2-28 似顔絵とお願い
テシーは小さく切り分けた肉を口に運びつつ興味深げにそれを見ていたが、次第にその筆が人の顔を形作っていることに気付いて聞いた。
「誰なの?」
「知り合いさ」
そう言って鉛筆を置いたレイは自分が書いた絵──ベルフェの似顔絵を満足そうに眺める。それを覗き込んだテシーは感心した声を上げた。
「絵が上手なのね。もしかして芸術のお仕事でもしてるの?」
「まぁ……そんなところだ」
言葉を濁したレイは自分でも似顔絵の出来栄えに驚いていた。
自分は決して芸術の仕事をしていた訳ではないだろう。このお絵描きも、鉛筆と紙を見てふと似顔絵だったら書けると思っただけなのだ。ゴッホやゴーギャンのような絵はとても書けると思わないし、俺には必要がない──レイはそこでこの世界の自分は無職だという事に気付いた。
これからどうやって生きていくかも考えなければならない──レイは自分の過去の事と同じように、とりあえずその事は横に置いておき、紙を彼女に差し出すと言った。
「頼みがある」
「頼み……? あぁ! 分かったわ! 絵のモデルでしょ?」
テシーはレイの「頼み」という言葉に昔に聞いた話を思い出して顔を綻ばせた。
その話はある娼婦が客に買われたところから始まる。その客は娼婦を買うと、彼女をモデルに絵を書き始めたそうだ。
以来、その娼婦はたびたび芸術家に買われ絵のモデルになったという。結局彼女は高名になった芸術家の妻になった──そんな夢物語が自分に降って来たかと期待したテシーにレイは首を振った。
「残念ながら違う。仲間の娼婦たちに聞いてほしい。この男を客に取ったかどうか」
レイはテーブルに似顔絵を置いて彼女に差し出す。
幸運の女神はそう易々とキスはしてくれないのだ──差し出された紙に喜色満面だった彼女は一転して残念そうな顔をした。
「それは無理よ。あんまり仲間内で客の話はしないから……」
「話はしないといっても、むかつく客の話はするだろう?」
「まぁ……そうね」
心当たりがあるのか彼女は複雑そうな顔で頷いた。
「こいつはきっとむかつく客だ」
レイは彼の態度を思い出す。奴は香水が残る程、日常的に娼婦を買っている事は間違いない。そしてあの性格だ、金を払った自分は王様だとばかりに振舞うだろう。
彼が街娼を買っているという確証はない。もしかしたら娼館に出向いて買っているのかもしれない。それでも打てる手は全て打っておきたかった。
もし彼が娼婦を買っている事が分かれば、それはいい武器になる。
「でも……そんなこと聞きまわってちゃ変に思われるし。元締めに睨まれでもすれば──」
「だったらこういえばいい。こいつは金を払わずに帰ったってな。そうすれば怪しまれず、同情して話してくれるだろう」
尚も難しい顔をする彼女にレイはポケットから金の硬貨を取り出すと似顔絵の上に置いた。
その輝きを見た彼女の顔が一変する。レイは掛かったな、と席を立つ。
「帰るよ。ここの会計はこれで頼む」
「ちょ、ちょっと! お釣りは?」
「とっといてくれ。情報料だ」
「やるなんて一言も──」
その言葉にレイは机に置いた硬貨に手を伸ばすふりをする。
テシーは素早くその硬貨を取ると、しっかりと握る。彼女の中では葛藤が渦巻いていた。明らかに怪しい頼み。面倒な事には巻き込まれたくはないが、握った硬貨はひと月分の給料に匹敵する。もしやばくなりそうならすぐに逃げればいい──テシーはあきらめたような顔で「わかったわよ」と呟いた。
それを確認したレイは言った。
「いつもあの場所で客をとってるのか?」
「え、えぇ……」
「そうか、明日もまた会いに行くよ」
「でも……期待しないでね。お客の事は話したがらない子が多いから」
娼婦という職業上、自分のお得意さんを横取りされ無いためにも優良客は隠すだろう。だが嫌な客であれば、必ず情報共有をするはずだ。愚痴を仲間内で話さないグループなんてものは存在しない──レイはその界隈を知っているかのように確信した。
「構わんさ、もし良い情報があればもっと払う」
「それでこんだけ稼げるなら文句はないけどさ……」
「それじゃあまた明日」
第一段階はこれで完了だ──満足したレイは店を出た。




