2-39 殺人鬼の過去 その4
男は自分の性を憎むようになっていた。
社会に出て普通の人々と関わるようになると、殺しでしか性欲を発散できない自分を負い目に感じる。
殺人を続けていけば、騎士に捕まるのも時間の問題だ。
この性を治すには、元凶をどうにかするしかない。
男はそこで考えた。元凶とは一体誰なのか。それはすぐに分かった。
母である。だが元凶である母をどうすると言うのか──男は何人かの娼婦を殺したのち気付いた。
元凶をどうにかする──すなわち母を犯して殺す事だと。
目の前で血を噴き出して死んでいるこの娼婦はその代わりなのだ──五人目の被害者となる娼婦を殺した男は自分の本当の性に気付いた。
自分はずっと母を犯して殺したかったのだと。
その事に気付いた途端、浸っていた余韻から現実に引き戻される。
母はすでに死んでいる。もう殺すことは出来ない。それでは自分はこの性から解放されることは無いのか──どうしようもない現実に男はさらに怒りを募らせる。
そこで男はこの場──自宅の地下に生きている人間の気配を感じた。
気配の主はいつの間に入ったのか男の背後に立っていた。
犯行を見られたという事に思考を埋め尽くされた男はメスを振り上げて闖入者を処分しようとする。
「君の望みを知っているぞ」
そう言った気配の主は奇妙な仮面をつけていた。白くのっぺりとした仮面が白いフードの中から再度口を開いた。
「母親を生き返らせたいのだろう?」
何故それを知っている──男はその言葉を飲み込んだ。
「黒魔法を使えば生き返らせる事が出来る」
男はなるほど、と思った。確かに黒魔法と呼ばれるものは世の理を捻じ曲げることが出来る。
時間の逆行、異世界への移動、そして死者の蘇生──そういった事が理論上は黒魔法で実行できる。
しかしこのご時世に黒魔法の使用は禁忌であるし、法で規制されている。何より情報が徹底的に規制されている。
仮面の男は白いローブの中から丸めた紙を取り出して放る。
受け取った男は開いて中を見る。そこには魔法陣と必要な物──蜂蜜、水銀、そして人の死体といった道具が記述されていた。
「それは死者蘇生の魔法陣だ。不完全だがね」
黒魔法に関する情報は国家の機密情報と同じ取り扱いなのだ。なぜこんなものを持っているのか──それは言わなかった。
魔法陣とは数式に似ている。
数式は正しい式を用いなければ正しい解が出ない。
同じように魔法も正しい手順を用いて行使しなければ、正しい結果を出すことは出来ない。
何が望みだ、そう聞くと仮面の男は言った。
「実験だよ」
言っている意味は分からなかったが、男はこの奇妙な協力者の提案をありがたく頂戴することにした。
人の死体が必要だが、それは簡単に手に入る。何より欲望を満たすついでに実行できるところが気に入った男は頷いて了承した。
「この黒魔法には人の死体が必要だ。君なら何度も試す事も簡単にできるだろう? 君の手でこの魔法陣を完成させて欲しいんだ」
またもすべて見透かしたかのようにそう言った仮面の男に底知れないものを感じながら、名前を聞いた。
その質問に白い仮面はしばらく考えて答える。
「そうだな、私は────」




