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3-8 狙われている女

 店を出たレイは当てもなくブラブラと街を歩く。

 改めて感じるのは、やはりこの世界は馴染み(・・・)が無いということ。

 ロマネスクとゴシックが合わさった建物、これだけならば元居た世界でも見た事がある。


 しかし行きかう人々は余りにも違う。

 頭に耳を乗せた獣人の一人とすれ違う。彼はネシャと同じく狼のような耳をしていた。

 そういえば獣人に人間としての耳はあるのだろうか、そんな事を考えながら露店が並ぶ通りに着く。


 かなり活気がある。よく知らない食べ物が売られてる露店を冷やかしながら見ていくと、路地の端で落ちている食べ物をつついているカラス達がいた。


 そのうちの一匹は肉をつつくのでではなく、レイの方を見ていた。

 だが彼ら(・・)は露店の店員の振り回す木の棒から逃げるようん飛んでいく。

 気味が悪い──レイは気を取り直して前を向くと見知った顔に出会った。


「あら、レイさん。こんちには」


 そう挨拶してきたリンは両手に大きな紙袋を抱えていた。

 そんな彼女にレイは手を出して片方持つ、とジェスチャーをする。


「で、でも──重いですけど大丈夫ですか?」


 一瞬の躊躇いの後に、リンは紙袋の片方をレイに渡す。想定よりも重いそれにレイは驚いた。


「かなり重いじゃないか」


 それにリンは笑った。


「今からでも返しても良いんですよ?」


 そう悪戯っぽく微笑む彼女にレイは平気だという顔をして答える。


「これぐらい何ともないさ」

「思っていたより親切なんですね」

「失礼な、俺は紳士だぞ。女性全員に優しくするのが使命だと思っている」


 レイの冗談にはもう慣れたのか、リンは大した反応もせず聞き返した。


「本当は?」

「下心」


 次の冗談にはリンは笑った。それに気を良くしたレイは荷物を持ち直すと聞いた。


「この荷物は?」

「お店の買い出しです」

「毎日この量を買ってるのか?」

「えぇ」


 彼女の細い腕のどこからそんな力が出てくるのか。レイは彼女の全身をチラリと見る。

 店で会った時はエプロンをつけていたため分からなかったが、リンはだいぶ着やせするタイプらしい。

 エプロンをつけていない彼女のスタイルはかなり良い。体に密着するようなラフな格好をしているため余計そう見える。

 しかしレイの注意は別の所に向けられた。


 ()けられている──レイは直感的に悟る。

 こいつらはモビーディックの手先か──そう思ったレイは後ろを振り返る真似はせず。足音や人の流れで背後に迫る尾行者達を確認する。


 しかしレイには腑に落ちないことがあった。リンと会うまではこの尾行者たちはいなかったのだ。その尾行のやり方は明らかに素人だ。そんな気配にここまで気付かないという事があるだろうか。

 

 そこでレイは尾行されているのは自分ではなくリンだという事に気付いた。隣を歩く彼女の横顔をチラリと見て言った。


「誰かとトラブルでも?」


 その言葉に彼女は驚いた顔をレイに向ける。しかしすぐに真顔になった。


「どうして?」

「尾けられてる──恐らく二人」


 驚いて後ろを振り返りそうになった彼女は、すんでのところで堪えて前を向いたまま言った。


「放っておいて大丈夫です。彼らもじきに諦めるはずですから」


 トラブルに会った事を否定しない彼女にレイは「そうかい」と答える。

 リンは暗い話は御免だとばかりに、努めて明るい声でからかう様にレイに聞いた。


「それよりも、また飲んでたんですか?」

「良く分かった──鼻が利くんだったな」


 ほんの数杯の酒を飲んだだけなのに、それを嗅覚で判断できるのは驚くべき特技だ。しかし彼女は大したことでもないという風に答えた。


「そうですよ」

「君の店で一杯だけ飲んできた」


 その言葉にリンは困ったような顔をした。


「もしかしてノインちゃんに──」

「あのちっこいやつか、会ったよ」


 レイはリンと性格も体型も正反対なノインを思い浮かべる。

 愛想が良く、つまらない冗談にも返答をくれ、豊満な体をしたリン。対してノインは敵愾心のようなものを抱いている。そして体型を隠すような服装とはいえ、無駄な肉が一切ないような貧相な体型が分かる。


「もしかして失礼な事を言われませんでした?」

「まぁ……」


 レイの反応からリンは言われたのだろうと察してバツの悪そうな顔をする。


「ごめんなさいね、悪い子じゃないの。きっと珍しいから嬉しかったんだと思うわ」

「珍しい?」

「えーと……あなたの髪と目の事よ。ここじゃ黒や濃紺(ネイビー)は珍しいから」


 そうなのか、とレイは頷く。ノインと会った時も思ったが、確かにすれ違う人々の中で暗い色合いの者は少ない。

 リンの瞳も室内だと色彩が無いかと思ったが、日の光の下だと濃い赤色だと分かる。

 

「それにあなたとノインちゃんは似てるもの」

「あんなチンチクリン(・・・・・・)と俺が?」

「えぇ、過去を語りたがらないところとか──」


 過去をはぐらかして答えなかった事への意趣返しだとばかりに笑って言ったリンにレイは困ったと頭をかく。


「それにしても──どうしてウチに来てくれるの? ここら辺は他に飲み屋がたくさんあるけど」

「美人がいるからだ」


 歯の浮くようなセリフに数秒遅れて冗談だと理解した彼女は「ふふ」と笑みを零す。

 数度の会話をこなしていくうち、店の前に着いた二人は立ち止まって向かい合う。


「飲んでいかないんですか?」


 その言葉にレイは悩んだ。飲みたいのは山々だが、クワトロから家にいるよう言われている。残念そうな表情を作ったレイは答えた。


「また今度にするよ」

「待ってますね」


 そういったリンにレイは紙袋を返す。彼女は慣れた様子で両手に紙袋を抱える。

 そして扉を開けようとしたレイを「大丈夫ですよ」と制して自分の背中で扉を開けて中に入った。


 彼女を店の中に見送ったレイは壁に背中を持たれる。

 そしてタバコを咥えるとリンの尾行者を探す。

 これは彼女の問題だ。自分はもうすでに重大なトラブルを抱えてしまっている。そんな中で無駄に他人のトラブルに顔を突っ込む事も無いだろう。

 しかし美人とお近づきになれるならばトラブルを解決するのもやぶさかではない、と傲慢で好色な思考を携えたレイは辺りを見回す。


 尾行者を見つけるのは簡単だった。素人丸出しでリンの入って言った酒場を見ている。

 そのうちの一人と目が合ったレイは挑発するように彼にウィンクをしてやった。

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