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2-24 汚い言葉はダメ

 エンディのあまりにもお気楽なつぶやきにレイは薄く笑って言った。


「いるのさ。法や倫理を平然と無視して他人を傷つけることが出来る人間が」


 そしてレイは頭の中で作戦(・・)を組み立てる。


「だがこういった手合いにも弱点はある。奴らはプライドが高く、自分こそが一番偉いと思ってる」


 エンディはそれに当てはまる人物に心当たりがあったが、口にしなかった。


「別にサイコパスが全員連続殺人犯になるわけではない。だが秩序型の連続殺人犯はそのほとんどがサイコパスか社会病質者(ソシオパス)だ。そういう奴らはどういった時に犯行を行うか分かるか?」

「そんなもの──」


 エンディは「分かりたくもない」と嫌悪感を露にして目をつむった。犯人に嫌悪感を露わにする彼女の動作にレイは心底馬鹿にした目を向けて言った。


ストレス(・・・・)があった時だ」


 サイコパスの特徴にプライドの高さがある。カエラはプライドを傷つけられる時に情人より高いストレスを感じ、そのストレスを解消しようと犯行に及ぶ。性欲を解消するために自慰行為に及ぶように。

 彼らの中には知能が高いものがいる。そうなると捕まえるのは難しい。しかしプライドの高さという弱点を突くことが出来れば炙り出すことは容易い。

 レイはそこまで考えて何故自分にこういった知識──犯罪者を追うための(プロファイリング)知識があるのか不思議に思った。しかし深くは考えない。この切り裂きジャックを名乗る男を捕まえることが出来れば何かしらわかるのだ。

 そしえレイは「そうだ」と唐突に話を変えた。


「クワトロと会う予定はあるか?」

「いや、無いが……」

「そうか、じゃあ会う予定を作れ。俺が会いたがっていると伝えておいてくれ」

「別に構わないが……」


 唐突に切り替わったレイの話にエンディはとりあえず了承はしたものの、未だにレイが何をしたかったのかが分からなかった。当の本人はもう用は済んだとばかりソファから立ち上がってドアの方へと向かっていく。

 それをエンディは慌てて引き止めた。


「約束を忘れてないだろうな?」


 約束──捜査資料を見せる代わりに、切り裂きジャックについて教える。そういう約束だった。レイはドアノブから手を放して振り返った。


「そうだったな……切り裂きジャックについて何が知りたい」

「君たちの世界の騎士──けいさつはどうやって捕まえたんだ?」

「分からん」


 そう言い放ったレイにエンディはふざけている場合ではない、と咎めるように目を細める。


「真面目に答えてくれ。ここまでしたんだ──」

「いたって真面目に答えてるさ。俺の世界の切り裂きジャックは捕まっていない(・・・・・・・)


 エンディはレイの目を見て彼が嘘を言っていないのだと理解した途端、頼みの綱が切れたのを感じた。


「そ、そんな……嘘を吐いたのか?」

「嘘なんてついてない。俺が一言でも『捕まった』なんて言ったか?」



 規則を破り、嘘の申請までして騎士団へと入れ、捜査資料を見せた。

 ここまでしたのに何も情報は得られなかった。これでは犠牲者は増える一方ではないか。エンディは眩暈に似た眩みを覚えた。


「わ、私を騙しのか?」

「騙しちゃいない」


 レイは心外だな、と言う風に唇を尖らせる。

 重要な事を話していないこの約束は騙したも同然だ──エンディの胸の内に怒りが沸き上がる。

 少なくとも、レイの世界の切り裂きジャックが捕まっていないと知っていたら、こんな取引は受けなかったのに──悪びれる様子もないレイを見つめると彼女は呟いた。


クソ野郎(・・・・)


 無意識の内に呟いたエンディはその事を後悔する事は無かった。そもそも後悔に使えるほど思考が残っていなかった。

 彼女の頭を占めるのは絶望。せっかく掴みかけた希望を目の前で砕かれたエンディはしばし呆然とする。だがそこで彼女を現実に引き戻す声がノックと共に聞こえてきた。


「エンディ君、いるのかね」


 声の主はベルフェ──エンディとレイはまずい、と顔を見合わせる。

 奴に見つかると厄介な事になる──エンディは声を潜めて言った。


「どこかに隠れてくれ!」

「隠れる場所なんてないだろ」


 レイはあたりを見回しそう言った後、窓に近づくと開けて下を覗く。

 下には人通りはなく、砂が敷き詰められているグラウンドのような地面だった。

 目測で十メートル前半、凡そビル三階分の高さ。普通(・・)に落ちたらひとたまりもないな、とレイは思いつつ身軽な動作で窓枠に飛び乗った。

 そんな彼の意図を悟ったエンディが慌てて小声で制止する。


「あ、危ないぞ! 魔法が使えないのにこんな高さから──」

「これぐらいの高さだったら平気だ」


 自信たっぷりに発言したレイには近接戦闘術にかける信頼と同じように、この高さならば余裕で着地できると己の体を信頼していた。

 そしていざ飛び降りようとした彼は振り返った。


「そうだ、言い忘れてた」


 エンディはそんな彼に思わず期待した。

 心を入れ替えて、何か情報をくれるのではないかと。しかしその口から出てきたのは皮肉だった。


「汚い言葉を使っちゃ駄目だろ、お嬢さん」


 そう言ったレイはからかう様にウィンクをして窓から身を躍らせた。

 エンディは慌てて窓から顔を覗かせる。


 レイは落下中に両手で頭を庇うように覆う。そして着地の瞬間、膝を折り曲げて倒れるように横に跳んだ。

 二度の回転を経て衝撃を殺したレイは立ち上がると、何事もなかったかのように歩き始めた。

 彼が用いたのは空挺部隊(エアボーン)がパラシュート降下時に利用する五点接地と呼ばれる技術だった。

 着地の瞬間に、ふくらはぎ、太もも、そして臀部、最後に背中と順に地面へと接地する。

 そうすることで落下時の衝撃を散らしてある程度の高所からでも安全に着地できるのだ。


 魔法を使わずに、三階から飛び降りたレイを見てエンディは舌を巻いた。

 だがすぐに彼の飛び降りる直前の皮肉を思い出す。彼女は不適切だと思いながらも、再度呟いた。


「クソ野郎」


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