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2-32 謝罪

 クワトロが去ったあと。レイはたっぷりと睡眠をとった。

 目が覚めたのは扉の外でガラスが踏まれる音を聞いた時だった。

 日が落ちて真っ暗な部屋の中でレイの意識は一瞬にして覚醒し、体が戦闘に備える。枕の下のナイフを抜くと、気配を殺しドアの前まで豹を思わせる俊敏さで辿り着く。


 ドアの奥からは「な、なんだこれ……」と驚いた声が聞こえてレイは警戒を解いた。勢いよくドアを開けると急に開かれたドアに驚いた表情のエンディが立っていた。

 

「び、びっくりしたではないか……」


 そう言ってエンディを背にレイは部屋の中に戻った。


「何をしに来たんだ?」


 エンディは「失礼する」と律儀に挨拶して足を踏み入れると、持って来た蝋燭に火をつけベッドサイドテーブルに置いた。

 元々暗かったため、蝋燭一つで部屋は一気に明るくなる。

 レイはしばらく目を(しばた)かせ、明るい室内に視界を慣らす。エンディはそんな彼にムスっとした表情で手に持っていた大きな袋を差し出した。

 受け取って中をを確認したレイはそこに入っている金貨に笑みを浮かべる。

 どうやら彼女はクワトロのお使い(・・・)でここに来たらしい。


 レイが袋の中身を確認したのを見計らって、エンディはポケットから折り畳まれた羊皮紙を取り出した。

 渡されたそれをレイは開いて目を通す。そこには自分の名前と住所が書かれていた。


「身分証だ。外に出るときはなるべくこれを携帯するようにして欲しい」


 レイは「了解(Copy)」とおどけて答えるとポケットにしまう。そしていつにも増して仏頂面のエンディをからかう様に聞いた。


「ご機嫌斜めだな、どうした?」


 その言葉にエンディは目を見開き「誰のせいだ」と非難の声を上げたがすぐに口を閉じた。

 平静を装い──もっとも不機嫌なのはバラバレであったが──エンディは手を差し出す。


「私の財布を返してくれ」

「そうだった……ほら」


 レイはポケットから取り出したエンディの財布を渡す。彼女の顔は中身を確認して真っ青になった。


「ほ、殆ど残ってないではないか……」

「俺も入り用だったんだ」


 一切悪びれる様子もないレイにエンディは怒ろうと思ったが、その前にやるべき事があると急にモジモジ(・・・・)とし始めた。

 怒鳴られることを覚悟していたレイは彼女の様子に不審なものを感じる。


「どうしたんだ」

「君に謝罪を……」


 レイはますます意味がわからなくなった。

 こちらが謝罪するのは分かるが、彼女が一体何を謝るというのだろう。


「君に汚い言葉を放ってしまった」


 そんなことで謝るのか──レイは呆れてため息を吐いた。


「騎士としてあるまじき言葉使いだった、申し訳ない」


 彼女の顔を見るに本当に悪いと思っているのだろう。たかだか罵詈雑言の一つでしっかりとした謝辞を述べるなど本当に訳が分からなかった。

 そこでクワトロが言っていた本当の騎士、という言葉を思い出す。

 幼い頃からその作法を徹底的に教えられたのだろう。それにしたって堅物が過ぎる──レイは頭を振った。


「別にいいさ、俺は気にしちゃいない」


 その言葉にエンの顔がパァっと明るくなる。そして嬉々として言った。


「ありがとう。それでは君の番(・・・)だ」


 君の番ということは自分に謝れと言っているのだろう。しかし皆目検討がつかない。なぜなら心当たりが多すぎる──レイはなんて面倒くさい奴だ、と嫌な顔をする。

 レイは馬鹿らしいとばかりに彼女の言葉を無視して受け取った袋の中から何枚かの金貨を取り出してポケットに突っ込む。

 そしてドアへと歩いていくがエンディは慌てて追いすがる。


「ま、待つんだ! 君はいろいろと謝らなければならないことがあるだろ!?」

「ありすぎて、謝りきれない。だからツケ(・・)といてくれ」

「そんなの許されないぞ! 人として悪いことをしたら謝るそれがとうぜ────」


 なおも喚くエンディを無視しつつレイは夜の街に出る。

 目的はテシーがいる路地だ。だがレイはそこである考えに思い至る。

 娼婦と会っているところなんて見られれば、もっと小言を聞かされるはずだ──レイはいっそのこと走って振り切ろうかと思った。

 そんな彼に、頭上から声がした。


「見つけたぁ!」


 聞き覚えのある声、あのネシャと名乗る浮浪児だ。

 レイは目線を上げると、そこには露天の屋根の上に立っているネシャがいた。

 

 「なんで……」


 そう言ったネシャは涙を堪えるかのように口を一文字に結ぶ。そして涙が止まるまで待ち、再度口を開いた。


「なんで来てくれなかったんだ! オレ……ずっと待ってたのに!」


 涙を堪えたネシャだがその目は腫れている。先程まで大泣きしていたのがありありと分かる。

 エンディは今の状況が分からず、屋台の上の浮浪児とレイを交互に見て、取り敢えず「危ないから降りるんだ」と声をかけていた。


「嘘つき! さっきまでずっと待ってたのに!」

 

 さっきまで待っていた。つまり丸1日中近くあの場所で待っていたのか──レイはネシャの言葉に罪悪感は抱かなかったが、その行動に呆れた。

 この世界に来て会う人間のほとんどが馬鹿だ──そう思う自分はやはり悪党だな、とネシャの言葉を思い出し苦笑いする。


「夜は寒いし! 変な犬とか、おっきいカラスまで寄ってくるし……全然あっち行ってくれないし……とっても──」


 怖かった、との言葉をネシャは飲み込んだ。

 レイは両手を広げて言った。


「だが重要な事を学べただろう?」

「え?」


 弟子にして欲しいといったが、まだそれは叶っていない。だというのに何かを教えたかのような台詞にネシャは首をかしげる。


「他人を信じるなって事さ。これ以上の教訓は無いぞ。じゃあな──」


 ネシャはポカンとしてレイを見つめた。そして何かを思い出したかのようにハッとして、去っていく彼を慌てて追いかける。

 器用に露天から露天の屋根に飛び移り、レイに向かって声を張り上げる。


「待って! 待ってってばぁ!」


 エンディは尚も「危ない」と言っているネシャを降ろそうとするが、一向に相手にされていない。


 レイはもう全て無視することに決めた。騙されて無視されれば流石に去っていくだろう。


「待ってくれ! あんた狙われてる!」


 流石に聞き捨てならない言葉だった。

 レイは立ち止まり、屋台の上を冷たい目で見上げる。


「なぜそれを知っている──」


 黒い瞳に射貫かれたネシャは酷く怯えた。口にする台詞を間違えてしまえば殺されてしまう、と被害妄想を抱くほどに。


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