プロローグ
主人公の独白、聞いてやってください!
8月初旬。気温36℃。
誰もいない自宅。昼飯をなんとなく口に放り込み、甲子園の放送を眺めながら。
俺は、人生について考えていた。
十九歳男性。自宅浪人生。
俺のことだ。
どうしても進学しなければ、と思いつつも、思いつつも。
そう。大学に特に用はない。これといって、用はない。
進学し、大学の名前を肩に張り付け、4年後まっとうに働くため。それだけのために進学を志している。
いや、もはや志してなんかいないな。四肢とシャープペンはとっくに放り出した。
ああそうとも。何も手につかない、無為な日々を過ごしていたぜ。
高校を卒業し、4か月。体感では4日だった。
「あれっ?」と振り返ったらもう、いつの間にか時間が流れていた。あまりにも早かったもんで、
「俺は明日にでも65歳のジジイになってるんじゃないか」とガチで心配していた。
そのくらい憔悴していた。
「たった36500日しかないんだよ。仮に100年生きたとして」
一人でいる時間があればあるほど、そんなことばかりを考えてしまう。
人生がひどく怖くなった。喪失を恐れた。だからこそ、そんな貴重な人生という時間を費やすにふさわしいものを、躍起になって探していた。
けれど、好きなことよりも、嫌いなことの方がよく見つかる。何かをしたくてたまらないのに、やりたくないことばかりだった。俺の中の怠惰と、やたらと燃えたがる情熱が矛盾を起こす。しんどかった。
なんせ周りからすれば、ただ怠惰な男に見えるだけだからな。なにか物を考えながらもじっと動かない俺を見て、みんなはさぞ不可解に思ったことだろう。
どうだろう。こういう経験、あるヤツいないか?いてくれないか?
まあそんでもって。
芯の折れたペンを投げ、縮んだ消しゴムを捨て、英語の参考書を伏せて。
ふと、テレビのリモコンを手にとった。そして点けてみた。
別に見たかったわけじゃないのにな。
聞こえてきたのは、夏の風物詩と実況解説の音声だった。
「……ピッチャーは三年生斎藤。これまで全試合を投げぬいてきています。もちろん初めてではないピンチの場面、第三球!……いいコースでしたが、外れましてツーボールワン ストライク。八坂さん。まだまだ斎藤君の球威は衰えませんね」
「そうですね、やはりすごい選手ですね。それから、キャッチャーの石塚君ですか。前の回から変化球を増やしたリードをしてますね。一巡目からだいぶストレートにタイミング合わされてましたから、よく考えてます……」
中継映像には、マウンドの上でしかと立っている投手と、それに対峙して声を張り上げる打者、大きくミットを構えてどんと座る捕手が映っていた。捕手の後ろにいる主審も、マスクであまり表情は見えないものの、試合の山場となりそうなシーンに一層集中を高めているように見える。観客は沸き、ブラスバンドの演奏はエネルギーを増し、太陽は照り付けて、かわるがわる映される選手たちの汗に反射して光る。
それらはどうしようもなく綺麗で、なんというか、うらやましかった。
呆然としてしまいそうなあの球場の真ん中で、彼らは何を思うんだろうか。何が見えてるんだろうか。
きっと、かけがえのないものに違いない。命を燃やすにふさわしいものに違いない。
それは俺にはわかりようのないことだが――――それでも。
野球が好きだ。あの熱が好きだ。一瞬間への集中が好きだ。
人生の数値化なんて考えることもないだろう。少なくとも彼らはあの瞬間を生きている。
そんな命は輝いている。それをうらやましいと言わずになんというんだ。
生きたいとだけ、強く思っていた。「死んでいない」のではなく、「生きたい」と。
どっかの漫画だかゲームだかで言ってたセリフの受け売りだ。
甲子園ばかりみていた。綺麗に光ってる彼らが大好きでな。
そうしている間は少なくとも、俺は時間を忘れて熱中できた。
八月初旬。気温36℃。
試合終了のサイレンを中継で聞きながら。
胸が熱くなる何かが始まるサイレンを、俺は待ち望んでいた。