少女マンガみたいな出会い
うざい。私に一体どうしろというのか。
「ねえ、お姉さん。ちょっとだけでもいいからさ、俺の話聞いてよ」
「いや、あの、急いでるので」
「えー、いいじゃん。けち。そんなに急いでどこ行くの?」
先程から、私の頭を悩ませているのはこいつだ。このナンパ男、結構しぶとい。もう三十分以上は付きまとわれている。
「ああ、もう! そろそろいい加減にしないと警察呼びますよ」
「ううん。警察は困るなあ」
ふう、よかった。早くどっかに行ってくれ。これで早く帰れる。私には、早く家に帰って気になっている秋アニメの第一話をリアタイするという使命があるのだ。正直こいつに割く時間の余裕などない。
「ねえ、お姉さん」
まだいなくなっていなかったのか。私はイライラを隠すことなく、言葉を返した。
「なんですか」
「警察呼んだら困るのはお姉さんも一緒じゃないの?」
「は?」
思ってもなかった男の言葉に、私は足を止めた。
「だって警察呼んだら、話聞かれたりして結構な時間取られるよ。お姉さん急いでるんだよね?」
「それは…」
確かにそうだ。
「警察呼んでたくさん時間取られるのと、ちょーっとだけ俺に付き合ってくれるのどっちがいい?」
これは究極の選択だ。警察もこいつもどっちも嫌だ。私は絶対にアニメをリアタイすると決めているのだ。ちょっとでも時間を取られるわけにはいかない。こんなことなら今日は残業をしなければよかった。
「あっ」
「なに?」
「あのコンビニの商品全部買ってくれたら、話聞いてあげます」
ふと目に入ったコンビニから、思いついた冗談だった。商品全部なんて絶対無理だし、これだったら時間を取られなくても諦めさせられる。
「無理でしょ? さっさと諦めて帰ってくださ……」
「まじ? そんなことでいいの?」
「え」
私は予想外の返答に驚き、男が入っていったコンビニの扉をしばらく見つめることしかできなかった。
「お姉さん! 商品一個一個買うのめんどくさいから、お店丸ごと買っちゃったけど良かった?」
「は?」
いや、ちょっと待って。今この男はなんと言ったのだろう。私は理解が追い付かないまま、言葉を絞り出した。
「あなた一体何者ですか……」
私の精一杯の質問に対して、男はなんてことないような顔で答えた。
「ちょっとした会社を経営してる人かな」
「社長じゃん……」
ただのしつこいナンパ男が、そんなにすごい人だったなんて。私は衝撃で何も言えなくなってしまった。
「お姉さん、コンビニの商品全部買ってきてなんて冗談で言ったんでしょ。普通の人だったら、無理だったかもしれないけど……。俺が社長でごめんね?」
男はとても機嫌がよさそうだった。
このあと男に付き合うはめになったせいで、私がアニメを見逃すことになったのは言うまでもない。
最近少女マンガにハマってます。
余談ですが、これは「『瓢箪から駒』ということわざをテーマにして書け」と言われて書いたものです。