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2-03 ネイヴ

 

 エンディは複数の従騎士と共に裏路地から出て行った彼女を見送ると、医法師に手を差し出す。

 

「騎士団へのご協力感謝します。東騎士団所属のエンディです。」

「ネイヴです」

 

 ネイヴと名乗った男の手があまりにも冷たくエンディは驚いた。その彼は後ろに撫で付けつけられた薄い青色の髪を整えながら、笑みを浮かべて続けた。

 

「騎士への協力は善良な市民の義務です。なんてことはありませんよ」

 

 騎士はその職業上嫌われることが多いと聞いていた。時には捜査への協力を拒む者もいると。エンディは少なくとも今回はスムーズに事が運びそうだ、と胸をなでおろした。

 

「早速ですが、検分と死亡証明書への署名(サイン)をお願いできるだろうか」

 

「えぇ」と頷いたネイヴは彼女の傍らにしゃがみ込み、医師鞄(ダレスバッグ)から取り出した虫眼鏡で彼女の瞳孔を観察する。

 そして腕と首で脈をとると立ち上がり、エンディの差し出した死亡証明書に自身の名前を署名した。

 

「ありがとう。助かります」

「お安い御用です。ほかに何か手伝えることは?」

 

 彼は医法師だ、検屍官のような真似事はさせられない、エンディはそう思いながらもある疑問を口にした。

 

「彼女がいつ死亡したか分かるだろうか」

 

 髪を撫で付けたネイヴはにこやかに答えた。

 

「パッと見ただけですと、死亡より二日は経っています」

 

 ネイヴは鞄の中からメスや虫眼鏡、そして薄い革の手袋といった道具を取り出すと続ける。

 

「もっと詳細を調べるには解剖する必要があるのですが……よろしければ解剖も──」

 

 いそいそと解剖の準備を始めたネイヴをエンディは慌てて制止する。

 

「い、いやそこまでは必要ない。あとはこちらの検屍官にやってもらう」

「そうですか……残念」

 

 解剖を断られたネイヴは落胆して道具を鞄の中にしまう。

 彼女に襲われたのが三日前、多少の時刻のずれはあれど、彼女はあの場から逃走してすぐに殺されたのだ。

 そしてエンディはネイヴの髪の色(・・・)と手の冷たさからあることを提案しようとしたが、それより先に彼が口を開いた。

 

「遺体の冷凍保全をしましょうか?」

 

 遺体の冷凍保全──この東地区に置いて、死体は珍しいものではない。

 騎士団に属する検屍官の人数は限られており、遺体の検死解剖は追いついていないのが現状である。

 そうなると発生するのが検死解剖の順番待ちだ。

 順番を待っている遺体は時間を経るごとに腐敗が進み、証拠は消えていく。

 騎士団の解剖室は日光が入らない地下に設置され、温度を下げるために魔石を随所に配置する等、徹底して室温を低く保っている。しかしそれにも限界がある。

 そこで考え出されたのが現場における氷魔法による遺体の一時冷凍──すなわち冷凍保全だった。

 もし騎士や従騎士の中に氷魔法が使える者がおれば彼らが、いない場合は周辺の医法師、医薬師、はたまた聖職者といった一定の魔法技術(スキル)が保証されている者に協力を仰ぐ。

 生憎、今回現場の保全に当たっていた従騎士の中に氷属性の者はおらず、当然火属性を有するエンディにも氷魔法は使えない。

 そんな中、エンディは恐らく氷属性を持つであろうネイヴに冷凍保全を頼もうとした。願っても無いことにその彼は自分から言い出してくれたので、エンディは渡りに船とばかりに答えた。


「ありがとう。頼みます」


 ネイヴは快く頷くと再度彼女の傍らにしゃがみ、両手を突き出すと呪文を紡いだ。

 

glacies(氷よ), gelida(凍てつけ)

 

 呪文を紡いで数十秒で彼女の体は凍結される。一見して何の代わりも無いが、よく見ると皮膚の表面に霜ができており、成功したことが分かった。

 ただ単に氷を出すだけならばいざ知らず、遺体の冷凍は難しい。それを難なくやってくれた彼のおかげで現場の保存が滞りなく進んでいることにエンディは安心した。

 

 「終わりました。解けるまで1日は持つはずです。」

 

 そう言って立ち上がったネイヴにエンディは礼を言おうとした時、真後ろから声をかけられた。

 

「今の魔法は何なんだ?」

 

 エンディは思わず「ひゃ!」と小さく情けない声を上げて振り向く。そこにはいつの間にか戻ってきていたレイが立っていた。

 不意打ちで背後から襲われた事を思い出したエンディは苦い顔をする。あれ(レイの召喚)以来、背後には気を付けていたエンディであったが、彼には易々(やすやす)と背後をとられてしまった。


「急に後ろに立つなんて悪趣味だ……」

「彼がサインした時からいたぞ」

 

 レイは目線でネイヴを指して答えた。そしてそれが嘘ではないと分かるとある事に気付く。

 彼の気配(・・)はとてつもなく薄い(・・)のだ。エンディは隣に立った彼を感じて思う。


「何しに戻ってきたんだ?」


 レイはエンディの質問を無視して聞いた。

 

「彼は?」

 

 それにはネイヴが率先して答えると共に手を差し出す。

 

「この近くで医法師をしているネイヴと申します」

 

「どうも、レイだ」と言いながらその手を握り返す。その頭は『医法師』という聞き覚えの無い職業に興味をひかれていた。恐らく医者のようなものだろう──レイはやはり見慣れない髪色をした背の高い男の白衣を見て思った。

 

 自己紹介を終えたレイにエンディは先ほどネイヴが使った魔法について説明しようと口を開く。しかし彼女の耳に一番会いたくない人間の声が聞こえ、思わず口を閉じた。

 

「何をしているエンディ君」

 

 その声の主────ベルフェがやって来た事に最悪のタイミングだ、とエンディは思いながらも、直属の上司である彼に敬礼した。

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