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1-5 拷問

 エンディは目の前で繰り広げられた惨劇に痛みも忘れ、思わず見とれてしまった。

 

 普通ならば、こういった事件を止めるのが騎士の仕事であると彼女は重々承知していた。

 だが理性ではどうしようも無かった。

 それは名画を見た時や、魂を揺さぶる歌劇(オペラ)を鑑賞した時────感動した時に人は見とれてしまうのだ。

 それと同じ事がエンディの中で起こっていた。

 

 レイと呼ばれた男、彼の動きは洗練されていた。

 徒手にてものの数秒で相手を絶命させ、さらには卓越したナイフ捌き──そのどれもがエンディを驚嘆させ、彼女の身動きを止めた。

 

 それ程までに(レイ)の近接戦闘術は見事だった。

 決して美しさを追求した動きでは無い、しかし完成された殺人技巧は一種の芸術のようだ──エンディは血と凶器にまみれた現場でそんな感想を抱いてしまった。

 

 エンディが騎士として(・・・・・)行動できるようになったのはレイが膝をついて吐血した時だった。

 吐血、それは内臓へのダメージがあったという事、その状態であの動きができたのか──エンディは彼の丈夫(タフ)さにも驚嘆したと同時に、先ほどまでの不謹慎な感想を抱いた自分を戒める。

 そして(メルキオル)が白いローブの下から杖を取り出した時にまずい状況になったと判断する。


 それは通常の杖に偽装されてはいるが、明らかに攻撃を目的とした魔道具だった。

 装着されている魔石の大きさから、ひとたび振るえばこの部屋ごと吹き飛ばす威力を出せることは明白だった。


 このままでは彼が危ない──エンディは手のひらをメルキオルへと向ける。


 まだ自分のダメージは回復しきってはいない、それに利き手は怪我で使えない。

 利き手ではない方での魔法の行使は難易度が跳ね上がる。そもそも使えない人間が殆どだ。

 ここに来てエンディは父の教えが役に立ったと実感した。


 息を整え、心拍を下げる。脳震盪のダメージも抜けてきた。初級呪文程度であれば唱えることが出来る──そう確信した彼女の思惑通り、放たれた火球はメルキオルの手から杖を弾き飛ばす。


 メルキオルはエンディがもう魔法を使えるほど回復しているとは思わなかったのだろう。彼女はこの状況を不利と見るや、背を向けてこの部屋唯一の出入り口に走り出す。

 

 エンディが「待て!」とメルキオルを制止する前に、レイの投げたナイフが背に刺さり彼女は倒れた。


 近づいたレイは彼女が身動きを取れないよう背に膝を置き、刺さったナイフの(グリップ)を握る。

 

 腎臓まで達しているそれは、ほんの少し動かしただけでも激痛が走る。メルキオルは柄を握られた僅かな衝撃で大きく悲鳴を上げた。

 

「キャァァッ──────」

 

 レイは悲鳴を上げている彼女の緑色の髪を無造作に掴み、無理やり仰け反らせると聞いた。

 

「俺の質問に答えろ」

 

 メルキオルは口の端に泡を作りながら叫んだ。

 

「わ、分かったわ! な、何でも喋るから────」

「なぜ俺を殺そうとした?」

「それは……」

 

 言い淀むメルキオルに対しレイは無言でナイフを捻り痛みを与える。

 内蔵を異物で蹂躙され絶叫している彼女に、再度質問しようとしたレイを止めたのはエンディだった。


 彼が男二人を殺したのは――それは法が判断する事であるとしても――正当防衛の範疇には収まるだろう。

 しかし戦意を失い逃亡する人間を拷問にかけるのは許されないことだ。

 被害者(レイ)とこの加害者(メルキオル)にどんな関係があるのか彼女には計り知れぬことだったが、どんな関係であろうと拷問は犯罪だ。


 すなわち騎士であるエンディからすればそれは取り締まるべきものなのだ。なにより、騎士として育てられた彼女個人として非人道的な行為を許せなかった。


 そんなエンディはまだ完全に抜けきっていない頭部のダメージからくる足の震えを必死に耐え、レイを引き離そうと後ろから取り押さえる。


「彼女を離すんだ!」


 背後から組みつかれたレイは立ち上がりつつ、後頭部でエンディの顔に頭突きを入れる。

 頭突きは殆ど力が入っていなかったが、それでも鼻に直撃した彼女は思わず面食らってバランスを崩し、しりもちをついてしまった。

 思わず床についた右手に激痛が走り顔が痛みに歪む。だが彼女は必死にそれを噛み殺してレイに向かい合う。

 

 向かい合ったレイは自分を止めようとした相手をまじまじと見る。

 腕の傷はだいぶ深いだろうに、それを悟らせまいと必死に我慢しているのが分かる。

 まだ少女の面影を残す顔で必死に苦痛を悟らせまいとする表情は痛々しい。そんな騎士にレイはふんと鼻を鳴らして言った。


「引っ込んでな、お嬢さん(・・・・)

 

 子供扱いされたエンディはムッとして言い返した。


「私は騎士団の者だ。彼女の身柄は私が確保する」


 レイは思わず顔をしかめる。『身柄の確保』とは警察官ごっこでもしているのか──


警察(policía)みたいなことを言いやがる」


 エンディには聞き取れない単語があったが、それはひとまず横に置いた彼女はベルトに付いている金の飾りを見せる。

 レイはその動作に警官がバッジを見せる光景を思い出して酷く嫌な予感に襲われる。そんな彼にエンディは続けた。


「それ以上の暴力行為は君を拘束しなければいけなくなる。彼女に何か聞きたいことがあるらしいが、取り調べは私たちの仕事だ」


 騎士と名乗った少女が口にした言葉――身柄の確保、拘束、取り調べ――まるで警察がやっている業務のようだ、とレイは思いまたも嫌な予感が増幅しているのを感じた。

 この騎士を名乗る少女は警官かそれに類する国家権力みたいではないか。

 だが、とレイは出血多量で回らない頭を使い、そんな考えを払拭する。少なくとも俺の常識(・・・・・)では騎士という官憲は存在しない。


 話がかみ合わない二人の様子を伺っていたメルキオルが勢いよく立ち上がり、ドアを開けると外へと飛び出した。


Hostia(クソッ!)

 

 レイは悪態を吐いて彼女の後を追おうと一歩踏み出すが、その足に力が入らず後ろへとバランスを崩す。


「お、おい、大丈夫か!?」

 

 エンディは自分の怪我も省みずに、レイの体を受け止める。右腕には激痛が走ったが、彼女は必死に耐えて彼を支える。

 

 レイは上着(ジャケット)の前を開け、自分の腹部を見下ろす。その下に着用していたシャツには穴が開いており、真っ赤に染まっていた。

 それを見た瞬間、彼は自分の体が冷えていくのを感じると同時に胸中で悪態を吐く。


 もう意識を失うまで数分も無い。それどころか死もそこまで迫っている。

 それまでに逃げ出した女を捕まえて、何故自分を襲ったのか聞かなければならない。そうしなければ取り返しのつかないことになりそうだ────

 

 レイは強迫観念にも似たその思いで残る気力を振り絞り立ち上がると、エンディを振り払って部屋の外へと飛び出す。


 彼女が出て行ってからまだそう時間は経っていない。手遅れになる前に見つけなければ──レイは壁を支えに通路を駆けてゆく。

 ドアノブ周辺が破壊された扉を開けようとした彼の背中に声がかかる。

 

「待つんだ! 動いてはいけない! すぐに治療しないと!」

 

 あの女騎士のよく通る凛とした声だ。自分も怪我しているのによくやるぜ──レイは背後の声を無視して外に出ると細く暗い通りを走る。

 だが大きな通りに一歩出るとそこで足を止めた。

 彼の視界に飛び込んできた光景は、彼の追跡を中断させるのに十分だった。


 見たことも無い六足歩行の動物が荷車を引き、耳のとがったエルフや獣の耳を生やした人型が歩いていう。そして遠くには見た事も無い程大きな城が建っていた。

 レイは一瞬で理解した。ここは自分の知っている世界(・・・・・・・)ではないと。

 そしてあの緑髪の女の言葉の意味を理解した。


こちらの世界(・・・・・・)にようこそ、レイ」

 

 レイの手からは握力が失われ、その手からナイフが落ちると両ひざをついてぐったりと倒れこむ。

 その背を支えたのは、重傷者にしては驚くべきスピードで飛び出したレイにやっと追いついたエンディだった。


 霞んでゆく意識の中でレイはチクショウと悪態を吐く。

 

「ここはどうやら…カンザスじゃないみたいだな」

 

 そう冗談を口にしたレイは意識を失った。


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