈴を駆使して誘導して来たし、北方はルンドマルクの傷面の男(スカーフェイス)は、魔獣を封じた黒石を使って王宮内で「狂狼」を召喚した。

もしこちらが知らない手段を使って、レベルの高い魔獣を出現させる可能性は否定できない。


「……とはいえ、何の確証もない。勘です、の一言で輸送任務をキャンセルするわけにもいくまい。むしろ何もなかった時に、「ありもしない陰謀に屈して忖度し、日和った」との誹りは免れん。むしろそれを狙っているのかも知れない……」


「出来る事としたら、護衛の質を上げる事くらいか。できるだけ有能な人物を同行させるよう働きかける」


クリフォードとラルスは、可能な限り人員を厚くし、不慮の事態が発生しても対処できるように準備を始め、キャロルは人選のリスト作成に取り掛かる。

バタバタと騎士団リストを仕分けに入るキャロルは、作業の手を止めずに内心、こう思う。


(とは言え……アーノルド先輩が魔獣なんかに後れを取る事なんてありえないと思うのだけれど)


油断している時や気負っている時のアーノルドは付け入る隙が大きい。彼をよく知る人々の間でも、剣の実力に対し、精神面での未成熟がアーノルド・ウィッシャートという人物の弱点であると見られていた。

しかしこの1年で、未だに不安定なところはあるものの、剛直で融通の利かない面は大きく改善されており、強いて言えば気落ちしている時……具体的には義姉ノエリア・ウィッシャートに叱られるか、エリー・フォレストと喧嘩している時以外は、どんな局面でも余裕すら伺えた。むしろエリーと良い感じの時は、エグいくらいの能力向上(バフ)がかかって手に負えない始末である。


(話だけ聞けば、ウィッシャート家への訪問は大成功みたいだし、アーノルドさんが浮かれて羽目を外さなければ危険性は限りなく薄いはず)


むしろ調子に乗って勇み足をしてしまう事を心配する。それくらい、多分アーノルドは仕上がって(・・・・・)いるはずだ。

例えばあの二人のイチャイチャが高じて


「ぁ~ん、エリーね、アーノルドさんが戦場で大活躍するところが見たぁい♡」


なんておねだりされた日には、荷物を輸送した足でそのまま東部戦線に飛び込んで、砦のひとつやふたつ陥落させるくらいには仕上がっている。

もっともエリーはそんな突拍子もない事を言い出す事はない……ないと、思う。

いや、どうだろう。あの馬鹿ップルは、どこでどう足を踏み間違えるのか想像もつかない。


「お土産はなにがいい?」


「ん~~とね、誰ももらったことがないような、すごいのが欲しいです」


「よーし、俺、東部六州を()ってきちゃうぞ」


「いやん、素敵♪」


みたいなクソトークを毎晩繰り広げているかもしれないのだ。

そう考えただけで、頭の中がドス黒い感情で占領され、何とも言えない気分になる。そりゃ作業する手も止まというものだ。


「……………キャロル嬢?手が止まっているようだが…」


「……ぁンの馬鹿を一度、締めねぇといけないようね」


「……ぉぉぅ」


生徒会の室温が2~3℃ど下がったような錯覚に襲われながら、生徒会長と会計監査の2名は見ないふりをしつつ、いそいそと書類を処理していくのであった。

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