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第16話 上級者認定

ただならぬ喧騒の中、まるでモーゼの十戒のごとく宿までの道が拓ける。

すさまじい好奇の視線が突き刺さるのを歯牙にもかけず、アーノルドさんは悠然と私を抱えたまま歩き出す。

何と言う胆力……を通り越して馬鹿なんだと思う。


しかしいくらなんでも、人が集まりすぎではなかろうか。

貴族の馬車は珍しいとはいえ、見たことがないわけではあるまいに。

だが私の耳に入って来た野次馬たちのささやきが、その理由を明らかにした。


 「すげぇな、昼間から馬車がきしむほどに激しく…」

 「服もあんなに乱れてるし…」

 「外にまで声が漏れていたわよ…」

 「あんなに大声を出したらな…きっと道中の営みでは満足できなかったのだろう」

 「締まるって、あそこの事……だよな…」

 「決まってんだろ、その後で、その…出してんだから」

 「つまり(ピー)で締め(ピー)許可なしで(ピー)ピーだな…」

 「(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)(ピー)」


最後、何言ってっか聞こえねぇよ!!

ホイッスルかよ!!

そうか、そういう事だったか!

おい、先輩、私たち、馬車の中でギシアンしてたと思われてるぞ!


 「…ったく、痕になっちまっただろうが」


私との格闘で乱れた衣服を強調するように、くいっと首を持ち上げると、首筋に私の手痕がくっきりと残っていた。

彫像のような肌が胸元までシャツが広がってしまったせいで剥き出しになったばかりか、これまた見事な鎖骨のラインが完璧なだけあって、手の痕が、それがもう何か、こう、淫靡な感じで目立ってしまっている。

おおい、やめろ、色男!

アーノルドさんがそれをやると洒落にならん色気が振り撒かれるんだって!

あちこちで女性たちが「きゃー!」とか黄色い悲鳴を上げて卒倒しているのが見えないのか?


 「なんだ、その馬鹿にしたような目は。

  お前だって似たようなもんだからな」


そう言って私の首元を見る。

え? もしかしてさっきアーノルドさんに締め上げられた時の手の痕、私の首にも残ってる?

しかもよく見たら、結構、着衣が乱れていて、人様に見せてはいけない姿に!


 「なんて背徳的なプレイを…」

 「お互いに…攻守交代しながら、あんなことや、こんなことまで…!?」

 「こいつら、そんなプレイ中の声を俺たちに聞かせて悦に入っていたのか…」

 「上級者すぎる…」


先輩、私たちは何かの上級者に認定されましたよ?

少なくとも良い意味ではないと思いますが。

何か一言、ないんですか?


 「なかなか賑やかでいい場所だな。悪くない」


こいつ、真性の馬鹿だな。


その馬鹿は、とうとう宿まで私を抱っこして送り届けてくれた。

玄関先で良いっつってんのに。


 「裸足の奴を置いていけるかよ」


と、部屋まで放り込むと、続けて少なくない荷物を持ってきてくれて。

それが済むとぼそっと、


 「明日も迎えに来る」


アーノルドさんはそう告げて、乗ってきた馬車へと戻っていく。

は? 明日も来るんですか!?


 「裸足で通学できねぇだろ。

  それに靴も持ってこないといけないしな」


なんと、送迎ばかりか、靴まで調達してくれるという。

懐が乏しい私にとってはありがたい申し出なのだが、そこまでしなくても…


 「それとお前の教科書を破ったり、イジメた奴の特定は進めている。

  少なくとも、今よりは安心して通えるようになるはずだ」


ぶっきらぼうな口調ではあるが、その言葉には確かな信念が宿っていた。

うーん、悪い人じゃないんだよなー。

私に敵意を抱いているのに、ちゃんと扱ってくれるし。

本人としては不本意なんだろうけど、やっぱり私は彼を憎めない。

むしろ私がいなければ、もっとまともな学園生活を送れたはずなのに申し訳ない気持ちだ。

ああ、もう、だったら言わないわけにはいかないじゃないか。


 「先輩!」


私は去り行くアーノルドさんを、窓から顔を出してまで引き留めてしまった。


 「なんだよ?」


 「ありがとうございました。 あの……嬉しかったです」


こんな事を言われてもアーノルドさんは嫌がるだろうし、私の自己満足かもしれない。

でも、嫌われていても、感謝の言葉を述べるのは悪いことではないはずだ。

あなたたちにとって邪魔者でしかない私だけど、せめて感謝を伝えたかった。


 「うるせぇよ」


ああ、やっぱり。

私なんかにこんな事を言われても迷惑か……。

分かっていたけど、ちょっとだけショックだな。


でもどうしてだろう、振り返る最後の一瞬。

そう、ほんの一瞬だけど、ちょっとだけ口元が微笑んでいた……ような気がする。

だが問題はそこではない。

このやりとりを見ていた野次馬たちの反応である。


 「そうか、そんなに良かったのか…」

 「あれだけ嬌声をあげてたんだ、そりゃ良かったんだろうねぇ」

 「つか、毎日すんのかよ」

 「こりゃ明日も来るしかねぇな」


うああああああああああああああああああああああああ!!!

乙女の名誉が! 純潔が! 貞節が!!!

いわれなき誤解で穢されていく声が聞こえてくる!!


 「あんた」


おおっと、下宿屋のおばちゃん!!

すみません、この騒ぎには訳が……


 「うちの壁は薄いんだからね。

  やるんだったら、3つ先の通りにある宿を借りとくれよ」


ふおおおおおおおおお?

いや、私が言いたいのは、そういう事ではなくて…


 「ああ、心配しなくてもいいよ」


 「え!?」


 「一泊しなくても、3時間や半日コースもあるみたいだからね。詳しくは受付に聞いとくれ」


 「ちっがああああああああああううううううううううう!」


こうして私は学園での「キャンプ」というあだ名に続き、「上級プレイヤー」という称号を手に入れた。


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