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2-13 のっぽとふとっちょ

 ベルフェに小箱が届いたことを報告すると、彼はすぐに娼婦殺人を担当している二人の騎士、そして騎士団所属の検屍官を呼んだ。

 エンディとベルフェ、そして呼ばれた全員が小箱を囲んで頭を抱えていた。

 

「何故これを君に送ったのだね」

「分かりません」

 

 ベルフェの質問にエンディは震える声で答える。

 心当たりなら嫌というほどあった。あのレイと言う男に関わっているからだ。しかし何故自分に送ってくるのは分からなかったのは本心だった。

 上司はそんな彼女に納得できかねると言った顔でさらに聞く。

 

「何か心当たりは?」

「いいえ……全く」

 

 そう答えたエンディの背中を冷や汗が流れる。

 もしかしたら、とエンディは考える。レイをこの世界に召喚し、殺そうとしていた人物はこの娼婦殺人の犯人と同一人物なのではないか。

 その犯人が娼婦を(たぶら)かし、レイを召喚して殺すよう命じた。そして彼を殺すことに失敗した彼女は口封じのために殺された。それならば辻褄は合う。

 

 だがそのことを伝えるわけにはいかない。エンディは自分の背中が冷や汗で湿っていくのを感じる。

 生来、彼女は嘘を着くのが苦手だった。

 元来そういう血筋でもあったし、何より騎士とは清廉潔白な人物でなければならないという強い思いもあった。

 それでも事件の手がかりになるならば話すべきか、とエンディは悩んだ。上司(ベルフェ)に話せばもっと捜査が上手く進むのでは、と。

 しかしエンディにはもう一つの心配事──法則(・・)が発動するのではという懸念があった。

 法則(・・)についての恐ろしさは知っている。それに遭わない(・・・・)ためには知っている人間を少なくするべきだという事もよく知っている。


 自分が犠牲になるのはいい、しかしレイは違う。

 あの男は──多少性格に難はあるが──ただ巻き込まれただけなのだ。全く知らない世界に連れてこられ、殺されかけた。さらには記憶も失っている。

 騎士とはそういった人間を助けるべきなのだ──エンディは嘘を吐くという苦渋の決断を下した。

 

 当然ベルフェはエンディのおかしな様子に気付いていた。そこでさらに深く追求しようとした彼を止めたのは、この事件を担当している騎士の質問だった。

 背の高い彼は手紙を持ちながら、誰に聞くわけでも無く言った。

 

「親愛なる異邦人とは誰の事なんでしょうね?」


 異邦人──すなわち、この国の人間ではない者。心当たりがあるエンディは思わず「知っています」と言うのを堪える。 

 それには彼とコンビを組んでいる騎士──ファスが答えた。

 

「そらぁ……キース、異邦人は別の国の人間ちゅうことさ」

 

 キースと呼ばれた背の高い騎士はその答えに唇を尖らせて答えた。

 

「そんなことは誰でも知ってる。誰か個人を指しているのでは無いかと思ったんだふとっちょ(・・・・・)

おらぁ(・・・)言葉の意味を聞いたと思ったんだ。それならもっと正確に言ってくれ、のっぽ(・・・)


 互いに『のっぽ』と『ふとっちょ』と呼び合う騎士のコンビはその手に手紙を行き来させながら、交互に手紙を読んでいく。


「それにしたって変だな。自分から『切り裂きジャック』なんて名乗るなんて」

「だけどよ、おらぁジャックなんて名前聞いたことがねぇ。自分で名乗るなんてアホな奴だなぁ」

「アホはお前だふとっちょ。ジャックなんて名前聞いたことがあるか? 偽名に決まっている」

「何言ってらぁ。女を狙う卑怯な奴はアホに決まっている。つまり犯人はアホなのは間違ってないちゅうことだ」

 

 太い指で手紙をひったくったファスは手紙を読みつつ訛りのある声で続けた。

 

「受付のべっぴんさんに聞きましたがねぇ。この荷物を置いていったのは知らない男だそうです。いつも荷物を届けに来る人間とは違うと」

「彼女には似顔絵を作ってもらうよう言ってあります」

 

 互いに体型で呼び合うこの二人をエンディは知っていた。

 コンビを組んでいる二人は仲がいいのか悪いのか、常に憎まれ口を叩いている。殺人課の隅にいるエンディの席にまで時折その言い合いが聞こえてくるほどだ。

 すでに初老に入り、二人の髪には白髪が混じり始めている。風の噂だとかなり優秀なコンビとの事だ。エンディはうらやましい、と思った。


 基本的に捜査は二人一組で行われる。

 騎士の安全のため──これについてはエンディは嫌というほど実感したが──必ず二人一組か、あるいはそれ以上の人数で現場に出る規則になっているのだ。

 組む相手は課長が決めるが、ベルフェは着任初日のエンディに相棒をつけなかった。

 そして彼はエンディに言った。「君と組む相手がいないから、しばらくは内勤をやってもらう」その言葉から既に一ヶ月経つが、まだ現場には出る事は叶っていない。

 先日、レイの召喚の事件の際は一人で現場に行ったが、クワトロと相談して何もなかったと嘘の報告を上げている。つまり彼女は書類上は一度も現場に出れていない。

  

「それにしても……これはほんとに人間の腎臓で間違いないんで?」

 

 キースが検屍官に尋ねる。彼女は頷いて言った。

 

「間違いないさね。正真正銘、人間の腎臓だよ」

「となると、こいつは人間の内臓を食ったってことか──手紙の内容を信じれば、ですが」


 キースは「いかれた野郎ですよ、こいつは」とぼそりと呟いた。 

 それにファスが青い顔をして反応する。

 

「最悪だぁ……人間の内臓を食ったって? 昨日馬の腎臓(レバー)を食べたばっかりなのに……」

「こんな時でもふとっちょは飯の話か? そもそもお前は太り過ぎなんだ。少しは食生活を改めんか」

「女房みたいな事言うなよ。ただでさえ家でうるさく言われて参ってんのに。女房が二人になっちまったら、おらぁ死んじまうよ」

 

 もういい、とばかりにベルフェが手を上げて騎士たちのお喋りを止める。

 

「これが犯人から来たものだと思うか? それとも愉快犯からか?」


 その質問にはキースが答えた。


「今の時点では断定できませんが──先ほど出た死体の情報はまだ世の中に出回っていないはずです」

「新聞に出るのもどれだけ早くたって明日の朝でさぁ」

「そうするとこの手紙は犯人からの物で間違いない、と見ていいように思えます」


 互いに言葉を継ぎ、息の合った口調で喋った二人にベルフェは頷いた。


「そうか……捜査はどのくらい進んでいる?」

「正直なところ全くですね。警邏課の従騎士達に聞き込みはさせていますが、犯人を見たって人は誰もいないです。なぁファス」

「えぇ、そもそも集めた聞き込みも満足に見れてねぇです。うちらは別の事件で手一杯ですよ。ほら例の団体の──」

「おお、そうだった! そいつもあったな。昨日の消えた死体の事ですっかり忘れてた」

「遂に老い(・・)がはじまったかぁ?」

「黙れふとっちょ、そもそも──」

 

 ベルフェは「分かった」と言って二人の言い合いを再度止めると、エンディの方を向いて口を開いた。

 

「エンディ君、この捜査に加わってもらうが──」


 彼は明らかに嫌そうな顔をして続けた。


「まずはファスとキースが集めた証拠をまとめるんだ。整理し終えたら私と彼らに見せるように」

 

 捜査に関われると思ったが、現場に出れるわけではないらしい、と少しだけ落胆したが、それでも捜査の一端を担えるのは嬉しい彼女は頷いた。

 そして敬礼をして「分かりました」と言ったエンディに対し、ベルフェは聞こえないように舌打ちをする。


 そんな彼女にキースは同情心のこもった声で言った。


「新人の内は資料にまみれるもんだ。現場に出れないのはつまらんかもしれんが、騎士の仕事ってのは大概こんなもんだ」


 それにファスが大きく頷いて、長く伸びた口ひげを触りながら言った。


「その通り。おらぁも最初の内は散々捜査資料を読まされたなぁ」

「あれだろ。軍人の資料を何百枚って──」

「そう! それだ。結局犯人は──」


 またも長引きそうなお喋りにベルフェはうんざりした顔をする。エンディは「失礼します」と呟いて不機嫌な彼から逃れるよう部屋を出た。


 エンディが去った部屋ではコンビが急におしゃべりをやめ、背の高い片割れがベルフェに聞いた。


「なんだって課長はあの子の事をそう邪険に扱うんで?」


 ベルフェが心外だなと言う顔をして答えた。


「邪険になどしていない」


 今度はファスが口を開いた。


「それにしてはあたり(・・・)が強すぎじゃあないですかね。見てるともつけねぇ(・・・・・)気分になりますわ」

「それに彼女の父は──」


 うんざりしたようにベルフェは言った。


「黙って仕事に戻れ、命令だ。年金をフイにしたくはないだろう」

「あぁおっかねぇ」

「俺たちの年金が無くなっちまったらかなわねぇ。行くぞふとっちょ」


 課長の脅しに二人はひょうきんな態度で部屋を出て行った。

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