2-35 殺人鬼の過去 その3
母は色情狂だったと知ったのは医師学校で似たような症例を教えられた時だった。
自慰では決して満足できず、他者との性交でしか欲を満たせない。
それも一度では満足しない。母もその例に漏れず、夫との性交だけでは満足できなくなっており、日に数回も男を連れ込んでいたこともあった。
体を売っていたのも、金のためではなくただひたすらに情欲を追い求めていたからだ。
彼女にとってまさにこれは天職だったのだろう。
それは常軌を逸していた。
彼女は母である事より女であることを選んだのだ。それも最悪な手段で。
あの寒い日、何日も欲望を発散できない母はついに息子を情欲の対象にしたのだ。
決して子供を触る手付きではない手が下腹部に届いた時、何も出来なかった。
いたいけな子供に何が出来るだろう。
彼女の手が己の分身を触り始めた時、感じたのは快感ではなく恐怖であった。
そこでふと思い出した。
まだ父がいた時、毎週日曜には教会に行って説教を聞いていた。
聖教での教えの一つ、『汝血を分けた者と交わるなかれ』という文を読んだ時は意味が分からなかった。
しかし今は分かる。
「やめてママ」
そう怯えた声を出す息子をなだめるように母は抱きしめる。
未知の快感に怯え、それでも反応する息子を母は見下ろす格好になった。
やはりその顔は聖母ではなく淫魔のような表情をしていた。
母が覆い被さった時、彼の人生は──父が出て行った時よりも──悲惨になった。
何よりそれがその日で終わりでは無かった。
客の数が少ない時は相手をさせられたし、次第にその回数も増えていった。何より苦痛だったのは、母は息子をベッドの下に入れて仕事をすることが好きだった、という事だった。
母が犯されている振動と矯正に、軋んで押しつぶされそうなベッドの裏が顔面に迫る。
子供の精神を犯すには十分すぎるほどの行為だった。
そんな生活が続いたある日、母は唐突に死んだ。
性質の悪い客、それも薬中の男を連れてきた母は行為の最中にナイフで喉を裂かれて死んだ。
その日もベッドの下にいた。
重度の中毒者で客は持っていたポケットナイフで切り裂いた。
しかし客の腰は止まらなかった。
軋むベッドに、染みだした血が顔に垂れる。
溺れるような声を上げる母はそれでも喘いでいた。
呆気ない終わりを迎えた彼女は子供の心に消えない傷を残した。
初体験以来、性というものには常に母の影が纏わりついてしまったのだ。
初めて行為に及ぼうとしたときは十八の頃。
娼婦を買い、いざ行為に及ぼうとした時、自分の分身が使い物にならないと知った。
「あのさぁ……勃ってくれないとこっちも仕事にならないんだけど」
そう言った緑髪の娼婦は手を止めて見上げた。
母と似ている者を選んだのは無意識からか。彼女は三十分を超える前戯でも一向に行為の準備ができないものを詰めたく見下ろして言った。
「もしかして不能なの? 悪いけど出さなくてもお金はもうから」
普通の性行為が出来ない。それを娼婦に馬鹿にされるように言われた彼は恥ずかしさと怒りで顔を赤くする。
その原因は母だと彼にはすぐ分かった。相手が母だと認識しないと行為に及べないと気付いた彼は恥を忍んで娼婦に「母と呼んでもいいか」と頼んだ。
その言葉に汚物でも見るような目をした彼女は身を引いた。
「嘘でしょ……気持ち悪い」
そう言った娼婦は急いで服を身にまとって部屋から出ようとした。
その行動に怒りが湧きあがる。
恥を忍んで頼んだのに、娼婦風情が──彼は娼婦を取り押さえる。
当然彼女は暴れた。さらに大声を出したので、思わず彼女の口を覆った。
もがく彼女を床に引き倒して口を抑え続けると、腕に爪を立てられる。そこで男は自分の下腹部が反応していることに気付いた。
もう少しでイけそうなのに──暴れる彼女にさらに怒りが湧きあがる。彼は無意識の内に机の上に手を伸ばし、医師学校の研修で使用するメスを手にとった。
最初は声帯を切ってやろうとだけ考えていた。
だが暴れる彼女のせいで刃は頸動脈を切り裂き、血が溢れる。
母の最後と同じ音を放つ娼婦に男の分身が興奮ではち切れんばかりに大きくなる。
女が絶命すると同時に男は数年ぶりの射精を果たした。
ようやく自分の余りにも背徳的な性を理解した彼は彼女の抵抗で傷ついた両腕を見る。
引っかかれた腕からは血が流れている。それでも満足そうに笑って決心した。次は上手くやろうと。




