2-47 孫氏曰く怒らせてこれを乱せ
挑発するそんなレイの言葉にネイヴは黙った。
レイは交渉が決裂したのと同時にネイヴを捕まえる作戦を決め、そしてそのために話題を変える。
怒らせてこれを乱せ──レイは口を開いた。
「俺の作った台本はどうだった?」
その言葉にネイヴは怪訝な顔をした。レイは返答が無い事を悟ると再度言った。
「中々いい出来だっただろう? それで教えてほしいんだが、なんで緑髪の娼婦ばかり狙ってたんだ?」
あの娼婦の口から出た言葉はこの男が考えたのか、とネイヴは怒りに燃える。
「もしかして母親が緑髪の娼婦だったのか?」
図星を突かれた言葉にネイヴは黙っていられなくなった。顔を真っ赤にし叫ぶ。
「黙れッ!」
その怒号にレイは喉をくっくっと鳴らした。
「もしかして母親に悪戯でもされてたのか?」
「黙れと言っているだろッ!」
図星だな、とレイはほくそ笑む。テシーに読んで貰った台本はあながちハズレではなかったのだ。
レイは身をかがめ、陸上選手のようにクラウチングスタートの体制をとると心底馬鹿にしたような口調で煽った。
「まさかとは思うが、母親とヤってたのか?」
レイの下品な言葉にまたも図星を、それも一番痛いところを突かれたネイヴは今まで以上の怒りを爆発させ怒鳴った。
「黙れと言って──」
ネイヴの叫びの途中でレイは路地に飛び込んだ。
まるで獲物を狩る豹のように飛び出したレイは言葉の途中で呪文を紡げないネイヴに迫る。
ネイヴは慌てて手のひらを向けて叫んだ。
「glacies!」
次の瞬間、レイに向かって魔法陣より発射されたつららの雨が降り注ぐ。
銃を相手にするよりずと楽だ──レイは呪文が終わった瞬間に壁に向かって跳んだ。
そこから壁を蹴ってさらに高く飛ぶ。
空中で体を捻り、背を逸らせる。棒高跳びの選手がバーを越えるように、レイはつららの散弾を飛び越えた。
魔法が外れたネイヴは慌てて空中を舞うレイに照準をつけなおす。
レイはそれを見越していたかのように、さらに体に回転を加える。
まるでサーカスの軽業師のように空中で体をコントロールするレイは、突き出されたネイヴの手に目がけてナイフを投擲する。
そのナイフはネイヴの人差し指を切断する。痛みで精神を乱されたネイヴの手から魔法陣が消えた。
ネイヴは痛みを堪え、目の前に着地したレイに左手に持っていたメスを繰り出す。
その手を制し、腹部に打撃を、顎に掌底を一発打ち込む。そしてメスを持っている左腕を極め、そのまま地面に組み伏せる。
組み伏せる瞬間に極めた左腕に体重を乗せ、そのまま腕を折った。
あっという間の出来事だった。碌な抵抗もできないまま、ネイヴはうつぶせの状態で拘束され、折れた手からはメスが転がる。
レイはネイヴの背に膝を乗せ動けない様に体重をかける。そして彼の折れていない右腕を背中側に回す。
痛みの中、ネイヴはレイが何をしようとしているのか気付いて絶叫する。
「や、やめ──」
ネイヴの懇願を聞かずに、レイは彼の人差し指が無い右腕も折った。
路地にネイヴの悲鳴が響き渡るのを聞きながらレイはこれで魔法は使えないだろう、と口を開いた。
「だから言ったろ。俺には勝てないって」
レイはネイヴの髪を掴んで無理矢理に彼の顔を起こすと、思い切り顔を地面に叩きつけると尋問を始めた。
「腎臓を誰に渡したんだ?」
「そ、それは──」
レイは言い淀む彼の折れた腕を強く握る。
「うあ゛あ゛あ゛!」
折れた骨が肉を刺す激しい痛みにネイヴは悲鳴を上げる。
レイは再度同じ質問を口にしようとしたが、路地に人が入ってくる気配を感じて顔を上げる。
霧に包まれて路地に入って来たのはフードを目深に被った人影だった。
通常とは違い、右肩にスリットがあるローブを着た男──彼はレイと組み伏せられたネイヴをじっと見ていた。
レイと彼の視線が交わった。
その瞬間、ローブの男は肩にかかっているローブを払い、腰に手をやる。
その動きにレイの脳内でここ一番の危険信号が鳴り響く。
あの動きは知っている。
あれは拳銃を抜く動きだ───




