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1-8 異世界

 『ここは君がいた世界ではない』

 

 その台詞にレイは「だろうな」と呟いた。驚きはあった。しかしそれは自分が違う世界に来た事に対してではなく、その事(・・・・)を受け入れている自分への驚きだった。


 異世界──映画やアニメ(フィクション)でしか見ないような世界に自分がいる。

 そんな馬鹿げた事態を飲み込んでいる己にレイは驚いた。

 だが、エンディと呼ばれた女が使っていたのはどう見ても魔法であったし、何よりも気を失う前に見た光景は明らかに自分の知っている世界のものではなかった。


 自分が異世界にいるという与太話を信じるほど馬鹿ではなかったが、それでも自分が体験したことを妄想と決めつける程愚かではない──レイは状況を分析した結果、後者をとっただけの事。


 それにレイは自身の心のずっと奥深く、本能(・・)で悟っていた──自分は異世界にいるのだと。

 

 驚いたのはレイだけではない。クワトロとエンディも顔にこそ出さなかったが、その胸中では驚愕していた。

 レイは長い溜息を洩らすとy冗談を挟みつつ聞いた。

 

「それで……俺は何でこっちの世界に? 白兎を追いかけたり、古本屋で万引きした憶えは無いぞ」

「そうだな、まずは何から話そうか……」

 

 丁寧に整えられたヒゲをさすりながらクワトロが言ったその台詞に反応する者はいなかった。

 そして当事者(レイとエンディ)は状況を俯瞰できる立場にないと悟ったクワトロはしばし考えて進行役を務める事にした。


「まず、エンディがあの場にいた時の事を話してくれないか」


 話を振られたエンディは頷き、苦い敗北を喫したあの日の事を思い出し口を開く。


「私はあの日、怪しい儀式をしているとの情報が入ったので、現場を見に行きました」


 怪しい儀式──その言葉にレイは最初に目覚めた場所を思い出す。

 確かにあの場所にはカルト教団が儀式に使ってそうな小道具があった。

 

「そこには何らかの儀式を行っていた三人組がおり────」


 エンディはそこで一度区切り、悔しそうな顔をして続けた。


「彼らの部屋に入った時に不意をつかれ、私は……彼らに殺される寸前まで追い詰められました」


 一貫して気丈な顔をとろうとしているエンディだが、その顔からは悔しさが見て取れる。レイは彼女の傷──腕と頭の負傷を思い出す。

 不意をつかれた、と言っているが余程その事が堪えるらしい。


 レイの推測は当たっていた。エンディにしてみれば、自信のあった剣の腕が──不意打ちではあったが──全くもって通じず、そもそも剣を抜くことすら出来なかったのだ。

 そんな惨憺(さんたん)たる結果に終わったエンディの初実戦は、彼女のプライドを傷つけた。それもその事を口にするのも(はばから)れるほどに。

 

「あの時、女の持っていた杖を吹き飛ばしたのは?」

 

 レイはエンディの手から生み出された火球の事を聞いた。

 

「あれは攻撃魔法です。火を創り、発射する単純な初級魔法ですが……」

 

 エンディは事も無げに答えたが、レイはこの世界に魔法が存在するという事を改めて認識する。そんな彼にクワトロは言った。

 

「恐らくだが……魔法は君のいた世界には存在しないものではないのかな?」

「あぁ、俺のいた世界には存在しなかった──なぜその事を知っている?」

「君を治療する際に血液を調べた。だが君の血からは全く魔力(・・)が検出されなかったのだ」

「魔力?」

 

 馴染みのない言葉を反芻したレイにクワトロが説明を続ける。

 

「魔力というものは……魔法を使う原動力だ。この世界(・・・・)の人間全員が多かれ少なかれ、必ず持っているものだ。決して(ゼロ)ではない」


 寝ている間に血液を調べられたのも驚きだが、この世界の人間全員が魔力を持っている事のほうがレイには衝撃だった。

 それはつまり、俺を除いて全員が魔法を使えるということではないのか──


「魔力と言うものは……そうだな、心臓や血液と同じく体の一部なのだ。心臓や血がない人間は生きられないだろう? だが君は生きている。我々からすれば信じられないことだが……こういった事象から君のいた世界には魔法が存在しない、と思ったのだよ」

 

 レイは自分の名前――レイ(0)とは皮肉な名前だな、と呟いた。 


「続きを――」

 

 クワトロはそう言ってエンディに目配せする。彼女は頷くと話を続けた。

 

「そして、彼らの構築していた魔法陣に私の血が触れた瞬間、魔法陣が発動(・・・・・)し、貴方が現れました」


 魔法陣、レイは『魔力』に続いて、聞き覚えのない単語に口を挟みかけるが、とりあえずは話を最後まで聞こうと耳を傾ける。

 クワトロはそんな彼の胸中を察したのか補足した。

 

「魔法陣は魔法の行使を助ける補助道具と考えてもらって差し支えない。もっとも、大掛かりな魔法を使用する際にしか使われないがね。例えば、異世界から人を召喚(・・・・・・・・・)する時など」

 

 異世界から人を召喚、レイはピンとくるものがあった。

 

「俺はつまり、その魔法陣とやらでこっちの世界に来たんだな?」

「察しがよくて助かる」

 

 なんの疑問も挟まずに、自分に起きた出来事を分析し、受け入れるレイにクワトロとエンディは驚きを隠せなくなった。

 普通(・・)であれば、混乱し、慌てふためくだろう。しかし彼の冷静さの牙城は全く崩れる気配が無い。

 

「驚いていないようだね」

「驚いてはいるさ。それを出す(・・)意味がないだけだ」

 

 慌てふためいて状況が好転するならば、いくらでも(わめ)いてやるさ──レイは自分の腹部を見下ろす。

 あの傷は数日寝ているだけで回復するようなものではなかった。

 少なくとも高度な医療技術を用いて治療し、かつ適切な環境での療養が無ければ命に関わる傷だ──すでに塞がり、跡を残すだけになっている傷を見下ろしているレイにクワトロが言う。

 

「君の想像通り。その傷も治癒魔法で治した」

「そうか、やっぱりな」

 

 あれほどの傷を治すには魔法しか考えられない。馬鹿げた考えだが、レイはそう確信していた。

 

「よく冷静でいられる。こちらとしては助かるのだが」

「目が覚めたら知らない場所にいる、なんてのはよくある事だろ」

 

 レイはそう冗談めかして言う。

 

「話を戻そう。君を──君達を襲った三人組が構築していた魔法陣だが、エンディが憶えている限りで書き起こしてくれた」


 クワトロはポケットから折りたたまれた紙を取り出し、広げるとレイに提示する。

 あの部屋でエンディが魔法を使った際に手のひらから出現したものと似ているが、より一層複雑な紋様でできている。

 レイはそこまでは思い至ったが、しかしその内容については分からないと頭を振る。

 

「私は専門家では無いため詳しいことは分からないが、これは恐らく異世界から人を呼ぶ(ゲート)を作る魔法陣だ」

「人を呼ぶ門……なんでそんなもんを作って俺なんかを呼んだんだ?」

「それについては私達も聞きたいのだ」

 

 クワトロはそこで一拍おき、レイの瞳を見据えながら続けた。

 

「まだ情報が無い中での推理ではあるが……恐らく、君を襲った三人は、君を殺すため(・・・・・・)にこちらの世界に呼んだのだと思うのだ」 

「そいつは……穏やかじゃないな」


 一理あるとレイは思った。彼らは自分のことをレイだと認識した後に襲ってきたのだ。だが──と疑問を口にする。


「動機は?」

「それは私達も聞きたいのだ。恨まれている等、何か心当たりは?」

「いやまったく。俺が人から恨まれるように見えるか?」


 レイはおどけて両手を広げ、冗談をいう。その軽薄な仕草にエンディは恨みを買ってそうだ、と口にしそうになり、慌てて口を閉じて下を向いた。


「そうか……それではこちらに来る前に何をしていたか尋ねても?」

「それは────」


 レイは言い淀んだ。

 決してやましいことがあるから黙ったのではない。

 この世界に来る前のことを必死に思い出そうとした(・・・・・・・・)から言い淀んだのだ。


 しかし、レイは思い出せなかった。ここに来る前の記憶がすっぽりと抜け落ちていた。

 正確には、自分について(・・・・・・)何も思い出せなかった。

 国や街の情景、文化、風習は思い出せる。だが自分がどこの国で生まれたのか、どの街にいたのか、どんな人間と遭ってどんな生活をしてきたのか──それらが全く分からない。

 レイは自分が何者なのか思い出せなかった。それを素直に口にする。

 

「思い……出せない」

「思い出せない?」


 クワトロとエンディがそう同時に聞いた。レイはどちらに答える訳でもなくポツリと呟いた。


「チクショウ……どうやら記憶が無いみたいだ」


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