2-08 スリ
レイはエンディから奪った巾着をポケットに突っ込み、人にあふれる街道を歩いて行く。
彼女へと別れ際に言い残した言葉が自分でも引っ掛かっていた。
切り裂きジャックは何人もの娼婦を殺し、その間に警察や新聞社に挑発する手紙を送っていた。
もしあの女を殺した犯人が切り裂きジャックを真似ているのだとすれば、同じこと──すなわち手紙を送ってくるだろう。
しかしレイは犯人から手紙が来る訳がない、とも思っていた。
犯行が類似しているというだけで、自分の世界に存在した連続殺人鬼と結び合わせるのは短絡的すぎる。
どちらにせよ、今の段階では断定できる証拠はない。レイはとりあえず次の展開を待つことにする。
唯一の手がかりは消えてしまったが、自分をこの世界に呼んだ者からは必ずまた接触がある、と確信したレイは隠れ家に向かって街道を歩く。
見慣れた──服装や髪色はその限りではないが──普通の人間の他に、映画やコミックの中でしか見ないような者たちもいる。
獣の耳を頭にこさえた者や、耳の長いエルフと思しき美形、まるで人種のるつぼだ──こういう状況でなければもっと楽しめたのだろうか、とレイは独り言ちる。
浮かないようにあたりを観察しながら歩いていたレイは人通りが多くなってきた事に嫌悪感を覚えた。
ここでレイは自分について分かったことがあった。人ごみが嫌いなのだ。どうしても人ごみとは、誰かに襲われるという負のイメージが沸いてしまう。
被害妄想なのだろうが、それにしても自分の思考は物騒だと苦笑いする。
邪魔な者がいれば排除──それも殺人という手段が浮かび上がるし、飲食物を渡されれば毒が入っていないか疑ってしまう。そして人ごみに入れば、その雑踏に紛れて襲われるという考えが浮かんでしまう。
それはすなわち、そういう事を自分がやってきたからではないか──そこまで考えてレイはやめた。ただの感想で自分の素性を測るのは早計だ。
どんよりと曇った空、レイは気分を切り替えて何か口にしようとあたりを見回す。人ごみの間から見える露店や店をつぶさに観察し、地形と共に頭に入れていく。
そこで酒の入れ物の形に切り取られた看板が掲げてある店が目についた。見るからに酒を提供していると言った風体だ。
そちらに意識を向けた時、前から人の流れに逆らうようにすばしっこく動く影が見えた。その影──帽子を目深にかぶった子供は速度の強弱をつけつつ、人の間を縫うように歩いている。
服は汚く、帽子からはみ出ている薄く青い髪は切れ味の悪い刃物で適当に切ったかのようにざっくばらんだ。
一目見て浮浪児とわかるその子供が横を通り過ぎる時、子供の手が自分の方に向かってくるのをレイは見た。
レイはお返しとばかりに無意識にその子供に手を伸ばした。
元気なガキもいるもんだ、とレイは手をポケットに突っ込むと、そこにあるはずの物──エンディから奪った財布が無いことに気付く。
スられた──レイは怒りよりも前に驚きの感情が巻き起こる。先ほどすれ違った小汚い子供だろう。あの年齢にしては驚くべき腕だ。恐らくこの雑踏で何人も被害者はいるだろうが、それに気付いた者は果たして何人いるのか。レイは舌打ちをして振り返る。
せっかくの酒代だ。スリに持ってかれてたまるか──いつの間にか昼食代が酒代にすり替わっている財布をレイは追った。
人の波に逆らう事は難儀だったが、子どもを追う事自体は容易かった。
スリは全く背後を警戒せず片っ端からすれ違う人の懐から金目の物を盗んでいっている。
これでは自分以外に見つかるのも時間の問題だ──スリの腕こそ一流だが、その行動は三流だった。
レイは引き離されないように、それでいて見つからない距離をキープし子供の後を追う。
次第に人通りは少なくなり、標的が少なくなってきたのを感じたのか、子供は横の路地に入って行った。
あの足の速さだ。もし逃げられれば厄介だ──レイは路地に飛び込むか、それとも様子を伺うか悩んむ。
だが自分とは別に子供の後を追うように男が路地へと入っていったのを見て、後者を選択した。
路地の入口の壁に背を預け、中の様子を音と気配で伺う。
その耳に飛び込んできたのは、肉体への打擲音と短い悲鳴だった。




