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フォルス・クラウド  作者: 大塚フミヤ
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私立探偵サークル

主な登場人物


城北じょうほく大学私立探偵サークルメンバー

※東京都豊島区に所在する架空の大学です。


空条くうじょう ほまれ(18)大学1年生 男

→大学では心理学を学んでいる。元々心理学は好きであり、人の心について学んでみたいと考え 入学する。特技は唯一続けてきたピアノ。交友関係は広くなく、本人の中で親友と呼べる人物は1人だけである。あることをきっかけに私立探偵サークルに入部する。


サークル部長:三戸谷みとや 京介きょうすけ(21)大学3年生 男

→私立探偵サークルの部長。大学の専攻は心理学であり、空条が所属する心理学部とサークルともに先輩にあたる。かなりのイケメン顔で、学部での女子からの人気が強い。スピリチュアルが好きであり、大学進学か占い師の道を本気で悩んでいた時期があった。趣味は占いとパワースポット巡り。


サークル副部長:芦塚あしつか たくみ(20)大学3年 男

→私立探偵サークルの副部長。大学では理工学部に所属していて、サークル内の頭脳的存在である。本人は大学内で起きた事件を謎にしたままにすることが嫌いで、科学の力ですべて解明できると考えサークルの活動に参加している。趣味は科学誌を読むこと。


サークル部員1:朝宮 このみ(あさみや このみ)(18)大学1年生 女

→空条とは同じ学部であり、あることをきっかけに知り合うこととなる。空条よりも少し先に私立探偵サークルへ入っていた。困っている人を放っておけないタイプであり、自ら私立探偵サークルに入部した。特技は映える写真を撮ることで、かなりのスイーツ好き。


サークル部員2:上ノうえのその 文香ふみか(18)大学1年 女

→主人公と同じ学部で、朝宮このみの友人。半ばこのみに強制的に私立探偵サークルへ入部させられた。とても温厚な性格で、誰に対しても分け隔てなく優しい。父親は自身で起業した会社の社長であり、本人は自覚していないがかなりのお嬢様である。趣味は恋愛映画を観ること。


サークル部員3:如月きさらぎ 利依りえ(19)大学2年 女

→心理学専攻で三戸谷に惚れて私立探偵サークルへ入部した。しかし三戸谷に彼女がいることを知り、いつか分かれる機会を狙って在籍している。三戸谷にしか興味を示さず、他の部員達には塩対応でサークルにも興味をもっていない。思ったことをすぐに口に出す性格であり、トラブルを起こすことが多い。趣味はたまに高いアクセサリーや化粧品を買うこと。


サークル部員4:濱野はまの 知己ともみ(19)大学2年 男

→大学では文学部に所属していて、父親がミステリー小説の編集者をしていることから元々興味があり入部した。塾の講師のバイトをしていてたまにしかサークルに顔を出さない。性格は大人しく根暗だが、仲が深まるとより明るくなるタイプである。趣味はミステリー小説と怪奇小説を読むこと。


サークル部員5:乙坂おとさか 弘彦ひろひこ(19)大学2年 男

→濱野知己の友人であり、文学部に所属している。女性と付き合った経験は一度であり、振られてきた数の方が多い。周りからは何かが足りない残念な男といわれているが、ナンパで鍛えた洞察力は探偵並みである。趣味は恋愛とたまに旅行に行くこと。


誉の友人:藤宮ふじみや あつし(18)大学1年 男

→誉の親友であり、映像研究学部のため学部は異なる。誉とは高校時代に塾が同じでそこから知り合い、同じ大学を志願していたことからより一層仲が深まった。将来的には映像業界に就きたいと考え、映像研究学部に所属している。誉とは性格が異なり、大学ではテニスサークルに所属していて女子からの人気が強い。彩色兼備な彼女がいて、美術の専門学校に通っている。


誉の父親:空条くうじょう 武夫たけお(45)

→誉の父親であり、ある事件で妻を亡くしてから13年間誉を育ててきた。普段は医療機器メーカーの会社員として働き、休日は料理を作ることもある。再婚相手を一時期探したこともあったが、その時誉がいじめられていることを知り思いとどまる。時には誉に対し厳しい面も見せるが、いつも誉のことを陰ながら応援している。



第1章 私立探偵サークル



 その日僕は大学に入学してから2週間が経ち、授業登録やその他諸々の手続きを終えて次の授業まで暇を持て余していた。4月15日火曜日、時刻は13時20分。昼飯は取り終わり、友人の藤宮(ふじみや)(あつし)とキャンパス内の売店が併設された休息スペースにいた。


 スマホで誰かとメッセージを送りあっている藤宮が不意に僕へ質問を投げかけてきた。


 「そういえば(ほまれ)は何処かのサークルに入らないのか?ピアノやってたんだし、音楽系のサークルに入ればいいじゃんか」


 僕は考える素振りを見せず、すぐに即答した。


 「生憎この大学はクラシック好きがいないらしく、軽音かフォークソングサークルしかないじゃん。僕がどちらかのサークルに入ったとしても音楽の方向性の違いってやつできっと辞めてると思うよ」


 藤宮はこの返答を予想していたみたいで、深くため息をついた。


 「誉はほんとネガティブ思考だよな。まあサークルに入ることは個人の勝手だけど、せっかくのキャンパスライフだから楽しもうぜ」

 「僕は藤宮ほどの好奇心はないよ。今は気が向いたらピアノを弾く感じだし。藤宮はテニスサークルに所属してから上手くいってるの?」


 藤宮はこの質問が僕からくるのを待っていたかのように即答した。


 「まぁ一応うまくやってるぜ。高校の時と比べてそこまで大変ではないし、実際に大会とか目指すサークルじゃないからね。あとは可愛い子が結構所属していて、この間仲良くなった恵美(えみ)ちゃんと今度飯に行ってくるわ」

 「その恵美さんという人と今メッセージのやり取りしてたのか。相変わらず藤宮はモテるな」

 「その恵美ちゃんが多分俺のこと彼氏候補として狙っているみたいなんだよね。やけに俺に用事もなくメッセージが来るからさ」

 「藤宮はあんな可愛い清楚系の彼女がいるのに恵美さんという人と飯に行くのか。そんな奴だったとは思わなかったよ」

 「なにか勘違いしてるよ誉君。俺は恵美ちゃんと飯に行くのは友人関係としてだし、その時俺に彼女がいることもしっかりと伝える予定だからさ」


 藤宮は自信ありげにそう言ってきたが、何処か説得力が欠けているように感じてしまうのは敢えて突っ込まないこととした。


 こんなどうでもいい話をしていても次の授業まであと1時間はあった。

 ふと藤宮が僕に暇をつぶす提案を持ち掛けてきた。


 「また講堂にあるピアノを弾いてくれよ。誉の演奏は暇つぶしに最適だし」

 「今度はリサイタル料が発生するよ。それでもいいなら弾くけどね」

 「心から誉の演奏が感動して、俺が泣き出したら払ってもいいぜ。多分泣かないと思うけどね」


 そんな冗談を言いながら僕らはピアノがある大学内の講堂へと向かった。講堂は閉校まで常時開いていて、そこにあるピアノは誰でも弾けるようになっている。たまに軽音かフォークソングサークルのメンバーが弾いていることがあるが、クラシックを弾いているのは入学してから僕一人だけだった。


 講堂はレンガ造りであり、英国のビック・ベンを模した外観であり、そのミニスケール版のような造形になっている。大学自体が80年目を迎えようとしていて、講堂は何度か建て替えがあったが時計台のみは80年間時を刻み続けている。

 講堂の中に入ると昼間でも薄暗く湿った空気が感じられた。誰かが講堂内に入ると自動的に照明が着くようになっていて、一気に講堂内が明るくなった。最初に広々とした舞台に大学の校章が真上についた垂れ幕が下がっているのが目についた。次に段差をつけながら一列につき20席ほどのテーブル付きの座席が、舞台から20メートルほど離れて30列ぐらい並んでいるのが目につく。入学式と学部の交流会はここで行われ、ほとんどの行事はこの講堂がメインで取り行われているのだ。

 その舞台の左下に漆黒のピアノがぽつんと置いてあり、普段はストリートピアノとして誰でも弾けるようになっている。


 僕は座席の間の階段を下りていき、ピアノがある方へと向かった。そしてその漆黒のピアノから椅子を引き出して浅く座り、椅子の調整をしてから鍵盤の蓋を開けた。相変わらず鍵盤は指を触れてもよいのかをためらうほどに綺麗である。

 藤宮はというとピアノの近くの席にいつの間にか座っていて、僕がピアノを弾くまでスマホをいじりながら待っていた。


 僕は一息ついて肩の力を落とし、ゆっくりと鍵盤に触れた。

 今日の曲はショパンの夜想曲ノクターン;第2番変ホ調作品9-2を弾くことにした。クラシックの中でもショパンの楽曲が好きな僕は、入学してからショパンの作品の曲しか弾いていない。

 講堂自体に防音設備はなく、隣の教室がある棟に若干音漏れが伝わるため昼飯後の学生の眠気を催すことになるだろう。夜想曲はかなり落ち着いた曲であり、講堂のすぐ隣の教室の学生に対するテロ行為かもしれないと考えたら笑えてきた。


 ピアノを弾きながら藤宮を横目に見ると、その睡眠作用が直で伝わったせいなのかうつ伏せで寝ているのがわかった。スマホがテーブルから落ちているので画面が割れていないか心配である。そういえばこの間も寝ていたことを思い出すと、藤宮には今度こそリサイタル料を払ってもらいたくなった。


 ピアノを弾いていて僕は、その瞬間が自分らしくいられるように感じた。

 いつからだろうか、僕はクラシックしか弾かなくなった。

 寧ろクラシックしか曲に対する興味がなくなってしまったのだ。

 特にショパンの楽曲に関しては、何度も幼い頃から弾いているせいかどこかノスタルジックな気持ちになる。

 ピアノを弾くことは好きだが、他人と音楽を共有する楽しさを感じられない僕はやはり悲しい存在なのだろうか。


 曲が終盤に差し掛かろうとしたとき、講堂の出入口の扉が勢いよく開いた。そして誰かが講堂に入ってきて、僕らに向かって大声で問いかけてきた。


 「あなたたちだったのね、昼時にピアノを弾いてみんなの眠気を誘っていたのは!これは一種のテロ行為なんですよ!わかったらピアノを弾く時間を考えてください!せめて夕方に弾いた方がロマンチックな雰囲気を大学で作れるじゃないですか!」


 問いかけの趣旨がわからずポカンとしていた僕は、僕らに問いかけてきたのが女の子だということを認識するのにしばらく時間がかかった。そしてようやくその問いかけの意味を理解し、藤宮が起きているのかを確かめた。藤宮はそんな中でもぐっすりと眠っていて、ほんとにテロ行為なのかもしれないと思えてきた。


 その女の子はどこにでもいる今どき女子大生の風格だが、よく見たらかなりの美人である。髪の色はブラウンで肩までの長さがあり、小動物のようなつぶらな瞳が可愛さをより引き出している。服装は白のトップスシャツの上から桜色のカーディガンを纏い、黒のロングスカートで引き締まったスタイルを出していた。


 僕はしばらく彼女のことを見ていると、彼女がまた口を開いた。


 「私はこの大学の私立探偵サークルに所属する朝宮(あさみや)このみです。私のサークルに依頼があり、昼時にクラシック調の曲が講堂から聞こえてきて眠くなってしまうということでした。その依頼は10件にも上ったんですよ!わかったらもう昼時にピアノを弾かないことをここで約束してください!」


 僕が今さっき思っていたことを彼女が注意してきたことに驚きを隠せないが、コトを穏便に済ませようと思いとりあえず謝ることにした。


 「お騒がせさせていたのなら申し訳ありませんでした。まさかそのような事態になっているとは思わなかったです。もうこれからは昼時にピアノを弾かないようにします」

 「わかっていただけたのなら結構です。それでは確認のため、この誓約書にサインをしてください。寝ている彼に関しては結構ですので、あなただけお願いします」


 なんて面倒くさい女だろうか。僕は渋々誓約書にサインをしたが、一言言いたい気持ちになり口を開いた。


 「ここの講堂はいつでもピアノを弾いてよいことになっていますよね?それなら昼時にピアノを弾いても問題はないのではないでしょうか。昼時だから眠くなるのは我慢すれば済むことであり、僕のピアノのせいにするのは一方的ではありませんか」


 この問いかけを予想していなかったと思われる朝宮は、一瞬顔をしかめ黙ってしまった。僕はこれを好機だと思い、続けて朝宮に抗議した。


 「そこまで言われたらもうここでピアノは弾きませんが、僕に一方的に言うのは間違っていると思います。それなら大学の学生課に行き、このピアノが弾ける時間を規制させたほうがよいのではないでしょうか」

 「そんなことはわかっているんですよ!これはみんなの声を代弁して私が注意を呼びかけにきたんです!そのことを自覚してください!」


 これ以上いくと相当面倒くさいことになりそうだったので、僕は返事だけをして藤宮を起こしに行った。

 藤宮は僕と朝宮のやり取りを途中から聞いていたらしく、にやにやしながら僕を見てきた。僕はため息をつき、荷物をもって藤宮と一緒に次の授業がある教室へと向かった。


 講堂から出るとき朝宮を見ると、スマホで誰かとメッセージを送りあっている様子だった。恐らく事態が収束したことを誰かに伝えているのだろう。僕は朝宮に踵を返し、また深くため息をつくのだった。



 4月16日水曜日、時刻は8時47分。

 この日は朝から1限目の授業があり僕は大学へ来ていた。藤宮は全休の日なので、今日はずっと一人である。来週から1年時のゼミが開かれ、僕が所属する心理学部の1年生のうち15人と知り合うことになる。普段はネガティブ思考の僕でもこれから色々と学んでいくゼミ生たちとは仲良くしていこうと考えていた。


 教室に入るとすでに20人ほどの学生が来ていた。朝からの授業であるが、50人ほどが受講する授業である。恐らくその内朝から授業があることが面倒になり、徐々に授業を受けに来る学生は減ることだろう。

 僕はとりあえず教室の一番後ろの席に座り、トイレを済ませようと思って一旦席を立つことにした。


 トイレを済ませ教室に入ろうとすると、やけに教室内が騒がしいことに気が付いた。どうやら誰かが揉めているらしく、その言い合いは僕の席の方から聞こえてきていた。


 「俺は財布なんて取ろうとしてねぇよ。たまたま落ちていたから拾っただけだよ!」


 「いいえ、あなたは今確実にリュックの中に手を入れ財布を取ろうとしていました。実際に見ていたのは私だけのようですが、私の目はごまかせませんよ!」


 その言い合いの中、容疑者と思われる男の子が握っている財布は僕のものだと気づいた。どうやら僕は置き引きにあったみたいだ。

 受講生がまだ少なかったこともあり、気が緩んで財布をそのままリュックサックの中に入れてしまっていた。それだけでなくチャックを全開にして開けていたのが不覚だった。

 とりあえずその財布の所有権は僕にあるので、名乗り出ることにした。


 「それ僕の財布です。一体何があったんで...」


 僕は言葉を詰まらせた。

 財布の置き引きを防いでくれたのが、昨日会った朝宮このみだったからだ。

 どうやら向こうも驚いているのが表情からして把握できた。


 「あなた昨日のピアノの人じゃないですか!もしかしてその財布はあなたのだったのですか?実は今、あなたの財布が盗まれるのを防いだところだったんです!」


 「俺はほんとにやってねぇよ!たまたま床に落ちていたから拾ってやろうと思っただけだし。ほんとそこの君、信じてくれよ!」


 僕は深くため息をついてから口を開いた。


 「それは僕の財布であることは確かです。なんなら中の学生証を確認してもよいですよ。あと僕は確実にリュックの中に財布を入れていたので、この人がやったことは確実ですね。」


 直接本人から証言され、反論できなくなった容疑者の男の子は膝から崩れ落ちた。いやもう確信犯であるその男の子は、ボソボソと自白を始めたのであった。


 「最近金に困っていて、つい間がさしてやっちまったんだ。本当に財布を盗んでしまって申し訳ない。もうこれからは...」

 「はいはい、事情は後で聞きますよ。とりあえず、授業の前に私が学生課までこの人を連行します。ピアノの人は今後財布を取られないように気を付けてください」


 僕は財布を渡され、情けなく連行される男の子を引っ張る朝宮に礼を言った。そして僕は朝宮にこう言った。


 「僕はピアノの人じゃなくて(くう)(じょう)(ほまれ)です。昨日誓約書の方に名前をフルネームで書いたでしょう。あと置き引きを防ぐなんて、流石ですね私立探偵さん」


「それが私たちサークルの役目なの!とりあえず財布が無事でよかったわね、それじゃ」

 

 朝宮は凛とした姿勢で男の子を連行するため出ていった。

 その背中は何処か頼りがいがあると感じてしまうのは気のせいだろうか。

 周りの学生たちは事の一部始終を見ていて呆然としていたが、僕はそんなことを気にせず静かに席に着いた。そして昨日のピアノの件と今日の置き引きの件といい、最近の自分はあまりにもついていないと思うのであった。



 授業が終わり、あんなことがあったのにもかかわらず授業には間に合った朝宮へお礼をもう一度言うことにした。しかし朝宮の行動は早く、すぐに教室を出て行ってしまい、結局またお礼を言うことができなかった。


 今日の授業は昼休み後の3限だけなので、2限の授業の間は図書館で暇をつぶすことにした。図書館に向かう途中、掲示板に各サークルの勧誘ポスターが窮屈そうに貼ってあるのが目についた。僕は立ち止まって、あの私立探偵サークルの勧誘ポスターが貼ってあるのかを探した。

 すんなりと私立探偵サークルのポスターは見つけることができた。なぜならどのサークルよりも一際異彩なポスターだったからだ。そのポスターにはシャーロック・ホームズのシルエットにこう書かれていた。


 『あなたも探偵となって学生たちの依頼をこなしてみませんか?一から探偵の極意を伝授致します。興味のある方は、3号館5階右端のE教室までお越しください。活動は毎週水曜日18時30分からのミーティング以外は不定期(依頼が来たら予定が空いている人が現場に向かってもらう形です)です。アットホームなサークルです!』


 「なんかすごい胡散臭い勧誘だな。最後にアットホームってつけるのがブラック感滲み出てるぞ」


 それでも置き引きを防いでくれたことから健全なサークルであることはわかった。寧ろ財布が取られていたら個人情報流出にもつながりかねなかった。

 僕はもう一度感謝を伝えたい気持ちになり、私立探偵サークルの活動場所をスマホにメモした。僕には昔からお節介な部分があるのだ。

 さらに今日が水曜日であることを思い出し、ミーティングの時間を狙って活動場所へ向かうこととした。ついでに今日はバイトがないことも思い出し、その時間までレポートでもこなそうかと考えながら図書館へ向かうのであった。



 5限が終わるチャイムが鳴り、これからはサークル活動の時間となる。

 近くのファストフード店で時間を潰し、僕はまた大学の門をくぐった。大学に入学してから放課後までいたのは初めてだった。僕は帰路へ着く学生たちの流れに逆行するように私立探偵サークルが活動する教室へと向かった。


 サークルが活動している教室がある3号館は他の教室棟よりも一番古く、講堂と同じでレンガ造りである。それでも何回か建て替えは行っている様子であり、出入口はレンガ造りに似合わず自動ドアであった。僕はその自動ドアを通り、エレベーターに乗ってサークルが活動している5階へと向かった。エレベーターから降りた瞬間、騒がしい声が活動していると思われるE教室から聞こえてきた。


 その声は教室に近づくほどに次第に強くなっていった。そしてとうとう教室の前まで来た時には、何か白熱した議論が行われているのが伝わってきた。

 僕は扉の前でその議論をしばらく聞くことにした。


 「どうして肝心な時に部長はまたいないんだ!パワースポット巡りとやらのためにまた日本の何処かにいるのかあいつは!」


 「だから如月(きさらぎ)先輩も来ないんですね。濱野(はまの)先輩は塾のバイトで忙しく、(ふみ)()ちゃんはれっきとしたお嬢様だから家のことで来れないのはわかるけど...このサークルそろそろ人員不足というくだらない理由で潰れるんじゃないですか?」


 「朝宮それは言いすぎだぜ。あと如月に先輩はつけなくていいよ。一応部長に連絡したら今日のミーティングには顔を出すみたいっすよ」


 「ほんとに部長がいないサークルというのはどうなっているんだ!2年あいつとやってきたがそろそろ限界だぞ。もうあと30分で来なかったらこのサークルは解散だ」


 「えぇ~!!嘘ですよね?そしたら今まで私たちがやってきたことが水の泡になるじゃないですか!」


 僕が着いた瞬間、扉の向こうではサークルの解散か否かの議論が行われているようだった。話の文脈からしてこのサークルの部長はかなりの自由人なのだということが把握できた。だからこのサークルの士気も上がらないのではないだろうか。


 「君そこで何してるの?まさかサークル入部希望者!?」


 僕は声をかけられた方に振り向くと、そこにはあの自由人いや部長と思われる男性がいた。両手に大きな袋を持っていて、どうやらサークルメンバーへ配る手土産のようだった。よく顔を見たら男性モデルにいそうな端麗な顔立ちのイケメンである。髪はブラウンで染め、今どきのマッシュヘアがよりイケメンさを醸し出している。


 僕は誤解を生む前に、このサークルの入部希望者ではないことを伝えた。


 「いえ、今朝このサークルに所属する朝宮さんが僕の財布が盗られるのを防いでくれたんです。そのお礼をまた言いたくて来ました」


 「そうか、朝宮が君の財布の置き引きを防いだんだな。ちょうどいると思うから入るといいよ。あと君は1年生かな?サークルには所属している?」


 「はい1年です。大学では心理学を専攻していて、サークルには属していませんね」


 僕は一連の話の流れから、いつの間にかサークルの勧誘に誘導されていることに気づくことが遅かった。その部長と思われる人はこれを好機だと思い、僕を何とか引き留めようとした。


 「奇遇だね!僕も心理学を専攻しているんだよ!心理学は1年の時から難しいよな。それにしても、君は入学早々かなりひどい目に遭ったね。置き引きに遭うなんて600人位の学生が在籍するこの大学でどの位珍しいことか。よければこの機会に僕たちのサークルの活動を紹介したいのだけど空いてるかな?勿論お茶菓子は出すよ」


 僕はやっぱり来たかと思い、丁重に断ることにした。

 「いいえ結構です。ただお礼を言いに来ただけなので。お気遣いいただきありがとうございます」


 「そっか、まぁ君はお礼を言いにここへ顔を出すほど誠実な人であることはわかった。とりあえず俺が君のこと朝宮に伝えるから、気にせず入ってくれ」


 「わかりました。それでは失礼します」


 僕はゆっくりと扉を開いた。


 「失礼します。今朝置き引きに遭った者ですが、朝宮さんにお礼を言いに...」

 

 「お、新入部員か!?」

 「あれ、ピアノの人じゃん!まさか私たちのサークルに興味を持って来てくれたの!?」

 「あれ、朝宮知り合いなのか?だとしたらこのどん底の状況で救世主の登場だな!」


 そこへ部長と思われる人が僕に続けて教室に入ってきた。


 「あぁ、そうだとも!彼が新しい私立探偵サークルの一員だ!今日は見学に来てもらったんだ」


 「???????????」


 僕は一瞬訳が分からなかった。そしてすぐさま自分は無関係であることを必死に伝えようとした。


 「違います!僕は今朝置き引きを防いでくれた朝宮さんにお礼を言いに来ただけです!朝宮さんありがとうございました!」


 その言葉を伝えた瞬間、周りの空気が一気に変わった。会議室の机の配置になっている席の真ん中に座っている男性が部長と思われる人を睨んだ。


 「久しぶりだな、三戸谷。お前には色々と聞きたいことが山ほどあるが、本当に彼は新入部員ではないのか?」


 「あはは、バレちゃった?実はこの扉の前であったばかりなんだよね。それより朝宮すごいじゃないか!とうとう半人前から一人前になりつつあるな!」


 「ありがとうございます、三戸谷部長。朝っぱらから人の財布を奪う不届き者がいたので取り押さえました。ピアノの人は、直接言いに来てくれて嬉しいです。今後は気を付けてくださいね。あと部長、私に同期ができたって期待しちゃったじゃないですか!」


 「ごめん、ほんとに許してくれ。この間アイヌの神が宿るといわれる北海道の神の子池に行ってきて、その土産で釧路のスイーツ買ってきたからみんなで食べて!」


 三戸谷部長がスイーツでお茶を濁している間に、僕はこの場を去ることにした。


 「どうやら僕の誤解は晴れたみたいですね。それではこれで失礼します」


 「せっかくだから新入生もお菓子を食べてきなよ!めちゃくちゃおいしいよ」


 僕は三戸谷部長にそう言われたが、会釈だけして扉へ向かった。


 ふと去り際に壁にかかっている一枚の写真が目についた。

 どうやら大分前に撮られた集合写真のようだが、僕は少し気になったのでよく見ることにした。

 僕はその写真を見た瞬間、息を吞んだ。

 その写真は、ここ豊島区の区役所関係と思われる人たちとこのサークルの一回り上の世代の先輩と思われる人たちの集合写真であった。僕はその中の前方の人たちがもつ垂れ幕の文字を見て息を呑んだのだ。

 そこにはこう書かれていた。


 『平成21年 池袋爆破テロ事件 サンシャインシティ復興の会』


 そして僕は5歳の時のあの忌々しい記憶を思い出すのであった。



 5歳の夏、いずれ池袋爆破テロ事件と呼ばれることになる事件の当日のことである。僕は母と一緒に池袋にいて、サンシャインシティで毎年開催されるヒーローショーを見に行っていた。その日は朝から蒸し暑く、日中は炎天下で日差しが痛かったのを今でも覚えている。


 ヒーローショーを見終わり、母とサンシャインシティ内で昼飯を済ませた。8月10日、世間はお盆休みでサンシャインシティ内はかなりの客が訪れていた。僕と母はレストラン階を抜け、噴水がある広場の近くの店を覗いていた時のことである。


 建物の出入口の方で大きな爆発音が聞こえた。その後数多くの人の悲鳴が出入口の方から聞こえてきた。

 一瞬にしてサンシャインシティ内はパニックに陥った。爆発音が聞こえてすぐに火災報知器が作動し、より現場は混沌を極めた。その後、出入口付近にいた人たちが血だらけになって建物内に押し寄せてきたのが今でも脳裏に焼き付いている。


 僕は母に引っ張られ、何が何だかわからないまま母と全力で駆け出した。従業員や係員が別の避難経路を必死に誘導していて、僕と母はそれに従うことにした。しかし夏季休暇だったこともあり、他の出入口につながる通路や階段に多くの人が押し寄せていた。


 「誉、絶対に母ちゃんの手を放しちゃだめだからね!」


 僕はあまりにも訳が分からなくて泣きはしなかったが、何度も母が僕にそう言ってくれたのを今でも覚えている。


 周りは悲鳴だけでなく、誰かの泣く声や従業員に向かっての罵声などが広がり、混乱をより一層極めていた。

 母は僕が危ないと思ってか他の避難経路を探そうとした。そして人の流れに逆行するようにまた噴水のある広場へ差し掛かった時だった。


 噴水の近くに設置されていたと思われる爆弾が爆発したのだ。

 熱すぎる熱風と何かの破片が体中に当たったが、それが何かは覚えていない。

 気が付いたら母が僕の上に覆いかぶさっていた。

 

 そして再び気が付くと僕は病院のベッドの上にいた。腕には点滴が通され、額に包帯が巻かれていた。父が涙を流しながら僕の顔を覗き込んで、気が付いたのを確認した。そして大慌てでナースコールを押した。


 「良かった、誉。気が付いたんだな。本当に、よかった」


 「パパ...あれ、ママは?」


 すると父は大粒の涙を流して、ついには声を漏らして泣きはじめた。やっとの思いで父は口を開いたが、続きの言葉は聞きたくなかった。


 「誉、母さんはもう...」


 母はあの爆発に巻き込まれて死んだ。

 子どもながらに母が死んだのを父の表情から察した。

 後に知ったことだが、母は僕を庇って爆発で吹き飛んだ瓦礫を頭から背中にかけて受けたのが致命傷となった。僕はまだ身体が小さかったことから、腕の擦り傷と飛んできた瓦礫で額を切っただけで済んでいた。そのため、母は身を挺して僕を爆発から庇ってくれたのだった。


 僕の手にはあの日ヒーローショーで母が買ってくれたヒーローのソフビが握られていた。僕は現実をすぐには受け入れることができず、ついには感情が爆発して声を漏らして泣いた。その後のことはもう覚えていない。


この爆破テロを起こしたのは、闇サイトで結成された犯罪集団「CROWSクロウズ」のメンバーであった。彼らは前年のリーマン・ショックで解雇された者や前科があり社会復帰できない者が闇サイトに集い、社会への不満を爆発させて無関係の人を巻き込み犯行を起こした。

 当時は闇サイトの規制が緩く、このテロを機に警察が本格的に闇サイトの取り締まりを行うようになった。

 闇サイト上では違法薬物の取引や拳銃密輸、殺人の依頼などが横行していて、まだ当時はサイト自体が無法地帯であった。その上チャットでは匿名のやり取りだったため、犯人逮捕までに約2か月を要した。

 事件の終焉は、警察の懸命な操作で首謀者の男と実行犯の男3人が逮捕されたことが決め手となった。さらに計画に携わったとする1人が自首したことにより、爆弾を作成した者や計画を立案した者が男女含め30人検挙された。彼らは定期的に集会を行っていたようで、その拠点が池袋だったこともあり早期の逮捕につながったのだ。

 しかしこれは氷山の一角にすぎず、他にも計画に携わっていたと思われる者たちがいたことがメディアを通し推測された。それでも主体的にかかわっていたメンバー全員が検挙されたことで事件は幕を閉じたが、今でも組織名を偽って暗躍しているという情報も存在している。


 白昼堂々のこの惨劇は62名の死者を出し、300名以上が重軽傷を負った。このテロにより未だに障害と戦っている人やPTSDに悩んでいる人は数多くいる。僕の母はその62名の内の一人になってしまった。



 母は町のピアノ教室でピアノの講師をしていた。家には母が幼い頃から使っているピアノが置かれていた。

 母が何度もピアノで童謡を弾いてくれたことは今でも覚えている。母は僕が4歳の時からピアノを教えていたようで、その時の記憶はわずかしか覚えていないのがかなり悔しい。

 父が後に教えてくれたが、母は僕をできればピアニストにしたかったみたいだ。その思いを僕は引き継ぎ、幼稚園に通い始めたときからずっとピアノと向き合ってきた。そしてついには中学3年の時、都のピアノコンクールの中学生の部で優勝には至らなかったが、準優勝を取ることができた。


 それまでが僕の人生の絶頂期であった。

 高校1年の時、あまり大勢とつるむことが嫌いで浮いていた僕はクラスメイトに目を付けられ、かなりひどいいじめにあった。

 元々交友関係は広くなく、小学校からの付き合いで当時最も仲良かった友人は全寮制の高校入学を機に疎遠となってしまった。そして僕の他者と群れることを嫌う性格が高校で一層滲み出て、いじめの対象となってしまった。ひどい時は机上にあった教科書を窓から捨てられたこともあった。


 僕はいじめの影響で心身ともに疲労し、学校だけでなく通い詰めたピアノ教室まで顔を出さなくなってしまった。それからか僕はピアノを弾かなくなり、音楽に対しても興味を持たなくなってしまった。音楽以外にも勉強や食べることにすらどうでもよくなり、ついには摂食障害になりかけた時もあった。

 その状況を心配した父が心療内科へ僕を連れていき、そこで重度のうつ病と診断された。しばらくは学校に顔を出さないことが賢明とされ、2か月ぐらい精神病院での入院が続き、それ以降は様子を見て学校のカウンセリングルームへの登校となった。

 しばらく学校に出席しなかったことから勉強は遅れ、それを見越してか父は塾にも通わせてくれた。そこで知り合ったのが親友の藤宮である。藤宮は僕の状況を理解して、その明るい性格で勉強でもプライベートの遊びでも優しく接してくれた。

 それからだろうか。僕の心は少しずつ晴れていき、1年ぶりぐらいにピアノを弾く気も起きるようになった。ピアノ自体は毎日の練習の積み重ねが腕を磨くことから、もうコンクールに出られるほどの能力は失っていた。

 そんな僕を父は全て受け止めてくれた。母さんの思いは引き継がなくても、元気に生きていればそれだけでいいんだと言ってくれた。

 僕は周りからのフォローがあって徐々にうつ病が改善し、ついには大学受験へ向けて必死に勉強することができた。その時に藤宮と同じ大学を受けることにし、お互いに勉強を頑張っていき、ついには合格することができて今に至るわけである。


 この今までの経緯が現在の僕を作った。そしてこれからの大学生活で僕に変化があるのかはまだわからない。



 僕は壁に掛けられていた集合写真をかなり長く見ていたらしく、三戸谷部長の声掛けに一斉気が付かなかった。そして三戸谷部長は僕の肩を揺さぶって、ようやく僕は我に返ることができた。


 「新入生君どうしたんだよ、この先輩たちの集合写真なんかをまじまじと見ていて...君だけ時が止まっているようだったぞ」


 「空条です。実はこの写真の池袋爆破テロ事件を僕は実際に経験したんです。このテロ事件で僕は母を亡くしました」


 その話を聞いてか、周りの空気が先ほどの新入部員の誤解より一層淀んだ。僕に話しかけてきた三戸谷部長は勿論、周りのサークルメンバー3人も口を噤んでしまった。

 僕はこの空気を感じて自分から語りだすことにした。


 「あの日僕は母と池袋のサンシャインシティにいたんです。毎年夏になるとそこでヒーローショーが開催されていて、母と一緒に見に行っていました。そこで昼下がりの午後、僕と母は2回目の爆発に巻き込まれました。僕は母が庇ってくれたおかげで、身体が小さかったこともあり軽症で済みました。ただ母は瓦礫が直撃して、それが致命傷となり命を落としました」


 僕は話し終えて周りを見ると、かなり空気が重くなっているのが感じ取れた。

 それもそうである。この写真を見ていただけでこんな重い話を繰り出してくるとは思いもしないはずだ。

 すると三戸谷部長がメンバーの中で最初に口を開いた。

 

 「そうだったのか、安易に聞いて悪かった。まさかその様な過去があったなんて...この写真の先輩たちは現場がどの大学よりも一番近かったことから、すぐに何かできると考え救助に向かったんだ。学生にできることはないと消防隊員に言われながらも、重症の人を安全な所へ運ぶだけでなく軽症の人の手当ても行っていたんだ。本当にすごい先輩たちだよな。この当時の私立探偵サークルの部長は今じゃ警視庁の刑事をしてるんだぜ。本当に憧れの存在だよな」


 僕はこの話を聞いて久しぶりに感銘を受けた。

 あの時、事件発生直後の混乱の中で一般の人たちが消防隊員に交じり救助を行っていたことは知っていた。まさかその中の数人がこのサークルの先輩たちにあたるとは。

 僕は今日このサークルに来た意味があったかもしれないと思えてきた。

 

 ふと僕はこのままの自分で良いのだろうかと思った。

 いつも僕は父や親友の藤宮を中心に支えられて生きてきた。

 その中でいつも自分自身が変わるきっかけを作ってくれたのは周りの人たちだった。

 僕はずっと誰かに支えられて生きてきたことに今まで気づいてこれただろうか。

 今度は僕が誰かの力になってこの先輩たちのように支えていく番ではないのか。

 そうしなければきっと僕自身が後悔し、今まで通りの自分の狭い世界観でこれからも生きていくことになるだろう。それはそれで楽なのだけれども。


 僕は一呼吸おいて三戸谷部長の方へ向き、こう言った。


 「やっぱりこのサークルのことについて聞かせてください!先輩たちの話を聞いてこんなに感銘を受けたのは久しぶりなんです。僕に何ができるかはわかりませんが、この先輩たちのような人たちになりたいと思えたのは初めてでした」


 すると三戸谷部長は僕に微笑み、左端の椅子を下げこう言った。


 「君みたいな真っ直ぐな目をした子を見たのは初めてだ。僕はこのサークルで部長を務める3年の三戸谷京介だ。きっと君は自分自身を変えられる素養は十分にある。さぁ、座って一緒にこれからのことを話そう!まずはティータイムからだね」


 この時僕は久しぶりに人の温もりを感じた。

 続けて朝宮が僕に紙皿と紙コップを持ってきてくれて、そこへクッキーと冷たいレモンティーを注いでくれた。


 「空条君、だよね?実は私ついこの間このサークルに入ったばかりで、結構依頼の多さに驚いていたところだったんだ。君と同じ1年なのだけどもしかして心理学専攻?学部の交流会で君のこと見たかもしれない」


 僕はずっと藤宮とつるんでいて、特に周りの1年生たちをよく見ていなかった。

 まさかあの中に朝宮がいたとは。逆に1年生の中でも目立ちそうなタイプなのに。


 「僕も心理学専攻だよ。ごめんよく周りを見ていなくて、あまり他の人とつるまなかったから」


 「確かにあの100人くらいの中で見覚えあったらすごいよね。なんか君の相方のイケメン君が女の子を通して人気みたいで、その隣に君がいたからどんな関係かと噂になってたよ。あと君のお母さんのことはとても悲しいことだったけど、ここに来ればあの先輩たちのようにきっとなれることができるよ」


 学部の女の子に噂されるぐらいだから藤宮はやはり美男子であることがここで証明された。その分、余程僕は浮いた存在に見えたのかもしれないと改めて気づくのだった。

 さらに隣に座ってきた先輩と思われる男性が自己紹介した。


 「それじゃ、これからよろしくな!空条君。俺は2年の乙坂弘彦っていうんだ!文学部に入っていて、俺のナンパで鍛えた洞察力は探偵並みなんだぜ!君もここでナンパを、いや推理力を極めようじゃないか」


 「乙坂先輩は今まで振られてきた数の方が多いじゃないですか!去年付き合ったと思ったらたった2か月しか続かなかったと三戸谷部長から聞きましたよ!空条君、彼の言うことは信用しちゃだめよ」


 朝宮に痛いことを指摘され、乙坂先輩は机に突っ伏してしまった。

 乙坂先輩は髪の色は金髪で、サイドはツーブロックにしていて厳つい風格である。その風格からナンパが好きなのも納得がいった。それでも根は優しそうだと絡み方からして感じ取れた。

 それを真ん中の席に座る三戸谷部長に親しそうな先輩が笑ってこう言った。


 「おい乙坂、彼はまだこのサークルに入ると決めたわけじゃないんだぞ。空条君、僕はこのサークルで副部長を務める3年の(あし)(つか)(たくみ)だ。ちなみに僕は理工学部に所属していて、このサークルの右腕役といったところかな」

 

 芦塚副部長はその風格からこのサークルの頭脳的存在のように感じられた。このサークルのメンバーの中でもかなり眼鏡が似合う人である。髪を七三分けにしているのが昭和の優等生キャラを醸し出している。

 

 「三戸谷、お前が後30分で来なかったらこのサークルを解散するところだったんだぞ。そのパワースポットからもらってきた活力でしばらくの依頼はお前にこなしてもらうことにするぞ」


 「それは勘弁してくれよ、あっしー。昨日ようやくこっちに戻ってきて、一人暮らしの部屋の掃除とかしてたところだったんだよ」


 「お前それは今年から始まる就職活動でも言えることなのか?全く、部長なのにお気楽でいいな」


 「今しか楽しめないことを存分に楽しむべきなんだよ。そう思うだろ?空条君!」


 急に僕に話題を振られて戸惑っていたら、乙坂先輩が起き上がって賛同した。


 「そうですよ、部長!それなら今年の夏は江の島へナンパしに行きませんか?絶対部長といたら女の子ついてきますよ!」


 「おい乙坂、俺に彼女がいることをどうして毎回忘れるんだ。もし遊んでると勘違いしてるなら承知しないぞ」


 乙坂先輩はまた机に突っ伏して、それを朝宮はマカロンを食べながら冷ややかな視線で見ていた。

 続けて三戸谷部長が僕へ話題を振った。


 「ごめん、僕たちの活動について説明するのを忘れていたね。このサークルではここ城北大学の学生からの依頼を受けて活動しているんだ。その依頼のやり取りは主にSNSで、このサークルのアカウントに来たものを対象としてるね。その依頼は様々だけど、この大学内で起きることだから大抵小さなことばかりだ。後は文化祭の時は子どもから大人にかけて楽しめる謎解きゲームなんかを出してるね。それ以外はほとんど学生からの依頼を受けて活動するけど、そんなに頻繁にあるわけではないから気を負わなくていいよ」


 大変そうというイメージがあったが、所詮大学で起こることである。それでも昨日ピアノのことで朝宮に注意され、今朝置き引きに遭ったばかりだから何ともいえない。


 「たまに面倒な依頼が来ることもあるよ。中には浮気調査なんかもあって、特に彼女からの依頼の場合は現場についてきたがるから厄介なんだ。1回だけ現場を必ず押さえたいという女の子と一緒に浮気調査に行ったら案の定修羅場と化したから。だからしばらくは浮気調査を引き受けないことにしたんだ」


 まるで本物の探偵のようなことをしているなと思った。

 続けて芦塚先輩が三戸谷部長に変わり僕に説明した。


 「勿論報酬はもらっていて、一律1000円だね。依頼の難易度によって変えてたら学生課に金儲けしているサークルだと思われてしまうからね。その報酬額はサークルの経費に充てられていて、今は絶賛赤字中だよ」


 この説明で先ほどのサークルが解散か否かを迫られていたことに合点がいった。

 しかしこのサークルが潰れずに継続できていることは、何かこのサークルにやりがいを感じられることが多いからだろう。

 

 僕はこの時ピアノ以外に久しぶりに好奇心が湧いた感覚に陥った。

 こんな僕でも何かしら力になれることができる場所がすぐ近くにあったことに。

 芦塚先輩の説明に続けて三戸谷部長が僕に聞いてきた。


 「さてこのサークルに少しでも興味を持ってくれたなら嬉しいのだけど、どうかな?もし興味があったらまたここに顔を出してくれ。スイーツは説明を聞いてくれたサービスということでいいよ」


 この時僕の決心はもうすでについていた。

 あの写真の先輩たちのような存在になりたいと。

 今まで誰かに支えられて生きてきた自分が変われる場所がここにあると。

 

 僕は一呼吸おいて三戸谷部長に返答した。


 「僕をこのサークルに入れてください!このサークルにたどり着いたのも何かの縁だと思うんです。僕に何ができるかはわかりませんが、この先輩たちのように僕もなりたいと思いました」


 周りの朝宮と先輩たちはこの返答を予想していなかったらしく、ハトが豆鉄砲をくらったような顔をしていた。乙坂先輩に至っては食べていたクッキーでむせていた。


 三戸谷部長もこの返答に驚いた様子を見せたが、すぐに微笑み返しこう言った。


 「ようこそ私立探偵サークルへ。君がこのサークルの新しいワトソン君だね」


 僕はこの日私立探偵サークルへ入部した。

 今まで誰かに助けられて生きてきた僕が、今度は誰かの力になりたいという純粋な思いとともに。その思いはずっと続くわけではなかった。

 この先に起こる事件は、僕が想像していたよりもはるかに恐ろしい事態の連続になることはこの時まだ知らなかった。浮気調査みたいなやわな依頼からではない。

 たった一つの依頼が僕をいや僕らのサークルを絶望の淵に追い込むことになるのだから。取り敢えずいえることは、安易に持った好奇心は本当に身を亡ぼすことにつながるということだけ。

 もうすでにその絶望の幕引きは静かに始まっていた。



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