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2-31 エンディについて

 クワトロがエンディを連れていけといった理由は不明だが、首尾は上々だ──レイは満足感を味わうように紫煙を深く吸い込む。

 そんな彼にクワトロは聞いた。


「話は変わるのだが……彼女をどう思うかね」


 その質問にレイは不思議な顔をする。


「どう、とは?」


 ()しくもエンディと同じ反応をしたレイにクワトロは苦笑いする。


「彼女の人となり(・・・・)についてだ」


 その言葉にレイは考える間もなく答えた。


「アホだな」


 馬鹿にするその言葉にクワトロは「ほお」と息を洩らす。


「一言目には規則だのなんだの、柔軟性が無さすぎるし、簡単に人を信じるアホだ」

「確かに、規則を遵守するきらい(・・・)はある。騎士としては真っ当な心根の持ち主なんだがね」

「それに……正義なんてものを信じてやがる」


 正義なんてものは無いのだ。それは世界が変わって(・・・・・・・)も同じだ。レイは彼女に取引を持ち掛けた時の台詞を思い出す。


『君には正義感が無いのか』


 正義感なんてものは正義が存在しなければ持ちえない。そして世界に正義なんてものは存在しない。レイは唾棄するかのように眉をしかめて鼻を鳴らす。

 そして気になった彼らの関係について問う。親子には見えない。なぜクワトロは彼女にここまで気を使うのか。


「あのお嬢さんとはどういった関係なんだ?」

「それについては……昔話をしよう」


 そう言ってクワトロは椅子に座り直し、佇まいを直すと語り始めた。


「今からおよそ四十年前に大戦が終結した。私達(ソドム王国)が勝利したが、侵攻を受けたこの東地区も大規模な被害を受けた」


 レイはタバコを(くゆ)らせて大人しく話を聞く。


「街は荒れ果てて惨憺(さんたん)たるものだった。そこに今度は王族の間でひと悶着合ってね……侵略に遭った街に、不安定な政治、その結果何が起こったか分かるかね?」

「治安の悪化だろう」


 よくある事だ、とレイは答えた。


「その通り。戦争には勝利した。しかし犯罪が蔓延り、まさに無法地帯といえる状況になってしまった」


 遠い日を思い返すかのように語る彼はその当事者だったのだろう。レイのその考えは当たっていた。


「そこで国は治安維持組織を作ることにした。それが騎士団だ。その創設メンバーに私とエンディの父上もいた」


 へぇ、とレイは感心し、彼の察しの良さはそこにあったのかと気づく。犯罪現場で少なくとも数十年は戦い抜いてきた猛者だったのだ。騎士たちが向けた羨望の視線や畏敬の念も納得がいく。


「彼女の父は本当の騎士(・・・・・)の家系でね。正義感に燃える男だった。軍上がりの私とは最初のうちは相容れなかったが、何だかんだここまで騎士団を大きくしてきた──彼女は戦友の娘なのだ」


 それならば彼が気を遣うのも分かる。

 レイは思わぬ情報を得て彼女の騎士団内での境遇について納得した。


「創設者の娘ともなれば騎士団での扱いにも困るだろう?」

「その通りだ。知っているだろうが……良い境遇とは言えない。現場には出してもらえず事務作業ばかりだ。殺人課の課長(ベルフェ)からすれはどう扱えば良いのか難しいところなんだろう」

「だったら何故その境遇を改善しようとしない?」


 レイは当然の疑問を抱いた。騎士団のトップ、それも創設者の一員であればベルフェに虐げられているエンディをどうとでも出来るだろう。


「彼女が拒否したのだ。本人からすれば、コネを利用して境遇を改善することを良しとは思わないのだろう」

「……とんだマヌケだな」


 コネなんて使ってこそ意味がある。目的を果たすためならば、どんな手段も用いるレイからすればまったくもって理解不能な人種だった。


「まぁそう言わないであげてくれ。彼女は父上によく似て正義感が強く、規則に厳しくて頑固だが……それが彼らのいいところなのだ」


 あの真面目ちゃんぶりは親譲りなのか──レイは犯人を捕まえる場にエンディを連れて行く事が億劫になった。これからすることを考えれば、彼女は決して納得しないだろう。

 だが彼女は経験が足りず、実直だ。それはつまり操りやすい人間という事だ。やりようは幾らでもある。


「俺とは正反対な人間だな」


 レイがポツリと漏らしたその言葉にクワトロは頷いた。




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