2-26 娼婦はどこに?
舌打ちに思わずびくりと体を振るわせたネシャにレイは気を取り直して聞いた。
「ここら辺の路地に住んでるって言ってたよな?」
「そうだ!」
「だったらここら辺の娼婦には詳しいか?」
「うーん……どうなんだろ……でもみんな優しいぞ! たまにご飯をくれるし!」
一人で生きているといった割にはしっかり人間に餌付けされてるじゃないか、とレイは呆れた。
しかしこの子供を上手く使えば探し物がスムーズに見つかるかもしれないと考える。ここら辺に住んでいるならば、街娼の事にもある程度詳しいはずだ──
「緑色の長い髪をした娼婦はいないか?」
その質問にネシャは「うーん」と腕を組んで唸った。そして記憶の中から引っ張り出した答えを告げようと口を開きかけたが、何かを思いついたのか鋭い八重歯を見せてにやっと笑った。
「それを教えてくれたら弟子にしてくれるか?」
ガキのくせにいっちょ前に交渉を持ちかけて来やがる──レイは手をひらひらと降って降参したかのように答える。
「考えてやるよ」
その言葉に目を輝かせたネシャは嬉しそうに言った。
「この先の二つぐらい進んだ路地で見た事がある!」
わざわざ探す手間が省けた──レイは路地から出てネシャの言っていたところへ向かおうとする。しかし目を輝かせたネシャがついてきた。
「そ、それで……何から教えてくれるんだ?」
「弟子にするなんて言ってないだろ。俺は考えてやるって言ったんだ」
「じゃ、じゃあ考えてくれ!」
レイは鬱陶しそうに頷くと言った。
「……分かったよ。今から少し用事があるからここで待ってろ。十分経ったら戻ってきて弟子にするかどうか教えてやるから」
「や、やったぁ!」
地面から獣のように跳ねたネシャは全身で喜びを表現する。
帽子の下の獣耳がピクピクと動くせいで、帽子もそれに合わせて動く。
弟子にするなんて一言も言っていない。そもそも、ここに戻ってくるつもりもない。
このネシャとかいうガキも、しばらく待って俺が来なかったらどこかへ行くだろう────とその場を離れたレイは自分について新しい事に気付いた。
昼間、エンディに語った精神病質者や社会病質者と呼ばれる奴らのように、俺は嘘をついても罪悪感が湧かないのだ、と。
ネシャの言う通り、二ブロック進んだ先に緑髪の女が立っていた。
彼女は閉店している店の壁に寄りかかりタバコをふかしている。
胸元がぱっくりと開いたシンプルな黒のドレスを纏った彼女は大きく欠伸をすると、メイクが落ちないように目元を慎重にぬぐう。
ぴったりだ──レイは彼女に近づいた。そんな彼の姿を認めた彼女は慌ててタバコを捨てて傷んだヒールで消すと、甘えた声を出す。
「お兄さん、遊ばない?」
まだ若いが、職業のせいか顔には化粧で隠しきれない疲れが出てしまっている。それでも媚びた笑みを浮かべた彼女は短いドレスの裾を少しずつたくし上げ、白い太ももを露にさせて営業文句を囁いた。
「今日はお客が捕まらなくて暇なの。特別に安くしとくから……ね?」
「こいつでいいか?」
レイはあらかじめエンディの財布から抜き出しておいた金色に輝く硬貨を取り出す。
色的にも、財布の中にあった数からしても、金色の硬貨が一番価値が高いのだろう──レイは指でそれをはじく。
宙を舞って手元に来たそれを両手で受け取った彼女は驚いて言う。
「こんなに? 言っとくけど……お尻は無しよ?」
「そっちに興味はない」
「そう、良かった! じゃあとっとと行きましょう」
腕を組み大きな胸を押し当ててきた彼女から漂う香水の匂いにレイは死んだ女の事を思い出す。恐らく同じ香水だろう。この世界の香水事情は分からないが、少なくとも二人の娼婦が同じ香水をつけているのだ。
彼女たちにとってはメジャーか、あるいは流行っているのだろう。思わぬ収穫を得たレイは普段なら喜ぶ胸の感触も忘れて幸先がいいと笑った。
「どこかに宿をとってるの?」
「いや、とってない」
その回答に女は不満そうな顔をした。
「もしかして外でヤりたい人? でも残念、最近は騎士の見回りが増えてるから……」
そう言って野外プレイを渋る彼女にレイは要望を伝えた。
「ここらで美味い飯屋はないか?」




