祐編 就職祝い
「本当ですか?」
それはマンションオーナーが俺って事? それとも管理人にさせるって事だろうか?
どちらにしても本当の事なので俺はこう答える。
「あずささんが望むならの話ですよ」
「正直願ったり叶ったりのお話だと思うのですが……」
「旨すぎる話ですかね」
美味しい話には裏がある。
当然、この話にも裏は有る。有るには有るのだが、あずさにとって悪い裏ではない。
「頼りにここまで来といて本当に申し訳ないです」
「いや、それ位疑って掛かるべきだと思いますよ。けど……これオフレコでお願いしますね」
実はこのマンション元の所有者は俺ではない。
俺はオヤジから譲られたいわば遺産なのだ。だが、このマンションは決して表沙汰には出来ない金で建てられている。
オヤジはこう言っては何だが仕事を選ばない男だ。そして、探偵と言う職業は人の粗を覗き見するのが中心。当然、イリーガルな仕事も僅ながら潜り込んでくる。
そういう依頼は得てして有力者の弱味を握れるが、それを利用しようとすれば闇の中へ消される。だが、喜介はそういう人種から信用を勝ち取り同じ穴のむじなである証明として、このマンションを手にいれた。
簡単に言えば、これあげるから色々黙っててね。約束破ったら怒っちゃうよプンプン……って事だ。
そして、これが俺にこのマンションが来た理由になる。
イリーガルな部門に触れていたのはオヤジだけではない。こんな話をしている俺もどっぷり浸かっているのだ。
オヤジは信用してもその信用は俺にまで来ない。なら、どうすれば良い……簡単だ、抱き込んでしまえば良い。マンションを与える事で美味しい汁を啜る仲間という事になる。
元より俺にオヤジを裏切る気はサラサラなかったが、このマンションを受け取る事でオヤジの信用が増すのならそれも有りだろうと俺も素直に受け取った。
オヤジが居なくなった今、俺はその関係者と付き合いはないものの何処からともなくネタのリークがあったら、真っ先に俺が疑われ消されるリスクを持っている。
まあ、各要人のネタの全容は当人達を除けば、俺とオヤジしか知らない。横の繋がりでは何か弱味を握られている程度の認識しかないのだから、俺がリークしなけばまず世間に露見する事はないだろう。
ついでに補足すれば、オヤジが恐喝している要人はこの程度のマンションなら個人資金で簡単に賄えるくらいの資産家達である。それが複数で賄っているのだから痛くも痒くもない。だから、俺が態々藪の蛇を突いたりしなければ、俺みたいな小物に何かしてくる事はないと言うのが、俺とオヤジの共通見解だった。
と、こんな話をあずさにしても仕方無い。
万が一の時があったとしたら、只の管理人契約をしただけの知人の方が本人にとっても都合が良いしな。
「このマンションオヤジの遺産なんですよ。だから、オヤジが俺に頼むというなら出来る範囲でやれる事に厭目はつけません。ただ……」
「ただ?」
あずさの瞳から疑念は消えていない。
「大した事じゃないのですが、まずこのマンションが遺産だと言う事は本当に他言無用でお願いします。あと管理人を引き受けてくれたとしても駐車エリアを片付けたりするのは止めて欲しいんですよ。あ、駐車エリアはこの事務所以外の1Fがそうなります」
「は、はあ? それくらいなら構いませんが……何故って疑問が」
「ん、まあ正確にはある車に触って欲しくないってトコですかね」
今度は半分くらい嘘をつかせてもらう。アレを見られるのはあまり好ましくないからな。
「お高い車なんですか?」
「まあ、俺から見たら充分高額ですかね。掃除とかされた時に弾みで傷でもついたらと思うと……」
「なるほど、理解しました」
「それもこれもあずささんが引き受けてくれるのでしたら……ですけどね」
わざとらしい演技も混ぜて敢えてそう言うと、あずさははにかんだ笑顔を浮かべ、
「はい、是非お願いしたいです」
と返してきた。
確かこの人……履歴書見た時に28歳だったようだが、こうして笑うと20歳ぐらいにしか見えないな。んっ、そうすると麻里は幾つなんだろう。
10歳ぐらいに見えたがそうすると18歳の時の子供と言う事になる……無くはないがちょっと早いような気がする。ま、追々聞けばいい話だな。
「では、温くなる前にあずささんの就職を祝って……」
ビールの缶を持ち上げながら目配せすると、あずさもその意図を汲み取ったように缶を合わせてきた。
「「乾杯!」」
あずさはクイっと350缶を煽り一気に飲み干した。
「はあ……美味しい。もう1本頂いても宜しいですか?」
ありゃ、この人見た目以上に酒豪だな……飲み比べとかしたら負けそうだ。どうぞ……と、ビニールからもう1本取り出して渡すと、今度はゆっくりと飲む。
そうして夜は更けていった。
明日……もう日付は変わっているが便宜上そう言おう。
俺とあずさは明日の手順について少し話たが、2本目を飲み干した頃、あずさの目が眠気を帯だしたのでお開きにした。
少しアルコールも入った事だし、慣れてない場所とは言えぐっすり眠れる事だろう。
もう降りてくる事はないな。
俺も若干眠たくなってきているが……深橋から持ってきたバックを手元に引き寄せ、巾着袋のような物を取り出して眺める。
巾着袋の口には糸が張ってあり開けると切れるようになっているが、今もまだその糸は健在だ。つまり、あずさが俺の居ない間にこの中身を見たという事はない。
中身を見てたら普通俺の元で働こうとは思わないだろうから、当然といえば当然の結果だな。もし見てて仕事を受けるなら腹に何かを隠しているから手元に置いとく訳にもいかなかった。
尤も、雇い主になろうという男の不在時に家探しをするようなヤツなら即行追い出していたが……ざっと観察をしていたがあずさは善人だ。
それは核心を以ている。だからこそ、やはり駐車エリアに入れる訳にはいかなかった。
「さて……」
巾着袋を持って俺は駐車エリアに向かう。
駐車エリアには2台の車が止めてある。
一台は俺が普段使う『エスティマ』。これは売れ筋の車種である事から車両尾行等しやすいと言うだけで選んだだけなので特に拘りはない。
もう一台は『フォルクスワーゲン』の年代物である。一応、手入れはしてあるので動く事は動くが……エンジンをかけて動かす事はないだろうな。
鍵を使いワーゲンのドアを開けると、サイドブレーキを上げて外に出る。そして、後部から徐に車を押した。
ゆっくり前進するワーゲン。車両一つ分動かすと車の影から地下への扉が現れた。
ワーゲンはこの扉を隠す為だけのカモフラージュである。
万が一見られても年代物ならそれなりの拘りがあるんだろうなと、勝手に解釈してくれる率が上がるので丁度良いと購入したものだ。
現れた扉を上げ梯子を下り地下に降りる。
地下は土地の広さ一杯の一部屋になっていて、かなりの広さの空間になっている。そして、壁は完全防音になっており音が漏れる事はない。
「やっぱ寒いなここは……」
換気の為にエアコンはついているが、今はつけなくてもいいか……
因みにここの照明は駐車エリアにスイッチがあるから、降りる前につけてきた。
地下だけに照明のスイッチを付けると色々不便だからなぁ……
地下のスイッチをじっくり見れば、地下の存在に気付かれる恐れもあるがその危険性は低いし利便性と天秤にかけたら、この選択に傾いた。
それはさておき、この地下が何故存在し隠さないといけないのか? その答えが部屋の隅にポツンと置かれている机とロッカーにある。
俺はその机に近寄り、椅子に腰を据えると巾着袋から中身を取り出し机に置いた。
ゴト……と鈍い音をたて、照明の光を反射して銀色に輝く鉄の塊『シグザウエルP230』日本の警察で採用されSPなどが所持している拳銃だ。
ここは射撃場であり銃の保管庫……日本において個人が持てない拳銃がある違法空間だった。
嬉々として紹介出来ない理由分かっただろ。