蒔希と雪乃の関係
蒔希と妹の雪乃の話です。
「ちょっと散歩に出かけて来ます」
そう丁寧に頭を下げると、お下げ頭の少女は公園に向かって歩き出した。
察しはついていた。お手伝いの倉橋さんが調べてくれていたから。
ここにいるって。蒔希お姉ちゃんはこの辺りに住んでいると―。
案の定―蒔希お姉ちゃんはそこにいた。
見知らぬ男の人と一緒に…。
「蒔希お姉ちゃん…?」
私は勇気を出して二人に近づく。
「!?雪乃ちゃんなの?…どうして?」
「何で出ていったの!?」
私は声を荒げる。ビクッとするお姉ちゃん。
「それは…」
蒔希は何も言えなかった。
「心配したんだからっ…あんな所にいたくない気持ち、雪乃にも分かる。でも、家を飛び出すなんて!お姉ちゃんは雪乃を見捨てたの!?」
雪乃はしゃくりあげ、思い切り泣いていた。感情を洗い流すかの様に。
そんな雪乃の様子に圧倒されながらも、蒔希は冷静に声のトーンを落として答えた。
「見捨てたのはどっち?…大体雪乃ちゃんは私の事が好きじゃなかったじゃない?今さらそんな風に言われたって…何を信じれば良いのか分からないよ。」
「おい!蒔希、何もそんな言い方しなくても…」
「けいくんは黙っていて!」
ピシャリと慶治の発言を跳ね返す蒔希。
すると、目の前に立っていたお下げ頭の少女は突然震え出した。
「蒔希お姉ちゃん…その男の人は、なんなの!?」
「恋人だよ」
「!?こっ、恋人?不潔だわっ!さいってー!!ちょっと、お姉ちゃんにやらしいこととかしてないでしょうね!?大体あなた、何歳よ?仕事してんの?怪しい人間だったら雪乃、許さないから!あぁ、気持ち悪い!!」
そうまくし立てると、雪乃は気を失って倒れた。
…
「気がついた?」
蒔希は病院の個室に横たわっている雪乃にそっと話しかけた。
「…ごめんなさい、お姉ちゃん。雪乃、ビックリしちゃって」
「雪乃ちゃん、もしかして…?」
何となく予想はついていた。それは当たっていたみたいで。
「うん…雪乃、男の人が…怖いの。苦手になっちゃった。」
「そうなの?」
「昔は平気だったんだけどね…」
そう言うと雪乃は溢れる思いを言葉にして紡ぎ出した。
「私ね、婿養子をとるために小さい頃から何度も何度もお見合いをさせられて、相手の男の人に"良いな"って思うことがあって、向こうの人も近づいて来てくれる事もあったんだけれど、結局実際はお金や肩書きが目当てで雪乃のことなんか、これっぽっちも見てくれてなかったっていうことが…何度もあって。それで男の人が嫌いになっちゃった。」
うんうんと、頷きながら黙って話を聞く姉の蒔希。
「そしたらいつからか、男の人のそばにいるだけで震えるようになったり、さっきみたいに倒れちゃったりするようになっちゃったんだ。」
「そっかぁ。でも慶治くんは―。」
「分かってるよ。蒔希お姉ちゃんが選んだ人だもん。…でも男の人っていうだけで、心が拒絶してしまうの。」
言い終えると、雪乃はうつぶせになって蒔希から目線を反らした。
「ごめん、蒔希お姉ちゃん…ちょっと一人にしてくれる?」
「いいよ」
蒔希は病院の個室をあとにした。
…
「ただいま。なんか疲れたなー」
伸びをしている蒔希に、慶治は後ろから手を回してきた。
「!きゃっ…ドキドキするからやめてよう」
「いつまでもピュアだなぁ!蒔希は」
くしゃくしゃっとポニーテールを乱す大きな手に。
ドキッとしながら固まってしまう。
蒔希は小さく呟いた。
「…なのかな?」
「え?」
「私たちって不潔な事してる!?」
「なんもしてないだろ。俺は男だが、むやみに女の子に手を出したりしないよ」
ふわり。そうして優しくくすぐったいくらいな強さで蒔希を抱きしめた。
「そうだよね!蒔希、慶治くんを信じる!」
お返しにほっぺにキスをした。
「!蒔希…」
真っ赤になってる慶治くん。
なんだ、彼だって充分ピュアじゃない!
蒔希はなんだか二人の距離が縮まっていく気がして嬉しくなった。
…
翌日玄関ポストにこんな手紙が入っていた。
『雪乃お姉ちゃんへ。どうして私が家を知っているか不思議だと思います。それは、お手伝いさんに頼んで調べてもらったからです。先日は迷惑をかけてごめんなさい。今日私は退院し、実家に帰ります。お姉ちゃんも良かったら一緒に来ませんか?返事はあの時の公園の桜の木の下でお願いします―雪乃より』
「…どうするんだ?」
「行く―」
「やめろよ…!もしここに帰って来られなかったら―」
「その時はその時だよ。それより今は、雪乃ちゃんと会って仲直りしたい。…お義母さまが少し怖いけれど」
「じゃあせめて、約束してくれ。また会えるって…!」
そして二人は隙間を作らないくらい、きつく互いを抱きしめた。
「必ず帰ってくるよ、けいくん…だいすきだよ!」
「俺も!蒔希、お前が好きだ。大好きだ!」
二人は振り返らなかった。もし振り向いたら涙が出て来てしまいそうだったから。
蒔希は走った。雪乃のもとへ。怖いお義母さまがいても、今はそんなの気にしない。雪乃ちゃんに会えるなら、例えそれがいばらの道だとしても構わない。あんな態度をとってしまったけれど、本当は私は雪乃ちゃんのお姉ちゃんでいたい。雪乃ちゃんが好き。可愛い妹だって思っているのだから。
手紙には『必ず一人で来て』と添え書きがしてあった。
だから私は一人で公園に足を運んだ。色々な思い出が連なるあの公園へ―。
…
「お姉ちゃん!」
「雪乃ちゃん!?」
桜の木の下で、私たちは再び会った。
「今日はね…お姉ちゃんに相談があるの」
「え?」
すると雪乃は重たい口を開いた。
「ほとんど愚痴なんだけれどね、雪乃に英才教育をしてくる両親と、倉橋さんが家庭教師をしてきてうんざりしてるの」
「そうだよね。雪乃ちゃんは自分の努力だけで何でも出来ちゃうもんね!」
私は誉めたつもりで言った。が…。
「何でもじゃないわよ。男は出来ない…」
「!ちょっと、それは個人差があるし…大体男性恐怖症じゃ出来るもんも出来ないよ!」
やんわりと私が諭すと、雪乃ちゃんはこう切り返してきた。
「男じゃない男の子紹介して!!」
「!?はい?な、なにそれ…」
私は雪乃ちゃんのぶっ飛んだお願いに、頭の回転が追い付かなくなる。
「例えばどんな人がいいの?」
「そうねー。筋肉がなくて、胸板が厚くなくて、汗かかなくて、声が低くないくて小さい人がいい!」
「…雪乃ちゃん、そんな男性いないと思うよ…」
私は溜め息をつく。
「じゃあ雪乃ちゃんのことを純粋に好きな人が良いんじゃないの?」
私がそう提案すると、雪乃ちゃんは指をパチンと鳴らし。
「そうね。財産とか地位目当てじゃない人を選べば良いのよ!それだったら、多少たくましくても許せるわ!」
「だったらあの幼なじみの男の子はどう?」
私は閃いた。思い出す青空みたいな男の子の笑顔を。
「和輝くん!道下和輝くん!」
「えーっ!かずき!?対象外だよー」
「でも、あっちは雪乃ちゃんのことをずっと前から好きみたいよ?」
「えっ、そうなの?」
「和輝くんモテるから早くしないと他の子に取られちゃうかもよ~?」
ハッパをかけてみる。
「…かずきが他の女の子と付き合う…なんかもやもやする」
腕を組んで思案の動作をする。
やっぱり雪乃ちゃん、和輝くんのことが気になっているみたい。
二人が上手くいって、あわよくば雪乃ちゃんの男嫌いが治れば良いのだけれど…。
…
「それじゃ、話を聞いてくれたお礼も兼ねて…うちに行こうか?お姉ちゃん」
「うん…でも、ずっといることはできないよ」
「どうして?」
「私の家はけいくんのマンションだから。」
そう言って微笑むと、雪乃は複雑な表情をした。
「はい、到着」
がチャリ。鍵が開けられ私たちは家の中に入った。
「お帰りなさいませ…!もしかして、あなた様は蒔希お嬢様ですか?旦那様、奥様!蒔希さまがお帰りになりました!!」
お手伝いの倉橋さんが声を高らかに奥の部屋にいる両親に声をかけた。
だがしかし…。
「…なんだ、もう帰ってきちゃちゃったの?もっとずっと出払っていれば良かったのに。」
お義母さまのキツい一言と。
「おう…」
お父さんの無関心な態度。
それとは対照的に、義母は雪乃に向き直り。
「それより雪乃ちゃん、今日のお見合いはどうだったの?」
「…体調が優れなくて欠席いたしました」
とっさに嘘をついた。それでも勢いは止まず。
「そうなの?心配ねぇ。先方に雪乃ちゃんのお写真を見せたらとても気に入って下さって"次回こそ会いたい"だなんて、おっしゃっていたのよ!」
そして男性の写真を目の前に近付けてくる母。
私は見ないように見ないようにした。
「ごめんなさい、私…体調が悪いので」
そして蒔希と一緒に自分の部屋に行こうとしたが母に止められた。
「ちょっと蒔希、あなた何か言うことない訳!?」
それはとてもキツい口調で。責め立てる様に。
「…すぐ帰ります」
「ふんっ…だったら良いのよ。長くいられちゃ不愉快だからね」
「ちょっとお母様、そんな言い方しなくても…」
「なによ、雪乃ちゃんまで口答えするの!?」
「…いいよ、雪乃ちゃん、お部屋行こう?」
苛立ちをなだめようとする蒔希。
二人は二階の雪乃の部屋に向かった。
…
「わぁっ、やっぱり雪乃ちゃんのお部屋は綺麗だねぇ」
掃除機もマメにかけてあり、ホコリ一つ落ちてない綺麗な部屋だった。
蒔希はさっきの続きの話を始めた。
「かずきくんのことも怖いの?」
「…こわくないよ。かずきはおさななじみだから、男の子として見たことがない」
「そうなんだ!じゃあ上手くいくかもね」
「でも…私から言うのは嫌だ…」
「じゃあ言わせてみれば?」
そう言うと蒔希はウインクしてみせた。
「お姉ちゃん…もしかしてあの人に"好き"って言わせたの?」
目を丸くする雪乃に蒔希は首を横に振った。
「蒔希から告白したんだよ。けいくんはちゃんと受け止めてくれたよ」
「そうなんだ!いいなぁ、私もそんな勇気が欲しいよ」
「雪乃ちゃんなら大丈夫。きっと言えるよ。頑張って」
「うん…そんな人が出来たら、ね…」
雪乃ちゃんはほんのり赤くなった。
後日、雪乃の想いを変える人物が登場することを誰も予想なんてしていなかった。
…
昼休み、給食室の前なんていうマニアックな場所に雪乃は呼び出された。
新手のいじめだったら嫌だな…なんて考えていると、そこに現れたのは―。
「かずき!?どうしたの?」
息を切らして走ってきた。
「呼び出しといて遅くなってごめん!」
「別にいいよ。それより何の用?」
すると和輝は切り出した。
「雪乃ちゃん!オレと友達以上になって!」
「いいよ。かずきは今日から"親友"よ!」
「…なんか違うけど、まっいっか!ありがとう雪乃ちゃん!」
…
慶治のマンションでその話をすると何故か二人に祝福された。
「良かったね」
と、蒔希。
「ああ、良かったな」
慶治も賛同する。
「良かった?何が?私とかずきは親友になったのよ?」
「まだ分からないの?かずきくんは雪乃ちゃんの事が好きなのよ」
「そうだな。鈍感な俺にも判るよ」
「―えっ!?そ、そんな…」
私は驚きと動揺を隠せないで、戸惑ってしまう。
「とっ、とりあえず帰って考えてみる…二人とも、ありがとう。お邪魔しました!」
…
そして帰宅すると、母が仁王立ちして待ち構えていた。
「遅かったじゃない?どうしたの?」
「友人の家で勉強をしていました」
「勉強なら倉橋に見てもらいなさい」
「はい…今度からそうします」
そして母の小言を聞き終わらないうちに二階の自室に行こうとしたが、母の一言で歩みを止められた。
「雪乃ちゃん、あの育ちの悪い男の子と仲良くするのは、おやめなさい」
「かずきのこと!?かずきのことをそんな風に言わないで!」
「あら、両親が離婚してて父親はギャンブルに狂って逃げて、母親は水商売をしているなんて、それだけで育ちの悪い子どもよ!」
「親は関係ないでしょう!?」
「とにかく、うちの評判が落ちるのよ。藍井家の娘がそんな子どもと親しくしているなんて噂が立ったりでもしたら。悪いことは言わないから、もうおよしなさい。あんな子のそばにいるのは―」
「…はい、お母様」
二人の仲は今にも引き裂かれそうだった。
…
「雪乃ちゃん、おはよう」
「かずき…おはよう、話があるの」
「?おう、なんだ??」
不思議そうにしている素直な瞳に、雪乃はズキンと胸が痛くなった。
人気の少ない旧校舎の屋上にたどり着いた。
どうやら誰かが施錠し忘れたのか、屋上のドアは簡単に開いた。
ガチャン。鉄のドアが閉まったのを確認してから雪乃は口を開いた。
「かずき…かずきは悪くないんだからね。でも、うちの親がもうあなたとは付き合うなって言うの。ごめんなさい…でも…私、気づいたの。私もかずきと友達以上になりたいって。」
「え?どういう意味…?」
目を丸くするかずき。
高鳴る鼓動を抑える雪乃。
「…よく分かんないけど…多分、ううん…きっと私かずきが好きなの!いけない!?」
サラサラッ―初夏の爽やかな風が吹いた。緑の葉っぱが舞い上がる音がする。
「…雪乃ちゃん、オレも雪乃ちゃんが好きだよ」
「!かずき…すき…だいすき…よ」
「嬉しい。雪乃ちゃん、これから思い出いっぱい作ってこうな」
「…それは、出来ないよ」
雪乃は思わぬことを口にした。
「え?どうして?」
「私ね…転校させられるんだ。遠くの全寮制の女子校に。」
「!?嘘だろ?」
「親の意向だから…私は跡取りだから従うしかないんだ。でもまだ少し、時間があるから…その間いっぱい思い出作りたい。かずきと二人の思い出を…」
すると騒いでいた風は止み、静寂が訪れた。
「雪乃ちゃん…遠くに行ってもオレのこと忘れないでいてくれる?」
「もちろん…!」
すると、風や小鳥しか見ていない屋上で―二人は初めてのキスをした―。
「ごめんっ!嫌だった?」
雪乃は涙を流していた。
「ううん…嬉しかった。かずき…すき…」
そして二人は抱きしめ合った。
…
「帰ろうか?」
どちらからともなく切り出すと、並んで夕焼けの道を歩き出した。
固く手をつないで、しっかりと。
帰り道、蒔希と慶治は雪乃たちの後ろ姿を見かけた。
「…なんか、蒔希もけいくんと手をつなぎたくなっちゃった。」
「そうだな」
蒔希も慶治も二人に負けないくらいぎゅっと手を握り合った。
そして前の二人の邪魔をしないように、距離を取りながら夕陽の下をたどった。
その瞳に映るのは…お互いの愛する人―。
(蒔希と雪乃の関係、完)
エピローグへと続きます。




