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16.黒幕発覚

 王太子の婚約者であるセシーリアが王宮で開催された舞踏会の後で暴漢に襲われたと、社交界で噂の的になっている。その上セシーリアが修道院へ入ってしまったので、当然王太子との婚約は破棄された。

 宰相は早急に新しい婚約者を立てなければならないと王をせっついたが、王太子自らが妃の選定を待ってほしいと申し出たので、王もそれを認めていた。


 王太子はあれほど仲が良かったアデラとあまり逢おうとはしなくなった。破棄したとはいえ、長年婚約者として過ごしてきたセシーリアが不幸な目に遭ったばかりなので、女遊びを自粛するのは当然と言えば当然だが、今までセシーリアを蔑ろにしていたので、皆が不思議に思っている。

 そんな噂を顔見知りの騎士から聞いたフレデリクは、アデラと王太子の婚約が進まないことに彼女の父であるグランフェルト伯爵が焦っているのではないかと考えた。そして、王太子がベンノの婚約者であるドリスに興味を抱いていたことを思い出し、グランフェルト伯爵が彼女を狙うかもしれないと、アデラを見張っていたのだ。


 フレデリクの思惑は見事に当たった。男爵令嬢のドリスならば殺してもさほど問題にならないと思ったのか、純潔を奪うことを命じたセシーリアの時とは違い、四人の暴漢たちは剣でいきなりドリスを襲った。

 襲撃を予想していたフレデリクがドリスを守るのは容易いことだ。襲撃者は町で粋がっているだけの剣の訓練も受けていないような素人だ。騎士の相手ではない。しかし、想定外なことが起こってしまう。ベンノが彼女を助けようとして近づき、暴漢の一人に振り払われて仰向けに転倒してしまったのだ。


「ベンノ、ベンノ、起きて、お願い!」

 フレデリクがベンノを揺するなと言ったので、ドリスは声をかけるだけで我慢していた。

 死ぬ運命だった自分の代わりにベンノが死んでしまうのではないかと、ドリスは怖くて声が震えている。時が巻きもとる前と同じになるように不思議な力が働いていることを知っていた。今日はベンノに会うべきではなかったと、ドリスは後悔していた。

「近くに馬車を用意している。すぐに医者に見せるから、ベンノは大丈夫だ」

 震えながらベンノの名を呼ぶドリスを見て、彼女が本気でベンノを愛しているのだと、フレデリクはようやく認めることができた。ドリスがベンノを誘惑したのは、貧乏な男爵令嬢の結婚相手として条件が良かったからだ。そう思わなければ、ブリットがあまりにも哀れだと感じていたのだ。

 ブリットとベンノの婚約は円満な解消だったが、社交界ではブリットがベンノに捨てられたと揶揄する者もいた。その上暴漢に襲われたと噂されているので、ブリットに良い縁談が持ち上がることは絶望的だとフレデリクは思っている。ドリスさえいなければ、ブリットが暴漢に襲われたとしても、ベンノは婚約を解消しなかっただろうと思うと、フレデリクはドリスに良い印象を持つことができないでいた。

 それに、ベンノが想う相手に愛されているのも納得できない。ベンノはドリスに騙されているのだと、もっと条件がいい男がいれば捨てられることになると、フレデリクは思っていた。


「ベンノ! ベンノ!」

 必死に名を呼び続けるドリスにかける言葉も見つからず、フレデリクは無言で倒れたベンノを見下ろしていた。動くことはないが胸は規則的に上下している。死ぬような怪我ではないと思うが、フレデリクにも絶対に大丈夫だと言い切ることができない。



 それほど待つほどもなく、フレデリクが近くに待機させていた三頭立ての大型馬車がやってきた。それは犯人を護送するための馬車で、窓には鉄の格子が嵌っている。座席はないので、気を失っているベンノを横になったままで運ぶことが可能だ。

 御者とフレデリクが慎重にベンノを馬車に乗せる。暴漢捕縛を手伝った騎士は、倒れている暴漢たちを無造作に引きずりながら馬車に放り込んだ。


「私も一緒に行きます!」

 馬車のドアが閉められる寸前にドリスが乗り込もうとした。しかし、フレデリクはそんな彼女の腕をつかんで止める。

「馬車には暴漢も乗っているので、君を同乗させることはできない。ベンノはこのまま一緒に騎士団へ連れて行く。騎士団には優秀な医務官がいるので安心してくれ。とにかく君を家まで送る。ご家族も心配しているだろうから」

 家族が心配しているのは本当だろうとドリスは思うが、ベンノを放っておくこともできない。

「で、でも、私はベンノの婚約者よ!」

「わかっている。明日迎えに行くから。今日の証言もお願いしたいし。とにかく、早くベンノを医師に診せたい」

 そうフレデリクに言われると、ドリスはそれ以上何も言えない。


 ドリスが馬車から離れると、ドアが閉まりゆっくりと馬車は動き出す。


 馬車が見えなくなるまで見送っていたドリスは、唇を噛みしめながら家の方へと歩き出した。その後ろをフレデリクがついていく。

 二人は何も話さない。

 不安で涙が出そうになるドリスだったが、フレデリクには涙を見せたくない。

 ドリスを処刑しろと進言したのはカルネウス公爵であり、決定したのは王である。フレデリクは処刑を命じられただけだ。そのことをドリスは知っていたが、それでもフレデリクを前にすると恐怖を感じてしまう。そのことをドリスは彼に悟られたくはなかった。


 ドリスをフェーホルム男爵家まで送り届け、男爵に簡単な説明をしたフレデリクは慌てて騎士団駐屯地まで戻った。そして、事態が大きく動いたことを知る。


 グランフェルト伯爵家の使用人がドリスを襲った暴漢と接触していたことがわかったのだ。

 セシーリア襲撃の黒幕がグランフェルト伯爵ではないかと考えた騎士団は、伯爵邸をずっと見張っていて、中年の使用人が外出したので騎士が後をつけていた。


 その日のうちに使用人の拘束を司法局に許可された騎士団は、伯爵邸に帰っていた使用人を捕縛。この日のために処刑せずに牢に収監していたセシーリア襲撃犯を使用人に会わせて、セシーリアを襲えと命じた男に間違いないとの証言を得ていた。

 その夜に騎士団長が王への報告を済ませ、王はグランフェルト伯爵の捕縛を命じる。



 翌日、ドリスを迎えに来たのは、杖をついたフレデリクの弟のペータルだった。

「騎士団は今日とても忙しくて、足を骨折して働けない僕が迎えに来たんだ。エスコートできずに御免ね」

 笑顔などめったに見せない生真面目なフレデリクと違い、ペータルは柔和な笑顔を見せている。

「ベンノは、ベンノは無事なのですか!」

 昨夜は眠ることができず、目の周りには隈ができているドリスが必死で聞いた。

「うん、大丈夫だ。朝一番にベンノさんに会いに行ってきたけど、無事に目を覚ましていたよ」

「よ、良かった」

 安心のあまりその場に崩れ落ちそうになるドリスだったが、早くベンノに会いたいと思い、気力で踏ん張っていた。


「でも、ちょっと問題が。直接会って確かめてみて」

 ペータルが辛そうに俯いたことが気になったが、それでもベンノに早く会いたかったドリスは、迎えの馬車に乗ることにした。

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