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前編

 目を覚ますと、わたしは死体になっていた。


 見えるのは荒らされたわたしの部屋と、どうやらその中心で横たわっているらしいわたしの体。動かそうとしてもピクリともしない。


 ただそれでも意識だけははっきりとしているし、目も見えれば耳も聞こえる。


 最初は幽霊になってしまったのかと考えたが、それにしてはふわふわと浮いたり体が透けていたりという事もなく。横たわったまま動く事も出来ない。


 あれこれと考えた結果わたしが出した結果、どうやらわたしは驚くべき事に死体のまま意識が残ってしまったらしいという結論に至った。


 ドタバタと音を立てて誰かが慌てて部屋を出て行くのが見える。


 それは、わたしを殺した奴だった。

 わたしはあいつに殺されたのだ。

 そう思うと怒りがふつふつと湧いてくる。


 あいつに罪を償わせてすっきり出来たら、なんだか成仏できそうな気がする。


 いや、きっと出来る。


 警察が犯人を捕まえてくれさえすれば――。

 そうしてしばらくすると、通報を受けた刑事達がやってきた。


 これでわたしもやっと成仏できる。

 そう思ったのも束の間だった。


「ああ、どうやらこれは自殺だな」


 現場を見るなり刑事の一人がいきなりトンチンカンな事を言い出したのだ。




   ◇◆◇




「大川警部。どうして自殺だと断定できるんですか?」


 大川警部と呼ばれた大柄な男は口ひげをさすりながら、さも得意気な様子でわたしを見下ろすと、隣の若い刑事に向かって言った。


「何、簡単な事だよ明神刑事。彼女は遺書を残している。机の上を見たまえ」


 明神刑事と呼ばれた若い刑事は大川警部に促されるままに、わたしの勉強机の前まで来るとその上に載っていた一枚の紙切れを手に取った。


「こ、これは……」

「ここに『わたしはもう生きるのに疲れました。死にます』と書いてある。どうだね明神刑事、これは間違いなく遺書だと思わんかね?」

「確かにこれは、遺書ですね。という事はこの遺体は自殺……」


 待って、待って~。それ犯人が書いたやつだから。わたしが書いたやつじゃないから~。

 わたしは二人の刑事のやり取りにやきもきしていると、明神刑事の方が、


「いや、待ってください大川警部。これは彼女が書いたものではありませんよ」


 お、わかってくれたの。わかってくれたの!


「なぜそう言い切れるのかね。明神刑事」

「見てくださいこの遺書。エスペラント語で書かれています。普通自殺する人間がエスペラント語で遺書なんて書くでしょうか?」

「え、書くだろ」


 書かねーよ。おいこらふざけんなデブ。


「いやいやおかしいですよ。そもそも彼女はエスペラント語なんて使えないはずです。使えない文字で遺書を書くなどあり得ません」


 そうそう、わたしエスペラント語なんて出来ないよ。頑張って明神刑事。とわたしは死体ながら応援する。

 どうやら大川警部とかいうデブはポンコツだが、明神刑事の方はそこそこ頼りになりそうな感じだ。


「ふむ、明神刑事。なぜ彼女がエスペラント語を出来ないと言い切れるのだね」

「いや、普通に考えて日本人はエスペラント語なんて出来ないでしょう。常識的に考えて」

「この馬鹿者が! 刑事たるもの常に常識を疑ってかかれと教えているだろうが!」

「す、すみません警部っ」


 激高する大川警部に、明神刑事が平謝りしている。


「ふん、あらかた携帯アプリかなんかで作文したんだろ。遺書があるんだから自殺で決定だな」

「はぁ……」


 明神刑事が生返事を返している。

 ちょっとちょっと、マジで自殺で片付けるつもりなの。わたしそんな遺書書いてないって。その遺書は犯人が書いたんだって。もっとちゃんと捜査してよ~。


「自殺だとして、死因はなんでしょうね?」

「おそらくは後頭部を殴打したのだろう。ほら明神刑事ここを見たまえ」


 そう言うと大川警部は身を屈めて、わたしの後頭部を指差した。


「頭から血を流している。そしてその血は遺体の脇に落ちているゴルフクラブにも付着しているだろう」

「ほ、本当だ」

「つまり、この遺体の死因はこのゴルフクラブで背後から殴打されたという事だ」

「しかし、後頭部から殴打されたとなるとこれは他殺では……」


 お、いいぞ。いいぞ。捜査がいい感じに進んでる。


「まあ待ちたまえ明神刑事。焦っては真実を見間違う事になる。俺の推理はこうだ。彼女は自殺をする為に室内でゴルフクラブの素振りをしていた。そして彼女の手からすっぽ抜けたゴルフクラブが宙を舞い彼女の後頭部を殴りつけたのだ。ゴルフクラブを投げて自分の後頭部を殴打させるなんて練習していなければとても出来ない芸当だ。つまりこれは彼女がずっと前から自殺を計画して練習していた事をあらわしている。彼女の脇に転がる血のついたゴルフクラブが何よりの自殺の証拠だよ」


 おい、こらデブ! 無理ありすぎんだろ。


「なるほどそれなら確かに筋は通りますね」


 え、ちょっと明神警部も納得してないで反論してよ。マジでそれ信じてるの?

 わたしが慌てていると、明神刑事が思い出したようにポンと手を叩いた。


「そう言えば、警部はよく遺書に書かれているのが『わたしはもう生きるのに疲れました。死にます』だとわかりましたね? エスペラント語に通じているのですか?」

「そんなわけないだろう。第一発見者の彼が教えてくれたんだよ」

「第一発見者というと斉藤さんですね」

「ああ、なんでも彼はエスペラント語に詳しいらしくてね。最近はゴルフにはまっているらしいが……」


 斉藤! そうだ、わたしを殺した奴の名前が斉藤だ。

 あいつ、のうのうと第一発見者のフリしてるんだ。


「一応、外で待ってもらっていますがここに呼んで話を訊いてみますか?」

「もう自殺で決まったのに、呼ぶ必要もないだろう」


 いや、呼んで。っていうかそいつが犯人だから。


「ん、大川警部。ここを見てください」


 ぶっきらぼうに言う大川警部に明神警部がわたしの手元を指差していう。


「この遺体、血で何か文字のようなものを書いてますよ」

「死ぬ間際でもイタズラ書きか、全く最近の若いもんは……」

「何か文字のような、ほらここカタカナで〈サイトウ〉と書いてあるように見えます」


 そうそう、それに気づいちゃった?

 わたしってば、何気にダイイングメッセージを残してたんだよねぇ。


「ふーん」


 大川警部は興味なさそうに覗き込むと、


「確かにカタカナでは〈サイトウ〉と読めるな。だがなぜカタカナだと言い切れるんだ? ハングルかもしれんだろ」

「いやいや、日本人がハングルでダイイングメッセージはないでしょう。常識的に考えて」

「馬鹿やろう! 刑事たるもの常に常識を疑ってかかれとさっきも言っただろうが! カタカナだと思い込むからただの模様がダイイングメッセージに見えちまうんだよ! もっと洞察眼を磨けこのひよっこがぁ!」

「す、すみません警部ぅ!」


 いや、普通にカタカナで〈サイトウ〉だから。

 っていうか模様じゃなくてダイイングメッセージだからそれ。


「自殺だよ自殺。疑う余地は紙一枚入る隙間もない。もう終わりだ、帰るぞ明神刑事」


 え、ちょっと待ってよ。ほんとに帰っちゃうの。本当に自殺で片付けちゃうつもりなの。

 助けて、助けてよ。犯人を捕まえてくれなきゃ成仏できないのに。


 大股で部屋を出て行く大川警部の隣でわたしの事を申し訳なさそうに振り返る明神刑事と目があった。


 助けて、明神刑事。あなただけが頼りなの。あなたはわたしが自殺したとは本当は思ってないんでしょ。だったら、もっとちゃんと捜査をするようにそのデブに言って。


 お願い――。


 その祈りが通じたのかはわからないけど、明神刑事が足を止めた。


「大川警部。やはり私はあの〈サイトウ〉という血文字が気になります。第一発見者の名前も斉藤ですし。偶然とは思えません」

「明神刑事。君はどこからどうみても自殺に見えるこの案件をあくまで他殺だと言い張るつもりかね? つまり俺の推理が間違っていると?」

「いえ、そうは言ってはおりませんが……」


 いや、そうだって。あんたの推理間違ってるから。これは自殺なんかじゃない。殺されたんだ。死体のわたしが言ってるんだから間違いないって。


「大川警部、第一発見者の斉藤さんをここに呼んで話を訊いてみるくらいならどうでしょう」

「はぁ、めんどくせーなぁ。それで明神刑事は納得するのかね?」

「はい」

「どうせ自殺で決まりだと思うがなぁ」

「急がば回れともいいます」

「急がば回れねぇ。ふーん」


 大川警部は少し考えるように口ひげに手を当てると、


「まあ、いいだろ」


 とぶっきら棒に言った。


「では」

「ああ、第一発見者の斉藤さんを呼んでこい」


 どうやら、わたしは首の皮一枚繋がったようだった。

 ほっと安堵の吐息を漏らしていると、部屋から出て行った明神刑事が一人の男を連れて戻ってくる。


 斉藤孝〈たかし〉。

 事件の第一発見者を装う、わたしを殺した男。


 そしてわたしの婚約者だった男だ。


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