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まっしろ  作者: 千羽稲穂
3/8

箔の思想

【注釈】

夜鷹……下等の売春婦

 私の生い立ちを語るのは恥ずかしいのですが、薄々気づいておられるのでしょうし、ここいらで話そうと思います。そうです、私の母は遊女でした。どこの遊女かは分かりませんが、花魁でないことだけは確かでしょう。花魁という上級の遊女が私の親でしたら、なにかしら私の出生にも噂がありますでしょうし、そういった噂も私の耳に入りましょう。ですがそういったものは誰ひとり零しませんでした。身の上話を話す場になりますと、たびたび私がやり玉にあげられまして、お前はどこからやってきたのだと言及されました。そういったことを問いただす者が多いので、やはり誰も私の出生を知らないのだと確信しました。どこかしらの夜鷹よだかか、それとも吉原とは関係ない者の子か。私は母に会ったことがありませんし、天涯孤独の身だとも言いつけられていました。誰も私のことなど、いいような。吉原において、そういった方は多かったように思います。みな何かしらを抱えてあそこにいましたから、私のことを深くは想う人はいませんでした。みな深く想いあうことはしない場でもありました。楼主に一度だけ尋ねたことがありました。私の母は何者なのですか、と。楼主は長いこと沈黙した後、意を決して一言だけ告げました。


「お前の母は遊女だ」


 どうやって産んだのだとか、それでは私はどこからやってきたのだとか、何度か頭の中を回りましたが、ひょっとしたら、楼主がどこかしらの遊女をひっかけ、私をつくったのかもしれません。そういった事柄を考えました。私の親はどこの馬の骨なのでしょうか。この顔は誰の顔なのでしょうか。今は老いぼれて汚くなっていますが、当時の私の顔は遊女に定評がありました。すると、そうとうの遊女の顔がこの顔になったのやもしれません。真相は分かりません。


 ただ、あの子は言いました。

「清さんのお母様はきっと天使様でありんす」無邪気にいうのです。

「だって、清は、こんなにも優しいなんすから」


 そういって、誰にも見えないところで私に番傘を返しました。その番傘は、新しい物でした。遣り手には結局返してもらえなかったのでしょう。花魁にねだりでもしたのか、ただの禿がそれを得るにもお金がないですし。少し考えればわかるほどの苦労が見受けられます。花魁も、新造も、遊女は全員、くいっぱぐれるものがいるほどに飢えていましたから。


 私は天使とはなんだと、尋ねました。箔は、それを神様の使いだと言いました。いわゆる、ブツタのような、空の上の上にいる、偉いお方みたいなものだと。箔の故郷は雪に覆われた場所で、そこに隠れていたキリシタンがいたそうです。その方に教えてもらったそうで。


 特に印象的だったのは、この世界はもうすぐ終わると言ったことです。終わった後、審議をかけられ、神様が奉行所のように人を善か悪かを裁く。そういったことをする神様の使いが私の母なのだと箔は言いました。不思議な感覚でした。それまで私の親が何者であるか、悩んでいたのですが彼女の一言でついえたのです。


 そうであったなら、いい。

 ですがそう思う一方で、違うことは明白でした。私の親は少なくとも遊女ですから、身を売っていたのは言うまでもありません。そうであるがゆえに、彼女が言うのであれば天使なのでしょうと、淡い希望を抱きすがったのです。


 箔はまだ、八歳ぐらいでした。善悪も何も分からない幼子が、こうしたはっきりした口調をしているのもまた、吉原では日常でした。箔がいる横ではいつも接吻をする男女がおりましたので、それは当然のことだとは思いますが。彼女は一人孤独に心を震わせておりました。自分は天国にいけないなどと恐れてもいました。それを聞き、それまでうすらぼんやりとしていた感情が、たった一滴の水滴が雪を穿つように、鮮やかに心を灯していきました。

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