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2-22 騎士に不要なもの

 階段を仏頂面で上がっていくエンディにレイは聞いた。


「受付のルナって女、ここの男どもに大人気だろう」

「そうだ……彼女は人気だ」


 ルナは美人で男受けする体型をしている。それだけではなく、愛想も飛びっきり良い。彼女の名前を出す男の殆どが頬を緩ませる程に人気だ。エンディは自分とは大違いだ、といつもの無意味な劣等感を抱く。


「聞きたいんだが、なんでいつもそんな顔(・・・・)をしてるんだ?」

「そんな顔とは?」


 心当たりはあったが、エンディはそ知らぬふりをして答える。レイは無神経に言った。


「その不機嫌そうな(ツラ)だ。まるでいつも怒っているみたいな──」


 今は本当に怒っている、とエンディは思いながらレイの言葉を聞き続ける。


「そんな顔をしていたら誰からも好かれないだろう」


 エディは「余計なお世話だ」と怒りをにじませて言った。レイはそれに気付かないふりをしてまたも無神経に言う。


「その点ルナは愛想がいい。きっと言い寄ってくる男は数知れず、周りの人間皆から好かれてるだろうな」


 彼女を褒める当て馬にされているかのような言葉にエンディは立ち止まって言った。


「余計なお世話だ! 愛想なんて振りまく必要はない。騎士には不要だ」

「それでつんけん(・・・・)した態度を取って、周りからどう思われてもいいのか?」

「あぁ、構わない。私は周りの評価など気にしない」


 エンディはそう吐き捨てると階段を登る。その背を見てレイは感心したように「ふぅん」と唸った。

 まだ子供で頑固で融通の利かない奴だが、中々いい根性をしている──レイは少しだけ彼女を見直す。


「それに今怒っているのは本当の事だ」

「何に怒ってるんだ」


 レイは怪訝な顔をして聞き返す。エンディはなおも怒りをにじませた声音で言った。


「君が平然と嘘を吐いたからだ」

「嘘だって?」

「『女性が被害にあうのが許せない』だの、『騎士への協力は市民の義務』だの、君はついさっきまでそんなものどうでもいいと言っていたではないか!」


 感心した表情が一転し、レイは馬鹿にしたようにふんと鼻を鳴らした。


「全くお嬢さんはとんだマヌケ(・・・)だ」

「何だって!?」


 エンディは直接的な侮辱の言葉に再び立ち止まると、背後のレイと向かい合った。


「よく考えろ。疑われないために嘘を吐くのは当然だ。もしあの受付の子に『被害者なんてクソくらえ』なんて言ってみろ。騎士の連れだとしても中に入れてもらえるか?」

「それは……そうだが……」


 エンディは『クソ』という単語に難しい顔をしながらも一応の納得をする。


「お嬢さんはどうも嘘を嫌悪してるらしいが、嘘が無いと物事がうまく運ばない時だってあるんだぜ」


 レイの現実的(リアリスティック)な言葉にエンディは一応の納得をする。まだ社会に出て一月(ひとつき)だが、それは嫌というほど身に染みている。少なくともベルフェに最初から媚びたような態度を取っていれば何か変わったのかもしれない、とも考えた。


「言いたいことは分かる。嘘が必要だというのも分かるが──」


 エンディはそこまで口にしてふと思う。それではレイが彼女を口説こうとしたことも嘘なのだろうか。エンディはそうであってくれ、と思いながら聞いた。


「彼女を口説いたのは?」

「それは嘘じゃない。本心だ」


 エンディは汚い言葉が出そうになるのを堪えて階段を上っていく。

 そんな彼女の背に「重要な事を聞きたいんだが」とレイは質問を投げかける。


「なんだ?」

「彼女の仕事が終わる時間を知らないか?」


 エンディはレイの問いを無視して階段を上がった。

 殺人課のフロアに足を踏み入れたエンディは課を見渡す。そして課長(ベルフェ)がいないことを確認すると、『資料室』と手書きの名札がかかっている部屋に入る。


 そこはベルフェに「ここで作業しろ」と割り当てられた個室だった。

 普段は休憩室として使用されているそこには重厚なデスクに二人掛けのソファが設置してある。

 デスクの上には資料が詰まっている木箱とメモ用の紙、鉛筆が丁寧に並べられている。

 箱の中身を覗き込んだレイはその資料の多さに「クソ」と呟き、エンディはまたも難しい顔をする。


「ここに入ってるのは?」

「娼婦が被害に合った殺人事件の資料だ。従騎士が資料室から持ってきてくれた。(ベルフェ)の言葉に同意したくは無いが……確かに娼婦が被害者となった事件は多い。切り裂きジャックの犯行だけを抜き出すのでも数日かかりそうだ……」


 エンディは紙のファイルに閉じられた資料を幾つか取り出すと話を変えた。


「さっきも思ったのだが──あまり汚い言葉を使わないほうがいい」


 机の上に置かれた資料を開いて眺めていたレイは、何のことか分からないと聞き返した。


「汚い言葉?」

「その……『クソ』って言葉だ」


 言いにくそうにその単語を口にしたエンディにレイは呆れた。どうやらこのお嬢さんは筋金入りのいい子ちゃんらしい。

 レイはからかうように言った。


「この国は言葉を制限するような法があるのか?」

「まさか! ソドム国は自由の国だ。市民の言葉を制限するような独裁国家ではない──」

「だったら好きに言わせてくれ。もっとも法律なんてクソ(・・)くらえだがな」


 またも汚い言葉(Fワード)を使ったレイにエンディが箱から資料を出す手を止めて真面目な顔をして忠告する。


「常識の話だ。下品な言葉を使うのはよくない。それに……そんな言葉を使っていたら、君の出自だって疑われる」


 出自──その単語にレイは皮肉気にふんと鼻を鳴らした。

 

「構いやしない。どうせ自分の生まれなんて憶えちゃいないんだ」

 

 その言葉にエンディはうつむいて小さく「すまない」と呟く。確かに記憶喪失の者に出自の話をふるのは無神経だったと反省する。

しかしそれとこれとは話は別とばかりに顔を上げた。

 

「とりあえず、どんな理由があっても汚い言葉はダメだ!」


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