表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/20

8.王宮舞踏会にて

 ブリットとの婚約を解消した翌日、ベンノは仕事終わりのドリスを王宮の庭へと誘った。相変わらず美しく整えられて花が咲き誇っていたが、庭に人影はない。王宮にはいくつもの庭園があり、本宮から遠い場所にあるこの庭をわざわざ訪れる者はほとんどいなかった。

「昨日、ブリットとの婚約を解消したよ。でも、君との婚約は少し待とうと思うんだ。あまり急ぐと君が奪略したと噂される恐れがあるから」

「そうね。その方がいいと思うわ」

 社交界の噂が厄介であることをドリスは知っていた。特に下位貴族には厳しい。今すぐにベンノと婚約すれば、侯爵令嬢であるブリットの婚約者であるベンノを男爵の娘が奪ったと誹られるのは目に見えている。


「でも、恋人であることには違いないからね」

 ベンノはそっとドリスの手を握った。

「はい」

 ドリスもその手を握り返す。こうして、二人の交際は始まった。といっても、今までと大した変化もなく時が過ぎていく。仕事の合間に話をして、たまに仕事終わりに庭を一緒に散歩する。休日には王都の繁華街に出かけることもあるが、有名なレストランで食事をして、雑貨の買い物を楽しむだけ。会話は天文や数学のことが主だった。

 ベンノは燃えるような恋がしたいと言ったのに、そんな様子は微塵もない。キスさえ交わさない関係だったが、ドリスは誠実なベンノのことを好ましいと思っていた。時が巻き戻る前は関係を持った男たちを侍らせ、高価な贈り物をねだったドリスだったが、今となってはあのような生活に何一つ魅力を感じない。

 

 

 そして半年後、ベンノはドリスに婚約を申し込み、フェーホルム男爵にも認められ、無事に婚約が調った。ノルデンソン伯爵はブリットより条件は良くないと思ったが、特に反対はしない。


 ノルデンソン伯爵は王都の富裕層が居住する地域に家を用意し、使用人を十名ほど雇った。そこがベンノとドリスの新居となる。その家はフェーホルム男爵家よりもよほど立派であった。貴族位を持たないベンノだが、上級文官なのでその家を維持するくらいの収入がある。 

 こうして、着々と結婚の準備が進められていく。


 気がつけば、ドリスがフレデリクに殺された日が迫ってきていた。そのことが気になるドリスだが、王太子に近づかなければ同じことは起こらないと自分に言い聞かせ、幸せな花嫁になることだけを考えるようにしていた。


 かつてのドリスの命日が一か月後に迫ったある日、ベンノが王宮で開催させる舞踏会にドリスを誘った。そこで婚約の披露をしようと考えたのだ。ブリットとの婚約を破棄して一年近くの月日が経っている。もうそれほど非難されることはないとベンノは考えた。



「ドリス。ベンノ様が素晴らしいドレスを贈ってくださったわ。首飾りもあるのよ。舞踏会が楽しみね」

 ベンノから送られてきた箱を開けたドリスの母親がとてもはしゃいでいた。

 そのドレスは青を基調にしているが、スカート前部の一部が光沢のある灰色になっている。それはベンノの髪の色だ。

 時が巻き戻る前のドリスはもっと豪華なドレスを着たことがあったが、それらと比べてもベンノが贈ってくれたドレスが一番素敵だと思った。

 

「ドリス、とても綺麗よ」

 フェーホルム男爵家には侍女はいない。ドレスを着つけるのは母親の役目だ。ドリスのデビューの日には古着しか用意できなかったが、婚約後初となる舞踏会にこのような豪華なドレスを着せることができて母親は涙ぐみそうになっていた。



 王宮で開催される華やかな舞踏会。弟のペータルのエスコートで参加していたブリットは、幸せそうなベンノとドリスの姿を見つけ、気づかれないようにテラスに出ることにした。

 ベンノがフェーホルム男爵令嬢と婚約したことをブリットは知っていた。抱く感情は決して嫉妬ではない。ブリットはベンノに幸せになってほしいと心から思っている。それでも心に穴が開いたような寂しさを感じていた。

 テラスには所々に椅子とテーブルが置かれていて、その一つにブリットは腰をかける。いくつもの篝火が煌々と燃え、あたりはかなり明るい。うす暗い奥の方に恋人らしい二人が座っているがかなり距離があった。


「あら、ブリット様もこちらにいらしたのね。よろしければ、わたくしと少しお話をいたしませんか?」

 そう声をかけたのは王太子の婚約者であるセシーリアだった。この国は一夫一婦制を基本としているが、王族だけは公妾が認められている。もちろん、貴族の中にも愛人をそばに置いている者もいるが、公に認められているわけではないので、このような場所に愛人を連れてくることはない。家庭内ではどれほど仲が悪くても、夫妻で参加するのが普通だ。

 しかし、王太子は伯爵令嬢のアデラと一緒におり、婚約者のセシーリアはファーストダンスだけ踊って後は放置されている状態だった。

 王太子との婚約が決まった時から覚悟はしていた。権力を持つ父親のカルネウス公爵も、王妃になるのはセシーリアなのだから、愛人など気にしなくてもいいと取り合わない。

 王太子への愛情はとうになくなっている。それでも、セシーリアは王太子にこれほど蔑ろにされるのは辛いと感じている


「セシーリア様? わ、私でよろしければ、お相手させていただきます」

 美しいセシーリアに声をかけられ、ブリットは緊張して思わず椅子から立ち上がった。

「そんなに緊張しないで。ここは会場ではないのですから、気楽に会話ができるのではと思ったの」

 ベンノとドリスの姿を見たブリットが、辛そうにしながら会場を抜け出すのをセシーリアは見ていた。ブリットも同じ思いを抱いていると思ったのだ。


「私にとってベンノ様は兄のような存在で、心から幸せになってもらいたいと思っているの。でも、とても寂しく感じてしまう。フレデリクお兄様が結婚しても、同じような気持ちになるのかしら」

 七歳からベンノのことを呼び捨てにしてきたブリットだが、もう婚約者ではないので敬称をつけて呼ぶと、更に寂しさが増すような気がした。

「わたくしには十二歳の弟しかいないので、はっきりとは理解できませんが、弟が結婚すればやはり寂しいと感じてしまうのでしょうね」

 ベンノに婚約を解消され、その上新たな婚約者と仲の良い姿を見せつけられて、ブリットが辛い思いをしているのだと思っていたセシーリアは、予想とは違ったがブリットの気持ちがわかるような気がした。


「ベンノ様は、燃えるような恋がしたいと言った。私も同じことを思ったの」

「そう、そんな素敵な相手が見つかるといいですね」

 セシーリアは恋など自分には許されないことだと思った。それならば、せめてブリットの恋を見守っていたい。


「ブリット様、わたくしとお友達になっていただけませんか?」

 貴族の中でも有数の権力を持つ公爵の娘で将来の王妃となることが決まっているセシーリアは、気軽に友人を選ぶこともできない。しかも、社交界の女性たちは、王太子の寵愛を受けているアデラに気を使ってセシーリアと距離を置いていた。しかし、英雄と呼ばれる騎士団長の娘ならば、王妃や公妾に媚びを売る必要はない。そんなブリットとならば友情を築けるのではないかとセシーリアは考えた。

「とても光栄です。よろしくお願いいたします」

 ブリットは満面の笑みを浮かべている。公爵令嬢や将来の王妃という身分など関係なく、美しいセシーリアと友人になれたことがただ嬉しかった。


「セシーリア、ここにいたのか! もう終了となる時間だぞ」

 現れたのは王太子だった。彼に身を寄せるようにしているアデラが横にいる。二人の後ろには護衛のフレデリクが従っていた。

「殿下、申し訳ありません。少し疲れたので夜風に当たっておりました」

 慌てて席を立ったセシーリアは王太子に礼をした。ブリットもそれに倣う。


「セシーリア様、本日は私が護衛をいたしますので、馬車までお送りいたします」

 疲れたと言うセシーリアを早くこの場から連れ出そうと思い、フレデリクが声をかけた。

「フレデリク。今日はセシーリアの護衛をしなくてもいい。おまえたちはアデラを送ってくれ」

 フレデリクは王太子の言葉に驚く。王族の護衛は近衛騎士隊に任されており、王族が人選に口を出すことはほとんどない。

「殿下。セシーリア様の護衛はどうなさるおつもりなのでしょうか?」

 王太子の婚約者であるセシーリアは王族に準じるとして、王宮へ上がる時には近衛騎士が護衛につく。今夜はフレデリクを含む五人の近衛騎士が公爵邸まで送り届ける予定だった。

「セシーリアの護衛はイェルドに頼む予定だ。それよりアデラだ。先日暴漢に襲われたらしい。その時は伯爵家の護衛で撃退できたので良かったが、もっと多人数で襲撃されればアデラはどうなっていたかわからない。アデラに醜い嫉妬を向ける輩もいる。気をつけてやらねば」

 王太子はそう言ってセシーリアを睨んだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ