ネイビー
あなたのことは大好きだったけれど、これは恋ではなかった。
「ごめん」
電話の向こうから聞こえた声は、謝罪の言葉。
弱々しくて、でも何処か芯のある声だった。
「嘘つき」
それだけ言って電話を切ると、両目からどっと雫が落ちた。
私が欲しいのは、謝罪の言葉なんかじゃない。
何を言われても納得なんてできないし、納得したいとも思わない。
謝られても、許す、許さないの問題じゃないのだ。
「っ……」
泣くな、泣くな。
自分に言い聞かせながら、必死で歯を食いしばった。
それでも、漏れる嗚咽は止まらなかった。
私、野々村チホはこの日失恋をした。
もうすぐ付き合って1年になる彼氏との別れだった。
**
学校に行くのが億劫で、このまま寝ていたいと思ったけれど、今日に限って期末テストがある。
こんな時期に別れ話をしてきたアイツを、全力で恨んでやろうと心に決めた。
おかげで勉強もしていないし、テストを受ける余裕など、この心にはない。
学校側がそんな個人の事情に対して気を使ってくれるわけもなく、相当のことがない限りテストは実行だ。
勉強はしていないけれど、せめて受けるだけ受けておこうと重たい体を起こした。
「うわ……」
机の上のスタンドミラーを覗くと、泣きすぎのせいで腫れた瞼が、もともと小さい私の目を余計隠していた。
「ひどい顔」
悲惨な顔が、更に悲惨になっている。
学校になんて行けたもんじゃない。
もういいか。
休んじゃえ。
腹を括り、もう半分自暴自棄になりながら母に体調不良だとメールを送った。
そのまま携帯を机に放り投げ、ベッドに勢い良く潜る。
「仕方ない、うん」
__さっきから「寂しい」「辛い」と悲鳴をあげる心から、目をそらしたくてひとり言が増えていることにも、私は気づいていた。
起きた時には、時計が昼の2時を指していた。
また結構、眠り込んでしまったようだ。
きっと昨日の泣き疲れからだろう。
机の上に投げた携帯が、着色を示す点滅をしていたので、ベッドから起きあがり携帯を手にとった。
「……は」
不在着信3件。
1つは母から、あとの2つは昨日別れたばかりの拓海からだった。
正直、驚きを隠せない。
「何よ今更……」
今更連絡してきて何を言うつもりなんだ。
昨日振られたばかりなのに気を使えよ。
なんて毒づきながらも、私の指は拓海の電話番号にコールしていた。
……心のどこかで、やり直そうと言われることでも期待していたのかもしれない。
数回コールしたのち、コールの音が途切れ電話の向こうで「もしもし」と声がした。
「……?」
「おー元気ー?」
「……」
電話の向こうから聞こえた声は、拓海ではなく、同じクラスの斉木浩介の声だった。
なんで、こいつが拓海の電話に出るんだ。
「拓海は?」
「寝てる」
「電話変わって」
「さっきから電話かけてたの俺だよ」
意味がわからない。
何故拓海の携帯からわざわざ私に電話をかけてくるのだ。
確かに電話番号は交換していないが、話すような仲ではなかった。
「どういうこと?」
「いや、テストなのに学校来てないからどうしてかなって思って。拓海に聞いても答えないし」
あぁ、いつも私たちが仲良く話してるから不思議に思われたのか。
「あーうんちょっと体調悪くて」
「そっか。ゆっくり休めよー」
そして電話は一方的に切られる。
1分もない会話だったけれど、少しだけ心が軽くなった気がした。
そういえば、斉木とまともに話したのはこれが初めてだ。
いつも拓海とか他の男子といるけど、あまり仲良くしたことは無かった。
だからこそ、気にかけて貰えたことにより心が軽くなったのかもしれない。
まだ目の腫れは引かない。
心の重りも取れない。
傷も癒えていない。
それでも、少しだけ胸の真ん中があったかくなったのは、斉木のお陰だと思った。