エピローグ
―出逢ったあの日から六年後。
俺は25歳になり、なんとバイトの身分から社員にしてもらっていた。
蒔希はというと、18歳になり高校をもうすぐ卒業する時期になり、ますます可愛さを増していた。
「けいくん…本当に私なんかでいいの?」
さらり。ナチュラルな蒔希のストレートのロングヘアーが三月の春風になびいている。
「もちろんだ。蒔希しかいない。蒔希がいい」
そして俺は前髪をかき分け、蒔希のおでこに軽くキスをした。
「何度来ても、緊張するよう…」
「大丈夫だって。見ててやるから選んでこいよ」
「…それが恥ずかしいんだってぇ」
俺たちは駅前のドレスを扱ってる店に来ていた。
それもステージドレスとかパーティードレスじゃなくて、本格的なウェディングドレス。
五月になったら式を挙げる。入籍は蒔希の高校卒業に合わせて済ます予定だ。
「けいくん?…ど、どうかな」
顔を上げると、そこにはいつも以上に可憐で美しいウェディングドレス姿の蒔希が立っていた。
「すごくいい…きれいだ」
照れくさくて顔を背ける俺。そんな俺に蒔希は思わぬことを口にした。
「けいくんも着てくれば?」
「え?」
「ここ、タキシードもあるんだよう!」
「はあ…」
「ほらほらーっ!」
ウェディングドレス姿の彼女に腕を引っ張られる俺。すると目の前には―。
「―結構あるんだな」
さすがにドレスよりは少ないけれども。ハンガーにはビシッとしたタキシードが並んでかけられていた。
「これなんか似合いそうじゃない?」
すると蒔希は黒の無地のタキシードを俺にあてがってきた。
「…んじゃ、着てくる」
俺は恥ずかしそうに試着室へと向かう。
いつもの私服から、結婚式で着るかもしれないタキシードに着替える。
慣れない手つきでボタンを引っかける。そしてカーテンを開けた途端、顔を真っ赤にしてたたずんでいる蒔希が見えた。
「…すごい!けいくんカッコいい!似合ってるよ」
「そうか?じゃあこれにするか」
俺は照れ隠しからか蒔希と目が合わせられないでいたが、タキシードを決めたことを蒔希に告げると。
「うん!それにしなよ。あ、ねぇねぇ蒔希のウェディングドレス…けいくんはどれが良いと思う?」
恥ずかしそうに語尾を小さくしながら蒔希は上目遣いで俺を見る。
ドキッとした俺はしどろもどろになりながらも何とか答えた。
「…今着てるやつ。肩出てるけど可愛い…」
顔を赤らめながら指を差すと、今度は蒔希が赤くなり。
「そっそう?…けいくんがそう言ってくれるなら、そうするっ!」
…
「招待状とか、どうする?」
「どんな式にする?」
「誰を呼ぶ?」
俺たちは夜通し話し合った。既に気分は新婚さんみたいだった。
招待状はメッセージカードに手書きというかたちにした。
式は―当日のお楽しみだ。
誰を呼ぶかもまだ決まってない。
俺たちはその日をはやる気持ちを抑えながら待った。
結婚式の当日を―。
…
「蒔希…ちょっと怖いな…」
招待状の宛名書きをしながら二人はリビングで会話をしていた。
「お母さんに結婚式で会うのが?」
「うん…それに…だって、けいくんのお父さんと…」
「あいつは呼ばないから良いんだよ」
「でもっ、早織さんが招待状出したって…」
「…ったく、早織の奴…余計な事を」
俺が苛立っていると蒔希は冷静に。
「いいの…けいくんが嫌じゃなければ…蒔希は大丈夫だから―。」
と。大人びた表情をした。
…
俺と蒔希は本来の形式と異なるかたちの結婚式を挙げた。
―そこは教会でも神社でもない。
小さなコンサートホールを貸し切っておこなった。
ピアノ演奏は早織。俺たちの為に作曲してくれた『誓い』という曲を生演奏してくれた。
神父などもちろんいない。
ここに参加しているのは主役二人と、早織、雪乃、和輝―そして蒔希の本当の母親だった。
結局俺の親父は招待状に返事も寄越さなかった。
聞くところによれば、蒔希のお母さんは親父と別れたらしい。
―やっぱり蒔希が忘れられない。蒔希を幸せにしてあげてください。
―はい!必ず…。
そう密かに言葉を交わした事は蒔希には内緒だ。
早織の演奏が終わると、今度は雪乃が俺たち二人のこれまでの道のりをボードに書き起こして発表してくれた。
蒔希が家を飛び出した時の事をなんて言われるか不安になり身構えていると、雪乃はこんな表現の仕方をした。
「そして、蒔希お姉ちゃんは自分だけの道を切り開いたのです。
―以上が、お姉ちゃんと慶治さんの愛の軌跡ですっ!」
拍手が飛ぶ。アナウンサーになれそうなくらい、淀みなくハキハキと喋る雪乃。
本当にこの子は何でも出来るんだな―。
感心していると蒔希も俺の隣で同じように妹のことを見ていた。
そんな蒔希に目を向ける。
今、ここにいてくれる仲間がいれば、それでいい。
蒔希は本当のお母さんが見守ってくれているからか、安心しきった様子でとてもリラックスしている。
蒔希は雪乃とは和解出来たが、父親や継母とは上手くいかないようで、彼らとは距離を取る事に決めたと慶治に言っていた。
俺も親父とは分かり合えないと思っていた。
後日そんな状況が覆されるとは思いもしなかった―。
俺が色々な思いを巡らせていると早織が突然。
「誓いのキスを!」
そう叫んだ。
二人は急な一言に一瞬驚いたが、すぐに。
「蒔希…いいか?」
「うん…けいくん、愛してます。」
「誰よりも?」
「うん…」
二人の距離がどんな時より近づいて、初めての出逢ったあの日から今日この日までを涙が頬を伝って旅をした。
たどり着いた先はあなたの指先。
いとおしさに胸が熱くなり鼓動は速くなる。
優しく抱きしめながら長い長いキスをした。
なんだかお約束になってしまった、キスする時の蒔希の流す涙は、やっぱり綺麗で…透明なしずくは純粋に彼を想っている事の証明。
それは、いつか二人が夢見た―あこがれのなみだ―。
…
それは結婚式の三日前。
これは大人の会話。
「やっぱり私は蒔希のことしか考えられないわ」
蒔希の母親は頭を深く下げて目の前にいる男性に別れを切り出そうとしている。
「そうか」
男性はおもむろに缶コーヒーを飲み干した。
「こんな女を一時でも愛してるくれてありがとう」
「咲希子、今までありがとう」
「龍治さんも、慶治くんに会いに行くのでしょう?」
「ああ…そのうち、な」
そうして空き缶をゴミ箱に投げ入れる。
心の整理をつけたかのように―。
…
「けいくん?お手紙来てるよ!…松岡龍治さんって…?」
「!親父!?親父からだ…」
俺は手紙を引ったくると蒔希の前で便箋を広げた。
「蒔希…見ちゃいけないような…」
そう言って奥へ引っ込もうとする蒔希を隣に座らせ。
「大丈夫だ。一緒に読んでくれ」
「…うん」
手紙には、蒔希の母親と恋人関係を解消したことと、俺と蒔希に会いたいということ、そして―。
「昔から慶治には会社を継いで欲しいと思っていたが、もう自由にして良い。蒔希さんと幸せになりなさい―父より」
こう締めくくられていた。
「けいくん、お節介かもしれないけれど…会いに行こう?会った方がいいよ。お父さんと」
蒔希に諭された。いつの間にか大人になった蒔希。決して興味本位で言ってる訳じゃないと分かった。
「…あぁ、そのうちな」
「ダメ!すぐ返事して!!あ、電話番号書いてある!かけちゃえ」
「おい!蒔希!?」
家の電話から親父の携帯に繋ぐ。
なんと、親父はすぐに電話に出て。
―俺たちと明日の夕方カフェで会う事になった。
…
「慶治!」
「親父…」
「その子が…」
「蒔希です。旧姓、藍井蒔希といいます。宜しくお願いします。」
「礼儀正しい子だね。」
「ありがとうございます」
ぺこり。頭を下げる蒔希。
それから俺たちは色々な話をした。
出逢ったあの日から、結婚式―気づけば俺は親父に心を開き始めていたみたいで、今までの思い出をのろけながら話していた。
「幸せそうで何よりだ。それじゃ、父さんはそろそろ帰るよ。お前たち、仲の良い幸せな家庭を築くんだぞ」
そんな親父の後ろ姿を見送ったのがあいつに会った最後の日だった。
親父は海外赴任で会う事が難しくなったのだった。
そんな頃―。
俺と蒔希の家庭では変化が起き始めていた。
「けいくん…蒔希なんか体調がヘンなの…」
「え…それって!?もしかして」
「…もしそうだったら、けいくん困る?」
不安げに顔を覗き込む蒔希。
「そんな訳ないだろう?嬉しいに決まってる!!」
―新しい未来が始まる予感。
そんな季節はいつも春で、幸せ色の桜が咲く―。
あこがれのなみだ、完結。




