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3章第17話 決闘会(6)

多忙につき約1か月ぶりの投稿となります…間が空きまして申し訳ありません。

次回がいつになるのか不明ですので、よろしければブックマーク登録よろしくお願いします

感想などもいただければモチベーションになりますので、どうぞよろしくお願いします

「茶番はそれくらいにしろ」


「茶番とは聞き捨てならんな」


アーノルド・ウィッシャートとラーシュ・ルンドマルク。

二人の偉丈夫が向かい合う姿は、まるで物語のワンシーンが現実世界に現れたかのように錯覚する。

だがそこに至るまでの過程は、およそ物語性もなければ、自慢できるようなものではなかった。

せいぜい


『馬鹿みたいな痴話喧嘩を聞かされて、もはや黙っておれんと痺れを切らして割って入った図』


というのが精一杯である(痴話喧嘩の内容を抜き出せば、さらに馬鹿馬鹿しい事になるだろう)。

さらには


「茶番だろうが」


「茶番じゃないね」


などと程度の低い言い争いが発生してしまっては、もう情けないやらである。

しかしながら


「大観衆を前に、己の性行為の一端を披露する事が、茶番でなくて何とするか」


というラーシュの言葉は、この場において誰よりも憎悪を買っている者の言葉にも関わらず、闘技場に詰めかけた万人の賛同を得るに至った。

その台詞で、当事者の一人であったエリー・フォレストはようやく観衆のざわめきの正体に気が付く。

遅きに失した感はあるが、気が付かぬまま放置するよりは、はるかにマシであろう。

エリーは大慌てで訂正の言葉を発した。


「あ!違います、違います!何か誤解されているようなので、私の名誉のために言っておきますけど、口に突っ込まれたの、指ですからね、指!」


まだ結婚もしていないうら若き乙女が、よりにもよってアレ(・・)を口内に咥えてあんな事やこんな事をしたなどと誤解を受けては、今後の人生に関わる。

主な選択肢としては、修道院でお祈りの日々を送るか、娼館行きだ。


「ほう、そういう事か」


たいていの場合においてドツボに嵌るエリーの弁明だが、今回においてはある程度、彼女の望むような方向に舵が切られた。

観衆たちとしても、これまで悲劇のヒロインとして応援をしていたエリーが、とんだあばずれだったとは思いたくなかったのであろう。

人間の性として、己の望む方、信じる方の提案や意見に流されるものなのだ。


「そ、そうか、そうだよな」

「いくらなんでも、そんな破廉恥な行為をしないよな」

「あー、びっくりした」

「やだ、もう、てっきりアレとか言うから……」


セーフ、セーフである。

首の皮一枚、エリー・フォレストの未来が繋がった瞬間だった。


「ふぅ、危ねぇ、危ねぇ。危うくお天道様の下を歩けなくなるところだったぜ」


エリーは額にじんわりと浮かんだ汗を拭いながら深く安堵の息を吐き、アーノルドも大いに頷く。


「いくらなんでも、アレ(・・)は咥えないっすわ。もしアレ(・・)だったら、舐めたりしゃぶったり舌絡めたりしねぇっつーの」


「まったくだ。みんな、想像力がたくましすぎるぜ」


あははは、と当事者同士が笑い合うと、皆も緊張がほぐれたのか、ふぅと息を吐くと共にあちこちで笑いが起きる。


「誤解だったか、ああ、良かった」

「ははは、驚かせやがって」

「さて仕切り直しだな」


観客の安堵と同じく、この状況を見守るグレン、ケイジ、モニカの級友三人組もまた、平常運転の二人に対して


「相変わらず面白いな!」


「いやぁ、あんな風評が事実として流れたら洒落にならないですよ」


「だとしても、自業自得だと思いますわ」


と、それぞれに感想を漏らす中、優等生のキャロルだけが内心、大いに焦っていた。


(え?会場中、納得してる雰囲気だけど、それでいいの?異性の口腔に指を挿入して掻き回すのもそうだし、挙句にそれを舌で舐めたり絡めたりって、それなりにいけない事のような気がするんだけど、私だけ!?)


あまりに自然にエリーからの弁明が通過してしまい、キャロルの常識がガラガラと音を立てて崩れ去っていく。

どこをどうすれば、そんな状況になるのか。

少なくともキャロルの日常において、そんなシチュエーションを迎える可能性は皆無であると断言できる。むしろ倒錯的過ぎて、なかなかの上級者のように感じる。

同調してくれる人を探しながら視線は貴賓席に向かうが、頼みの綱とも言えるノエリアは卒倒していたので、視線は虚しく空振りに終わった。

そして微笑ましい雰囲気が流れる会場を見渡しながら、キャロルは誓った。


(この国はもうやばい。私が何とかしないと)


後世、キャロル・ワインバーグと言う女性が語られる際、「才媛」「理知的」「聡明」などの言葉と共に必ず「苦労人」「後始末」「お詫び行脚」という、お世辞にも美辞麗句とは言い難い言葉が付いて回る事となる。

キャロルが持つ、生来の責任感が昇華したものと言えるが、その源流の一つとして、この闘技場における実体験があった事は否めない。

図らずもエリーの言葉は、とある少女の将来に指針を示してしまったのだが、当の本人たちはその事を知る由もなかった。



◇◇◇


……と、まぁ、想定外の展開を見せたものの、大筋の流れに変化はなく、闘技場には二人の偉丈夫が対峙する状況が続いていた。


仕切り直して睨み合う二人。

アーノルド・ウィッシャートとラーシュ・ルンドマルク。

イシュメイルきっての剣豪であり、有力貴族の出自という共通点はありつつも、炎と氷という相反する魔法属性を有する二人。

そして何より二人の間には、およそ友好とは無縁の空気が漂っていた。


(まぁ、最初っから友好的な雰囲気は皆無だったけどな)


この対峙の原因であるエリーは、闘技場に立つ二人を眺めながら思った。

そもそもルンドマルク側が、まったく友好的な態度を示していない。むしろ挑発的な態度で、王都にいるあらゆる方面に喧嘩を売りつけていた。

それに対して物申した所から接点が生まれた訳で、この間のどこに友情が育まれる隙があっただろうか(いや、ない)。


ガチンッ!!!!


「うお」


エリーが思わず声を上げた。

いきなり両者が斬り結んだのである。

唸るような剣圧と激しい金属音が鳴り響くと、突然の戦闘開始にエリーと同じような反応をした者が多数いる。

それを皮切りに、二合、三合、四合、激しい打ち合いが始まった。

互いの剣に炎と氷が纏われ、ぶつかると凄まじい風が起きる。相反する魔法属性の衝突により、爆発が発生したのだ。


「こりゃ防護壁を重ね掛けせんとまずそうじゃの」


貴賓席にいたイザークが感心しつつも魔導士たちへ指示を出す。

闘技場では観客たちに被害が出ないように、魔法による防護壁がかけられていたが、この調子では少なくとも三重、四重の重ね掛けが必要だろう。


「……………ハッ!」


ラーシュの獲物はアーノルドの大剣に比べれば、はるかに細い剣である。

それを魔力で覆い、鋭い突きを討ちこむ事で互角、いやそれ以上に優勢に戦いを進めていた。

それに対してアーノルドが足を踏み込み、強く斬撃を放とうとした瞬間、ぐぐっ、と体が前につんのめる格好となった。


「……!!」


足が滑らず、斬撃を繰り出す動作に入れない。

懐に潜り込み、回避不能の一撃を放つ必勝パターンへと移行する瞬間、その要となる足さばきが機能しなくなったのだ。


「あの時と一緒だ!」


声を上げたのはグレンである。

かつて祝賀会でアーノルドがラーシュに敗北を喫した時、その原因となったのは足さばきを封じられたからである。


「先輩の足元が……!」


凍てついていくアーノルドの両足を見たケイジが息を呑む。

そう、あの時もアーノルドの足が、ラーシュの氷魔法によって凍結させられ、そのまま敗れ去ったのだ。

それをグレンら参列者は、昨日の事のように覚えており、皆の脳裏に不吉な予感がよぎった。


「たかが氷ごときで」


その不安を払拭するかのようにアーノルドの足さばきが復活する。

足元から炎が湧き上がり、凍てつく拘束を溶かしながら前進する。炎のステップが一瞬のうちにアーノルドとラーシュの間を詰めていく。


「俺を止められると思ったか!!」


氷の拘束を完全に振り切ったアーノルドが、みるみるラーシュへ接近する。

次の行動において、もしかしたらアーノルドはラーシュに感謝しなければならない。

ラーシュが後ろに飛び下がらなければ、アーノルドの横払いが彼の胴体を真っ二つにして、模擬戦とは思えぬ惨状を生みだしていただろうから。


「模擬戦とは思えぬ殺気だな」


「あんたの突きだって、相当なものだったぞ」


ラーシュの言葉にアーノルドがお互い様だとばかりに応じる。


「まぁ、祝賀会の時は、がっちり止められたけどな」


と、ボソっと呟いたのはエリーである。

幸い、彼女の野暮なツッコミは誰の耳にも届かず、場の空気を壊す事はなかった。

それよりもエリーが懸念している事は、アーノルドが空気を壊す事だった。

こういう場で、空気を全く読まない言動をするのは、もはやアーノルドのお約束である。それがこの大一番で発動しないとは、誰が言い切れるだろうか。


しかしエリーの懸念とは裏腹に闘技場では、観客が沸き立つ熱戦が繰り広げられていた。


「はっ!!」

「ちぃっ!」


両者の声が響き渡る中、打ち合いに転ずる決闘は双方を知る者たちにとって意外な展開となっている。

どちらに親しく付き合っている者からすれば


(まさか互角に戦える者がいようとは)


と言った感である。

特にルンドマルクの面々は、ラーシュと言う絶対的な盟主に対して対等に渡り合える人物が存在する、しかも弱冠17歳の若造が相手とは信じられぬ思いである。

それはラーシュ自身も同じようで


「驚きを隠せんな」


と打ち合いながら呟く。

そう言いながらも手を緩める事はなく、正対した姿勢から予備動作すらない渾身の突きを繰り出す。

だがその攻撃も躱す事無く、正面から受け止められた。

仮に回避しての防御であれば、ここまで感銘を受ける事はなかったかも知れない。

しかし目にもとまらぬという比喩が現実となったかのような神速の突きを見切って、剣で冷静に返したのだ。

ラーシュの突きは、速さだけではなく威力も絶技と言って差し支えないレベルである。それを受け止め、返すという事は見切りだけではなく威力に負けぬ体幹が要求される。

それを完璧に応えるアーノルドの剣技に、ラーシュを始め、ルンドマルクの面々は素直に感心した。


「しかし、それはつまるところ……」


貴賓席のイザークが、来賓席のルンドマルク勢たちの心理を読み取ったかのように、顎を撫でながら呟く。

それと合わせて、国王エセルバートが合わせて口を開いた。


「ラーシュ・ルンドマルクが優位」


「その通りじゃて」


二人がルンドマルク親衛隊たちの心の内を読めたのも、同じ感想を抱いたからと無縁ではあるまい。

一見、互角の二人であるが、僅かの差、それも本当に僅かの差であるがラーシュがあらゆる局面で優位に立っていた。

踏み込みの深さ、剣の鋭さ、膂力、推進力、その他すべてにおいて、ラーシュは「北方の狼」と謳われるだけの獰猛さと剛健さでアーノルドを上回っている。

それはアーノルドの方が格下だと卑下するものではない。むしろイシュメイル王国における剣豪・剣士と呼ばれる数少ない名手に、この年にしてほとんど肩を並べるという証左であった。

その名簿の中にはラーシュの他、イザークやマックスといった身近にいる人物から、各地に派遣される人物まで錚々(そうそう)たる面々が列挙されていたが、総じてアーノルドより10歳以上は年上であった。

アーノルドが圧倒的に若い。まったくもって末恐ろしい。

だがしかし。

感心するという事は、格下に対しての感想である。つまり弱い方が、強い方に対して善戦している事への賛辞なのだ。


「この時点では、どうしてもあ奴に軍配が上がるのう」


「互角のように見えるが、わずかに差がある。そして小さかった差が、徐々に大きく開いてきている」


かつてアーノルドが洞窟で首なしの騎士(デュラハン)と相対した時に、相手側が抱いた感覚に近い。

互角に打ち合っているようで、小さな力量の差が勝敗を決し、命取りになる展開。

あの時はアーノルドが勝利を収めたが、今回は真逆である。


「そろそろ分かっている頃合いだろう。何よりお前自身が」


ラーシュはわずかに間を挟んで、アーノルドに語りかけた。


「我らレベルであれば、ごくごく僅かな差が、そのまま勝敗の結果となる」


そしてこうも断言した。


「お前に勝ち筋はない」


傲慢とも言える物言いだったが、この頃になると、観衆たちも徐々に分かってきた。

アーノルドの攻撃の手数が減ってきて、防戦一方になっているという事に。


「強い」


そう、ラーシュ・ルンドマルクは強い。

それがここに居合わせた者たちの、偽らざる感想だろう。尊大で傲岸不遜、傍若無人な振る舞いで後ろ指をさされる事など厭わない。

そんな驕慢な態度が許される理由はただ一つ、強いからである。


剣1本で魔物が巣食う北辺の地に仁王立ちし、常在戦場を旨とする辺境の狼。

そして、そこから生まれる矜持は他の追随を許さず、放たれる剣戟は牙のように鋭く、疾い。


「危ない!!」


観衆の声が響き、間一髪でアーノルドが回避するとどよめきが起きる。

ラーシュの鋭い連撃が、アーノルドの頬をかすめたのである。

一瞬、誰もが勝敗が決したと思い、寸前で躱した後は、どよめきよりも大きなため息が漏れる。

だがそれが意味するのは、明らかにラーシュの方が優勢であるという事実。


やはり、強い。

悔しいが認めざるを得ない冷然だる事実。その空気が闘技場を満たしていた。


「アーノルドさんの技は出せないんですの?イザーク隊長と戦った時に出したでしょう?」


モニカが劣勢に傾いて行く戦況を見ながら歯噛みして周囲に尋ねる。

あの時、アーノルドは全身全霊を込めて放つ強力な炎魔法冥府の炎河(プレゲトン)をもって、イザークを破ったのだ。

しかし剣技において、エリーの級友たちの中でも頭ひとつ抜けているグレンが、静かに首を振る。


「無理だ。予備動作に入る隙がない。連撃可能な【Burn, O Swrod】ですら放てないだろう」


当たれば一撃の必殺技も、一撃一撃が強力無比な一撃も、当たらなければ意味がない。

いかにアーノルドの剣が疾くて強くとも、それ以上に(はや)い攻勢に晒されては劣勢になるのも道理である。


「むしろあれだけの攻勢をよく耐えているよ。アーノルドさんでなければ、手数の多さに圧倒されて、既に勝敗は決まっていたと思う」


ケイジが厳しい視線を向けながら言うと、同級生たちはその言葉の正しさを認めざるを得なかった。

そして同じような言葉を口にする者が、観客席以外にも存在した。その人物は来賓席の最前列、半ば闘技場内にいた。


「それでも、あの男はやってくれる、とでも思ってんのか?」


グレンやケイジたちと違い、せせら笑うような口調で、だが苦しげに呻きながら言い放ったのは、先にアーノルドに敗れ、退場した傷面の男(スカーフェイス)であった。

言葉の矛先は、側で戦況を見守っているエリー・フォレストである。


「は?」


「誤魔化すな。周囲があの男に寄せる信頼感は、傍から見ていても良く分かる」


怪訝な顔をして応じたエリーに、傷面の男(スカーフェイス)はアーノルドの拳によって甲冑ごと砕かれた脇腹をさすり、顔をしかめている。

今さらながらに、とんでもないパンチである。


「おそらく、これまではどんな劣勢でも最後は跳ね除けてきたんだろうよ。だが今回ばかりは相手が悪ぃ。ラーシュ・ルンドマルクは強者揃いの俺たちですら、束になったって敵わない力量の持ち主だ。いくらあの男が強かろうが……勝てる可能性はねぇ」


「あまり自分たちの事を強者とか言わない方が良いですよ。何か自画自賛過ぎてみっともなく見えます」


「事実は事実だからな」


「顔面にパンチ喰らって氷塊に叩きつけられて失神した奴が何を言っても説得力ねーんですけど」


その抗弁は、思ったよりも傷面の男(スカーフェイス)に響いたらしく、「くはっ」と笑い声を上げる。

エリーからすれば、何も面白くない。


「減らず口を叩く女は嫌いじゃないぜ。ルンドマルクに戻ったら、俺たちで可愛がってやるよ」


「そりゃどうも。でもまだ勝敗はついていないんで、気が早いんじゃないですか?」


目の前のアーノルドはどう見ても劣勢だ。だがそれは、敗北とイコールではない。

あの赤毛の先輩は、そうした状況を何度も経験し、挽回してきたではないか。


「おおっ!!」


突如、大きな歓声が湧きあがる。

ラーシュの突きを間一髪で回避したアーノルドが、そのまま足を運び懐まで一気に潜り込んだのである。

これまでよりも一段階、いや二段階は早いステップ。

ラーシュの魔法による氷結効果など完全に無視した炎の足捌きに、一気に両者の距離が縮む。


「見たか、アーノルドにはこれがあるんだよ!」


起死回生の一撃に、ナイジェルが喝采をあげ、場の空気が一気に盛り上がる。

魔法を発動する間は、互いにない。

残るは純粋な剣技の激突だが、双方の持つ武器には大きな差がある。軽く手数に優れるラーシュの細剣と、重いが威力抜群のアーノルドの大剣。

これまで前者がより特徴を活かして有利に戦いを進めてきたが、ここに来ての接近戦は後者に有利である。

この距離では大剣の重い一撃を避ける事も捌く事も出来ず、受けねばならない。


「果たしてあ奴の剣を受けられるか?その細い剣で」


ジュマーナの呟きは事実だった。

アーノルドの剛腕から放たれる重い斬撃は受けるだけでも相当な力量と膂力を要する。

ここまで見事な剣捌きをもってアーノルドの攻撃をいなしてきたラーシュであろうとも、細剣で真正面から受け止め切れるものではあるまい。


誰もが勝利を確信した。

アーノルドが打倒してきたルンドマルクの騎士たち同様、ラーシュもまた愛剣をへし折られ戦闘不能になる未来が、皆の脳裏に去来する。

当のアーノルドすら、己の刃が届く事を信じて疑わなかった。


「……………!!」


次の瞬間である。

アーノルドの剣に強い衝撃が走る。

だがそれは、ラーシュの剣をへし折ったような感触ではない。何か固い物に、剣が受け止められた衝撃であった。


「なるほど、見事だ」


アーノルドの斬撃を受けたラーシュが、珍しく相手を褒める。

態勢は躱された右手の細剣を突き出したまま。だがもう片方の腕がしっかりとアーノルドの剣を迎撃している。

もちろん素手ではない。彼の左手には、短いが厚みのある三本刃の短刀が握られていた。


「二刀流……!」


細剣ほど長くはなく、だが強く固い、大振りの短剣(ダガー)

サイズ的に、腰に下げていたのではなく、体に身に付けていたのだろう。ゆえにアーノルドも気が付かなかった。


「まさか私に、二刀を使わせる者がいようとはな」


アーノルドの斬撃を受けきったラーシュが、自由になっている右手の細剣を突き出す。

これをかろうじて回避したアーノルドであったが、ラーシュは再び間合いを取り、接近戦を抜け出した。


「あれが本来のラーシュ・ルンドマルクの戦い方だ」


傷面の男(スカーフェイス)がニヤリと不敵に笑う。


「神速の攻めと、鉄壁の守り。ちっとばかり腕の立つ程度の餓鬼にゃ荷が重いんじゃねぇか?」


その言葉を否定したくとも、誰一人として反駁できずに沈黙する。

明らかに今の一撃が最後の反撃になるであろう事は、誰もが承知していた。その千載一遇の機会を逃したのだ。

しかも偶然ではなく、必然の形で。

それは、もはやアーノルドに反撃する術がない事を意味していた。


一瞬だが高まった反撃の機運は急速に(すぼ)み、暗雲が再びアーノルドの頭上に立ち込めていくのを誰もが感じ取っていた。

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