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2章第95話 騎士の腕の中で

「おい、アーノルド、アーノルド!」


エリーが救護を受けている地点から離れた場所で一人、アーノルドが見張りに立っていた。いや、見張りという言葉で誤魔化されているが、あまり警戒心は強くなく、佇んでいると言って良い。


「アーノルド、見張りは良い。エリーさんの側に行ってやれ」


フランクが語りかけるが、アーノルドは静かに首を振り拒絶した。


「みんながいるので、大丈夫です。剣を振るのが役目である俺の出番はありませんよ」


「励ましてやる事くらいできるだろう。俺らがいるより、付き合いの深いお前がいた方が良い」


「俺にその資格はありません」


その言葉を聞いたフランクは、「あ、これ、いつもの面倒くせぇやつだ」と直感した。今度はどこで、ネガティブな心理が発動したのだろうか。


「お前はそういつも卑下するがな。お前以外にエリーさんを助けられた奴はいない。もっと胸を張っていいんだぞ」


「あれを助けたって言うんですか!?」


アーノルドは悔しそうに口走った。


「これを見てください」


アーノルドが両手を広げて身体を見せると、そこにはおびただしい量の血がべっとりと付着していた。


「すげぇ量でしょう?でもこれ、俺のじゃないんですよ。エリーを抱きかかえた時に付いた血です」


そう言い終えると地面に剣を突き刺した。


「何が護るだ。まったく護れていないじゃないか。俺は、そんな自分が許せない」


吐き捨てるように言うと、そのまま沈黙してしまう。そんなアーノルドを見て、フランクはため息と共に


(完璧主義者すぎる)


と肩を竦めた。今回はエリーの自己犠牲精神もあって一人に負荷が集中したが、戦場では全員を救う事など不可能である。それはアーノルドも良く知っているだろうに、おそらくは……


(護衛対象がエリーさんだからだな)


フランクのみならず、他の者もそう思わざるを得ない。口では何だかんだ言いながら、アーノルドはエリーの事になると平常心がまったく保てていない。

今回の探索においては、手の届く場所に彼女を留めておきながら、瀕死の重傷を負わせてしまった。それもきっかけは、自分のいわばミスのようなものだった。今、アーノルドの胸中には安堵よりも自責と呵責の念の方が支配しているのは、誰の目にも明らかだった。


「そうは言っても、エリーさんはお前を待っているだろうに。行って来い」


「嫌です。会わす顔がない」


こうなるとアーノルドは強情である。耳など貸す余裕もなく、自分の殻に閉じこもってしまう。フランクが「面倒くさい」と評する一面である。

さてどうしたものか、とフランクが首を捻っていると、背後から二つの影が近づいて来た。


「来い」


女性の声がアーノルドにかけられる。

二人が振り向くと、そこには嘆きの乙女(バンシー)首なしの騎士(デュラハン)の姿があった。


「あの娘が呼んでいる」


◇◇◇


アデリナの言葉にアーノルドは拒絶の意思を示した。


「行かない。いや、行けない」


「ふん、くだらない自己罰?」


はっ、とアデリナが鼻で笑う。だが表情は怒り、嘆きの乙女(バンシー)どころか怒りの乙女(カーリー)のごときである。


「この際、お前の内心や自責などどうでもいい。あの娘がお前を呼んでいる。だから連れて行く」


そういうとアデリナはつかつかとアーノルドに詰め寄る。そのまま引きずって行くのかと思いきや、彼女はアーノルドの襟首を掴み、そのまま顔を引き寄せて低い声で語りかけた。


「悲劇のヒーローぶってんじゃないわよ。目的を達成しておいて、その過程が気に食わないとか、結果が完璧じゃないとか、ずいぶんと偉そうに語ってくれたものだ。全知全能の神にでもなったつもりか?」


「俺がしっかりしていれば、エリーを傷つけずに済んだ!」


「彼女は生きているだろうが!」


アーノルドの叫びに対して、アデリナも叫び返す。


「もう一度言おう。彼女は生きている、生きているんだ。お前の情けない失態で孤立し、足りない頭でどうしようかと考えて、お前を呼び寄せ、救出させた。足掻いて足掻いて、生き延びたんだ。それを他でもない、お前が恥じるのか」


「…………………」


「私たちを救った際に砕けた肩も、皆を救うためにえぐられた右足も、彼女が行動した結果だ。その行動をお前は侮辱するというのだな」


「違う、俺は……」


「情けない男だ。どうして私たちは、お前ごときに不覚を取ったのか」


アデリナから罵られ、乱暴に突き飛ばされてもアーノルドは立ち尽くすのみで、足は一歩も動かない。フランクが口を挟もうとしたその時である。


「………………!!」


横からハロルドがアーノルドに対して右の拳で思いっきり顔面をぶん殴ったのである。激しい音が鳴り響き、アーノルドが地面に尻もちをついて倒れる。

ハロルドは何も言わない、何も言えない。だが拳を受けたアーノルドは切れた唇を手で拭いながら思う所があったようだ。


「…………そうか、ハロルドさん、あなたは……大事な人を失ったのでしたね」


似たような境遇であるアーノルドとハロルド。その二人を決定的に分けているのは、大事な人を救えたか否かである。

ギリギリではあるがエリーを救出したアーノルド。

一方で、アデリナをその場から逃す事はできたが、結果的には守れなかったハロルド。

その差は海よりも深く、空よりも高い。決定的と言う言葉が生ぬるい程、両者には永劫に拭い切れない差があった。


「あなたに言われちゃ、反論できません。俺の自責の念なんて、あなたの絶望に比べればどうと言う事はない」


おそらくこの場にいる騎士の中で、アーノルドに対し自分の経験で諭せる者はハロルドくらいだろう。イザークも経験豊富ではあるが、悩みの性質が違い過ぎるので、ハロルドの鉄拳ほど響いたかどうか。


「顔、出してきます。あいつは俺の顔なんか見たくもないかも知れませんが」


ふらふらと立ち上がったアーノルドは、殴られた影響で千鳥足なのだが、しっかりとエリーの方へと向かっていく。

その遠ざかる背中を見ながら、


「あれほど行き渋っていたくせに、いざ向かうとなると、気が急いているのか足早だな」


と、アデリナは、ようやく一仕事を終えたような口振りで言った。ハロルドは、やれやれと苦笑しながら応じる。


「そもそもアーノルドの奴の中で「行かない」という選択肢はないんですよ。ただ合わす顔がないのも事実なんで、誰かに背中を押されるのを、ああやっていじけて待っていただけでしょう」


「面倒くさい男だ」


言葉自体は辛辣だが、言葉ほどその表情は嫌悪していない。むしろどこか好感すら抱いている節がある。

その横顔を見やるフランクもまた、どうしてこうなったんだか、と思わざるを得ない。


(まさか怪異と肩を並べて会話をする事になろうとはね)


この洞窟遠征が計画された時には考えられない状況である。討伐対象と剣を交える事がなかったばかりか、旧がつくとはいえ、同国の騎士団隊長と相まみえたのである。もし昨日の自分に事実を告げる事ができたとしても、一笑に付されるであろう。まるでたちの悪い創作物語のようだ。

かく言う自分も、二人が明確に味方をしてくれなかったら、こうやって対話できたかどうか。意思疎通が出来ているとしても、正直、まだ恐ろしい。こうやって怪異と話している自分を、他の団員が遠巻きに見ているのだが、その視線に恐怖の成分が混じっているのは否めない。


嘆きの乙女(バンシー)首なしの騎士(デュラハン)か。心理的な壁を打ち崩して交流を図るには、骨が折れそうだな…)


何せ伝説級の威容である。味方となってくれれば、これほど王国にとって心強い事はないが、その迫力と佇まいから来る近寄り難さは、そうそう取り払えるものではないだろう。一瞥されただけで、すくみ上ってしまいそうだ。元団員が怪異の素になっているとは言うものの、交流するにはハードルが高い。


(さて、どうしたものかね)


そうフランクが腕を組んだ時、当の怪異たちが諍いを始め、アデリナが声を荒げて叫んだ。


「は?なよなよしているから、イラっときて殴った?「自分と比較して恵まれた状況じゃないか」と分からせるために、喝を入れたんじゃなかったのか!?」


「…………!」


「そうか、じゃないだろ!あいつ、勘違いしてお前に感謝してたぞ!だいたい、お前は昔からそういう……」


……どうやら首なしの騎士(ハロルド)の方は、アーノルドを導くためではなく、イライラしてぶん殴っただけらしい。その件に付いて、思いっきり嘆きの乙女(アデリナ)に問い詰められていた。説教を喰らう首なき鎧騎士は、必要以上にペコペコして恐縮しきっており、威厳もへったくれもなくなっていた。


(………うん、何とかなるやもしれん)


事実、団員たちの畏怖の視線が、ポンコツを見る目に変わっていっている(ちなみに普段のアーノルドを見る視線である)。

フランクの耳に、心理的な壁がガラガラと崩れ落ちる音が鳴り響いていた。


◇◇◇


エリー・フォレストは泣いていた。

心理的にではなく、物理的な痛みに耐えかねて、である。


(痛いよぉ、寒いよぉ)


なんで体中が痙攣なんてするんだ。そのたびに激痛が走って呼吸すらままならない。足がガクガクするたびに脳天まで鋭い痛みが走るので、まともに声すらあげられない。痙攣だけでなく、寒くて震えるせいで、さらに痛い。全身がくまなく痛い。

どうやら襲撃者たちの追撃もないし、一件落着……と思った途端に緊張が解けて、これまで我慢して来た疲労や痛みが一気に押し寄せて来た感じだ。耐え難い痛みで七転八倒……とはいかない。体が動かないので、びくんびくん、打ち上げられた魚のようにのたうちながら、声にならない声を上げるだけだった。

頭の中が激痛でおかしくなりそうで、四肢がバラバラに砕け散りそうで、もう心身が限界だった。


(もういいかな、もうさすがに、みんなも大丈夫だろう)


この後、私の力が必要な場面はもう来ないはずだ。だから、精一杯頑張って、ガチガチと歯を鳴らしながら、一言、一言、途切れ途切れながらに懇願した。


「……もう、い…い、か、ら…殺……し、て……くだ……ざい……」


つらい、つらすぎる。こんな苦痛が続くなら、もういっその事、とどめを刺して欲しい。

頑張ったよ、うん、限界まで頑張った。指一本動かせないくらい、出し切った。そんでもって、指一本動かすだけで、全身が悲鳴を上げるくらい、手酷いダメージを負った。もういいでしょう。


「馬鹿っ!!」


苦悶に歪む私を怒鳴りつけたのは、キャロルさんだった。


「何でそんな事を言うの!?ちょっと集中が乱れるだけで制御ができなくなるんだから、変な事を言わないで!!」


私の患部を冷やしてくれているキャロルさんは、怒っているのだが、顔はくしゃくしゃになって涙を流していた。

ああ、そんな顔をされると申し訳なくて堪らなくなる。いつも冷静なキャロルさんを、あんな顔をさせて泣かせてしまった。

おとなしくしよう。そして安静にして、彼女の言う通り、少しでも命を繋ぐよう……


「今度言ったら、こうです!」


ばちん、と左の頬が張られた。巨石直撃した右側の顔面でなかったのは、せめてもの情けなのか。


「こっちの気も知らないで!あなたは、自分が治る事だけを考えて!!」


言葉とは裏腹に、ばちん、ばちんと平手打ちを連発される。はて、おかしいな。私は治療を受けていたはずなのに、左の頬が赤く腫れていくぞ?

ビンタも本気のやつが積み重なると、なかなかのダメージだ。私、このまま撲殺されるんじゃないだろうか。抗議の声をあげたくても、生命力がギリギリの私では、蚊のようなという例えすら出来ないほど、か細い音が漏れるだけだった。

その時、気が遠くなる私の耳に飛び込んできたのは、聞き慣れた、でも一番聞きたかった声だった。


「エリー!」


もうその言葉を、この洞窟内で何度聞いただろうか。それでも気分はそんなに悪くない。ありとあらゆる「エリー」という呼びかけをされてきたが、今回のは、まぁ、結構、必死な部類ですね。この声色の時は、だいたい私が酷い目に遭っている時なので、あんまり聞きたくないんだけど……

それでも叱られている時の「エリー!」よりはマシなので良しとしておきましょう。


「あー、のる、ど、さん」


きちんと喋れたのか、定かではない。ただ精一杯、目の前に現れた赤毛の男の名前を呼んでみた。

そして当の本人は、何だか知らないけど、キャロルさんに張られた私の左頬同様に、右頬がぶん殴られたように腫れていた。

それが何だかおかしくて、痛いのに思わず笑いがこみあげてきてしまう。


「……なんちゅー、顔、してんすか…」


「ハロルドさんに……喝を入れられた」


ぶすっとしながら、右手で血の滲む唇を撫でるアーノルドさん。それだけで、だいたいの流れは分かった。


「…………だっさ」


「うるさいな。色々と考える所があったんだよ」


「ひひひ」


自然と笑ってしまい、続けてやって来る痛みに「うぎゅう」と悲鳴を上げる。変な悲鳴で恥ずかしい。

苦しむ私だったが、ふと流した視線の先に、団員さんたちの垣根の中、合流したアデリナさんとハロルドさんを見つける。

私の視線に気が付いたのか、アデリナさんは、腕組みしたままさりげなく二本指を立ててピースサインを送ってくれ、ハロルドさんはドヤった感じで親指を立ててくれた。

心なしか、二人の存在が希薄になってきているのは……もう私の意識が喪失寸前って事なんだろう。


(もしかしたら、もうこのまま目が覚めないかもしれない)


視界が薄れていく。瞼が落ちていくのが止められず


(ああ、目を開けるのにも体力っているんだな)


と、くだらない事が脳裏をよぎる。

ぶるっ、と身体が大きく揺れる。それは痛みでも、寒さでもない、恐怖からだった。

もうここにいる人たちと会えなくなる、と思うと怖くて怖くて身震いしてしまう。心が萎え、油断すると言ってはいけない言葉が紡がれそうなので、必死に抑え付ける。

そう、言っちゃ駄目だ。

「助けて」なんて言葉は、ここにいるみんなの心を縛り付けてしまう。

そんな事を言われて、助けられなかったら、きっとみんなは一生、その言葉を背負っていかなくてはならない。

だから笑顔で、怖くても笑顔でお別れをしなくちゃいけない。


そう、それなのに。

なんだって、こんな時に限ってやって来るんだろう。

いつもいつもいつもそうだ。助けて欲しい時に、ほとんど手遅れだっつーのに。来るなら来るで、もっと早く駆けつけろってんだ。

そう思いながらも目の前にいる先輩に声をかけずにはいられなかった。弱味を見せれば、少しは優しい言葉をかけてくれるだろうか。


「……さむい」


「そうか」


「……いたい」


「そうか」


それしか言えないのか、この朴念仁、と思いながらも苦笑が口端に浮かぶ。ただ、すぐにアーノルドさんが「大丈夫か」と心配してくれたので、苦笑ではなく痛みに顔を歪ませたんだと勘違いしたのかも。よほど酷い顔をしているんだろうなぁ。


「相変わらず……気の利いた事、ひとつも、言えないんスねぇ……」


そう言いながら、手を伸ばさずにはいられなかった。私の表情は分からないけれど、今のアーノルドさんの表情は見ていられなかったから。四肢のうち、かろうじてまだ動く右腕を、アーノルドさんの頬に伸ばして、なでなでしてみる。


「……なんちゅー、顔、してんすか…」


撫でながら、同じセリフをもう一度言ってしまった。さっきとは違う感想を込めて。


「お前より、ましだ」


そういうアーノルドさんは、さっきぶん殴られてむくれた顔より、もっとずっと深刻で痛ましい表情をしていた。本当に、なんちゅー顔してんだ、この人は。


(おいおい、まるで今生の別れみたいじゃないか)


よほど私の状態は酷いようだ。結構、無茶をしたし、こればっかりはしょうがない。

アーノルドさんは、伸ばした手を掴むと、力強く握る。ちょっと痛いんだけど、頬擦りするように慈しんでくれたので、文句は言わないようにしよう。


「冷たいな」


アーノルドさんは手を掴みながら言った。もう手の先にまで血が回ってないんだろうな。真っ白だし。血の気が引くとはこの事だ。


「アーノルドさん」


私はしっかりと、アーノルドさんの赤い瞳を見ながら言った。


「みんなは、ぶじ……?」


それが一番の問題だった。いくら加護を授けたとしても、その後は皆の力量にかかっている所がある。襲撃者たちが打ち倒されるのは仕方ないとして、味方の損害はどうだったのだろう?

その問いに、アーノルドさんは優しく頷いて答えてくれた。


「安心しろ。お前のおかげで、誰も死んでない」


その言葉に、私は思わず大きく息を吐いた。

よかった。ああ、本当によかった。心の底から安堵したよ。

そんな私の安心した姿に、アーノルドさんはやや咎めるような口調で語りかける。


「もう休め。他人の事を気に掛けている場合じゃねぇだろ」


「まー……安心しました……けど……みんな……」


「休めと言っている」


アーノルドさんはそう言うと、掴んでいる手を頬すりした。自分の顔が血で汚れるにも関わらずだ。

あー、止めて欲しい。

今までそんなに優しくしてくれた事なんて……何度かあるか。色んな思い出が一気に甦って来た。

あれ、これ、走馬燈?走馬燈って奴!?死ぬのかな、これ!?


「んぶぐ」


口をパクパクしていたら、アーノルドさんの人差し指で封じられた。オシャレな口の封じ方だな。何かむかつくので、その指を舐めまわしてやろうか。

そんな不埒な事を考えていたら、突然、アーノルドさんに抱きすくめられてしまった。

うおお、こいつ、私よりももっと不埒な事を考えていたというのか!こんなに大勢の人がいる前で!!


「寒いんだろ?」


あ、温めてくれてたんですか。すみません、私の脳内が下劣だったようです。恥ずかしい。

ご丁寧に鎧を外してくれたので、しっかりと密着して体温が伝わ……

……え?密着?もしかしてすごい態勢になっていたりするんではないですかね?まだ未婚の男女がこんなにも身体的密着をしてしまって良いものですか?

はっ! このままでは外見に似合わず乙女なまま、行かず後家に成り果てたアデリナさんから、嫉妬と怨念混じりの攻撃が……来ないな。


「……見世物ではないぞ。救護の娘以外は散るが良い」


何か知らないが率先して騎士団たちを散らしている。余計な所で気が利きますね。


「しょうがねぇな」

「ここは二人にしてやるか……」

「おい、散った散った」


それに従う騎士団もどうなんだ。すでに怪異に仕切られてるぞ。物わかりが良すぎて怖いよ。


「悪い」


こっちはこっちで、アーノルドさんが申し訳なさそうに謝罪する。何をそんなに謝るのだろう?


「俺はお前を傷つけてばかりだ。初めて会った時から、ずっとだ。本当なら、俺はお前をこうやって触れるどころか、隣に並び立つ資格すら持っていない」


「いえ、私は別に……」


「現に今もこうしてお前は血塗れで倒れている」


私を抱きかかえる手に力が籠った。

正直、血塗れは自業自得というか、無茶し過ぎた結果なので、アーノルドさんが気に病む必要はないし、かえって申し訳ないんだけれど……


「あの、アー……」


「休めと言っている。しゃべるのを止めないと、違う方法でその口を塞ぐぞ」


冗談めかして言う。いや、冗談だよね?その割に顔が近い。近い。吐息がかかる。そして唇を封じていたアーノルドさんの指が、私の唇を周回するようになぞられる。

お、お、お、なんだこれ、なんだこれ。どういうご褒美だ、これ。


「……………」

「……………………」


私を治療するキャロルさんと、仁王立ちで監視するアデリナさんの視線が痛い!


でもそれ以上に、心臓の鼓動が、密着したアーノルドさんに伝わるくらいに早くなっている。距離を取ろうにも、力強く抱き締められていて、どうしょうもない。


「俺は……ずっと自分が嫌いだった」


お?どうした、先輩?自分語りか?


「あと、お前の事も嫌いだった」


ずがーーん!! てめぇの話をするのかと思ったら、こっちにまで流れ矢が!しかもなかなか強烈な!!ええ、そうでしょうね、それは感じてました! 最初の頃とか、それはもうぶんむくれて馬車に同乗してましたもんね。


「わけのわからねぇ事ばっかするし、がさつだし、人の言う事をちっとも聞かねぇし、すぐ調子に乗るし、淑女としての嗜みを欠片も感じない破廉恥痴女だし……」


一発一発が致命傷になりかねない精神攻撃を受けて吐血する。いやいやいや、最後のは先輩もだろ!いい加減、あなたも変態紳士だと思いますよ!?


「だが」


お? どした?


「……馬鹿みたいに明るくて、お人好しで、くるくると感情が変わって、毎日違う顔を見せるお前から、目が離せなくなった。翻弄されて腹立たしかった毎日が、あんなに面倒くさいと思っていた騒々しい日々が、今となっては悪くないと思っている。知らねぇうちに……楽しくなっていたんだと思う」


……おおお、どうした、どうした。マジでどうした? このまま告白でもすんのか?

よし身構えるぞ。どんな事を言われても良いように。

さぁ、来いや!

先輩のどんな台詞だって受け止めてみせますぜ。


「俺は義姉さんの剣として、生涯を終えるつもりだ」


私は思い出した。


(ああ、こいつ、重度のシスコン野郎だったわ)



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