2-23 プロファイリング
「それで……君は捜査資料を見て何がしたいんだ?」
レイは娼婦の死亡証明書だけを片っ端から読んでいく。エンディの目には資料一つ一つを吟味しているように見えなかった。
エンディの問いを無視して箱の中身の殆どに目を通したレイはある確信を得て「やっぱりな」と呟く。
「この犯人の目的が分かった」
「目的?」
エンディは彼の言っている意味が分からなかった。犯人の目的とは娼婦を殺す、ではないのか。
「お嬢さんは連続殺人犯についてどれぐらい知っている?」
エンディはその質問に考える。連続して殺人を行う者──その考えをレイに伝えるも、彼は頭を振った。
「連続殺人犯にもいろいろあるが……今回の犯人は被害者の容姿に拘っている」
「え?」
「こういった奴は特定の容姿の者だけを選んで殺してるのさ」
「犯人は適当に被害者を選んでいるのではないのか?」
これだけ異様な犯行を重ねている者がそういった事に拘っているとは思えない──そう疑問を呈したエンディにレイは資料の幾つかを渡す。
「恐らくこいつらが切り裂きジャックの被害者だ」
渡された資料に目を通すエンディにレイは「共通点があるだろう」と言う。
「この被害者たちは全員、緑色の髪だ」
エンディが呟いた共通点にレイは頷いた。
「抜き出したのは喉を裂かれていて、なおかつ緑髪の被害者だ。他の殺された娼婦は多分切り裂きジャックの犯行じゃ無いな」
エンディは驚いた。この男はあれだけ大量にあった死亡証明書から切り裂きジャックの犯行だけをあっさり見抜いたのか。
「だが……この被害者達は誰も腎臓を抜かれていない」
エンディは再度死亡証明書に目を通してそう言った。
レイはそれに頷いた。とりあえず容姿と殺害方法で被害者を抜き出したが、彼女たちは誰一人として腹を裂かれていない。
こういった手合いが急に殺し方を変える事は少ない、レイはそこに違和感を覚えながらも答えた。
「俺達を殺そうとした女だけが腎臓を抜かれているが──それについてはとりあえず考えないでおく」
「考えないって……そんな適当な」
エンディはそれでもおよそ数日はかかるであろう作業──多数の被害者からこの事件に関連するものを抜き出した彼に舌を巻く。
「連続殺人犯は大体が容姿で被害者を選んで襲う。なにも適当に選んで殺している訳じゃない。そういう奴もいるが、今回は違う」
レイはタバコが入ったケースを取り出すとそれを手の中で弄びながら続けた。
「今回の犯人は恐らく緑色の長髪の娼婦に執着があるんだろう。緑髪の娼婦に何かトラウマにでもなるような事をされた、とかな」
なるほど、とエンディは思った。犯人はそのトラウマの対象を代わりに殺しているという事なのだろう。しかし、とエンディは思う。
「犯人の目的について理解はしたが……これだけ大量に人を殺すような犯人ががそこまで理性的に考えて犯行を重ねているとは思えない。こういう奴らは──」
「イカれている、か?」
「言い方はあれだが……その通りだ。無闇矢鱈に娼婦を襲う異常者だと思っていたのだが……」
「違うな。こういった犯人は外面上は普通に生活しているはずだ」
レイの口ぶりだと、まるでこの犯人は普通の生活をして他の市民とはまったく同じように過ごしているとの事だ。エンディは信じられない、と言った顔でレイを見つめる。
「勘違いされがちだが、異常な殺人をするからといって、見た目がおかしいわけじゃない」
エンディはソファに身を投げ出して口にタバコを咥えるレイをまだ納得のいかない顔で見た。彼はそれを察したのか言った。
「だから連続殺人犯なんだよ」
分からない、という顔でエンディは首を傾げた。
「羊の群れの中に狼が混じっていたら分かるか?」
「当然だ。見た目で分かる」
「その通り。そんな狼が羊を殺したところですぐにバレて犬に排除されるだろう。だが羊の皮を被った狼なら? そいつを見つけることは出来るか?」
エンディは「できない」と呟いた。
「上手いこと羊に紛れて羊を殺しているんだよ。だから連続して殺人が出来るんだ。見た目がおかしい奴はすぐに見つかって捕まっちまうからな」
被害者を殺してその内臓を食べる人間はその行動が外見に表れたようなおかしい奴だと思っていた。しかし犯人は羊の皮を被った狼なのだ。見た目は羊と変わらない。
そんな相手をどう捕まえればいいのだろうか。レイは彼女の心を見抜いたかのように言った。
「そんな犯人を捕まえるにはどうすればいいと思う?」
「……正直なところ、分からない」
「ミスをさせるのさ」
訳が分からない、とエンディはファイルを丁寧に木箱へ戻しながら思う。
明らかに彼の口から出た話は専門的なものだ。それに犯人を捕まえる具体的な方法が分かっているような口ぶりだった。検屍の知識といい、この男は一体何者なのだ──彼女は椅子に腰かけると謎の男を見つめる。
当の男は火のついていないタバコを手で弄び始めている。
「この犯人は明らかに精神病質者だ」
「さいこぱす?」
「他者への共感能力が欠如し、罪の意識を持たない人間の事だ」
いまいちわからない、といった顔をした彼女にレイは小さく唸って口を開いた。
「こういった奴らは人を人と思えないんだよ。物としてしか見ないんだ。だから平然と他人の命を奪える」
「そんな人間が──いる訳が無い」
エンディはそうレイの言葉を否定したが、犯行の残酷さを見てそんな人間がこの世にいるのだとうっすら思い始めていた。だからその言葉には元気がなかった。




