3章第22話 どうぞ!
今年最後の投稿です。
皆様、よいお年を!
エリーが両手で顔を覆った。
その姿を見て、多くの者は感極まったと思い、一部の者はアーノルドのやらかしに絶望したのだと思った。
そして正面にいるアーノルドは………たじろいていた。
ゆっくりと両手を顔から離していくエリーの相貌からは弱気や恨みとは無縁であった。
鋭い視線、真っ直ぐな瞳、先ほどの情けなく涙を溜めている姿とは、打って変わった凛とした表情。
エリーの眼光が真っ直ぐにアーノルドを捉えると、射すくめられた彼は息を呑んだ。
「どうぞ」
エリーが発した言葉は、アーノルドの発言を促すものであった。
悲しませ、拒絶され、一度は失われたかと思った進むべき道が、突如として目の前に現れたのだ。
意表を突かれたアーノルドが答えられず、その事がまた「何か言わなければ」と彼の焦りを生んでしまうが、エリーは
「もういいです、なんて言ってごめんなさい。ちゃんと話を聞きます」
と笑顔を見せた。
言葉足らず、説明下手のアーノルドに十二分に配慮しながら、黙って言葉を紡がれるのを待ってくれていた。
(なぜ)
アーノルドは魅入られ、自問し、同時に浮き足立っていた自分の心が落ち着いて行くのを感じた。
なぜエリーが急速に心境変化を起こしたのかは分からないが、彼女の視線は本気であった。
先ほどのぶんむくれていた感情も嘘ではないだろうが、今の表情は正面からアーノルドの言葉を受け止める覚悟を感じる。
同時に、この覚悟に応えるには、己も誠心誠意、挑まねばならない事も理解した。
ゆえにアーノルドの心は、まるで戦場に挑む時と同等に冷静さを取り戻していったのである。
(覚悟には、覚悟で応じなければなるまい)
突如として訪れた千載一遇の挽回機会。
アーノルドは深く深呼吸をして、赤い瞳でエリーを見つめ返した。
◇◇◇
(いやいや、これはいけない)
エリーは思った。
勝手に浮かれて、勝手に失望して、勝手に相手と距離を取る。
そんな事をアーノルドとの間に何度も繰り返しては、何度もお互いに傷ついたじゃないか。
初めて会ったばかりの頃ならば、とてもじゃないがそんな事は思わなかっただろう。
単純に嫌われ、忌避され、邪険にされて然るべき存在。
それがエリー・フォレストがこの世界の位置づけであり、アーノルドとの関係性であった。
だから互いに不干渉を貫こうと足掻いたのだが、どういう縁か二人の人生はもつれ、絡み、交差した。
(少なくとも、話を出来る関係性は築けたと思う)
余人から見たら、「いやいや、そんな浅い関係じゃないだろ」と思わなくもないが、自己評価の低いエリーにとっては、その評価で精一杯だった。
エリーは意を決し、最後の根性を振り絞った。
(よし、話を聞こう)
アーノルドさんはノエリア様を優先するだろうな。
アーノルドさんが何か言いたそうにしている。
アーノルドさんの性格的に、上手く表現ができないだろう。
アーノルドさんのポンコツ具合からして、失言に失言を重ねるに違いない。
……そう覚悟していたけれど、まぁ、見事に全部的中しやがりましたよ。
数え役満もいいとこだ。
それでも、それでもアーノルドさんが何か言いたいのであれば、聞いてあげなくてはならないだろう。
みんな、アーノルドさんのポンコツ具合は把握していると思うけど、それを受け止められる奴ぁ、そうそういねーんですよ。
受け止めるのも、なかなかきついんですけどね……。
…………。
………………はぁ、いかんいかん。
油断すると闇落ちしそう。
大丈夫、アーノルドさんはそこまで馬鹿じゃないと思う。
ここでアーノルドさんの言う事を聞かなかったら、今までと同じで何の成長もない。
ほら、よくあるじゃないですか、恋愛小説ですれ違う男女のアレ。
アレって、もう少しお互いが話し合ったり、どちららが事情を尋ねたら、何の問題も起きないと思うんですよね。
波風立たない恋愛小説ってのも、面白いかどうか分からないけれど(ただのイチャラブ小説だよね、それ)。
であれば、話すしかないじゃありませんか。
ここでトラブって、こじれるのが恋愛小説の定石だろうが、知ったこっちゃないです。
あんなに二人で冒険して、あんなに二人で笑ったり、怒ったり、喧嘩したり、仲直りしたりして、少なからず長い時間を一緒に過ごしてきたってのに、意思疎通も出来ずにすれ違うって、そりゃもう人間的な成長してねーってなもんですよ。
まぁ、そりゃ、不安ですよ。
アーノルドさんの事ですから
「お前を助けたけれど、やっぱり俺は義姉さんしか眼中にない」
みたいに、いきなり振られる可能性もありますし。
………あれ、付き合ってもないのに、何で振られなきゃならないんだ。
くそ、せめて振るのなら、ちょっとくらい付き合ってから振って欲しい。素敵な思い出のひとつやふたつ、作ってから振っていただきたいですね。
あーー、考えれば考えるほど、ネガティブな気持ちになってしまうな。
マジでこんな事、ある? さっきまでイチャイチャ抱きついてたのに、わずか数分後に喧嘩別れ寸前とか急転直下にもほどがあるだろ。
ダメだ、ダメだ、ダメダメダメ。
こうなったら、強硬手段である。
よっしゃ、気合入れるぜ!!
ぱあああぁんっ!
私は両手で自分の頬を叩いた。
幸い、競技場は広く、頬を叩く音は客席まで届いていないようだ。
頬を叩いた両手は、そのまま顔を覆って表情を見えないようにする。
深呼吸をして、目頭に溜まっていた涙を拭って、覚悟を決めてアーノルドさんと対峙する決心を固めていく。
それまで、ちょっと待ってほしい。
………………。
………………………。
………………………………………………。
よし、オッケーです。
ゆっくりと両手を顔から離して、正面にいるアーノルドさんを見据える。
やっぱり驚いた顔をしていますね。
うん、私も思ったより頬を叩いた際に高い音が鳴ってびっくりしてます。
「よっしゃ」
小さく気合を入れ直して、アーノルドさんを見つめると………うわぁ、やっぱイケメンだな。
いつもはあまりの神々しさに目を背けてしまうんだけど、ここは気合である。
「どうぞ!」
と小細工なし、正面から堂々とアーノルドさんの言葉を聞く事にした。
これから聞く台詞が「この花は義姉さんに捧げる」でも良いでしょう。
「やはり俺は義姉上の剣として生きる」とかでも、まぁ、想定の範囲内です。
変な事を口走ったとしても、その裏にあるアーノルドさんの真意を見極めなくてはなりません。
だってこいつ、アホなんですよ?
口から出て来る言葉が、全部的外れで誤解させる事なんて、日常茶飯事じゃないですか。
この人の言葉を鵜呑みにしてはいけないと、約1年くらいの付き合いでようやく悟りました。遅すぎだな。
あまりに酷い言葉だったら、受け止めきれる自信はないけれど……それでもアーノルドさんの言葉を聞いてから、ちゃんと判断したい。
もちろん怖いよ、メッチャ怖い。足がガクガクしてんのが止まらない。
何言われるのか分からないし、言われた言葉次第ではアーノルドさんとの関係が終わっちゃうかも知れない。
「あー、あー、聞こえないー」とか叫びながら逃げ出したくてしょうがない。
それでも私は、アーノルドさんの言葉をきちんと聞きたい。
知った風に勝手に自己判断して、独り相撲して関係性がこじれるなんて、恋愛漫画や小説だったら、まぁ、話の展開上、しょうがないですけど、現実にいたら、あまりにも自分勝手過ぎやしませんかね。
やきもきというよりも、イライラするでしょうが。
私もちょっと前までは、そんな感じだったけどさ。
今はもう少し、相手と仲良くなっているわけで、もちっと相手の目を見て話し合いましょうや、と。
「もういいです、なんて言ってごめんなさい。ちゃんと話を聞きます」
てなわけで、私はアーノルドさんを改めて、きちんと、正面から、目を逸らさずに見つめる。
じーーーーーー。
………………。
………………………………。
あれ? アーノルドさんって、こんな真面目な顔してたっけ。
もっと動揺して、オロオロしてませんでしたっけ?
やばい、イケメン度に拍車がかかっている……気がするぞ。
アーノルドさんの紅い瞳の中に、私の姿が映っていて、つまり私の瞳にもアーノルドさんが映っているって事は……あらやだ、なんだか気恥ずかしい。
心臓がバクバクしてきた。
……そして、急にアーノルドさんの姿が消えた。
いや、消えたんじゃない。
下にいるんだ。
見れば、アーノルドさんが私の眼下に跪いていた。
ええええ? 一体、どういう事だ!?
何が起きたかさっぱり分からない私は、表彰式以上に気まずく、居たたまれない気持ちで呆然とその場に立ち尽くしてしまうのであった。
◇◇◇
闘技場がざわつき、騒然とする。
アーノルド・ウィッシャートが膝を付いた。
激戦の過程で疲労困憊になったわけではなく、身分目上の人物に対してでもなく、平民の娘に対してである。
その所作は冗談や洒落ではなく、イシュメイルの騎士の礼にならったものであった。
それも騎士が己を捧げる相手に対しての儀礼……おそらくアーノルドがこの礼に倣って紅髪の頭を下げたのはイシュメイル王家に対してと、義姉のノエリアだけであろう。
親類縁者や他家の貴族たちに対してすら、膝を付いた事はない。
そのアーノルドの頭がエリーの面前で恭しく下げられていた。
「エリー・フォレスト」
「ふぁい」
エリーの返事が間抜けな格好になったのは間違いなく動揺してのものであろう。
「俺はこの剣を義姉ノエリア・ウィッシャートの捧げ、彼女の騎士となると誓った。そして、すべての勝利を義姉上に捧げると心に決めている。口にはしていないが、義姉上もその誓いを察していただろう」
この言葉に対してエリーは沈黙で応えた。
ある程度、想像していた言葉だが、いざ口にされると返す言葉もなく、ただ頷くだけしかできなかった。
続くのは、エリーへの拒絶の言葉か、もしくはエリーには勝利を捧げられないという謝罪の弁か。
どちらが来ても取り乱さないよう、泣き出さないよう、口を真一文字にしながら、心をしっかりと保つ。
「……だから、違う人物に勝利を捧げるには、まず義姉上に断りを入れるのが筋だろうと思った」
「ん?」
「その事が、徒に誤解を与えたのなら、謝罪をしたい」
「んんん?」
ぐいーん、と捻っていた首を元に戻すや、「ああ」とエリーの口が丸く開く。なるほど、そういう事だったのか、と虚を突かれたように、驚きの表情と共に。
まさかあんな熱っぽく、「断り」の視線を向けるなどとは、エリーからしたら完全に想像の埒外であった。
紛らわしい、どう見ても慕情に溢れた視線だったではないか。
「あの視線はそういう意味で?」
「どうやら皆には伝わっていなかったみたいだ」
「伝わらねーよ!あんな熱い視線を向けて、どう見ててもノエリア様へ捧げる勝利だと目で語りかけてましたもん」
「ああ、だからあの×マークを義姉さんは……」
ようやく得心が言ったと納得すると共に、口惜しそうに眉をひそめ、臍を噛む思いを隠そうともしないアーノルド。
何をそんなに悔しがっているのか、エリーは首をひねるが、アーノルドがすぐにその答えを自らの口から吐露した。
「これじゃまるで、義姉さんに断られたから、お前に勝利を捧げるみたいじゃないか」
まぁ、見様によってはそう映るだろう。
ノエリアへ想いを捧げ、×マークで拒絶され、じゃあしょうがないから二番手のエリーに視線を向ける……捉え方次第だが、性根定かでなくフラフラしている駄目男に見えなくもない。
それがアーノルドにとっては、甚だ心外らしい。
「うん、確かにそうかも」
エリーの返事に、アーノルドの動揺は著しかった。
「違う、違う。誤解させるような行動を取っておいて、今更、どの口が言うのだと思うかも知れないが、最初からエリーに花を捧げるつもりだった。断じて、嘘じゃない」
「どーだか」
ぷい、とそっぽを向いて見せるエリーだったが、見る人が見れば「あ、機嫌直った」と思っただろう。
口を尖らせてはいるが、口元自体はニヤニヤ、ニマニマしている。
もちろん真面目であるが鈍いアーノルドは、そんな事には気が付かずに「むむむ」と深く悩みこんでしまう。
「信じてもらえないのも無理はない。いくら言葉を飾ろうとも、そうとしか思えない行動をしてしまったのだからな。しかし証明をしようとしても、その術がない。ならば信用を得るに相応しい対価を差し出すより他にあるまい」
「え?何かくれるんですか?」
これは思わぬ方向に話が転がったとエリーは聞き返した。
誕生日でもなければ、お祝い事でもないのに、とんだ臨時収入だとテンションぶち上げである。
ただ、アーノルドがエリーへ贈ろうとした対価は、なかなかに斜め上であった。
「俺の心臓を捧げよう。これを真偽の天秤に乗せれば、俺の言葉に偽りがない事が証明できるはずだ」
「いや、ちょっと待って。くそ重ぇわ」
とんでもない提案を受けて、エリーはご機嫌な気分などどこへやら、真顔でドン引きした。
「ならば左手でどうだ。右手は剣を握るので勘弁して欲しいが」
「却下。今、激戦を制した英雄の腕を奪おうもんなら、多分この闘技場から生きて出られないっての」
「では片目をえぐり出して……」
「いい加減、詫びの対価に人体欠損すんの、止めてくんね?」
重い。いつもに増して重い。
誤解を解く対価として簡単にリアル生命を捧げるのは止めていただきたい(もっともこの点ではエリーも人の事を言えないのだが)。
しかも冗談ではなく、ガチでそう思っている事をエリーは知っている。
ここで
「ははっ、きちんと骨は拾ってあげますからね」
などと軽口を叩こうものなら、即座に喉笛を剣でかっ切りかねない。
「そういうの、いりませんから。そもそも謝罪すら不要でしょ?勝手に私が勘違いして、勝手に不機嫌になっただけですし、むしろ謝罪するのは、私の方じゃないかと」
確かにアーノルドは、義姉優先の態度と誤解されて然るべき紛らわしい行動をしてしまったが、別にそれは責めを負うべきものでもない。
しかもその事に対して不服のお気持ちを、言葉ではなく態度で示したのは、エリー自身も振り返って卑怯だと思った。
いじけて意趣返しなど、助けに来てくれたアーノルドに対して、何と不義理な事か。
(嫌な性格だ)
アーノルドが自己嫌悪に陥るのはまた違ったベクトルで、エリーも自分の性格が嫌になる。
これではまるで、ゲーム中に出て来た「思わせぶりで媚びた言動を繰り返し、自由奔放と自分勝手を履き違えた嫌われヒロイン」のエリー・フォレストと似たようなものではないかと。
あんなヒロインにはなるまいと思っていたのに、実際は厄介この上ない性格でアーノルドを意味もなく傷つけてやしないか。
その上、当のアーノルドは当惑しながら
「何でお前が謝るんだ?」
と聞き返してくるのだ。
はぁ、とため息をつきたくなる。
(こんないい奴を、私なんかが振り回していいものかな)
アーノルドがアホながらも自分に対して誠実に(幾分、初対面での後ろめたさを引きずりながらも)、エリーに対して接してくれているのに対して、自分の醜さを突きつけられる気分だ。
「……そりゃ、まぁ、そもそも私の我儘みたいなもんだし、アーノルドさん、別に悪くないのに困らせてるんだし……だったら謝るのは私の方だと思いますけど」
「何を言っているんだか分からん」
「いや、だからですね……」
「あの場面、手持無沙汰になっているエリーの事を考えれば、脇目も振らずに真っ直ぐお前の所に行くべきだった。そうすれば、お前を不安にさせる事もなかったし、二番手みたいな扱いをされているという誤解を与えずに済んだのに。俺はその事を謝罪したいんだ。この流れの中で、お前のどこに手落ちや我儘があるんだ?」
本当に真っ直ぐだな、この人は。
バッサバッサと、私の迷いを切り捨ててくれる。
うるうるとした感情がエリーの胸に迫り、油断するとその波にさらわれてしまいそうになる。
危ない危ない。
だがアーノルドは、目の前の少女の胸中に去来する心の機微など察する事なく、自分の思いの丈をぶちまけ続ける。
「エリーが信じてくれるかは別として、俺はずっとお前の事を思い続けながら戦った。それは嘘じゃない」
「お、おう」
「宮中での祝賀会……いや、それよりも前に、お前と仲違いみたいな格好になってから、ずっとエリーの事を考えて来た」
「そ、それは、どうも!」
「一日たりとて、お前の事を想わない日はなかった。寝ても覚めても、お前の事が脳裏から離れなかった。雨の中、お前に会いに行ってからは、瞼を閉じると、いつもお前の姿が浮かび上がった」
「ちょっと待って、その言葉は、マジで誤解する、から……っ」
与えられる情報過多に、エリーが狼狽え、顔が真っ赤に紅潮していく。
顔と手を、ぶんぶんと振り回して、アーノルドと距離を取りつつ雑念を振り払う。
(アーノルドさんは言葉選びが下手くそアーノルドさんは言葉選びが下手くそアーノルドさんは言葉選びが下手くそアーノルドさんは言葉選びが下手くそアーノルドさんは言葉選びが下手くそアーノルドさんは言葉選びが下手くそでも少しは期待して良いのかアーノルドさんは言葉選びが下手くそアーノルドさんは言葉選びが下手くそ)
呪文のように口の中でもごもごと繰り返しながら自分の言い聞かせ、心を落ち着かせるエリー。
途中で雑念が入ったのは、初心な少女の心の揺らぎだと思ってご容赦願いたい。
「私を取り返すのに精力を傾けたという事を伝えるのは良いんですけど、そうやって情熱的な言葉を並び立てると勘違いしますからね」
「勘違い?何を?」
「ぶっは」
これは天然のたらし野郎だ、何を言ってもこっちが恥ずかしくなる。
これ以上、まともに話をしたところで、きっと平行線をたどるだろうし、意識してしまったこっちの方が恥ずかしくなるやつだ。
吹き出した時点でエリーは降参した。
笑ってしまった時点で、もうどんな議論も深刻化しないだろう。
「今のは忘れてください。……対価ですが、そうですね……先ほど、対戦したボスキャラっぽい人に、何て啖呵を切ったか覚えていますか?」
「啖呵……?ううん、色々言ったからなぁ……」
「私のドレスの好み」
「ああ、水色の方が、エリーの好みに合っているってやつか」
「その後の台詞ですよ」
「…………………………おお!」
しばし考え込んだ後で、アーノルドは正解に辿りついたようで、思わず声を上げた。
そして二人同時に、まったく同じ台詞を言い合った。
「「寂しい胸元にはネックレスでも付けてやらないと可哀想でしょう」」
完全にハモった二人はニヤリを笑い合い、エリーは「いえい、それです!」と喜色満面、くるりと回って喜びを表現した。
ふわりと舞うスカートと金色の髪が、冬の青天に翻ると、しばしその周辺だけは春めいた風が吹いたかのように錯覚させられる。
「ははっ」
エリーの楽しげな姿に、アーノルドもまた膝を付いたまま、思わずつられて笑い出す。
その光景を見たクリフォードとラルスは顔を見合わせて
(あのアーノルドがあんな風に笑うとは)
と驚きを隠せず、ノエリアは感激のあまり涙ぐみながら拍手をし始めた。
エリーは軽やかに微笑みながら
「いいですか。アーノルドさんがご自身で決めてくださいよ。助言くらいならいいですが、他の誰かに選んでもらうなんて反則ですからね」
「そうなのか?俺みたいなセンスのない奴が選ぶより、目利きの良い人間に選んだ方が、似合うものが見つかりそうだが」
「わかってないっすねぇ。こういうのは似合う、似合わないんじゃないんですよ。「先輩自身に選んでもらった」ってのが大事なんです」
「そういうものなのか」
「そういうものなのです」
にんまりと笑う顔を見ると、アーノルドは観念したように頷いた。
「分かった。お前への首飾りは、俺が選んだものを贈らせてもらうよ。それはそれとして……」
改めて真顔になったアーノルドはエリーの下に跪いたまま、自らの左手首に巻かれた【勝利を呼ぶハンカチ】に一度、口付けをする。
その仕草だけでも色気が溢れ、エリーなど直視できないのだが、さらにアーノルドは胸に手を当てながら傅き、こう宣言した。
「アーノルド・ウィッシャートは今日の勝利をエリー・フォレストに捧げる。もしこの想いが貴女に届いたのならば、勝利の証である花を受け取ってはくれないか」
そう言って一輪の花を献上する。
まるでお伽噺のような、騎士と姫のロマンスを抽出したような情景。
男も女も、一度は夢見るような恋物語に、会場のボルテージは上がりつつ、それでいてエリーの返事を聞き逃すまいと皆が耳を傾ける。
「………私で良いんですか?」
「違うな。お前が良いんだ」
はっきりと、しっかりとアーノルドは言い切った。
そこまで言い切れば、もう間違いはないだろう。
「お前に受け取って欲しい」
その言葉を聞き終えたエリーもまた、短いがはっきりと力強く答えた。
「はい」
両手で花を受け取ると、そのまま自分の髪の毛に飾り付ける。
「似合いますか?」
はにかんで微笑するエリーを見たアーノルドは、不覚にも見蕩れ、そして自分が先に感じた事が大いに誤っている事を思い知らされた。
アーノルドは差し出した花は、エリーにとてもよく似ていると思った。
冬の寒さでも鮮やかな色で咲き誇る姿が、どんな逆境でもニコニコと笑っているエリーと似ていると思った。
だが、そんな事はない。
エリーの眩しい笑顔は、この花がたとえ百輪、いや辺り一面に咲き誇ろうとも叶う物ではないと確信した。
何かを褒めるのに、何かを落とすような表現はしたくないのだが、自分の感想が元なのだから仕方がない。
心中の動揺ゆえか、アーノルドはほぼ無意識に、エリーの質問に対して、若干、的の外れた答えを返してしまう。
「綺麗だ」
似合うか、似合わないかで返答すべきところではあるが、まぁ、「綺麗だ」は肯定という意味で間違いあるまい。
ギリギリ、セーフである。
いや、むしろ心の声として、また褒め言葉としてはエリーの心、ドストライクであろう。
「てへ」
くすぐったそうに笑うエリーに、アーノルドはこれまでにない満足感と、充足感を得ていた。
これまでの労苦など一瞬で吹き飛ぶような笑顔。
何度かそうした「報われた」と思う瞬間を迎えてきたが、今回は喜びもひとしおであった。
何せ、これまでアーノルドはエリーを救出してきたものの、彼女は必ず、どこかしら負傷していた(下手すると生死の境を彷徨っていた)。
それが今回、五体満足で救出して、元気で笑いかけてくれているのだから。
困るのは、目の前のエリーを見ていると独占欲が湧いて来るのか、可憐で無邪気な彼女に観客共が見惚れている事に関して、ひとかたならぬイライラが募る事だろう。
このままどこか、人目のつかぬ場所へ連れ去ってしまいたい気持ちを押さえるのに、アーノルドはそれ相応の努力を要した。
確かにアーノルドが危機感を覚えるくらいに、今のエリーの姿恰好は、周囲を惑わすのに十分、魅力的であり、アーノルドならずともそういう思いに駆られて仕方ないと言えるが。
(いかんいかん、そういう勘違いをして、今まで碌な事になった試しがない)
アーノルドは先ほどのエリー同様、雑念を振り払うように深呼吸をして、目を伏せる。
今、彼女を直視したら、それこそ我慢できなくなりそうだ。
花を受け取ってもらったのを良い事に、顔を伏せておけば、お辞儀をしているように見えるだろうし、どうにかやり過ごそう……
そんな風に地面に目を落とすアーノルドの正面に、エリーが近寄る気配を感じた。
伏せた顔を覗き込もうとでもしているのか、身体を屈めて顔を近づけて来る。
アーノルドはさらに深く顔を下げた。
エリーの顔をまともに見ようものなら、何をするか自分自身が信用できない。
そんなアーノルドの額に、柔らかいものが押し付けられる感触が伝わった。
額に落ちる赤髪を掻き上げられ、ちょん、と伝わる感触は、目の前にいるエリーが何か接触させたのだろう。
慌てて顔を上げると、眼前にエリーの顔ではなく、首筋が見えた。
顔が見えなかった理由はすぐに分かった。エリーの顔はアーノルドのすぐ側……頬と頬が擦り合うくらい近くまで寄り添っていたからだ。
金色の髪がたなびき、アーノルドの顔を柔らかく撫でていく。
そして額に受けた感触と同じものが、アーノルドの頬に去来すると共に、微かに「チュ」と高い音が鳴ったのが、彼の鼓膜に入ってきた。
額よりも柔らかい部位だったので、よりその感触は直にアーノルドの知覚を刺激した。
呆然として頬を撫でると、わずかに濡れた感触が指先に訪れるが、それ以上にどういう訳か、触れた部分が熱い。
アーノルドが如何に鈍感で馬鹿でも、今、この瞬間に何をされたのか理解した。
アーノルドの額と頬に、エリーの唇が触れたのである。
我に返ったアーノルドが、次に目にしたのは、顔と顔が吐息が重なる程に接近した、エリーの上気して赤らんだ顔であった。
(まさか、いや、まさか、いやいや、まさかまさか、いや)
戦場では不敗を誇り、今も闘技場で難敵を退けた若き騎士。対峙した敵に後れを取った事がない青年が、蛇に睨まれた蛙のごとく動けない。
天をも焼き尽くす炎は胸中を焦がすだけで、四肢は凍らされたように微動だにしないのだ。
あのラーシュ・ルンドマルクですら止められなかった剣士が、ただ唇が触れただけで一切の動きを封じられてしまうという、信じられない姿を晒していた。
アーノルド自身と言えば、動けないというよりは動くという選択肢自体が脳裏をよぎらない。
混乱を極めた上に、目の前に接近するエリーの顔から目が離せずにいたのだ。
鼻と鼻がつん、と接触する。
続けてわずかに開いた唇が迫る。
濡れた花びらを連想させる桃色の唇の隙間からは、抗しがたい芳醇な色香を纏った吐息が生まれると同時に、誘うような赤い舌が見え隠れしていた。
この誘惑、この魅惑から誰が逃れられるだろうか。
(いや、これは、まずい)
戦士アーノルドは敗北を予感した。
もうすでに麻痺系の高速呪文を喰らっている状態であり白旗を上げているようなものだが、これ以上の攻撃はオーバーキルである。
そんな攻撃を受けたら理性が持つかどうか怪しい。
しかし、それが分かっているなら回避行動を取らなくてはならないのだが、まったく取る気にならない。
(こ、これが魅了というやつか……!)
戦地で幻惑攻撃を受けた事はあるが、アーノルドには耐性があるのか振り払う事が出来た。
王宮で女性たちからのお誘いを受けた事も、二度や三度ではないが、まったくもって興味を喚起されなかった。
そのアーノルドが、幻惑されて動けない。
淫魔とかいう女悪魔の精神攻撃でも受けているようだ。
(もうどうにでもなれ)
珍しい事に、というよりも、ほぼ初めてアーノルドは抗う事を放棄した。
むしろ現状をよしとして、エリーの為すがままに任せるという選択をしたのである。
その時点ですでに魅了の魔術に囚われているという事すら、念頭にない。
アーノルドの唇に、エリーの唇が重なり合うように迫る。
そして、ついに接触すると思われた瞬間……この逢瀬に、つまり互いの唇と唇の間に野暮な邪魔が入る。
邪魔者の正体はエリーの人差し指だった。
彼女は悪戯っぽくその指をアーノルドの唇の右端から左端まで、挑発するようになぞっていく。
上唇を経て、そのまま下唇を伝い、弧を描いて元の位置に戻ると、最後につん、と上唇の先端を突っついて、こう言った。
「お・あ・ず・け、です」
ゆっくりと指を離しながら、蠱惑の微笑を湛えつつ「ふふ」と笑うエリー。
その姿は、可愛い、美しいのはもちろん、艶やかさと色っぽさをも兼ね備えており、見惚れたアーノルドに言葉を発する事を許さない。
もちろん停止した体はそのままである。
「最初に視線を私にくれなかった、お仕置きって事で」
ぶっきらぼうな口調を言うと、すっと立ち上がったエリー。
すぐに反転してアーノルドに背を向けたのは、意地悪なのか、照れ隠しなのか。
耳からうなじまで、真っ赤になっている所を見ると後者だろう。
さらにこの一連のやりとりを見た観衆たちの口笛や拍手、からかうような祝福(と、怨嗟に近い怒声と悲鳴)の雨が降り注ぐと、我に返ったようにエリーは両手で頬を押さえ、ますます顔を紅潮させたが、アーノルドの心境としてはどこかの男性客が呟いた
「生殺しだ……」
という感覚に近かった。
むしろ、照れて茹で上がった顔を眺めていると、ふつふつと………下衆な表現をすれば、ムラムラとした感情が湧き上がるのを抑えきれない。
その沸点が、ついに体の拘束力を凌駕した時、アーノルドは堪らずエリーの背後へと走り、小柄な体を抱きかかえた。
「ふぁ!?」
突然、体が宙に浮かんだ事に驚愕するエリーをよそに、アーノルドは拙速な一礼を貴賓席に向けるや、足早に入退場門へと進む。
「ちょ、アーノルドさんっ!?恥ずかし…っ……」
いきなりのお姫様抱っこに、あわあわするエリーを無視して、アーノルドは一切、歩みを止めない。
「お前、あんだけの事をしておいて、今更恥ずかしいもくそもあったもんかよ」
正論パンチである。
ぐぅの音も出ずに沈黙するエリーであった。
そして観客たちからすれば、「どう見てもこれからイチャイチャすんだろ死ねよこのリア充」みたいな視線が注がれており、それを踏まえて彼らを祝福……とは別に、やや下品の範疇に入るであろう、揶揄や野次が飛んだのは致し方あるまい。
例外的に貴賓席にいたノエリアなどは、義弟の行動に対して
「まあ、男らしいわ、アーノルド。紳士的な退場の仕方ね」
と拍手を送っていた。
一方でクリフォードとラルスは今から二人が破廉恥な醜聞を流さないか心配でならなかった。
彼らの目から見れば、アーノルドの中にある「辛抱」「忍耐力」「自制心」という名の鎖が弾けとんだようにしか見えなかったからだ。
心情的には、下品な野次を飛ばしている観衆に近い。
「色男の兄ちゃん、子供作るにゃあまだ早いぞー」
「それは年齢かい、それとも昼間っからって意味かい?」
「わっはっは、両方だよ、両方!」
などなど眼下で繰り広げられている、勝利とアルコールで気持ち良くなった酔っ払いたちの戯言が、ガチでマジで洒落にならないと思っている。
(頼むぞ、アーノルド)
二人は神経な面持ちで、退場して行く偉丈夫を見送った。
それは一連の喧騒に巻き込まれてしまった傷心の少女への、心優しい気遣いを期待するものではなく……。
明らかに
(間違えても一連の喧騒に巻き込まれてしまった傷心の少女に手を出すんじゃないぞ)
という意味合いであった。
◇◇◇
おおう、どうなってんだ、これは。
お姫様抱っこのまま、退場して行く私は、あまりの状況変化に頭が追いついていなかった。
そりゃあ、ちょっとはさ、からかいましたよ。
ええ、アーノルドさんの反応とかが可愛かったから、ついつい、ね。
でもそれは、ほら、よくあるじゃないですか。
小さい子が好きな人に、ついついちょっかいかけちゃうやつ。
好きの裏返しって感じであって、悪戯みたいなもんだから。
それが、やりすぎちまったか。
く~、私が可愛すぎるあまり、アーノルドさんの理性が飛んじまったか、たはー。
……って、今のアーノルドさんを抱っこされながら見上げると、うん、これはなかなか余裕のない顔をしていらっしゃる。
鼻息も荒い感じだ。
「おーーい、これからどこに行くんだー?」
「しっぽりとやっちまうのかい、御両人!!」
観客席から、そんなヤジも聞こえて来る。
どうしょうもねぇ親父たちの、良いネタになっちまってるよ、本当に。
ただそんな風に見る人たちがそこそこいる一方で、まぁ、もちろん祝福の声援の方が多いですけれど。
ほら、耳を傾ければ……
「すごいぞ、感動した!!」
「いいわねぇ、お姫様!憧れちゃうわ」
「良く頑張ったぞ、二人とも!!」
「おいおい、そのままベッドINか?」
「兄ちゃん、優しくしてやれよ!」
「妊娠するなよ!」
「ここでやっちまえよ」
「見せつけてんじゃねぇよ、死ねよ」
「調子乗ってはしゃいでんじゃないわよ、この小娘が」
「発情してんじゃないの、あの色情猫」
「脱げ」
「呪われろ」
祝福の声よりも怨嗟の声の方が多い気がするな。
半分以上、野次とやっかみと罵声って、どんだけだよ。最初の三人だけだぞ、声援送ってくれてんの。
野次は野次でも、酒飲んだオヤジたちの声は冗談まじりなんだけど、正気な連中の方がやべぇ。
ガチの殺意が向けられてるのを感じる。
例えば「おーーい」とか子供たちに手を振られたから、こっちも
「や、やっほー」
と手を振ってみたら、周囲の令嬢たちから「チィッ」とか舌打ちが聞こえて来るのだ。
どうすりゃ良いっつーんだよ、この状況。
早くここから退場しようぜ。
「早くここから退場するぞ」
反射的に「おうよ」と返事を仕掛けて、それもそれで困る事に気が付いた。
人の目がなくなったら、この限界MAX先輩が、このらぶりーでぷりてぃーな私に何をするか分かったもんじゃねぇ。
マジで貞操の危機を感じる。
オヤジどもの野次が冗談で終わらなくなる可能性を笑い飛ばせない。
「いや、まだ、もうちょっと歓声に応えてもいいんじゃないですかねー」
「ん?」
「足早に退場口くぐってんじゃねぇよ!」
気が付けば門兵みたいな人が敬礼している。
お姫様抱っこのまま、通用口を通過してしまった。いかんぞ、アーノルドさん、最後の登場者だから、ほとんど人気がない。
いや、待合室へ行けば、誰かが………おい、通過したぞ。
寄らないの? ほれ、シャワーとかひとっ風呂浴びないと、激戦の後だし汗くさいでしょうに。
「このまま馬車へ行くつもりだが」
そんな密室に連れ込まれたら、いよいよ逃げられないだろうが!
シャワーも浴びねぇとか、がっつき過ぎだぞ。まったくそう言うの良くないですよ。女の子に嫌われちゃいますよ。
もうこの通路を抜けたら、あとは馬車へ乗り込むだけになってしまう。
その前に………
―― どさっ
お?
どうした、私の視界が天井を向いている。
ドンンっ!!!
私のすぐ顔の横に、アーノルドさんの手が、しかも両手が突く。
気が付けば私は床に倒され、アーノルドさんに組み伏された状態になっていた。
私の顔の左右に、力強く手を突かれており壁ドンならぬ床ドンである。
「憧れのシチュエーションだけど、実際にやられたらムカつくだろうな選手権」の上位であるドン系をされているにも関わらず、私の胸には嫌悪感は去来しなかった。
いや……むしろ……さっきはどーなんだと思っていた汗臭さが、なんか、こう、漢っぽくてムラムラします。
まぁ、見知らぬ人にやられちゃあ嫌だったろうけど。
あれだ、「ただしイケメンに限る」っちゅーか、アーノルドさんだから全肯定になってしまった。
つまり「人による」ってやつなんで、間違えるなよ、諸君。
何の信頼関係もない人に対して、こんな暴挙を繰り出したら普通に犯罪者になるからな。
「あの、せんぷぁい?」
ほぼ屋内で人の目もない場所ではありますが、一応、ここは公共施設ですよ?
そんな場所で、こんな行為、さすがの私もなかなか難易度が高いってゆーかぁ……
いやぁ、顔が近いっ!!
汗をかいて、悩ましげに眉根を曇らせるイケメンが眼前に!!
「もうやべぇ……」
やべぇのはこっちだっての!
さっきおあずけって言ってばかりの唇が奪われる!私のファーストキスが!!まぁ、別にアーノルドさんならいいですけど!
「あっ……ぅぅんっ……!!」
アーノルドさんの顔は私の顔の横をすり抜けて、首筋にかぶりついた。
おかげで、めっちゃエロい声が出た。
不意打ちとは卑怯な。
つか、私の首筋弱いのを知っての狼藉か。洞窟の時に吸い付いて味をしめたか。ちくしょう、弱点を突きやがって。
「んんんっ……」
アーノルドさんの吐息が熱い。
やべぇ、こんな事されたら、こっちだってその気になっちゃうだろ。
て、て、手が、なんか、胸をまさぐってきたし……っ……
ううんっ、懇切丁寧に触って来やがって、年末年始だからって、何だ、特別サービスとかやってんのか。
「アーノルド、さんっ!」
思わず両手でアーノルドさんの頭を抱き締めてしまった。
私めの胸の中にアーノルドさんの顔が収まる。
胸元が乱れて素肌に直接アーノルドさんの顔が埋まると、彼の荒い息が、より敏感に感じられる。
スカートが捲れ、腕と手が互いに絡み合って、もう傍から見たら完全にアレだ、「やってんなぁ」って態勢だ。
まぁ、実際にやってる流れなんだけどさ!!
アーノルドさんも、私の胸の谷間に埋まって、スーハースーハーしてやがる。
汗がたまる場所だから、あんまり嗅がないで欲しいんだけど、私のアーノルドさんに密着してスーハ―してんだからおあいこか。
スーハ―っていうか、クンカクンカって感じだけど。
ああ、もう、これ、やっちゃうな。
エリー・フォレスト、ついに、とうとう純情を捧げてしまうのね。
ムードのある寝室とかで優しくリードされながら、柔らかい雰囲気でとも夢見た事もありますが、もう野性的に、野獣みたいに襲われるように求められるってのも、想定外ですが、まぁ、アーノルドさんらしくていいのかも知れませんね!
熱い、とにかくアーノルドさんが、吐息だけでなく体が熱い。
その熱気に、貪るような荒い息に、のしかかられて、絡まる身体に、もう私は何でも受け入れられちゃう心境です。
まるで赤子のように、私の胸に頬ずりをしながらの熱を帯びた吐息を吐き続けるアーノルドさん。
苦しげに呻く姿も、まるで美しい大理石の彫像のようで。
玉のような汗を額に浮かべる姿に、私は思わず、その額へキスをしてしまった。
闘技場の時みたいに、一度ではなく、二度、三度、四度と。
熱い。
キスの熱量だけではなく、アーノルドさん自身が燃えるように熱い。
………………。
………………………。
………………………………?
あれ?
おかしくないか?
さすがに額が熱いのはおかしいだろう。
「アーノルドさん?」
見れば胸の中で、アーノルドさんが荒い息を吐き、ぐったりしている。
興奮ではなく、苦しそうに、つらそうに息を吐いていた。
身体が熱いのも、内なる想いというよりは、患部が熱を持った感じだ。
「アーノルドさん!?」
返事がない。
おおおーーい、おめぇ、熱出してるぞ!!
押し倒したんじゃなくて、ぶっ倒れたんじゃねぇか!!
「誰か!!誰かいませんかーーっ!!」
アーノルドさんを押し返して立ち上がり、乱れたドレスを直しながら叫ぶ。
その声に慌てて駆け寄る門番や関係者たち。
「アーノルドさんが……アーノルドさんがっ!!」
係の女性や医務員たちが集まって来る中で、私は震えながら言葉にならぬ言葉を口にし続けた。
「大丈夫、大丈夫よ」
「びっくりしたわよね、泣かないで」
「心配ない、脈は正常だし、命に別状はなさそうだ」
色んな人たちが慰めの声を掛けてくれる中、私は大粒の涙を流し続けた。
その姿を見た人たちは「健気だな」「心優しい子だ」などと私に対して好意的な評価をしてくれたが………
とりあえずアーノルドさんの命に別状がないって事には最大級、安堵しつつもですね、これだけは言わせて下さい。
そりゃ泣きたくもなるさ!!
せっかくアーノルドさんがヤル気満々で来てくれたってのに、こっちがお預け食ったじゃねぇか!!
一人で盛り上がった私の立場はどうしてくれるんだ!
もうアーノルドさんに顔合わせらんねぇぞ、ちくしょうがよぉぉぉっ!




