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私の最高で最強の召喚獣  作者: あげふらい
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プロローグ 私は最弱で最低の召喚士

 人生最大の転換点。それは一体いつなのか?

 そんなものは人それぞれ違うわけで、答えなんて一つには到底絞ることが出来ない。いくつか被る回答もあるだろうが、最も多い回答を転換点として定めたとしても特に意味はないだろう。

 だが、恐らくは私、ノスラプラ・マクアの人生における最大の転換点は今この瞬間である。と、思う。


 いつも通りにセミロングの茶髪を櫛でとかし、袖が少し長い衣服を着る。このクローゼットの服たちがピッタリと合うくらいには成長するはずだったんだけど……まあ、過ぎたことだ。


 いつも通りの身支度を終えたいつも通りじゃない私。

 今日は、私が生まれた日。

 二十歳の誕生日、大人の女性になった私。

 二十歳を迎えた私には、母から遺伝した召喚士の血が流れているということ、それこそが今日を人生最大の転換点に変えてくれる。


 召喚士は、その血が流れている以上は必ず二十歳になったら自身の召喚獣を持つことになる。

 これは、二十歳になるまで召喚出来ないという意味ではない。才能次第では、もっと幼い時から召喚出来る人もいるらしい。私の母親はそうだったみたい。


 でも、どれほど才能が無かろうと、血さえあれば二十歳には召喚することが出来る。

 待ち望んだ、これほどまでに二十歳になるこの時を待ち望んでいた。

 世界中でも二十歳になることを待ち望んでいたランキングで上位に入る自信がある。


 召喚士にとっての召喚獣、それは力そのもの。

 私は欲しかったのだ、力が。大きな、とてつもなく大きな力を求めていたんだ。


 私自身には力など微塵もない。もちろん力を欲する私が、この二十年間何もしてこなかったわけがない。

 毎日の鍛錬、イメージトレーニング、知識の吸収、それら全てを出来る限り懸命にやってきたつもり。それでも私は弱い。筋力などに関しては一般的な成人女性を大きく下回り、魔法などの奇天烈な力も使いこなせない。


 その原因も流れる血にある。

 召喚士とは、どれほどまでに鍛錬を積もうと遥かに効果が薄く、召喚術以外の魔法適性が極端に低い。詰まる所、召喚士にとっての力とは召喚したもので全てが決まる。


 魔法適性が低くとも召喚術以外の魔法を使いこなす天才や、ある程度の身体能力にまで上り詰める召喚士もいるらしいが、例えそうだとしても一般の域を出ない。それが召喚士、それが私だ。


 成人女性としては背がとても低い上に、召喚士の血による身体能力の乏しさ。毎日出来る限りの鍛錬を積み重ねた私だろうが、問答無用で年下の女の子に負けることもある。

 戦闘訓練はしているし知識もあるので、一般的な女性と比較して圧倒的弱者というわけではないんだけど、経験値などを考慮しない肉体のポテンシャルで言えば、十歳前後の女の子相当しかない。


 が、それも今日まで。

 召喚士が何故そこまでマイナスの要素を持って産まれるのか、それは全て召喚獣というプラス要素が帳消しにするからとまで言われている。

 召喚士自体の絶対数は世界でも3桁に決して到達しないと言われるほどに希少。召喚術は召喚士以外には決して扱うことが出来ないし、召喚獣は別世界の生命を時空間を超えて呼び出し使役するという世界最高峰の超常魔法。まさに圧倒的な力である。


 同時に使役出来る召喚獣は一体まで、増えることはない。何らかの要因で召喚獣が死亡してしまった場合にのみ、別の召喚獣を使役することが可能らしいが、それはまあどうでもいいことだ。


 この私が使役する召喚獣だ。どんな要因であろうと死ぬことなどあり得ない。


 今日、夢が叶う。

 力を手に入れて、私は世界を旅するんだ。

 小さな村で生まれ育った私の世界は、この村が全て。他はない、知らないから。


 幼い頃から外への憧れは強かった。だが外は危険が多いらしく、力のない私では村の外に出してもらえなかった。

 周囲にいる同年代くらいの子供たちにとって力が弱い私はからかいの対象になり、外への憧れを言い放つたびに無理だ、諦めろの心無い言葉を浴びせてきた。


 そんな周りの連中も成長してこの村を出て行ってしまい、既に残っているのは私と母だけ。最早村とも呼べない。辺境の地に住んでる親子だ。


 まあ、昔のことはどうでもいい。私を下に見た連中を見返してやりたい、なんてくだらないことも微塵も思わない。


 とにかく今は夢が叶うということだけで、この膨らみのあまり無い胸が張り裂けそうだ。



「マクア〜、もう召喚に取り掛かる〜?」


 私が二階の自室で色々考えていると、下の階から聞き慣れたゆったりとした甘い声がする。


「うん、母さん。今から降りる」


 私をたった一人で育ててくれた、大好きな母の声。


 部屋から出て階段を降りると、待っていた母さんがいつもと変わらないトロンとした眠そうな目で私を見つめる。


「もうマクアも二十歳かぁ」


 頭に手を伸ばし、そのまま髪に沿わせるように優しく撫でる母さん。されるがままの私。もう子供じゃないのに、と思いつつも心地良さから強い反論は出来ない。


 私よりも背丈はかなり高く、女性らしいフォルムの母。腰まで伸びた長い藍色の髪、四十近いというのに若々しい見た目は、私の姉と言われても全く不思議に思われないだろう。

 ダボダボした服の袖からは指先しか出ておらず、眠そうな表情も相まって寝起きみたいではあるが、母さんはいつもこんな感じだ。


「いつまで撫でてるの?」


「もうちょっと〜」


「母さんのもうちょっとは信用ならない。ほら、終わりだ」


「は〜い」


 ホワホワとしていて優しくのんびりしている母さんは、外見はともかく内面的には全く似ていない。私と母さんで流れている時間が違うのではないかと錯覚するような時もある。


 それでも、私のことを大切に大切に育ててくれた。きっと投げ出したい時も、少なからず疎ましく思ったことだってあっただろう。私は生意気で性格だってお世辞にも良いとは呼べないし。


 そんな私に大きな愛情を注いでくれた。たった一人の肉親、私にとっての唯一の繋がり。大好きな母さん。


 今日、召喚獣を手に入れて私は旅に出る。

 それは母さんも知っているし、了承している。昔から言っていたことだから、昔から夢見ていたことだから。


 寂しくないはずがない。多分、母さんもそう思ってくれている。


 だからこそ、出来る限りのいつも通りを。普段と変わらぬ態度で、普段と変わらぬ日常を。


 今日が最後にならないように、今日が別れだと思わないように。


「よし、じゃあ始めよう」


 別れを惜しむ、そんな暇がないように事を急ぐ私。もちろん早く力を得たいという気持ちも大きいのだが、この決意が少しでも鈍ってはいけない。


 外へ出て、母さんと一緒に召喚術の準備を進める。


 召喚術の手順自体はあまり難しくない。

 召喚士は召喚が可能になると頭に魔法陣が浮かぶ。もちろん二十歳を迎えた私にも、今朝から頭の中に魔法陣が自然と浮かんでいる。

 それを地面に描き、血液を垂らしありったけの魔力を流し込む。そして召喚の詠唱をして、晴れて召喚獣を呼び出すという流れだ。


 魔法陣は個人特有のもので、同じものは一つとして存在しないらしい。逆に詠唱は決められていて、召喚士は皆必ず同じ詠唱を行う。


 私は地面を木の枝で抉り、魔法陣を記していく。側から見れば子供が痛々しい遊びをしているだけに見えるかもしれない。

 魔法陣は、形さえ合っていれば描く形式は何でも構わない。サイズも、何を用いて描くかも、特に指定はないし、それによって召喚術が失敗したりすることもない。


 なので、出来る限り大きな魔法陣を描く。それが意味のないことだと理解しつつも、強力な召喚獣よ現れてくれ、という願いが私に大きな魔法陣を描かせる。


「おっきいね〜何を呼び出したいとかあるのぉ?」


 にこにこしながら見守る母さんの質問に、私は堂々と答える。


「狙うは神獣バハムート!」


 神獣バハムート。

 それは母から聞かされた昔話、神をも超える力を持つ最強の生物。私の居る世界では存在していた記録は無いのにも関わらず、多くの文献でその無敵なまでの強さを記されている幻の絶対強者。


 初めて話を聞いた時から、私は必ずバハムートを呼び出すことを決めていた。

 そして、今日ここで呼び出す。呼び出してみせる。私の召喚獣はバハムート以外にはありえない。


 この世の全てを覆すほどの力を持つとされるバハムートを呼び出したとしても、私は決して悪用することはしない。


 私にこそ相応しいはず。努力を重ね、精神を鍛え、知識を深め、真っ直ぐに生きてきたつもりだ。

 ならば、呼び出せるはず。応えてくれるはず。

 根拠は何も無かったが、自信はあった。

 この世界の誰も成し遂げることの出来なかった、バハムートの召喚。それを私が達成するという自信が。


 信じろ、誰よりも、何よりも、自分自身を。

 私は天才、私は最強、私は無敵。


 全ての準備を終えると、魔法陣にありったけの魔力と気持ちを込め、目を閉じる。

 ひたすらに集中、近くにいるはずの母さんの気配が感じ取れないほどに。身体に当たる少しだけ冷たい風の温度を気にしないほどに。



「命の灯火、煌々と。深淵を照らし、道を指し示す。想い超克し、理を砕き、神をも平伏させ、無から全を生み出さん」


 文献で調べ、母さんからも聞き、今日のために何度も何度も練習してきた召喚術の詠唱。

 間違えるはずもない、それが決して起こり得ない程度には口にした。それほどまでに待ちわびた。


「未来に希望を馳せることなく、過去に絶望することもなく、時間と空間を越え、この世の概念をただ否定する。宇宙は我が一部、普遍たる識は塵埃。自己に心酔せよ、他に叛逆し、心に世界を成せ」


 出ろ、出てくれ。

 私の今後を、全てを。

 人生を、運命を、覆す力!



「我が命によって契約を宣誓する! ここに顕現せよ、大いなる力……召喚!」


 詠唱の終了と同時に輝きだす魔法陣。眩い光が辺り一面を照らし、私は眩しさのあまりに目を開けていることが困難になる。


 召喚術に間違いは一切無い。身体から消費される大量の魔力に、凄まじい気怠さを覚えながら私は魔法陣の中心を確認する。


「あれ……?」


 そこには人の大きさの十数倍になると言い伝えられる巨大な体躯を持つバハムートどころか、召喚獣らしいものの姿すら見当たらない。


「おかしいな、失敗した? 魔法陣や詠唱は合ってる……もしかして魔力が不足してたとか?」


 召喚条件に必要魔力量の最低数値なんかは無かった。でも考えられるとしたらそれくらいしか……。


「え〜、成功してるじゃない。ほら〜」


 母さんがそう言いながら私の視線を指で誘導する。

 あ、居る。本当だ、何か小さいのが。

 私の位置から数メートル先、巨大な魔法陣の中心にちょこんと横たわっている。


「なにこれ……生き物?」


 手の平サイズの女の子、に見える。もしかしてこれが召喚獣? 私の? 事象を考えるにその可能性は非常に高い……が、これがか?


「い、生きてるの……?」


 近づき、恐る恐る手を伸ばす。当然だが見たことはない。そもそも触っても大丈夫なのかな。


「母さん、これ何か知ってる?」


 触れる前に尋ねる。もしも触れた瞬間に皮膚から入り込む致死毒を持っている、なんてことになったら洒落にならない。見た感じなさそうではあるが、それは私の意見だ。


「うーん、お母さんも見たことないなぁ……」


 母さんも私と同じ位置に来ると、この小さい謎の生物を覗き込む。

 正直言って、かなり可愛らしい。


 人のように見えるが、頭部が大きめで贔屓目に見ても三頭身もない、デフォルメされた人間みたい。ピンクのウェーブがかった髪と、もちもちしてそうな頬。お姫様のような白いドレスも着ており、まるで人形だ。



「あ、あのさ……これが私の召喚獣ってこと?」


「そうねぇ、見える情報だけで考えるなら」


「戦えるのコイツ? ってか例え戦えても、あんまこの子に戦わせたくはないんだけど」


 このちんまい謎生物がバハムート級の力を持っているわけがないというのはハッキリと分かる。見た目で判断するのは悪いとは思うのだが、生まれたばかりの赤ちゃんにすらやられそうだ。


「…………むー?」


 すやすやと丸くなって寝ていた謎生物が目を覚ました。身体に見合わない大きな口で欠伸をすると、目をフリフリのドレスの袖で3回ほど擦る。


「ねぇ、お前が私の召喚獣か?」


 謎生物が状況を把握する前に、私が耐え切れずに話しかける。耐えられるわけがない、私の一度だけの召喚獣取得の機会なんだ。


「むぃ? んむー!」


「は、はぁ? あんた喋れないのかよ」


 むーむーと喋っているのか鳴いているのか分からないが、とりあえず満足出来る意思疎通が出来ない。


「待ってマクア。そんな睨んじゃかわいそうよ?」


「……睨んでないよ」


 母さんに言われて視線を改める。本当に睨んでいたつもりはないのだが、そう見えていたのなら……多分焦りがあるんだ。


 この状況、こいつに対する焦り。

 だって、こんなわけわからないやつ。

 見るからに、間違いなく。



『ハズレ』だ。



 あぁ、なんだ……なんだこの感覚。

 沼にずぶずぶと沈んでいくような、途方もない気怠さ。吐きそうだ、頭が痛い、視界が揺れる。


「この子はねー、マクアって言うの。私の娘で、あなたのマスターよ。マ・ク・ア、分かる?」



 母さんが謎生物に私の名前を教え込んでいる。

 いいよ、もうそんなこと。


「ま・む・ま?」


「惜しい! マクアよ、まーくーあ」


「ま、くーあ」


「そうそう! マクア、まだ発達してないだけで知能は高いのかもしれないかもしれないわよ〜」


 ニコニコと母さんが笑う。褒められて、撫でられて、謎生物も笑っている。


 私はそれに、酷く興味がなかった。

 知能が高い? 赤ん坊に言葉を教え込むのと同レベル、こいつが私よりも賢くなるのに何年要する?

 母さんの手に乗り、すりすりと頬擦りする姿は非常に愛くるしいが、一言で表せば『無害』。私は愛玩生物を求めていたわけじゃない。


 欲しかったのは、力だ。



「なぁ、お前。戦えるのか?」


「マクア? どうしたの、顔が怖いわ」


「母さん、そいつと今から戦うから下がって」


「なにを言ってるの……見るからに戦えないわよ」


 ああ、分かってる。見るからにこいつは戦えない。


「でも、もしもがあるかもしれないから」


「この子の種族は分からないけど、恐らくはまだ幼子よ。あなたの腕力ですら殺してしまうかもしれない」


 それも分かっている。恐らく、私でも片手で圧死させることが出来る。

 しかし、それは見た目での判断。もしかしたら凄まじい力を持っているかもしれない。


 もしも持っていないのならば、終わりだ。

 私は……終わりだ。



「召喚獣は召喚士の力そのもの。私より弱いのならば……!」


 母さんの手から奪うようにして、謎生物を掴む。

 突如私に掴まれたことに目を丸くしているが焦った様子はない。むしろにこにこと笑っているコイツは、私を苛つかせる。


 このまま力を思いきり込めれば、コイツは死んでしまうのだろう。

 敵意も、力も、何もかも持っていない。要するに、私は力を持つことが出来なかった。


 生涯一度きりのチャンスを、活かすことが出来なかった。


「なんでお前なんかが……私の召喚獣なんだよ」


 悔しさ、悲しさ、諸々の負の感情がどんどん膨れ上がり、私の目尻に涙を浮かばせる。


「むー……? まくあー」


「……っ!」


 敵意のないこいつを握り殺すなど、当然だが私には出来ない。感情がどれだけ暴走しようとも、最後の一線を踏みとどまれないほどに子供でもいられない年齢だ。


 私は手を震わせながらも力を入れず、ゆっくりと地面に謎生物を置いた。傷つかないよう、出来るだけ丁寧に。


「部屋に戻って寝る」


 一言だけボソリと呟く。本来予定していた旅立ちとは正反対の行動を取ることを明言するもの。


「うん、分かった」


 母さんは何も言わなかった。いつも、母さんは私の気持ちを察してくれる。何も言いたくない時には、何も聞いてこない。


「まくあー」


 謎生物がトテトテと短い脚を使って私に駆け寄る。なんだ、何がしたいんだこいつ。


「あ、むーちゃんはこっち。マクアは今一人になりたいのよ」


「むー?」


 母さんが謎生物を手に乗せる。むーちゃんって……安直な。まあなんでもいいけど、どうでもいいけど。



 私は二人、いや一人と一匹に背を向けて、本来戻る予定のなかった家の中に戻る。

 相変わらず体調は悪い。視界は涙でボヤけるし、頭の回転は異常に遅く、何もないところで脚がもつれる。


 なんとか自室のベッドまで辿り着いた私は、毛布を渾身の力で握り締めながら声を押し殺さずに泣いた。



「あぁぁぁあぁあぁああ! くそっ……くそっ! くそ! なんで、なんでなんだ……なんで私がこんな目に……なんで私だけが……!」



 努力をすれば報われるとか、悪いことと良いことは実は差し引きゼロだとか、そんなことは決してない。

 きっとそういうこともある。努力が報われ、悪いことの後には元を取るくらいの良いことが起こる、そんな人間も存在するんじゃないかな。


 でも、それは私じゃなかった。


 天から、神から愛される神童じゃなくても構わなかった。自分の力を尽力すれば、未来を切り開けるだけの普通の運。それで良かった。


 それすらも、私は与えてもらえなかった。


 神様は不平等で、世界は理不尽で、私は最低の人間。


 才もなければ運もなく、何も持たずに、何も得られずに死んでいく。待っているのはそんな未来。


 もう、何も考えたくない。何もしたくない。この深い絶望の泥沼に浸かったまま動く気力は微塵も起きない。呑み込まれて死んでしまうのも、それはそれで良いのかもしれない。


 しばらく泣き続けた私は、いつの間にか意識を手放していた。



 〜〜〜〜



「ん……ふぁ……今何時?」


 どうやら私は眠ってしまったようだ。もう日は落ちている。

 少しだけ頭はスッキリした。納得はしていないが、眠る前の出来事は夢であってほしいが、でも先程までよりは感情のコントロールが出来る。


 母さん心配してないかな。下に降りてとりあえず顔を見せなきゃ。


 そう思って身体を起こすためにベッドに手を置こうとした時。


「おわぁぁ! 危ないなぁ!」


 手を置こうとした位置に謎生物がちょこんと寝ていた。何してんだほんとコイツ! 寝返りで即死させてたら最悪の目覚めだったぞ……。


 そこそこ大きな声を出したのに起きる気配は毛ほどもなく、少しだけ呆れた。危うく死ぬところだったってのに。


 あまり揺らさないようにベッドから降りると、とりあえず電気をつけた。



「こいつどうやって部屋に入ったんだ? 扉閉めてなかったかな? それとも母さん?」


 眠る前のことはよく覚えていない。今と比較すると明らかにまともな精神状況ではなかったから。


「あれ?」


 眠る前と変わっていたのは私だけじゃなかった。謎生物も少し違う。


 まずふわふわの綺麗なドレスが泥だらけだ。顔や手には小さいながらも切り傷だって付いている。

 そして、身の丈ほどもある花を抱えて眠っていた。身の丈ほど、とは言っても十センチを少し上回る程度のサイズだけど。


「マクアー、大きな声したけど大丈夫?」


 私の大声を聞きつけた母さんが部屋に入ってくる。


「あ、うん大丈夫。てか、こいつどうしたの?」


「むーちゃんのこと? マクアにお花を届けるって頑張ってたのよ」


「なんでそんなこと……」


「なんでって、そりゃ元気になってほしいからでしょう?」


 元気になってほしいから。それだけのことで、自らをボロボロにしてまで一輪の花を届けてくれた。出会って間もない私のために。


 この体格ではそこらの草むらでさえ大冒険だろう。怖くなかったのかな、痛くなかったのかな。


 私とコイツは主従関係。でも私は主人として何もしてはいない。何もする気もなかった。

 なのに、それでもコイツは……。



「ハズレ……か」


「マクア?」


「何がハズレなんだか……ハズレは私の方だ。コイツにとって、私はハズレのマスターだ」


 ハズレ。初めて謎生物を見た時に感じたそれは、とてつもなく失礼で、非常識で、情けない感想。

 力を求めて、召喚をして、私はそれで終わりか? 今まで努力をしてきて、報われなければそこで終わるつもりだったのか?


 まだ、何も終わってない。何も始まってない。

 神が私を見捨てるならば、あちらが折れるまで頑張り続ければいい。死ぬまで報われなくても、私は頑張って死にたい。


 諦めたまま、負けたまま、折れたまま……終わってたまるか。


「綺麗な花だね」


「むーちゃんが一生懸命探した花よ」


「だろうね。なのに私は……救いようがない」


 いてもたってもいられない。この衝動に今は身を任せる。

 私は、私は……。



「ちょっと外行ってくる!」


「え? ま、マクア!」


 駆ける。思いのまま、感情に従う。身体の至る所を家中にぶつけながら飛び出すと、家の近くに生えている一番大きな樹木に向かって突っ込む。減速はしない、止まらなくていいから。


「私は……私はぁぁ!」


 決別する。先程までの自分に。


「大馬鹿女だぁぁぁぁぁぁああ‼︎」


 鈍い音と共に身体がのけ反り、後ろにゆっくりと倒れながら額に激痛が走る。木に突っ込んだ、頭から。

 ドサリと大の字で仰向けになると、額から血が滴ってきた。痛い、めっちゃ痛い、ちょっと尋常じゃないくらい痛い。涙出てきた。


「……くそったれ。満足かよ、神様……一人のどうしようもない落ちこぼれが堕落していきそうな様子は、さぞかし美味いつまみになったろ?」


 泣きながら虚空に向かって呟く。だが、この涙は私が眠る前に流していたものとは違う。


「私はぁ! 天才だ! 無敵だ! 最強だ! 世界中の誰よりも、最高の召喚士だ! あの子にとって……私は、一番のマスターになってやる!」


 天に向かって拳を振り上げる。これは決意であり、宣誓であり、自らへの鼓舞。


 やれることをやった。つもり。

 まだある。まだやれる。ならば、動ける。私は無限に戦い続けられる。


 旅立てない理由に、力は関係ない。私が旅立つと決めたのならば、旅立つことは出来る。それが例え死ぬことに直結していたとしても。


 どちらにしろ、母の元で安全に退屈に暮らしていても私は死んでいる。緩やかに死んでいくだけの生活を送るなんてクソくらえだ。


 らしくなかった。恵まれていないことに絶望するなど、私らしくなかった。


 召喚士にとっての力そのものである召喚獣が、戦う力を持ち合わせていない。それは間違いなく客観的に見て不幸だ、ハズレだ。

 だが、あの謎生物がハズレなわけじゃない。


 私が、ハズレの召喚士。私は、ハズレの人間。

 だから、頑張るしかない。


 私のために、私が一番頑張るのは当たり前だ。痛いとか、辛いとか、そんなもの頑張るならば当たり前に付き纏うものだ。それを私は知っているはずだ。


 たかだが召喚獣に戦う力がないことくらい、問題はない。そう思うことにした。



「マクア〜……って、おでこ怪我してるじゃないの!」



 私のことを心配してか、母さんが家から出てきた。額から血を流し仰向けに倒れてる私に珍しく慌てて駆け寄ると、私の表情から状況を全て理解したようだ。

 ……相変わらず察しが良すぎる。当然だが、私は母さんには一生敵わないんだろう。



「ねぇ、母さん」


「どうしたの?」


「私のこと、ハズレだなって思ったことある?」


「んー? マクアがどう感じてようと、母さんにとって貴女は大当たりよ。私の人生で一番の幸せは、貴女が私の娘に産まれてきてくれたこと」



 あ、やば。ハズレだって言わないことは分かってたけど、その後続の言葉を一切予想してなかった。ヤバイ、泣く、絶対泣く、無理、耐えられない。


「母さん……お母さん……!」


「うん」


「私、あの子見たときにハズレだって思っちゃったの! 私がマスターなのに、あの子は何も悪くないのに!」


「うん」


「私、私頑張るから! もう二度と泣かない、二度と折れないから! 母さんの娘として、あの子のマスターとして、誇れるような人間に……絶対なるから!」


「じゃあ母さんは、いつまでも応援するからね。例え世界中の全てがマクアの敵になっても、母さんだけは貴女の味方よ」


「うん……うん……! ありがとう……!」



 何もかも、ここからだ。

 やることは全て理解した、旅立つ前にやることも、旅立ってから一度戻る必要があることも。

 全てのこれからに必要なことを私は理解した、頭がスッキリしている。本来はこれくらい頭が回るはず、先程までは本当にどうかしていたんだろう。


 これからのために色々と準備が必要だ。なので私は、まず母さんに尋ねた。



「母さん、この辺りでバケモノみたいに強い奴っている?」

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