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4章第3話 思ったよりもハードだった

お待たせしました。今月初投稿となります。次回はもっと早く投稿できれば……!

「話をまとめよう」


前回と完全に同じ出だしから始まった。

違っているのは場所がトラヴィス学園の生徒会室で、この台詞を溜息交じりに呟いたのが、この国の皇太子様であらせられる、クリフォード・オデュッセイアその人である事だろう。


「ですから、何度も言っていますように」


私、エリー・フォレストも負けじと溜息交じりに説明をする。


「アーノルドさんと魔獣を駆逐しながら、土地を浄化して回ってきました」


「浄化か……」


頭を抱えるクリフォードさん。


「事情を伏せて人をやったが、間違いないな。あの土地から瘴気が消えていたそうだ」


監査役であり、クリフォード様とは学友であるラルス・ハーゲンベックさんが私の言葉を裏付けてくれた。

だから最初からそう言ってんじゃん。


「だとするなら、本当に浄化の力か……いよいよ、隠蔽しないと騒ぎになるぞ」


「そんなに知られたらまずいですかね」


「まずい」


「どれくらいまずいです?」


「今日のうちに教会に拉致されるくらいには、まずい」


「そりゃまずい」


やばい、アーノルドさんの心配が現実のものになってしまう。

平穏な生活とは無縁の日々、待ったなしである。


「アーノルドが丁寧に隠蔽したから、当面問題にはならないだろうが、今後は使う場所を考えないといけないかも知れない。教会だけじゃなく、貴族たちだって黙ってはいないだろう。または教会と貴族が結託する可能性もある」


「そりゃ恐ろしいですねぇ…」


この世界で権力を持つ数多の勢力のうち、トップクラスにやべー連中が手を組んで私に襲い掛かるとは、どんな悪夢だ。


「だがそんな事より……」


なんと。

こんな悪夢が「そんな事」呼ばわりされるとは。

一体、クリフォード様からどんな言葉が吐き出されるのだろうか。


「………本当にアーノルドとは何もなかったのかな?」


…………は?


「我々の、目下最大の懸念がそこにある……君とアーノルドの間には、不純異性交遊はなかった……と断言できるかい?」


「仰られている意味を把握しかねるのですが」


そう答えながらも、なんとなく察してきたぞ。

どうやらクリフォード様やラルスさんは、任務中に私とアーノルドさんとの仲が、一歩進んだのではないかとお疑いなのだな。

まぁ、確かに、私のことを「かわゆい」と認められちゃうなんて、これまでのアーノルドさんからすれば相当な進歩ですよ。

そういう意味では、進んだと言っても過言ではないのではないですかね。


「まぁ、半歩くらいは進んだのかな」


「そ、そうか……、進んでしまったのか……」


クリフォードさんは頭を抱え、苦悶の表情を浮かべた。

人前では常に笑顔を絶やさないように心がけてきたであろう、クリフォードさんの表情が翳るなんて相当なことだ。

ちょっとだけアーノルドさんと仲良くなる事すら、クリフォードさんにとっては一大事なんだろうか。

これまでも大貴族の後継者と平民の娘が親しくするなんて、と散々になじられたり、後ろ指をさされたりしてきましたけど。

とうとうクリフォードさんにも苦言を呈されるようになってしまったのかな……応援とまではいかなくとも、見守る立場でいてくれていたと思っていただけに、ちょっとショックではある。


「そうか………」


クリフォードさんの視線が怖い。

ごくりと生唾を飲み込み、次の言葉を待つ。

「これ以上、付き合う事は許さない」とでも言われたら、どう返事をしようか。

逆らったら国外追放とかなんですかね?

それとも断罪されてしまう?

うへぇ、いきなり分岐イベントが発生するなんて聞いていないんですけど!


「……ノエリアと婚礼の儀を執り行うと、義弟だけでなく甥か姪ができるのか……」


「いや、それ、半歩どころかゴールまで全力疾走してますね」


とんでもねぇ台詞が飛び出した。

私たちをなんだと思っているのか。

旅に同行させたら子作りしてくるとか、盛りのついた猿でもあるまいし。


「え?違うのかい?」


「私の半歩、どれだけ大きいんですか。もしくはどこまで進んでいると思っていたんですか。もう表面張力ギリギリで決壊寸前ですよ、それ」


「ふっ……私は信じていたよ。君とアーノルドが清い男女関係で交友を育んでいるという事を」


「信じていた奴の台詞じゃねーんですよね……」


私が否定した時、滅茶苦茶、目を丸くしてましたよね?

驚きのあまり、声が裏返ってましたよね?


「いやぁ、あの状況下において、君たちは自制心を失って事に及んでいたのではないかと懸念の声が挙がってね」


「誰ですか、その懸念の声を挙げたのは」


「生徒会全員と、君の同級生である1年D組の大半が。他の1年のクラスからも30名ほど。あと2年生の間でも、君やアーノルドと関係のある生徒たちからかな」


「滅茶苦茶、声を挙げられてる!!」


「あと騎士団のうち、1番隊、2番隊の隊長らをはじめ、5番隊、7番隊から。また9番隊からは監視すべきだと意見まで出た」


「申し訳ねぇ!!騎士団の皆様にまで心配されるとは!!」


どんだけ懸念されてんだ、私たち。

5番隊、7番隊なんて、ほとんど縁もゆかりもねぇぞ。

おそらくアーノルドさん繋がりだとは思うんだけど、それにしたって彼らからは、高確率で事に至ると考えられてたのか。


「しかし1年生の大半から声が挙がるとは、まったくあの裏切者どもめ。さらに2年生たちまでも苦言を呈するなんて、心外の一言です」


「2年のうちでもジュマーナくんやナイジェルくんたちからは異議は出なかったよ」


「ほほう、さすが年長者。私とアーノルドさんをよく知っているだけに、信頼度は高いと見えます」


「ジュマーナくん曰く『どうせ互いに夜這う度胸など持ち合わせておるまい。向こうから来たらやぶさかではないという態度を決め込んで、結局、進展せぬまま旅路は終わったのじゃろう』だそうだ」


「すげぇわ、ジュマーナさん。我々に対する解像度、めっちゃ高ぇ」


「ナイジェルくんは『いっそ出来ちまった方が面白いから、どんどんやれ。二度と俺の女性関係で説教すんじゃねぇ』だそうだ」


「こっちはこっちで他人事ぉ!」


しかしだね、下手に身近なよりは、一歩下がって見た方が冷静な見方ができるのだろうか。

それにしてもジュマーナさんの慧眼、見事なものである。

ナイジェルさんは直接の面識は薄かったけど、アーノルドさんの悪友と聞いている。

(例の決闘会で不可解な敗北を喫した青年がいたけれど、その人らしい。あれは観戦していて、マジで謎だった)


キャロルさんの見立ても似たようなものだったんだけど、その後、相談したら態度が激変したんだよな……

アーノルドさんにおっぱい揉まれた時、


「いくらなんでも鷲掴みはないよねぇ。私の手には余るくらいだけど、アーノルドさんの手が大きいから掴みやすかったのかな」


って質問した途端に顔色が変わって


「は?胸に無駄な脂肪2つもぶらさげて悦に入ってんじゃねぇぞ駄肉」


って、鬼の形相で罵られた時は、さすがに生命の危機を感じたわ。

たまにキャロルさん、変なところでスイッチ入るんだよねー。


「少し話が脱線している。軌道修正しよう」


うむ、ラルスさんが口を挟んでこなければ、延々と不毛なやりとりが続いていたに違いない。

さすが、伊達に眼鏡をかけているわけじゃねぇな。

はてさて軌道修正して本題に………って、何のために私、呼ばれたんだっけ?

浄化の件と、こないだのアーノルドさんとの事はもうあらかた話をしたし、これ以上、何を話せばいいんでしょうか。

もしかして、行く先々で浄化の奇跡を起こした私に対して、表立って表彰こそできないけれど、幾ばくかの報酬が与えられたりするんですかね?

いやいや、こういう時ほど、私はバッドニュースが降りかかる体質だしなぁ。

あんまりハードなやつはご勘弁願いたいものです。


「さて、エリー嬢。君が本校を退学する件についてだが」


ちょっと待って。


思ったよりもハードなやつが来たわ。


◇◇◇


エリーが思いもよらぬ提議を受けて困惑していた頃。

すでに冬期休暇が迫り、人もまばらな校内の休憩室に3人の人影があった。


「……ったく、きりがねぇ」


その人影の一人、アーノルド・ウィッシャートは目の前の級友たちに対し、独り()ちた。

はぁ、と大きなため息をついて不満を露わにする姿は、だいたいの問題を己自身で解決してきたアーノルドにしては珍しい。


「今日だけで4件かの」


細長く流麗な指を丁寧に曲げて、指折り数えるのは同級生のジュマーナである。


「エリー・フォレストを無体な目に遭わせて手込めにせんとした不埒者が、かように多いとは……学園の風紀も乱れたものよの」


他方、面倒くさそうに応じたのもまた、同輩のナイジェルだった。


「節操ねぇなぁ。平民の1年生相手に上級生の貴族が、立場を嵩に懸けて狼藉に及ぼうとは」


その言葉から、「自分は違うぞ」という意思が感じ取れる。

この陽気な男子生徒は、「生来の女好き」ともいうべき軽薄さを兼ね備えていたが、その対象を不幸にした事はないと自負している。

ゆえに立場を利用して弱者へ己の意志を強要するなど、もっとも忌避すべき行動だと思っていた。


「しかしまぁ……」


この性格相反するジュマーナとナイジェル両名が、珍しく同じ言葉を口にした。


「「その不埒者に片っ端から決闘を仕掛けるとはなぁ……」」


「ぐむう」


言われたアーノルドは唸る。

そう、彼らが言う通り、アーノルドはエリーに懸想するばかりか、実力行使で無体乱暴狼藉に及ぼうとした連中に対し、決闘という名の鉄拳制裁をお見舞いしようとしたのである。

もっともアーノルド相手に決闘を受ける者など皆無であり、全員尻尾を巻いて逃げ出した為、直接的な被害者は0であった。


「まぁ、俺も過保護ではあると自覚している。しかし誰かが防波堤にならないと、あいつ、いずれ騙されてホイホイ付いていくぞ」


「まあの。否定はせん。あの娘は警戒心が強い割にどこか抜けておるでな。目が離せぬ」


反駁するアーノルドを見やりながら、ジュマーナもまた同意する。


「しかし未だに信じがたいな。まさかおぬしが不純異性交遊で停学処分を受けるとは」


「事故だ、事故。不可抗力だ。たまたま誤解されやすい状況下で主治医と出くわしてしまった悲しい事件だ」


「事故で女子の胸を揉まないだろ」


ナイジェルの言葉は適格かつ常識的であった。

確かにどこでどう間違えても、事故で胸を揉む状況など現出できるものであろうか。

しかしこの難題とも言えるツッコミに対してアーノルドは微笑を浮かべながら、胸を張って堂々と答えた。


「ふっ、お前は馬鹿だな。あの時、俺は手にしていたのがエリーの胸だと分からなかったのだ。なぜなら頭から彼女のブラジャーを被って前が見えなかったからな」


「馬鹿はお前だな」


「それ、他言するでないぞ。釈明どころか事態が悪化するゆえな……」


「……? 完璧な釈明じゃないか。これまでの容疑も晴れ、事態は終結すると思うんだが……」


「いいから俺たちの言う事を聞け。事態じゃなくて、お前の人生が終結する」


友人二人のありがたい助言を受け、(すんで)のところで人生を終わらせる危機を回避したアーノルド。

もしこの助言がなければ、後世に伝わるアーノルドの名は、かなり違ったものになっていただろう。

その意味では歴史を変えた助言である。


「しかしな、アーノルド。事故にせよ、故意にせよ、おぬしらの関係がそこまで深まっておるならば、もはやただの先輩・後輩では世間一般では通用せぬぞ」


「俺たちは清く正しい友人関係だと自負している。エリーに聞いてもらってもいいぞ」


「双方の意識の問題ではない。第三者からどう思われているかが問題なのじゃ」


「それだって結果的に、だろ。もし向こうから誘われたら、どうするつもりだ」


「………審議の時間が欲しい」


「…そこですぐに否定しねぇ時点で、もうダメだ」


「やぶさかではない雰囲気を出すでない。まったく下心はありながら、自らの手を汚す事を良しとせぬとは、何たる匹夫」


「なにっ?俺を匹夫と罵るか」


「マジでおめぇがそこで腹を立てる理由がわからねぇ」


「己から夜這う気概はない癖に、向こうから迫ってきた時は応じる構えを見せる男など、匹夫で十分じゃ。大方、二人で遠征任務中も別部屋にいながら、向こうがやってくるのをそこはかとなく期待していたのじゃろう。己の足で出向けば良いものを、悶々たる気持ちで過ごした一人寝の心地はどうであった?さぞや寝台が広く感じたであろう」


ナイジェルのツッコみと、ジュマーナから放たれた無形の弓が次々にアーノルドに突き刺さり、見事に心に致命傷を負った。

最後に二人から


「へたれ」


と断じられた瞬間、アーノルドは完全に反抗する気概を喪失した。全部、図星だったからである。

しかしアーノルドが憤死する、しないに関わらず、エリーの陥った状況を打破する策は講じなくてはならない。


「この後、お前は東方軍へ派遣任務があるんだろ?さすがに、そこにエリーちゃんは連れて行けねぇじゃん。どうすんの?」


ナイジェルは具体的な話を振った。

実はこの後の冬期休暇を利用し、アーノルドは東方へ派遣されている部隊へ物資輸送の護衛部隊に同行することになったのである。

学生のうちから騎士団の任務に慣れておく事と、ウィッシャート家の後継者としての訓練を兼ねての従軍である。

ノエリアの実父でありアーノルドの義父モーリス・ウィッシャートは、武将ではなく政治家・智者としての能力に長けており、軍事行動においては平凡の域を出ない。

その点、傑出した武勇を誇るアーノルドは、将来ウィッシャート家の軍事面を支えるであろう期待の星であった。

もちろん本人の実績と実力が伴わなければ従軍は許可されないわけで、学生の身分でありながら、いかにアーノルドが同世代から傑出しているのかが分かる。


そのアーノルドをして


「困っている」


と頭を抱えたのが、現在の状況である。


「マジで良い知恵はないか?俺の不在中、あいつに危害が加えられるかも知れん。いやそれより、エリーが何かやらかす可能性の方が高いか……どっちにせよ、落ち着いて任務に行けないんだが」


「まるで保護者だな」


「義姉上であるノエリア様には頼めぬのか?」


「義姉上は義姉上で、この冬、王宮へ出仕して妃教育と、王太子妃として他国の接待に当たるようだ。俺ほどではないが不在がちになってしまうんだよな……」


「さすがに王宮は無理だなぁ。特別扱い過ぎる」


付き添いとは言え、平民が王宮に上るとなると他の貴族たちが黙っていないだろう。

多くの婦女子たちが望んでも叶わぬ僥倖である。

そんな幸運の贈り物を、ぽっと出の平民ごときが横からかっさらって言ったとすれば、今でさえ嫉視されているのに、歯止めがかからなくなる恐れがあった。

そもそも王宮に苦手意識を持っていると思しきエリーが、そんな火中に飛び込むような提案を了承するかも疑問が残る。


「しかしの、アーノルド。おぬしほど明敏な男が気が付いていないはずはあるまい」


「なにをだ?」


「とぼけるなよ。この状況において、最もエリー・フォレストを保護できる所がある。俺やジュマーナが気が付いていて、お前がそこに至らないとは言わせんぞ」


「……………むぅ」


「あとはお前の決断ひとつだ。大方、その踏ん切りがつかねぇから、俺たちに相談を持ち掛けて来たんだろうが……」


ナイジェルが、ふんと鼻を鳴らして続ける。


「アーノルド・ウィッシャートともあろう男が、風評を恐れ、自分の名を惜しんで女子を見捨てる姿は見たくねぇなぁ。意を決して、エリーちゃんに直接、話をしてやりゃあいいだろ」


ニヤニヤしながら、ナイジェルがアーノルドの表情をうかがう。

この傲岸不遜を絵に描いたような男は、気難しい性格であるアーノルドに対しても、ズケズケと物を言い、煽る。

むしろ地雷をいかにしてギリギリでかわすかのチキンレースを楽しんでいる風でもあった。

それに対してジュマーナは声色ひとつ変えずに、アーノルドへ情報を提供する。


「ではアーノルドよ。私がひとつ、おぬしの背中を押してやろう」


ジュマーナは、まるで神託を告げる巫女のように背を伸ばした。

ぞくぞくするほど紅く蠱惑的な唇から漏れる言葉を聞き逃すまいと、アーノルドは次なる言葉を待つ。

やがて彼女は、鈴が転がるような澄んだ声を紡ぎ出した。


「エリー・フォレストが、いかがわしいバイトに手を出して退学させられるらしいぞ」


「あいつ、何やってんの!?」


アーノルドは悲鳴に近い声を上げて、その神託を聞き終えるよりも早く、椅子を蹴って飛び出した。

どうやら背中を押すどころか、目一杯、蹴り上げるくらいの価値はあったらしい。


「がんばれよー」と手を振る二人の級友を尻目に、アーノルドは日の翳り出した校舎を疾走する羽目になったのだった。

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