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Colors  作者: えくりぷす
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オープニング

 2018年11月22日

 クリスマスイブ1ヶ月前にし、恋人達が浮かれ始め特定の相手がいない者は焦り出すこの時期に、神谷祐は一人誰も居ない事務所で身辺整理を行っていた。

 長年勤めあげたこの場所を離れる事に何の感慨も湧かないという事はない。寧ろその逆で出来る事ならこのままでという思いは強い。だが、雇い主の意向……つまるとこクビになった以上、祐の思いなど何の意味も持たない。


「無情だよな……」


 成績も普通であり、勤務態度も良好である祐が不当解雇だと訴えれば話しは変わってくるだろう。しかし、前所長の訃報から業務成績が悪化しているこの事務所で居座り続けるのは、事務所そのものの寿命を縮め兼ねない愚行であると祐は考える。


 故に右肩叩きを受け入れたのだ。


 自己犠牲、人身御供――何も知らない人からみればそんな風に言うかもしれない。事実、お前一人辞めた所で何か変わるのかと引き止めた同僚もいた。


「何千もの社員がいる大企業ならそれもそうなんだがな……」


 見渡す事務所は10人も入れば結構窮屈だ。とあるカテゴリーで見れば大手となるこの事務所も企業と見れば零細企業でしかない。それがここ『深橋探偵事務所』の実態だ。


 前所長である深橋喜介は有能な探偵であり営業マンだった。


 開業間もなく、どこからともなく仕事を取ってきては完璧に仕事をこなしていった。そうなれば事務所の評価は上がりそれは信用に繋がる。こうしてこの事務所は10年間で小さいながらも実力はトップクラスと言われるようになっていったのだ。

 たった一人の天才が育てたからこそ、その損失は果てしなく大きい。後継者に当たる息子の深橋圭一は無能ではないが、喜介の1/3にも及ばない……

 このままでは遅かれ早かれこの事務所は崩壊するだろう……それが祐の見立てであった。


 ガチャ、軽くノブが回る音が鳴り、入口から男と女が顔を出す。


「灯りがついてると思ったら、祐お前まだ居たのか」

「ん、まーな……兄貴達はデートか? 羨ましいこって」

「そんな訳ないでしょ。来年の業務方針の打ち合わせよ」


 入ってきたのは、現深橋探偵事務所所長の深橋圭一とエースである結城紗奈だった。


「そりゃご苦労様」


 来年の業務方針と聞いて、祐の眉が僅かに動く。


 自身に関係ない話である事もあるが、業務方針と言っても何も変わらない事が分かっているからだ。あるとすれば、来た仕事を精査する事もせず来るもの拒まずの精神を追及ようにシフトチェンジしていくという事ぐらいなものだろう。


(仕方ない事とはいえ、それは義父(オヤジ)の望む方針じゃないんだよな)


 祐の両親が事故で他界したのが16歳の時、天涯孤独となる所だった祐を引き取ったのが母親の兄であった喜介である。その時、喜介は別の探偵事務所に勤務していたが、祐を引き取ると同時に独立をした。


 以降、祐は学校が終わると探偵事務所に入り浸り喜介の手伝いをしてきた。実の息子である圭一よりも喜介の背中を見てきた。だからこそ、何でも引き受ける体制の危うさを知っている。


「なんか言いたそうな顔ね」


 祐一がちょっと思考の波に身を任せていると、紗奈が怪訝な顔をしながら顔を覗き込んできた。


「別に……俺がとやかく言える話じゃないだろうしな」

「あんたねぇ……ほんと、それでいいの?」

「どういう意味だ? 俺は今日ここで居なくなる人間だぜ。今後の方針なんて一番関われる話じゃないだろう」

「それはそうだけど……さ」


 元々、紗奈は数年前まで祐とコンビを組んでいた。

 だからこそ、祐が辞めると聞いた時に反対し喜介に恩義を返す為にも残れと進言してきた経緯がある。


「どちらにしても今更なんだよ」


 自嘲気味に呟く祐。

 そう今更なのだ。祐が残りたいという事も、リストラ対象にならないぐらい成績を上げて来なかった事も……


「ほんとに馬鹿ね、あんたは」


 それだけ言うと紗奈は所長室と書かれたプレートの部屋へ入って行った。すると、


「分かってるならとっとと出てけ。ここはもうお前の居場所じゃない」


 紗奈との話を大人しく聞いていた圭一が口を開く。その瞳には嫌悪感と忌諱の色がありありと浮かんでいた。


「ああ、分かってる。もうちょいで終わるからよ……そうだな兄貴達が帰るまでには姿を消すさ」

「挨拶なんていらんからな」


 吐き捨てるように言って、圭一は紗奈の後に続いて消えた。


「嫌われたもんだな俺も……」


 本気で自分を嫌っている者には良い感情を持たないものだが、祐は圭一を嫌いになれなかった。自分の尊敬する男の実子であるからなのだろう。圭一が嫌がるから自ら近寄る事もしなかったが…


「これも今更なんだろうな」


 自嘲気味に呟き、徐にデスクの中から巾着袋のような物をボストンバッグにしまい席を立ち、所長室を見ながら頭を下げた。そして、


「縁が残ってるならまた、な」


 と、深橋探偵事務所を後にしたのだった。



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