3-6 戦闘技術の認定
レイはそこでふとエンディが戦友の娘だという事を思い出した。
だがレイはクワトロの視線からは自分に対しての警戒心を受け取る。なぜ友人の娘と警戒すべき人間を組ませようとするのか。
「だが……なぜあのお嬢さんと俺を組ませるんだ?」
「彼女はこの世の事を何も分かっていない。父上の背中を追いかけて、理想だけで騎士になったのだ。そういった者たちを私は嫌というほど見てきた。その結末は総じて惨いものだったよ。だから手遅れになる前に世の中の残酷さを知って欲しいのだ」
レイは分からないと、難しい顔をして手錠がはまっていた手首をさする。
長い間手錠をつけていたせいで、丸い跡が手錠の形に添ってついているレイの手首をクワトロはチラリと見て言った。
「世の中に潔癖な人間には君のような人間が必要なのだ。まぁ……簡単に言うとかわいい子には旅をさせよ、というやつだよ」
純真な彼女に対する悪い人間の見本という事だろうか──レイはクワトロに上手く丸め込まれた感がぬぐえなかったが取り合えず了承した。
「まぁ、そちらの都合はどうでもいいさ。俺としちゃあのクロスボウを持った奴を捕まえる事が出来れば満足だからな。もし顧問として働くならまずその事件を捜査したい」
「それについてはベルフェに言っておこう。それでは契約成立という事でいいかね?」
「ああ、いいぜ。よろしくファウスト博士」
手錠を外されたレイはクワトロの差し出した手を握り返す。友好的な仕草で有るはずのそれは一種の緊張感をはらんでいた。
両者とも本能的に互いを油断ならない者と認識している証拠だった。
「だがその前に……先ほど言った戦闘技術の認定が必要だ」
「そんなもんアンタが『この男には戦闘技術がありますよ』っていえば済む話じゃないのか?」
「顧問制度というのは騎士団にそぐわない者を容易にその一員とすることが出来ないようになっている。専門技術について認定できるのはある一定の役職についている人間一人につき、一つだけだ」
そぐわない人間──レイはその言葉に苦笑いしながら、彼の言った言葉を考える。
確かに一人で顧問を雇う事が出来るとなれば、悪意を持った騎士が容易に部外者を騎士団内に招き入れることが出来る。
承認権限の分散化により不正を防ぐという事なのだろう。
「私は君に犯罪に対する専門知識があると認定して書類に署名してしまったからね。また別の技術について認定するには別の人間である必要があるのだ」
「それじゃあ、俺は誰に戦闘技術を認めてもらえればいいんだ?」
「通常であれば所属する課の課長だろうが……恐らくベルフェは同意しないだろうね。認定するという事は責任が発生するという事、仮に君が怪我でもすればその責任は認定した者に向く。彼は嫌がるだろう」
過去に話していたベルフェは出世欲が高い、という言葉を思い出す。確かに彼の態度からはわざわざ責任を負う立場になるようなサインはしないだろう。
「じゃあ誰が認定するんだ?」
「例えば騎士学校の戦闘教官だ。教官が戦闘技術があるとサインしてくれれば君は晴れて騎士団の一員だ」
「その認定ってのはいつやるんだ? 俺としてはすぐにでもあのクロスボウの男を追いたいんだが──」
「その点ならば問題ない。明日行うよう手配済みだ。時間はまた追って知らせる」
相変わらず手回しがいいクワトロにレイは驚いた。まるでこうなるのを予想していたかのように。年の功は侮れないな──レイは頷いて了承した。
「そこで何をすればいいんだ?」
「今回はかなり例外的なものなのでどうなるか分からないが……恐らく模擬戦だろう」
「模擬戦?」
「教官が指名した騎士と一対一で剣を用いた模擬戦闘を行う。騎士学校の試験にもあるようなものだ」
「そんな事を言われても俺は騎士みたいに剣なんざ使えないぜ」
少なくとも、徒手での戦闘であれば後れを取ることは無い。そう自信を持っていたレイだが、剣での戦いだと話が違ってくる。
記憶が無くても、剣なんていう武器は見慣れないし、なにより使える気がしない。
そして剣での技術など一朝一夕で身につくものではない。今日から始めて明日の朝に騎士と模擬戦をやって勝つなど不可能だ。そんな心配をしているレイにクワトロは含みを持たせて言った。
「勝てばいいのだ。君ならば問題ないだろう?」
その言葉に、それなら簡単だとレイは小さく笑った。
何も剣対剣の勝負で、剣で勝つ必要はないのだ。
口頭での契約が済んだところで、クワトロは留置場を出て、レイもそれに続く。
クワトロは一階に上がる道中にレイの所持品が入った袋を受け取ると、彼に渡す。
「没収されていた君の持ち物だ。過不足ないか確認してくれるかね」
レイは紐を解いて中を見る。そこには逮捕時に没収された私物が入っていた。
ナイフに身分証、タバコに小型の酒の瓶──そしてネイヴが持っていたメス。
レイは所持品を服に収めながら、最後に残ったメスを眺める。
どうやらこの証拠品は自分の持ち物だと思われたらしい──メスの先には黒い粘性のある油がついている事を確認したレイはそれもポケットに収めた。
「明日の試験時間の連絡はエンディ君を通して伝えるよ。だからなるべく私が用意したあの家にいて欲しいのだが──」
レイは空になっている酒の小瓶を見てため息を吐きながら、クワトロの言葉に空返事を返して騎士団を出ようするが、途中で振り返って聞いた。
「モビーディックという名に心当たりは?」
「いや、無い」
クワトロからそれはなんだと質問が返される前にレイは踵を返して騎士団から出る。
既に太陽が真上に上がっている。
昨晩からかなり長い時間酒を入れていない。レイはこれは由々しき事態だとばかりにリンのいる酒場に足を向けた。




