2-38 獲物を狩る準備
翌朝──といってもすでに昼を回った時刻だが──レイはクワトロの来訪で目を覚ました。
中に招かれたクワトロは「会見の準備ができた」とレイに伝える。
「段取りがいいな」
「私たちも一刻も早くこの犯人を捕まえたいからね」
そう言った彼は椅子に座るとレイをじっと見つめる。
「それで──何をするつもりなのだ?」
「会見で大々的に発表するんだ。娼婦殺しを捕まえたってな」
「だが犯人は捕まっていない」
クワトロの言葉にレイは頷く。
「それでも犯人を捕まえた、と会見するんだ」
「なぜ──」
レイは質問には答えずタバコを咥える。
まだ野放しの犯人を捕まえた、等という会見をするのは前代未聞だ。クワトロは頭を抱えたくなるのを堪え、タバコに火をつけた彼に再度聞こうと口を開く。
しかしレイは紫煙と共にクワトロの言葉を遮った。
「俺のやり方でやらせてもらう。疑問は無し、命令も無し、俺の行動は全肯定だ」
「君のやり方に口を出すつもりはない」
そう言ったクワトロにレイは満足げに煙を吐く。しかし、彼がここまで自分の言いなりになるのは何故なのか。
急に異世界からやって来た男に騎士の真似事を指せるのはあまりにも酔狂に過ぎる──レイは彼の態度を怪しむも、まずは目の前の事を片付けようと計画を口にする。
「会見で喋るのは騎士じゃない、ある女に喋ってもらう」
「ある女?」
「それは俺が用意する。その女に喋ってもらうのさ。『犯人は私が捕まえました』ってな」
「話が見えないが……君が用意した役者に会見で犯人を逮捕したと喋ってもらう、という認識で間違いないかね」
レイは軽く頷いて肯定した。
「筋書はこうだ──犯人が女の家に押し入る。しかし女の抵抗にあった犯人は殴られて昏倒、女は騎士に通報して無事犯人は捕まった──これでいく」
クワトロはそこまで聞くと「なるほど」と呟いた。そしてしばらく考えるそぶりを見せる。
レイはその様子を見て自分の計画を把握されてるのでは、と危惧した。恐らくこの方法は騎士という法執行機関であれば到底許容できない手段だろう。
それでもレイは話を続ける。
「会見はいつすることになってる?」
「明日の朝だ」
クワトロはそう言って小さく折り畳んだ新聞をレイに渡す。広げて目を通したレイは一面に『娼婦殺人鬼逮捕される』との記事を見つけた。
『騎士団から娼婦を殺害していた犯人が捕まった。との情報を得た。しかし騎士団はその素性を明らかにしていない。詳細は明日、騎士団前で行われる会見で語るとの事』
「他の新聞社にも情報を流してある。地区の掲示板にも張り出した」
レイはその仕事の速さに驚いた。昨日の今日でここまで段取りが進むなんて──レイは彼女の篭絡が間に合うだろうか、と不安になった。
だが昨日の彼女の反応を思い出し問題ないだろうと楽観視する。
騎士はそこそこいい給料を貰っているらしい。金の魅力に抗える人間はそういない。
「君の目的は──」
そこまで言ったクワトロは「疑問は無し」との約束を思い出し口をつぐんだ。レイはその様子に意味深な笑みを浮かべる。
彼は話が分かる人間で助かる。これがあの新人騎士であれば話は遅々として進まないだろう。
クワトロは椅子から立ち上がると言った。
「私はこれで行くが──」
レイは少しでも計画の成功率を上げるためにも彼を引き留める。
「そうだ。聞きたいことがあったんだ」
「何かね?」
「二日酔いに効くものを知らないか?」
「二日酔い? そうだな……蒲公英のお茶だろうね。この近くの露店でも買えるが──」
レイは無言で手を差し出す。それを買う金が欲しいという彼の考えを読み取ったクワトロは硬貨を数枚手渡す。
クワトロはそろそろ彼の仕事についてどうするか決めなければならないな、と思い部屋を出た。
それから数十分後、身支度を整えたレイはテシーの部屋のドアをノックする。
ドアの奥でガサゴソと動く音が聞こえ、しばらくするとドアが開いて青い顔をしたテシーが出てきた。
レイは見るからに二日酔いの彼女に道中買ってきたハーブティーを渡す。
受け取った彼女は不思議そうな顔をして瓶を眺める。
「たんぽぽのお茶だ。二日酔いに効くらしい」
声を出すのも億劫なのか、テシーは「ありがとう」と小さい声でつぶやいてベッドに這いずるように戻る。
レイは中に入ってドアを閉めると瓶の中身を飲み干す彼女を見つめた。
「助かったわ。咽喉がカラカラだったの」
そう言って殆どを飲み干した彼女は瓶を床に置きベッドに寝転ぶ。
そんな彼女にレイは声を掛けた。
「昨日の話を憶えてるか?」
「昨日の話? あー……騎士の仕事がどうとか……」
レイは彼女の枕元に袋を置く。そして袋を閉じている紐をほどくと「前金だ」と言った。
テシーは怠そうに肘を使って上体を起こすと袋の中身を覗き込む。気に炉の硬貨を前にしたその眼に生気が戻る。
「こ、これって……」
「前金だ」
テシーは未だ信じられないといった顔でレイと金貨を交互に見る。
「てっきり冗談だと思ってたんだけど……」
「俺は嘘はつかないんだ」
レイは昨日と同じく椅子に腰かけるとタバコに火をつける。
「それで……私に何をしてほしいの?」
「騎士の会見に出て欲しい」
「へぇ?」
話が見えない彼女はレイに説明を求めるよう見つめる。
「最近娼婦を狙った殺人が起きたのを知っているだろう?」
「えぇ、もちろん」
テシーはそれを嫌というほど知っている。
「その犯人が捕まったんだ」
「そうなの!?」
テシーは驚いた。そんな話聞いたことが無いし、噂も聞いたことが無い。
「詳しい事は離せないが……騎士としては証人が欲しいんだ」
「証人って?」
「それについては深く考える必要はない」
「はぁ……」
「まず君は明日の会見で証言して欲しいんだ。筋書きはこちらで用意する」
「筋書?」
テシーはレイの言っていることがほとんど理解できなかった。
「君には被害者を装って欲しい」
「でも私は襲われていないわよ?」
「だから筋書きが必要なんだ。犯人はこの部屋に押し入って君を殺そうとした。しかし君は手元にあった瓶で奴の頭を殴りつけた。気絶した犯人を騎士に引き渡して一件落着──これを明日の会見で喋って欲しい」
「そんなの──」
できないわ、と言った彼女の目は金貨の詰まった袋に向けられている
「なぜ?」
「だって嘘の証言をするわけでしょ? それってなんかの法律に違反するんじゃ……」
テシーは未だ悩むそぶりを見せたが、その視線は金貨から離れることは無い。レイはすでに彼女はこの仕事を受けるだろうな、と確信していた。
金に抗える人間は少ない。
「それについては心配しなくていい。騎士団の団長とは話をつけてある。心配だというのなら団長との間を取りもとう。彼に話を聞くと言い」
「で、でも……こんなことしたって元締めに知れたら……」
「それもどうにかしよう。何かあったら俺が守ってやる」
テシーはその黒い瞳で真剣に語る彼に思わず頷きそうになった。
この黒い瞳は危険だ。そうテシーの本能が訴えかける。しかし金と彼の危険な雰囲気に彼女は呑まれてしまう。
「報酬はそれと同じ額を終わったら渡そう。君は明日の会見で喋るだけでいいんだ。台本は用意する。それをただ読んでもらえばいい」
それでも渋るテシーにレイは小さくため息をついて椅子から立ち上がるとベッドサイドに寄る。
「君にしかできない事なんだ。俺を助けると思って、頼むよ」
そのお願いが聞いたのか、それとも金貨の輝きに惹かれたのか。あるいは両方か──彼女は頷いた。
「分かったわ。やるわよ」
その言葉にレイはにっこりと笑って言った。
「そういってくれると思ったよ」
レイは立ち上がるとドアの方へと歩いていく。
昨日と同じく彼女は彼の背に声を掛けた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私がこのお金を持って逃げるとは思わないの?」
「あと一日待てば倍の額になるのに逃げる奴がいるかい?」
レイはそう言うと彼女の部屋を出た。




