第一章 二体目の召喚獣
「んー、もう少し軽く……いやでもこれ以上削ると強度に難ありか」
うんうんと唸りながらノミで鎌の持ち手を削る。朝から慎重に削り、私の片手で振り回せるくらい軽くはなったが欲を言えばもう少し軽くしたい。しかしそうすると、斬りつける武器としては耐久性に欠ける。
自分の場合、筋力の増加にかかる時間が常人の比ではなく遅い。重さに違和感があるならば、それは一週間程度で慣れるようなものではない。それが召喚士であることのデメリット。
「まくあー、こんこんおわり?」
「おー、もう少し続ける。てか見てて面白い?」
「?」
「いや不思議そうな顔されてもね……」
横で私の作業をじっと見つめるのは私の召喚獣。母命名、むーちゃん。こいつと初めて出会ったのも2日前になる。
少しだけ言葉を覚えた、本当に知能はそこそこ高いようだ。丁寧に教えればちゃんと覚えるし、人の感情などもきちんと理解している。本当に小さな人間みたい。食事も私と同じもので大丈夫だった、量は何十分の一程度だけど。
「しっかし、持ち手削るだけでもわりとしんどいな。どんだけ貧弱なんだ私は……やっぱもう少し軽くする必要がありそう」
「ここはー?」
むーちゃんが鎌の刃部分を指差す。一度直接触れようとして注意してからは、ある程度の距離を保つようにしてくれている。
「ん、刃の部分か。まあ軽くするだけならそれでいいけど、私ちっさいしリーチもないからなぁ。でもあんがと、参考にする」
「むー! がんばれ、まくあ!」
「あいよ、マクア頑張っちゃうぞ」
作業再開。持ち手の部分は木製なので私の腕力でも工具を用いれば削ることは可能。だが刃先の長さを調整するとなると一筋縄ではいかない。こんなことですら、私は一筋縄では出来ない。
「刃を欠けさせて再度砥ぐか。リーチは短くしたくないけど、そもそもこれ以上細くしたら切断時に折れそう……」
「まくあ、ぶちゅぶちゅいってるー」
「そんな水の溜まった長靴みたいなことは言ってないけど……まあ難しいってことかな」
「ままにそうだん?」
「母さんに言えば解決はするだろうけどねぇ」
ハッキリ言って、母さんは天才だ。私みたいな自称ではない、本物の天才。私の悩み程度は数秒も経たずに解決してみせるだろう。
召喚士としての実力も圧倒的らしい。私と母さんには天と地ほど力の差がある、親子なのに。
人間に魔力が発現してから、数万年。魔力の暴走によって本来の在り方を保てなくなったものを魔族と呼ぶ。その魔族と人類の戦争が起きたのが今からおよそ二十年以上前。
その大戦終結の立役者、人類側で最も戦果を挙げたのが母さんだとか。自分の口からは言わないが、母さんを訪ねて色々な人がやってきたことはある。それこそ軍のお偉いさんとかも。
ちなみに私の父親は戦争にて命を落とした。写真すら残っていないらしく、顔すら分からない。ってか私を身篭ってる状態で戦争を生き延びた母さんは異常だ。
母は強し、とはよく言ったものだ。恐らくは無敵の人だろう。
私が今こうして頭を使っている時間も、母さんに相談してしまえばすぐに解決する無駄な時間なのかもしれない。だけど、それでいい。それじゃないとダメなんだ。
私のことなんだから、出来ることは私がやらなきゃ。
「まくあ、ままきらい?」
「ううん、大好き。でも、負けたくないって思ってる」
「むー?」
「あはは、ちょっと難しいかな」
そんなことを話していると、扉が二回叩かれる。母さんだ、それ以外ありえないし。
「マクアー、入るわよ」
「うん、入ってからそれ言うのやめてね」
「あら、ごめんなさい。で、一応これ地図ね」
「ありがと! ごめんね、私がやらなきゃダメなのに」
母さんに頼んでいたものを渡される。さながら宝の地図とでも言うべきだろうか。
むーちゃんを召喚したあの日、私が母さんに聞いたこと。この辺りで異常なまでに強い者はいるのか、それの答え。
「近隣……とは言ってもここから大体十五キロ程度離れてるし、住んでるのは山奥。マクアにとっては大冒険になるわね」
この地図は、その異常なまでに強い者へのルート。私の人生の起死回生の一手。今から進む茨の道。
「他にはお母さんが手伝えることはある?」
「山ほどに。でも私がやる、やらなきゃいけない」
「ターゲットの位置に関しては人脈ゼロのマクアじゃ作ることが不可能だからね。お母さんは元々軍属だったし、色々と顔も広いから」
出来ることは全部やるつもりだったが、地図に関しては私には作成出来ないということで母さんに依頼した。出来ないことを出来ると言い張るのは簡単だが、そこを認めずに進めるほど楽な道ではない。
私は天才、私は無敵、私は最強。そう信じている。
でも、私は弱く、世間知らずで、自分勝手で、どうしようもない落ちこぼれ。それを知っている。
だから意地は張らない。出来ることは全てやるが、出来ないことは出来る方法を探せば良い。
「で、その鎌は? まさかそれで戦うって?」
「いや、そいつと戦う時には使わない。辿り着くまでに身を守る武器」
「……アドバイス、いる?」
「もう少し考えさせて。どうにもならない時は、その、お願いするかも」
「ふふ、了解」
優しく笑って私の部屋を出る母の背中を、とても大きく感じた。
私もいつか恋をして、結婚して、子供が出来たら……母になれたのなら、あのように笑えるのだろうか。母さんみたいになれるのだろうか。
「マクア」
部屋を出る直前、不意に母さんから声をかけられる。
「マクアは、マクアよ。私になる必要はない」
「……あのさ、人の心を読むのって母さんの能力か何か?」
「まあ、そんなとこよ」
冗談めいて言ってるけど、本当にそういう特殊能力が備わってるんじゃないか? なんにせよ恐ろしい。
「むーちゃん、マクアのことよろしくね」
「むー!」
むーちゃんは元気に手をあげて母に応える。可愛らしい光景だ。母さんにとっては、娘が一人増えた感じなのかもしれない。
でも不思議だ、何故に母さんはむーちゃんという名前を付けたのか。
たしかにむーむー喋るが、それは今の話し。知能が高いことは初見で見破っていたようだし、いずれむーむー言わなくなる日が来るかもしれない。それを分からない母さんじゃないだろうし……。
安直なネーミングセンスの持ち主、ということなのかもしれないがどうなんだろう。なんとなく気になった私は、母さんに質問した。
「ねぇ、なんでむーちゃんって名前なの? たしかに今はむーむー言ってるけど」
「え? 別にむーむー言ってるからじゃないわよ」
「じゃあ名前の由来は?」
「貴女の召喚獣はバハムートでしょ」
「……は?」
バハムート。たしかに私が召喚しようとしたのはバハムートだ。神話になっている最強の召喚獣。それとむーちゃんは似ても似つかない。
「母さん、何を言って……」
「姿や形はどうだっていいの。その子は、貴女の、貴女だけの最強の召喚獣バハムートなのよ」
「!」
世界を滅ぼす力を持ち、巨大な体躯に恐ろしい風貌。空を舞い、地を焦がし、天を穿つ、神話のバハムート。だが、その姿は誰も知らない。
母さんの言っていることは、私にも理解出来た。私はバハムートを求めて召喚を行った。
その容姿は想像のものとは遥かに異なってはいるが……むーちゃんは、私の、私だけの召喚獣。
私の、バハムートなんだ。
「バハムートだから、むーちゃん。ね? 可愛いでしょ?」
「うん……そうだね。むーちゃん、良い名前」
やっぱり母さんには敵わない。きっと、多分、一生超えられないだろう。私一人では。
だから、私は……むーちゃんと一緒に。いや、私の召喚獣『たち』と一緒に母さんを超える。
「じゃあ、頑張ってね。2体目の召喚獣との契約」
「うん、やれるだけやってみるよ」
そう、私の目的。これからやるべきこと。
それは2体目の召喚獣の獲得。
理を捻じ曲げる究極魔法、召喚。召喚した召喚獣との契約は同時に一体までというのが絶対のルール。これを破ることは不可能。
だが私に戦う力はない。むーちゃんにも恐らくは。ならば他の召喚獣と契約をするしかない。
どうやって? 簡単だ。
召喚魔法によって契約出来る召喚獣は一体までだが、自分の意思で私の召喚獣として従ってくれる存在についてはルールなどない。
究極的に単純に言うならば、強い奴と主従関係を組むということ。
別世界や別次元から呼び出す魔法などではなく、この世にいる生物を私に従えてしまう。その方法ならば召喚獣を増やすことが出来る。
問題はもちろん山積みだ。
まず私程度の矮小な存在に従いたい物好きがいるのか、それは本当に裏切らないのか。力で従えさせられるのならば召喚獣なんて必要ない。
弱い私が、自らより遥かに強い者を自分の従者にするということ。そんな方法はあるのかすら分からないが……やってみないと始まらない。
やると決めたのは私なのだから、それをやるための努力を惜しむ必要はない。
母さんの地図に記された目印には、私のターゲット。2体目の召喚獣候補が存在している。
かつての戦争によって魔族と人間の戦いは表面上は終結した。だが現在でも魔族は存在している。人間との共存に成功している例もある。
しかし実際は戦争前にも魔族と人間が交わることはあった、禁忌とされていたらしいが。
私のターゲットとなるのは魔族と人間のハーフ、魔人とでも言おうか。
山奥にひっそりと暮らしていて、他者とは積極的に関係を持たないが、人並みの暮らしをするために街に出没することもあるのだとか。
そして恐ろしく強い。人間基準で言えば世界の中でも上位クラス。という噂だ。
従えることが出来れば、心強い。今やっているのは会うための道中を生き抜く準備。
どちらにしろ世界上位クラスに強い奴相手に、鎌の一本で私が立ち向かっても勝率はゼロ。1兆回戦えば1兆回負ける。互いに情報が皆無の今ならば間違いなく負ける。
元より力で従える気などはない。私には私の戦い方がある。
旅立ちは3日後の予定。それまでに準備を終え、私の大冒険は始まる。まあすぐに終わってしまう大冒険ではあるが。
成功するにしろ、失敗するにしろ、一度我が家に帰る必要はあるから。失敗したら文字通り帰れはしないのだけれども。
「よっし! 気合入れ直した!」
頬を両手で挟むように叩くと、私は作業を続行する。頼れる母がいる、見守る小さな私の召喚獣がいる。
私は幸せだ、不幸なんかじゃない、ハズレなんかじゃない。だから、私は前に進める。
時間が経つのは早く一日、二日と旅立ちの日までどんどんと迫っていった。別に遅らせれば良いだけなんだけど、それをやってしまうとズルズルと自分に対する甘さが出てしまう気がした。
辛く厳しい道を進むならば、私自身が妥協や緩みを見せてはいけない。
そしていよいよ旅立ちの前日。起きたら私は旅に出る。朝も早く、母さんが起きる前に旅立つ予定だ。
「じゃあ、母さん。……おやすみなさい」
「ええ、マクア。おやすみなさい」
静かに、噛み締めるように言う私。優しく柔らかく微笑む母さん。
言葉はそれ以上必要なかった。死んでしまうかもしれない旅路に出る娘、それが心配な母。そんなのは当たり前。
でも私は止まらないから。母さんは私が止まらないことを知っているから。だから、何も言わない、言葉を用いる必要はない。
私は必ず帰ってくる。生きて帰ってくる。
「んじゃ寝よっか、むーちゃん」
小さな私の召喚獣に声をかける。今ではすっかり家族の一員だ。
「今日はむーちゃんは私と寝るわ。ねー?」
「ねー!」
顔を見合わせて首を二人で傾げる母さんとむーちゃん。なんだ、寂しいじゃないか。
「マクアも一緒に寝る?」
「んーん、決心が鈍るといけないから」
「……そうね。じゃあ、今日はむーちゃん借りるわね」
「別に構わないけど。出る時には返してもらうからね」
私の大冒険は一人ではない。むーちゃんも一緒だ。危険かもしれないが、むーちゃんは私の召喚獣。
私と共に歩み、私と共に世界を見る。それが私の望みだし、むーちゃんの望みでもある。母さんに預けるという提案もしたのだが、むーちゃんが私と一緒に居たいと言って聞かなかった。
「まくあ、おこしてあげる!」
「おー、頼もしい。んじゃよろしくね」
「むー!」
元気に手を挙げて返事をするむーちゃんに軽く手を振ると、私は自室へと戻った。旅立ちの前の最終確認を行い、ベッドに寝転がった。
「明日……か」
誰に言うわけでもなく呟くと、自分の右手に視線を送る。震えている、武者震いなどという格好の良いものではない。
怖いだけだ。私は、恐れているだけなんだ。
でも決めたから、私が決めた私の道だから。
ターゲットがどんな人物なのかも分からない。人間との接触がゼロではない以上、話しは出来るはずだろうけど。私の従者になります、って二つ返事で了承してくれるわけはないだろうし。
怖い怖い怖い怖い。
でも、少し、ほんの少しだけ……ワクワクする。
死ぬかもしれない、そんなこと分かってる。
身体がヒリつく、被る毛布がいつもより暑く感じる。
胸のドキドキを抑え込むことは出来なかったが、それでも眠る必要がある。万全の状態で挑みたい冒険だ。
こういう時に私という人間は非常に便利で、図太いのか、それともお気楽なのか、緊張や恐怖もどこ吹く風、気がついたら意識を手放していた。
〜〜〜
「んむー! まーくーあー! むー!」
「ほえっ……?」
何やら胸元に感じる心地良い重みと、可愛らしい声で目を覚ます私。なんだ、むーちゃんが私の上でピョンピョンしてたのか。
「おー、起きたぞー。ありがと」
「まくあ! おはよ!」
「はい、おはようございます」
まだ完全に覚醒し切っていない私は優しくむーちゃんを撫でると、真剣な目で見つめる。
「むーちゃん、本当に私と来るのか?」
「ん! いっしょ!」
「そうかそうか、一緒か。だね、一緒だ」
むーちゃんの決意も固いようだ。ならばもう何も聞きはしない。
私は身支度を整え、寝る前に行った持ち物の確認を再度行い、準備を完全に終える。
部屋を出て、母さんの部屋の前を何も言わずに、出来るだけ音を立てずに通り過ぎた。
鍵を静かに開けて、外に出る。まだ日は登ったばかりのようでーー
「行ってきますも言ってくれないの?」
「……母さん」
開いた扉に隠れるようにして立っていた母さんから声をかけられる。もう、起こさないようにしようと思ってたのに。
「道中お腹空いたら大変でしょ? はい、お弁当」
「あ、ありがとう……でもその、こういうのは」
「世話、焼かせなさいよ。たった一人の家族でしょ?」
「……うん。でも違うよ! 今は家族が増えてるから」
私は肩に乗っている小さな家族。私の召喚獣であり、妹のような存在でもある彼女に目を向ける。
「むー!」
「ふふ、そうね。むーちゃんも家族だわ。じゃあ私の大切な娘二人! 出来るだけ早く帰りなさいよ!」
「分かってる。じゃあ、行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい」
行ってきますは、母さんが言う言葉で、いつも私は行ってらっしゃいを言う側。狭い村から出ることもせずに、ずっと暮らしてきた。でも今は……私が行ってきますを言う側になった。
そして、ただいまを必ず伝える。母さんの口から、おかえりを聞くために。
「よっしゃ! 行くよ、むーちゃん! 私は無敵で最強で天才だぁー!」
「?? むけき、たいきょー、へんさい!」
「なんだか分からないけどそんな感じ!」
「めめき! さいとー! えんたい!」
「ぜんっぜん違うけどそんな感じ!」
テンションに身を任せて全力疾走する私。こんなペースが保てるはずもないし、それを分からないはずもないが、それでもいい。
今はこれでいい。とにかく全力で走りたい!
私の足で、外の世界を、この地面を、思い切り蹴りたい!
走って、休んで、歩いて、また走って、休んで、歩いて。それを繰り返す。思っている以上に前には進まなかったが、着実にターゲットの元へと近づいていった。
ある程度舗装された道、外敵のいない区間、移動するのに不都合は何もなく。私は周囲の景色の変化や、街の建造物の一つ一つにも感動した。
これが世界か。いやこれでも一部なのか。凄いな、広いな、途方もなく。
私が行こうとしている場所は、世界を見て回るということは、余りにも飽きが来なさそうで素晴らしい。ただ一時間、二時間走ったり歩いたらしただけで世界を知った気になっているわけじゃないが、私が想像しているよりも遥かに世界というやつは面白そうだ。
でも、私一人じゃ無理だ。世界には危険がある、それに立ち向かうには私一人では。
そのための力、それを得るために私は今こうしている。
数時間の移動の末に、やっとのことターゲットが住んでいるという山の入り口にまでやってきた。道はろくに整えられてもおらず、見るからに今まで歩いてきた道とは違いますよ、と雰囲気が囁きかけてくるようだ。
「こっからが本番だ……もう結構疲れてるけど」
「むー?」
「んー、少し休憩してからにしよう。まだ時間は全然あるし」
家を出たのが早朝、まだ昼まで二時間以上ある。日が落ちると周りを見るのも困難になり、行動の難易度は著しく上昇するだろう。だが、今ここで多少休息を取ったところで問題はないはず。
むしろ山の中で外敵に襲われた場合、息の上がった私では逃げ切ることさえ不可能かもしれない。
こういった人気のない山中には、魔力の暴走によって凶暴化した動物、魔物なども存在している可能性がある。それなりに知識は付けているが、魔物の個体は明らかに私より強く、出会ってしまえば無傷での対応は極めて困難。
最悪の場合、そこで私の旅が終了だ。
「さーて、どうすっかねぇ……」
誰に言うわけでもなく呟いた私は、近くの木に寄りかかって座ると、持参した水筒から水を摂取する。むーちゃんにも飲ませつつ休憩していると、遠くの方で何者かが近づいてくる音が聞こえた。
この人気のない山に、私以外に誰が?
この音、間違いなく人間のそれ。警戒しつつも、それをむーちゃんに悟られないように平静を装う。
近い、接触する。
「ん? 珍しいな、こんなとこに人がいるなんて」
「……どうも」
男だ。背丈は高く、体格もかなりガッチリとしている。容姿は見る限りとても良い、男の顔などにあまり興味はない私だが、これを不細工だという女性は非常に珍しいだろう、というかいるのか?
こんなとこに人がいるのは珍しいって言ってるってことは、この男は頻繁にここらに現れているということ。
そしてこの並々ならぬ気配……なるほどね。
「どうした? 足でも挫いたか? 街ならあっちの方向だけど」
「街からこっちの方向へ来たんだ私は。この山の奥地に住む魔人に用事があってね、これから会いにいくところ」
「用事? なら聞かせてくれ、俺があんたの言ってるーー」
「聞こえなかった? 私は山の奥地に住む魔人に用があって、これから会いにいくところ」
「は? だからその魔人が……」
「むーちゃん、そろそろ行こうか。私もだいぶ休めたし!」
「おい! 話しを聞けよ。第一、あんたみたいな子供が山に入ったら危険だ」
むっ、こいつ私が気にしていることを。
「あのねぇ、私は今年で二十歳。もう大人なのよ、失礼しちゃう」
「え、そうなのか? そうなのか……それはすまん、謝る」
ん? 随分と素直だな、嘘つくな、とでも言われると思ったんだけど。
「とにかく、危ないぞ。山を登りたいなら俺も付き添ってやるから」
「いらん。さっさとあんたは奥地で待ってろ」
「はぁ? やっぱあんた俺が目的の人物って気がついて……」
「だから、会いにいくと言っているの。奥地までね。じゃなきゃ意味がない」
こいつの言ってることはよく分かるし、私の言ってることはよく分からない。でもここで、私は選んじゃいけない。
楽な方を、選んじゃいけない。
「私は恵まれてきた。だから、私がやらなくちゃいけない。痛い思いも、辛い思いも、私がやりたいことにはそれが必要だと思うから、だから手を貸さないで」
男は黙って私を見つめた。ちょ、ちょっと照れるんだが。
「なんかよく分からんが……そこまで言うなら分かった」
「ありがと、んじゃ……また後で」
「……死ぬなよ、俺が死なせたみたいになるからな」
「ん、やるだけやってみる」
男はそれだけ言うと山の奥へと歩いていった。その背中が見えなくなるまで、私は動かなかった。
「むー? まくあ、なんで? あのおにーさんでしょ?」
「お、ホントにむーちゃん賢いな。まあそうなんだけどさ……思ってるよりもかなり話しが通じそうで、しかも性格もまともそうだ。ここで口説くには、ちょっと私のためにならんからね」
「むずかしい……むむむ、むー!」
「頑張らなきゃなってことさね。さてと、行こうかむーちゃん!」
十二分に休息は取れた、体調は万全だ。冒険はここからが本番。ついに危険が伴うことになる。
決意を改め一歩、私が踏み出した瞬間。
「ウオオォォォォン!」
山の中から大きな声が聞こえる。今度は間違いなく人のそれじゃない。出来ることならば危険だって避けたいというのは本音だが、どうやら神様はしっかりと私に試練を与えてくれるようだ。ちくしょう、ふざけんな。
「……やっぱアイツ、今から戻ってきてくんないかな」
自嘲気味に笑い、私はボソリと呟いた。