3-1 殺し屋の訪問
武器は人を殺さない
武器は殺人者の手にある道具に過ぎないのだ
──ルキウス・アンナエウス・セネカ
キュクロは作業台の上で突っ伏していた顔を上げた。
夢を見ていたが忘れてしまった、と彼女は口元の涎をぬぐう
その際、手袋に着いた濃い機械油の匂いを嗅いだ。そして夢の内容を思い出す。
それは両親の葬式の時の夢だった。あの時、祖父は言った。
「大丈夫だ、おじいちゃんが守ってあげるから」
まだ物心がつく前だったが、その言葉は覚えている。
そして機械油で汚れ、ごつごつした手で頭を撫でてもらった事も憶えている。その時も機械油の匂いがした。
ソドム国の東地区に小さな武器屋、そこがキュクロの祖父の家だった。
祖父は元々、冒険者や軍人、騎士にオーダーメイドの武器を卸していた。
しかし先の大戦中、武器は質より量の時代になった。
儲け話に敏い商売人達は武器を大量生産する工場を次々に作っていく。その結果、量より質の祖父の店は次第に客足が遠のいた。
しかし祖父が取り扱っていたのは武器だけではなかった。騎士やソドム軍の制式装備になっているランタンや発煙筒、無線機といった物の原型は元々祖父が開発したものだった。
その特許を国に貸し与えることでお金を貰っていたため生活は問題なかった。
祖父は犯罪が蔓延る世の中──それも弱者が犠牲になる世の中を憂いていた。
それはキュクロの両親が強盗に殺害されたことでさらに顕著になった。
犠牲になるのは決まって弱い者──すなわち武芸の心得が無かったり、魔法を使えない者である。
そう言った人たち向けに祖父は護身用の武器を開発した。
特に小型の弩が初めて売れた時は食卓で嬉しそうに言った。
「なぁキュクロ、今日は何が売れたと思う?」
祖父が子供のようにキラキラした目で喋っているのを見ると、幼いキュクロも心が躍った。
「実は前に開発した武器が売れたんだ。何でも病気で魔法が使えなかったらしい。とても喜んでいたよ」
弓矢や通常のクロスボウには射程・威力共に及ばないが、それでもほんの少し訓練すれば非力な女性でも身を守る術になる。
魔法を使えない者でも魔法と同等の遠距離武器を持つことが出来る。
だが祖父の考えは甘かったのだ。新しい武器を開発する度、店にはガラの悪い客が寄り付くようになった。
もちろん法で犯罪組織に属する者や前科のある人間に武器を売ることは規制されている。
なにより祖父はそう言った輩に決して武器を売らなかった。
そのせいで脅迫された事もあったそうだが、それでも決して売らなかった。
「武器は人を殺せるが、人を守ることもできる」
そう言った祖父が誇らしかったキュクロはある日、自分が固い箱のようなものに入れられたことに気付いた。
今から十年前の、お使いに出かけた帰りだった。
知らない男たちに馬車に連れ込まれ、気付いた時には箱に詰められていた。
怖くて泣くと箱に衝撃があり、「泣くな」と怒鳴られたキュクロは体を震わせて口を閉じる。
何日そこにいたか分からない。気付いた時には泣きながら謝る祖父に抱きしめられていた。
何故助けてくれた祖父が泣きながら謝っているのだろうと不思議に思ったが、恐怖から解放されたキュクロは大声で泣いて縋りついた。
そして祖父に連れられ店に帰ると、商品の殆どを騎士が没収しているところに出くわした。
キュクロは祖父に聞いた。何も悪い事をしていないのになぜ店の物が没収されるのか。祖父は答えた。
「仕方のない事なんだよ」
普通の顔を装って答えた祖父の顔に哀しみがあるのをキュクロは見逃さなかった。
しかし彼は理由を聞いても絶対に喋ろうとはしなかった。
ある日祖父の横でキュクロは店の手伝いをしていて気付いた。祖父が武器を作ってないのだ。
なぜかと聞いたら祖父は哀しみを含んだ目で「仕方のないことなんだよ」と言った。
きっと答えてくれないのだろう、キュクロはのけ者にされたようでそれから祖父とあまり口を利かなくなった。
祖父は武器を作らなくなったが、しばらくは機械の修理で食べていけた。
義肢や時計といった生活に必需品である機械は多いのだ。前ほど楽な生活ではないが、それでも食べていけるだけは稼ぐことは出来た。
なぜ祖父が武器を作らなくなったのか──その理由を知ったのは祖父が亡くなった後だった。
祖父の店は武器の販売・製造免許を剥奪されていた。
それだけではなく武器の図面や資料、挙句の果てには騎士団やソドム軍に貸していたはずの特許すらも全て没収されていた。
三年前に祖父が流行り風邪にかかり命を落とした後の遺品整理でその事にキュクロは気付いた。
しかし到底納得できる事ではなかった。
当然キュクロは免許を剥奪した者達──騎士団へ詳細を聞きに言った。
だが冷たい目をした彼らに門前払いをされた。
納得できないとキュクロは何度も陳情に行く。その粘り強さに呆れたのか、事情を知る騎士と直接対面することが出来た。
彼の口から出たのはにわかには信じがたい事だった。
「君のおじいさんはマフィアに武器を売ったんだよ。そのせいで騎士が犠牲になった。だから免許を剥奪したんだよ」
あり得ない、とキュクロは叫ぶ。そして祖父はいつも弱い者のために武器を作っていたと抗議した。
「君は覚えていないのか? マフィアは君を誘拐して祖父に武器を売るよう脅迫したんだ。君の祖父はその取引に応じてマフィアに武器を渡したんだよ。騎士団に何の相談もなくね」
キュクロはあの恐怖の記憶に納得がいった。暗闇から助け出された祖父が泣きながら謝っていた事。それは自分が作った武器のせいで孫を怖い目に遭わせてしまったからなのだと。
話は終わりだと追い出されたキュクロは店に戻って呆然と祖父が使っていた椅子を見つめる。
祖父は犯罪者だった──孫を救うためとはいえ武器をマフィアの手に渡したのだ。
その日は祖父が死んだ時以上に泣いた。
思い出すと今でも涙が溢れそうになるキュクロは唇を噛んで堪える。そこに来訪者を知らせる鈴の音がして彼女は振り返った。
彼は太腿についている平たく長いポーチからクロスボウを取り出すとカウンターに置いた。
それを見たキュクロは目を見開く。
祖父が初めて売れたと喜んだクロスボウだった。驚く彼女に彼は言った。
「昔この店で買った物なのだが、故障してしまった。直せるか」
クロスボウの弓部分、そこには弱い力でも引けるように滑車が取り付けられてる。
そこが歪んでいた。金属疲労に何かを噛んだのだろう、とキュクロは見抜くも首を振った。
「残念だけど、ウチは武器に関する仕事を受けれない」
そう言ったキュクロの手は無意識の内にカウンターの上に置いてあるそれに手が伸びる。
片手で扱えるように作られたクロスボウは間違いなく幼いころに見た祖父が作ったものだった。
「でも……ウチが治すよ」
祖父が作ったものだ。犯罪者と呼ばれようとも誰にも渡したくなかった。




