母親探し1
本当の母親探し編です。
1なので2へと続きます。
「うん…けいくん、おはよう…」
想いが通じ合った今もなお、俺たちは二人であのマンションに暮らしている。
あの出会った日から、蒔希の身長は俺の肩に届くくらい伸びて。
体つきも幼児体型ではなくなっていた。
「マキ!今日は暖かいな。公園にでも行ってみるか。あ、言っとくけどあの遠い公園じゃなくて、もっと近い方な!」
「うん!お花見したいな!!」
無邪気な笑顔はあの時から変わらない。
俺はそんな蒔希の素直な笑顔が好きだ。
中学一年生になった蒔希。そして20歳になった俺。
三月の心地良い春風が、俺たちを呼んでる気がした―。
…
お花見なんて、いつぐらいぶりにしたっけ?
うんと前…そう、何年も前に私を生んでくれたお母さんと、あの時はまだ優しかったお父さんと三人で行った事があったっけ。
あの頃は良かったな。―幸せだったから。
…
俺たちは並んで歩いた。雲一つない青空という訳にはいかなかったけれど、それは明るい未来を連れて来てくれそうな予感がした、爽やかな空だった―ように見えたのだが…。
「あの大人の人たち、良い雰囲気だねぇ!けいくん近くに行ってみようよ!
蒔希、どんな人なのか気になる!」
マキははす向かいに背を向けて談笑している男女に興味を向けた。
「…やめとけよ。邪魔しちゃ悪いだろ?」
何となく嫌な予感がしたんだ。
これ以上、近づいちゃいけないって。警鐘が鳴らされてる気がした。
だがマキは…パンドラの箱を、とうとう開けてしまった。
「こんにちは~!良い天気ですねぇ!お二人はラブラブ…で、す…か…!?」
そうまくし立てておきながら、蒔希は固まって口を閉ざして、目を見開いた。
「!…お母さんっ!?お母さんなの…!?そのひとは…?誰なの!?」
目を丸くしているのは蒔希だけじゃなくて。
「親父…!?なんで親父がこんな処にいるんだよ!…それに、その人は―」
俺が動揺を隠せずに問い詰めると、大人たち二人は。
「…言いにくいんだが、父さんは今この人とお付き合いしてるんだ」
「!?おい、何だよそれ。その人は蒔希の―」
そこまで言うと俺は小さな手で口を塞がれた。
「…けいくん、いいの。ありがとう…言ってくれて…」
そして、不意に出て来た涙と震える声を隠しながら蒔希は―。
「幸せになってください。その…えっと…お母さんを大事にしてください…じゃ」
そう言ってその場を去ろうとする娘を引き止めた母親は―。
「蒔希ちゃん!待って。あなたさえ良ければ一緒に暮らしましょう?
けいじくん…でしたよね?あなたも帰ってらっしゃいよ。あなたの実のお父さまなのだから…」
そうだそうだと追い打ちをかける親父を、俺は思いきり睨みつけた。
でも蒔希はどうだろう?冷静に考えれば蒔希は実の母親のもとに帰った方が良い。
いつまでも俺と暮らしていけるとは限らない。
俺は隣で悲しくて悔しくてか寂しくてか、単に驚いてだけか―どうして震えているのか分からない彼女の背中をそっと押した。瞬間ビクッとしてこちらを振り返る蒔希に諭した。
「蒔希…お前はお母さんと一緒に住んだ方が幸せだ。うちの親父親も女の子が欲しかったみたいだし、俺には最低の父親だったけど蒔希には優しくしてくれるだろう。収入が不安定な俺と一緒に暮らしてみじめな思いをするより、俺はお前に幸せになってほしいんだ。だから行けよ。さよならだ。蒔希。今まで楽しかったよ。本当のお母さんが見つかって良かったな。幸せになれよ。じゃあな!」
俺は自分が涙を見せてしまう前に、踵をかえした。
そっと、つないでいた手を解こうとする。
ほどいてもほどいても掴んでは、「行かないで!」と懇願する真っすぐな瞳に向かって、自分でもびっくりするくらい大きな声で叫んでいた。
「蒔希ー!愛してる!!」
気付けば俺はしゃくり上げていた。人目もはばからず。
ぎゅっ…伸びたとはいえ、まだ小さい背と、速くなる心臓の音。そして服の裾を掴む蒔希。そしてはっきりとした意志で―。
「けいくん…どこにも行かないで…ずっと私のそばにいて…」
「蒔希も愛してる…!幸せが何なのかは蒔希が自分で…決めるよ?
蒔希にとっての幸せは、けいじくんと一緒にいることだよ?
だから…っだから離れていかないで…おねがい…!」
そして彼女は俺の両肩に手をかけて背伸びをすると…。
不慣れな仕草であどけない口づけをした―。
それは何秒だったか明確になんて分からないけれど。
初めてのキスよりい長くて、まるで時間が止まったかと、錯覚する程の長さだった―。
…
「ただいま―」
夕方六時。マンションに帰ってきた俺たち、まだ日中のショックが抜けきらずにいた。特に蒔希は、呆然自失といった様子で部屋からなかなか出てこない。
「蒔希、入るぞ。いいか?」
トントン。俺は蒔希の部屋をノックしてから、ドアノブを回した。
ガチャ。蒔希はドア背を向けて、ぼんやり窓の外の満月を見つめていた。
「ショックたよな…やっぱり」
「…。」
「泣いてるのか?」
「…ちがう」
「だったら、こっち向けよ」
「…。」
「おい、なんなんだっ―」
「ほっといてよ!」
「!」
初めてだった。蒔希が怒りの感情をぶつけてきたのは―。
今日の出来事が余程ショックだったのか―。
恋愛経験の乏しい俺は、気の利いた言葉やキザなせりふなんていうものを思いつくことも出来なくて…彼女が怒っている理由を推し量ってやることが出来ないでいた―。
「…けいくん、お願い。…今だけ一人にさせて」
そう小声小え声で言うと再び蒔希は夜空を見上げた。
…なんなんだ一体。いつもと様子の違う蒔希のことが気になって…心配で、俺は眠れない一夜を過ごした。
…
けいくんは何も悪くない。悪いのは私の言うことをきかないこの心。
近くなったキョリは嬉しくて、優しくしてくれて幸せで、何の不満もないけれど。
…「さよなら」なんて、言ってほしくなかった。一番言われたくなかった言葉なのに。
けいくんって本当に蒔希のことがすきなの?「愛してる」って口にするのはカンタンだけど…本当に愛するのって、きっとすごく難しいよね。
いけない…私、けいじくんの愛情が信じられなくなってる。
―どうしてかな?前はこんな気持ちになったことすらなかったのに。
その夜、私は枕を涙で濡らして。
けいじくんの代わりに毛布をきつく抱きしめた。
…
「おはよう蒔希」
「…おはよう」
コップに牛乳を注いでやってると。
「先、顔洗ってきていい?」
「ああ―」
逃げる様に俺の前をすり抜けて、蒔希は洗面所走って行った。
―数分後。戻って来た彼女の目は真っ赤で、頬は濡れていた。
「…っく…泣いてないもんっ…うっく」
まだ何も聞いていないのに。蒔希が泣いているのは明らかだった。
「はいはい。朝メシ冷めるぞ」
俺はトーストと玉子サラダをマキの前に並べた。
あくまでも泣いてることに気づかないフリをして。
「…けいくんは、どうしてマキここに置いてくれてるの?」
「それは、マキが…マキと一緒にいたいからだ」
「かわいそうだから―?」
「ちがう」
「じゃあ…どうして?」
一歩間違えればケンカになってしまいそうな険悪な雰囲気。
でもここで嘘をついたり、ごまかしたりしてはいけない気がした。
けどこんなこと…恥ずかしくてカンタンに言えるかよ?
だがふざけている訳でも試している訳でもなく、本当に知りたがっていることを悟った俺は、彼女を真っすぐに見据えて口を開いた。
「…だからだ」
「え?よくきこえな…」
「好きだからだ。何度も言わせるな。蒔希のことが好きだー!」
そして思い切り彼女を抱きしめた。
「…信じて、くれるよな?マキ…」
愛らしい少女の女の子らしいシャンプーの香りに鼻をくすぐられ、やわらかい体温と近すぎる吐息に理性がふっとびそうになった俺は、気が付いたら彼女の制服の第一ボタン手をかけていたが―瞬間ハッとして手を放した。ところが―。
「…いいよ。分かったから…さよならじゃないんだって…ずっとそばにいて…ずっと一緒にいてくれるって約束してくれたから…だから…」
そうして蒔希は自らの制服のボタンに手をかけた。
「そっ…それはまだ…あっ!蒔希…チコクするぞ。時間だ、急げっ!…その…さっきのはまた今度な…何ていうか…早すぎるし…じゃなくて間に合うように急ぐぞ!じゃ、行ってくる…蒔希も気を付けて学校に行くんだっ!」
そうまくし立てると俺は蒔希の右手を左手左え手d引っ張って。
強引に玄関を飛び出そうとした…が。
「けいくん待って!…キスしてから行こう?」
「!?なに言って―!」
かがんで靴ヒモを直してる俺の頬に、やわらかな彼女の唇が優しく触れた。
「えへへー。しちゃった」
小さく舌を出していたずらっぽく笑う蒔希の笑顔が少しずつ大人びていくのを―俺は時折感じてんだ―。
中学の制服、だいぶ伸びた身長とポニーテール。
そして―変わらないで「好きだ」と言ってえる時の真剣な眼差し。
7歳の歳の差は、他人から見たら不自然で釣り合わない様に映るかも知れない。でも俺は歳の差なんて関係ないと思っているし、そんなもんにこだわったって得する事は何もないと思って。
そして蒔希ともっと歳が離れていたり、同じ歳だったとしても―。
俺は好きになっていただろう。―蒔希のことを。
だけど今俺は不安になっちまっているんだ。
蒔希はこんな俺のことを「好きだ」と言ってくれている。
その言葉言い葉に嘘もウラもない、純粋な気持ちだと信じてる。
だが時々こんな思いがよぎるんだ。
―蒔希より俺の方が恋心が大きくて、俺の気持ちが蒔希には重たくなっているんじゃないかと。
それに、中学に行けばクラスに男子もいるし、学校でモテてはいないだろうかとか、言い寄ってくるヤローがいないとも限らない。
こんな俺よりも、同じ年代の男の方が話しやすかったりしないだろうか?
この時、初めて俺はマキとの歳の差を意識した―。
…
「わぁーっ!学校の桜もきれーい!!」
今日は中学校の入学式。
私は市立の中学一年生になりました。
式典が終わり、教室に向かうと―。
「あ。席こっちだよ」
さっそく声をかけられた。元気で活発そうな男の子の声だ。
「うんっ!教えてくれてありがとうー!」
そして、予鈴が鳴り慌てて席に着くと。
さっきの隣の席の男の子はこっそり自己紹介を始めた。
それはマキにだけ聞こえるように、小さな声で。それでいてはっきりと、なぜか照れくさそうに―。
「お、おれっ隆志。秋野隆志。よ、よろしく」
「はじめまして。藍井蒔希です。よろしくねーっ!」
にっこり。そうやって私も隣の席の男の子に挨拶をした。
この時はまだ、秋野くんの考えてことが分からなくて。
これから起こる出来事なんて想像することも出来なかったんだ…。
「そt、それじゃ…藍井さん!また明日―」
そう口早に言うと、秋野くんは昇降口に向かって一目散に走り出した。
「―あっ!秋野くん!忘れ物だよう!!」
私は隣の机に置いてきぼりにされていたペンケース持って、秋野くんを追いかけた。
「わりぃ!ありがとうなっ。わざわざ届けてくれるとか…藍井さんて優しいんだな」
ちょっぴり彼の顔が赤らんで見えるあ、今日の天気が良いからだろうか。
作り笑顔じゃないと判るくらい、秋野くんは満面の笑みを私に向けていた。
どうして?と聞きたくなる程、」熱い眼差しで―。
…
「そいつは蒔希が好き好あんだろう」
家に帰って今日の出来事を話すと、けいくんは冷静に言い放った。
「えーっ!まさかぁ!?だって今日知り合ったばっかりだよ?そんなことって…」
「あるね」
今度はじっと私を見て目の前で指を組む仕草をする。
「一目ぼれ」
ぼそっ。ぶっきらぼうに見えたのは気のせいだったのかな?
でも、確かにけいじくんはそんな言葉を口にした。
「ひ、とめ…ぼれ??って…」
唖然として立ち尽くす私。
「一目見たえでその人を好きになることだ―」
「そんなこと…意味ならマキだって分かるよ!」
ムキになって私は大きな声を出した。
一瞬ビックリするけいくん。でも、いつもの様に私を抱き寄せて。
「どこにも行くなよ。そいつのことなんか、絶対好きになるな―蒔希…」
僅かに怒りの感情の様なものが混じっている事を感じ取ったけれども私は、無神経な反応を返してしまった。
「どうして?秋野くんは良い人だよ?正直で真っすぐで―優しそうだし…でも付き合ったりなんて…」
言い訳に聞こえてしまったのかな?言葉を重ねる度、けいじくんの表情が固くこわばっていく様子が見えた。いけない…と思っていると案の定。
「ふざけるな!蒔希は分ってないかも知れないが…俺はお前が…んでもない―好きにしろ」
バタン。そうしてけいくんはリビングから出て、自分の部屋に戻ってしまった。
「…どうしよう、どうして…なんで?」
リビング残された私は動けずにいた。
けいじくんの部屋の隣にある自分の部屋に、なんだか気まずく行けないでいた私は、とうとうソファで寝ることにした。
「少し…寒いな」
春だとはいえ、まだ夜中は冷える。ここにあなたの優しい温もりがあったらいいのに…けいじくんの―。そんなことを思いながら私は眠りについた。
もう電機は消して寝られるようになったんだよ?けいくん…。
一晩中けいくんのことで頭がいっぱいだった。仲直りしたいな…とか誤解を早く解きたいな…とか、もっと心のキョリを縮めたいな…とか―欲張りになってしまう。
目が覚めた私は、両肩に何かがかぶさっていることに気が付いた。
「!?」
それは毛布だった。けいくんがかけてくれた…あたたかい毛布。
「けいくん…っ!これっ、ありがとう…それから―」
駆け寄った私は毛布を渡して謝るつもりだった。が…。
毛布は回収されたけれど、「ごめんね」は言わせてくれなかった。
その代わりに―。
「ごめんな、蒔希。…うまく言えないお、嫉妬してたんだな、きっと。俺はその秋野って奴に。八つ当たりして悪かった。」
さらり―。私は嘘のない瞳で見つめてくれている、愛しい人の前髪をそっと撫でた。自分でもなぜそんなことをしたのか分からない。
「ちょっ…マキ!?」
驚いている慶治を蒔希はぎゅっときつく抱きしめた。
「けいじくんこそ、どこにも行かないでね。すごく…カッコいいんだから…」
そして、俺の両頬を小さな両手で優しく包みこんできた。
「やわらかい…あったかいね。けいじくんのほっぺ」
子供っぽい仕草に大人びたスタイル。そして、いつの間にか俺は。彼女に少女少おりも女の人特有の何かを見出し始めていた―。
その日、俺たちは一緒の布団で寝た。しかも今回はマキが寝付くえではなく―朝までずっと一緒だった。
マキが俺の方に体を寄せてくる度に、なんだかムズがゆくなって寝たフリをしてみたが、どうやら眠れないのはマキ同じ様で―。
「…眠れない。でも、幸せ」
「あぁ」
そんなやり取りをして、俺はマキに手を出す事もせず、マキ安心しきった様子で、やがてすやすやと小さな寝息をたて始めていた。
「好きだ…マキ」
「…ん」
半分寝ぼけているように、相槌を打つ蒔希。
俺は思わずそんな彼女のひたいに、キスをした。
「おやすみ…な」
読んで頂き、ありがとうございました。




