2-48(最終話) 奴の名は
ローブの男の腰には太腿にかけて大きな長方形のポーチ付いている。その開かれたポーチの上部からはグリップが見える。
この動きは腰の拳銃を抜く動作だ。 嫌というほど見てきた──レイはコンマ数秒で生き残る術を思考した。
遮蔽物は無い。路地の奥はしばらく曲がり角は無い。つまり狙われ放題だという事。
それに彼の動きは驚くほど素早い。まるで西部劇で見るような早撃ちだ。
このままだと撃たれる──レイの体は生き残るために勝手に動いていた。
下敷きになっているネイヴから膝を上げると彼の襟首を掴み、後方へ倒れ込みつつ持ち上げる。
レイは変則的な巴投げの要領でネイヴを即席の盾にした。そして彼の背に隠れる前に自分に向けられた武器を視界にとらえる。
大型の拳銃のようなものに、小さな弓が誂えられている武器──クロスボウだ。
クロスボウとい武器は知っていた。しかし知っているそれとはだいぶ違う。
片手で扱えるよう小型であり、弓も地面と水平ではなく垂直に──すなわち縦に配置されている。
さらに弓の部分は滑車や歯車が取り付けられており、機械弓のような機構をしている。
言うなれば拳銃サイズのコンパウンド・クロスボウだ。
レイはすぐにネイブという盾に身をかがめて隠れる。
次の瞬間、ネイブの体から衝撃が伝わってきた。レイの目の前にあるネイブの背からは血と共に矢じりが飛び出した。
容易に成人男性の肉体を貫通するこの威力であれば充分に人を殺せるだろう。
だがクロスボウは連射が効かないはず、とレイはネイブの背から顔を覗かせて襲撃者を覗き見る。
奴はもうすでに次弾ならぬ次矢の装填を済ませていた。
レイはネイブの背に再度身を隠し、この一方的に嬲られる状況を打開するために辺りを見回す。
そしてネイヴが落としたメスを見つける。
盾にまた衝撃が走った。二本目となる矢じりが彼の首裏から出ているのを見たレイはメスを拾い、おおよその位置に向けてメスを全力で投げる。
次の瞬間、金属が弾ける音と小さな悪態が聞こえた。レイはネイブの背から顔を覗かせて入口を見る。
そこにはもう誰もいなかった。
ナイフを拾ったレイは警戒しつつ盾にしていたネイヴの様子を伺う。彼の咽喉と胸に短い矢が刺さっており、襟首から手を離した瞬間にぐったりと仰向けに倒れ込んだ。
レイは慌てて彼の胸の傷を抑え、出血を止めようとする。
「お、おい! 死ぬなよ!」
だがレイは分かっていた。この傷は致命傷だ。もう彼の命は長くない。
せっかく得られたと思った手がかりが目の前で消える状況にレイは叫ぶ。
「クソっ! おい! 誰が俺を呼んだんだ! おい!!」
ネイヴは地に打ち上げられた魚のように口をパクパクとして血を吐いた。のどに刺さった矢の傷の隙間からはひゅうひゅうと息が漏れ、血が噴水のように吹き出している。
この出血量であればもってあと数十秒だと確信したレイはネイヴを冷たく見下ろす。
死ぬならば、少しでも俺の役に立て──レイは傷口を抑えていた手を離して言った。
「お前はもう死ぬ。医師ならそれは分かるな?」
レイはそういって矢が刺さっている胸の傷に親指を押し込む。傷口が広げられる痛みにネイヴは声にならない悲鳴を上げる。
「楽に死ぬか、苦しんで死ぬか選ばせてやる」
レイは親指をさらに深くねじ込む。そして親指を体内で曲げ、その肉に指を立てる。
人体を蹂躙される痛みにネイヴは血と共に悲鳴を上げ続ける。しかしレイは決して手を緩めない。
瀕死の者への拷問はあまり意味がない。しかし少しでも情報を得なければならない──レイは再度叫んだ。
「誰が俺をこの世界に呼んだ!? 名前を言えッ!」
重傷者に拷問を行うレイに見下ろされたネイヴは彼の瞳を見る。
何の感情も読み取れない黒い瞳、深い闇のような黒い瞳──この男はきっと死ぬ寸前まで躊躇なく拷問を続けるだろう。
それを察した殺人鬼はレイの拷問に屈した。彼は苦痛から逃れようとあらん限りの力を振り絞って答えた。
「モビー……ディック……」
それがネイヴの今際の言葉になった。
ぐったりとしたネイヴを見下ろしたレイは血に濡れた手で「チクショウ」と呟いた。
追い詰めたと思った犯人は自分をこちらに呼んだ者ではなかった。
しかし何かしらの情報は握っていた。それなのに突然現れたクロスボウを持った男に殺されてしまった。
分かったことといえば『白鯨』なんていうふざけた名前だけ。
クソと悪態を吐いてレイは佇むも、またも入口に人の気配を感じてナイフを構える。しかしそれは失敗だった、と思った。
霧の中から眩しいランタンの光とともに現れたのは従騎士を引き連れた騎士だった。
彼らはそれぞれの得物をを抜いており臨戦態勢だ。先頭の青い髪の若い騎士が怒鳴った。
「武器を捨てろ! 膝をつけ!」
レイは大人しくナイフを捨てると「クソッタレ」と呟いて膝をつく。
死んでいる男の横に血まみれで立っていれば、殺人犯扱いは免れない。しかも武器も所持している。
ここで抵抗をしてもどうせ碌な事にはならない。それに容疑はすぐに晴れるはずだ。
地面に引き倒されたレイは両手を後ろ手に回される。
「部屋は最上級で頼むぜ」
レイの冗談には取り合わず、若い騎士はレイの血塗れた両手に手錠をかけた。




