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あこがれのなみだ  作者: あかつきしいか
1/5

家出少女と青年の運命

余計な描写を大幅に削りました。

「ちょっと!なんなのよ一体、こんな時間に」

突然目を覚ました少女は、母親と目も合わさずに

家を飛び出した―。

行き先は決まっていなくて、最悪の場合、野宿か、お金持ちのオジサンに拾ってもらうつもりだった。


ところが運が良かったのか、少女はとある青年の住む家に、転がり込む事が出来たのだった―。


「お兄ちゃん?えっと…なんて呼べばいいのかなぁ?」

警戒心がまるで無いのか、少女は彼に抱き着いて、はしゃいでいる。


おいおい、ここはまだ玄関先だぞ。

少し古いけれど、一応マンションだ。

近隣の住民から苦情が来ないかヒヤヒヤさせないでくれよ。

青年はふーっと溜め息を一つ漏らした。

一応、かくまって、守ってあげても構わない。

でもそれは、女の子の両親が迎えに来るまでの間だ。

青年は頭をかかえ、考えあぐねた。


「ねーねー!おにーちゃんは、カノジョさんとか、いるー?」

そんなこと俺に訊いてどうするんだ?

「残念ながらいないよ。最初からな」

「えー!じゃあマキがおにーちゃんのおよめさんになってあげてもいーよ!」

この時の私は恋なんて知らなくて、ただただふざけていたんだ。

…はい?お嬢ちゃん、何を言っているんだい?

呆然としていると、またなんか…おかしな事を言い出した。


「じゃー、ないんだね?」

くすくす笑う表情が、ほんの少しだけ可愛いと思ってしまった。

「ないって、なんだよ?」


するとマキは、とんでもない事を口にした。

「けーけんだよ。け・い・け・ん!」

ウインクなんてしてらぁ。

このマセガキを生んだ親どもを一度で良いから見てみたいわ。


「マキちゃん?おんなのこは、そういうシモネタは言っちゃダメだよ?」

「えー?どーしてぇ??」

「ビッチだと思われるからだよ」

やけくそに吐いた言葉にハッとして、教育に良くねーとか思ったが、もう遅い。

「びっち?ペットのおなまえ?」


…セーフ。知るわけ無いよな。この歳で。何歳だか知らねーけど。

「ところでマキちゃんは、いくつなの?」

にかーっと笑うと指を揃えて前に出して。

「じゅうにさい!」

―そうやって俺を仰天させた。


なぁ、ひっくり返っちまうぜ。12歳だと!?

背もそんなに無いし、声もアニメ声だし、顔なんて童顔もいいところだぜ?

もう中学生になるじゃないか。

えーと、俺は今…何歳だったっけか。

…19だ。大学生なんていうエリートとは違う。

実家に寄生も帰省もしていない。このちょい古いマンションで悠々自適に一人暮らしをしてバイトで食いつないで生活している。


仕送りなんて、始めからそんなものはない。

親は電話一つ寄越さない。

実質、実態は絶縁状態だ。


友達はいなくはないけど、そんな素性の俺の家なんか、遊びに来たいとは誰も思わないだろう。

どんな「事情」かというと、そう―家出だ。マキとは状況が異なると思うが。

親が決めた就職先に就く事で、大切な―母さんを傷つけてしまう事が耐えられなくて、俺は家にいる事が嫌になったんだ。

そんな事をしても結局…母さんを守れなかったけれどな…。

もしあのまま祖父の会社に収まっていたら、収入も身分も保証されていただろう。

だけれど会社の嫁いびり―つまり俺の母さんへのいじめは増大してしまった事だろう。

だからこれで良かったんだ。きっとこれで…。二度と会えなくても元気でいてくれるのならば―。




どこへ行こうか迷って、補導されないうちに急いで目的地を決めなきゃと焦っていると閃いた行き先があった。そこは一度も来た事のない場所じゃなかった。クラスメイトのさつきちゃんの住んでいるマンションだったから。

エントランスの管理人のおじさんは居眠りをしていたので、すんなり入れちゃった。

さつきちゃんのママに私がここにいるって判ってしまったら不都合だから、マンションの一番奥の棟を目指した。

そして、インターフォンを背伸びして押すと…若いお兄ちゃんが目を丸くして私を見た。

背が少し高くて、こわい人じゃない、優しい感じの人でホッとしたの。



「就職ならうちですれば良い」そう言った親父をぶん殴ってやった俺は、家に居られなくなった。と同時に荷物をまとめて家を出た。

背後には親父の怒鳴り声と母さんの悲鳴。好きで長男に生まれた訳じゃないのに、羨ましそうに見ている弟の視線とか、もううんざりしていた。


深夜のコンビニのバイトで貯めた金で、とうとう俺は中古のマンションに身を移す事にした。

そこでまさか運命を大きく変える出会いが有るなんて。

この時はまだ…知る事もなかったんだ―。


内情を知ったら、そんな俺を噂したり、変な目で見たり、目の前でヒソヒソ話をしたりする人間ばかりだろう。

目の前にいる、ちっちゃな12歳を除いては―。


「おにーちゃん!おなまえ、そろそろ教えてくれても良いよね?」

欲しくてたまらないオモチャをおねだりする姿が重なる。

「けいじ。まつおか・けいじ。好きに呼べ」

ぶっきらぼうに言い捨てると、マキは機嫌を悪くする事もなく。

むしろ、名前を教えてもらえて余程嬉しかったんだろうという

向日葵みたいな笑顔をこちらに向けた。


不覚にも、かわいいなって…ええい!俺は何を考えているんだ!!

相手はまだ小学生だぞ。犯罪だぞ。惚れてなんかねーよ。

この歳で。ロリコンになっちまうのだけはカンベンだぜ。


ありえねー。

…それに。俺は…。

誰だって言えない心の悩みや、

闇はあるよな。心のどっかにさ―。


「マキ」

そう、呼んでくれたひと。

大好きな名前をくれたひと。

きれいな、髪の長い女のひと。

やさしいお家に、「ただいま」って。

あなたを喜ばせたかった。

もっとそばで、あそぼうよ。

わたしを産んでくれた母のこと。

知らないとでも思った?

大人は嘘ばかりつくよね。


「お母さん…行かなきゃ!」

早朝五時。私は夢を見て目を覚ました。

懐かしいお母さんの夢。

私の本当のお母さんに会えた夢。

もし今、外に出たら…会えるかも知れない。

「けいくん…ごめんね」

蒔希(まき)はサンダルをつっかけると、玄関のドアをそっと閉めた―。




「お母さん!お母さん!いるんでしょう?私、蒔希だよっ!?」

私は探した。走る。右を見る、いない。左を向く。見当たらない。

気が付いたら見た事のない公園まで来ていた。

こんな早い時間、誰一人いやしない。

判ってる。ううん、判っていなかったのかも知れない。

完全に夢と現実の見境がつかなくなっていた。

日が昇り、今自分が見知らぬ公園で居る筈のない母親を探していた事に気が付いた少女は、不意に青年の笑顔を思い出し、はっとした。



「けいくん…どこ!?どうしよう…わたし、迷子になっちゃったよ!?」

本当のお母さんは見つからなかった。でも慶治(けいじ)くんには私を見つけてほしい。。

それは私をかくまってくれているからだけじゃない。わからないこの気持ち。

「慶治くん…っ!マキはここだよ!?さがして…っく…ごめんねぇっ…」

私はバカだ。あんなに守ってくれる人がいるのに、一人でいなくなるなんて。


公園では小さい子供がお母さんにベビーカーを揺らされて気持ちよさそう。

「―マキにも本当にお母さんがいたのかな…」

家出してきた家の母親はお父さんの後の奥さんで、妹の雪乃(ゆきの)ちゃんの本当のお母さん。わたしの本当のお母さんは家を出てどこかで暮らしてるって聞いた。会いたいよ、お母さん…!

私は公園の時計台の前で、膝を抱えて泣きじゃくり、何度も何度も慶治くんの名前を呼んでいた…。




「やべー、眠れねぇ…。げっ、まだ五時半かよ…。ん…?マキ?」

目が覚めたらマキが居なくなっていた。

「!おおい、どうしたんだよ!?マキ??」

ガバッと起き上がり、俺は急いで早朝の街に出た。


「マキー!マキ!マキ!!!」

ちっくしょう、何処にもいねー。

警察に連絡した方が良いのかな、これ。

っていうか、あいつの親は何してんだよ。

娘が家出したっていうのに。

放置かよ。ふざけんな!

俺は頭に血が普段の何倍も上り、怒りが今にも爆発しそうな状態だった。


「…くん、けいくん…っく…ううっ、ごめんなさああい!!!」

あの時と同じ様に、マキは俺にしがみついて来た。

「何してんだよ。帰るぞ」

そして再びマンションに向かおうとすると。

「けいじくん。マキ、もうお家には帰りたくないの」

うつむいて水たまりを凝視していた瞳に、今度は別のものが映り込む。

「どういう意味だ?」

俺の処にいるのが嫌なのか?だったらもっと早く言えよ。

情が湧いたら困るだろ。

だが違ったんだ。

マキは…。

「マキ、けいじ君と、ずっと一緒が良いの。もうあの家には帰らない!」

そうしてまた、おれの両腕をつかむ。

さっきよりも強い力で。

震えているから寒いのかと思って、俺は自分のコートを脱いでマキに引っ掛けてやろうとするが。

服の裾を引っ張られた。

「どうした?寒いのか」

小さく首を振る。

どうしたものかと頭の中でパズルを解き始めるが。

「けいじ君のお家がいいの。けいじくんと…たいの」

「え?なんだって?よく聞こえな―」

なんだよそれ。変に大人びたりしてないだろうな。

そわそわ、びくびく。

挙動不審にふら付いていると、マキが口を開いた。

「もう遅いから…ふわぁああ…ねむいのぉ」

…なんだ、そういうことか。

おかしな事を考えちゃって、俺ってやっぱりどうかしてるのかね?

12歳の幼い少女に疑似恋愛らしき感情を漏らすなんて。

非常識すぎるね。まったく。

自分で自分が見えていないと思うよ。

鏡は何処にだってあるのにね…。

でも…。


この娘だけは、守ってやらないとな。

俺しか…いないんだし。

まぁ、今のところ。

素直だし、まっすぐで。

こんな妹がいたら、楽しいだろうな。

何しろ俺は、弟しかいないからな。

この時はまだ俺はマキの心の闇に気がついていなかった―。




きょうだいって、いた方が良いのかなぁ?

なんかよく分かんないや。

「マキ、トイレ掃除やっといて」

まただ。別に嫌じゃないし、お掃除は好きだから。


「うん。ユキノちゃん。お二階も?」

「当たり前でしょ!全部キレイにしとかないと、お母様に言うわよ!?」

さっきまで勉強してたのかな?

分厚い辞書が顔面目がけて飛んできた。

「キャッ!なにするのユキノちゃん!!」

「あんたが邪魔なだけよ。用がないならさっさと出てって」


いつもこう。ユキノちゃんは私の妹で、頭も良くて、おしゃれで、とっても素敵。

私なんか、新しいお洋服を買ってもらうのに、家の事を全部やらないと駄目だから。

比べられたり、試されたり。

不公平だって、ずっと思ってたの。

でも、ユキノちゃんは優しい…と思いたいな。

私が膝を擦りむいてケガをした時に、ちゃんと手当をして。

「大丈夫?今、消毒してあげるから」

あの時だけだったけれども、ユキノちゃんは優しく手当てをしてくれたんだよ…?。

私の大切な妹。あの子はまだ、たったの10歳。




乙女じゃないんだが…。

ここ最近、ずっと頭から離れない奴がいる。

…マキだ。マジで悔しいが、あいつは可愛い。

隣にいたら、どういう関係だと周りに思われるだろうか。

俺はただ、万が一の事があった時の為に、考えているだけだ。

決して下心などない!

神にも仏にも観音にも誓える。

キリストにだって、マリア様にだって、お稲荷さんにだって。

八百万の神様たちに、誓うことが出来るはず。

マキは純粋だ。ちっとも穢れてなんかいない。

真っすぐな目で、俺の事を見てくる。

見つめられてると、ドキッとするから。

出来れば止めてほしいのだが…。

まだそーゆう感覚が分かってないようで。

しょっちゅう凝視しては、あの大きな向日葵みたいな笑顔を咲かせて来やがる。

無下には出来ないよな。可愛いし。

マジ、可愛いし。

他の男にはもったいないし、俺のだからな。

誰にも渡さねー。


…あれ?俺、マキの事…そんな風に。

恋だとか、愛だとか。

縁がないと思って生きて来たのにな。でも…。

マキだけは特別だ。守ってやりたい。

たとえあいつの親が迎えに来ても―。

返したくない。

ずっと俺のマキでいてくれよ。

何だってするからさ…。

そして俺は、あっと言う間に。

アオイ・マキに恋をした。




年上が好きとか、そんな話した事なくて。

お兄ちゃんが欲しかったとか、そんな事もなくて。

運命なんて、誰かが操作してるものだと教えられた私は。

そんなものを信じる事をやめてしまったんだ。

だけどね…出会ってしまった。

私を密林から助け出してくれたヒーロー。

大好きになっちゃった。

腕を掴むのが癖で、泣き虫で。

すぐに家を飛び出す私を隠してくれた。

カッコいい男の子。

マツオカ・ケイジくん。

大好きな、大切な。優しい青年。

私をここに、ずっとずっと居させてと。

あなたの心のおうちにも、いさせてほしいな。




なによ。自分ばっかり責められてると思って。

私だって苦労してるんだから。

お父様とお母様だけじゃなくて。

おばあ様にも気に入られていなくちゃならない。

そんな荷物をずっと背負って生きて来た。

私の気持ちが解る!?

泣きたいのに泣けない場所で、過ごしていくしかない現実。

マキは苦しまなくて良いよね。

跡取りでもなんでも無いのだから―。




最近ユキノちゃんと会ってない。

ケイジくんのお家で生活するようになってから、電話も手紙も来ない。

音信不通っていうのかな。きっと心配なんてしてくれてないよね。

ユキノちゃんも、私がいない方がいいと思ってるよね。





寝顔…可愛いな。やっぱり。

俺は眠さに耐えられずにソファに横になったまま、眠ってしまった娘を、

寝室へ運ぼうと立ち上がる。

ホントはずっと、こうして寝顔を見ていたいんだが。

それじゃ俺がロリコンみたいに映るから、勿体無いがやめておく事にした。


サラっと、前髪を撫でてみる。

起こさないようにしなくちゃな。マキ。

おやすみ、と。

電気を消したら騒ぎ出した。


「やーだー!真っ暗こわいよぉ!!けいくん消しちゃダメぇ!!!」

駄々をこねられた。

「わかったよ。明るくするからしずかにしてろって」

おびえるマキを俺が窘めると、カチッという音を合図に。

マキが安心しきって体を寄せて来た。

「けいくん、ありがとう。あつたかーい!」

ばかやろぅ。お兄ちゃんじゃないんだぜ。

「はいはい。良い子は寝る時間だよー。俺は床で寝るからマキはちゃんとベッドで寝るんだぞ。いいな?」

「えー。いっしょがいいのにぃ…」

しょぼんとする12歳を、ついつい甘やかしてしまいそうになるが、心を鬼にして。

「もう一人で寝られるだろ?12歳は子どもじゃないんだよな?」


俺はかつてマキが出会った頃に口癖にしてた、「もう12歳だしちゅうがくせいになるんだもん。だからマキは子どもじゃないんだよ!」

というセリフを悪用してやった。

「ううーっ…どーしても、ひとりじゃなくちゃだめなのぉ?」

「けいくんがいいなぁ。いいなぁ。いいなぁー」

…この調子じゃまったく寝てくれなそうだ。

仕方ないか…。

「今日だけだぞ。マキが寝るまでの間だけ、そばで寝かせてやる」

「わぁい!けいじくんだいす…ちがうもーん!」

スリッパをパタパタさせながら真っ赤になってるし。

言い切って欲しかった俺はやっぱりロリコンか?

あんまり触られると、どうにかなりそうだぜ…。

結局、その夜はドキドキしてあまり眠れなかった。




何かを読んでいる。本?いや、雑誌みたいだな。

マキが真剣に目を落としている先を見てみると。

そこには思わぬ風景が俺の瞼に映り込んできた。

「この服かわいい!」

無邪気に笑い、雑誌のモデルが着ているワンピースを指さすマキ。

「これか?短いな。パンツ見えそうだな。マキにはまだ早いんじゃないか?」

淡々と俺はマキの手からファッション雑誌を取り上げて批評してやった。

「ひどーい!マキだって、12歳なんだから!もうすぐ中学校に行くようになるんだからね!!けいくんには見せてあげないよーだ!」

舌を出す。可愛いなあ。

それでも俺はパンツが見えてしまいそうな、ハレンチな服装を、マキにして欲しくなかったんだ。

まるで保護者だな。なんか、父親みたい。

兄貴というよりは―。




おれんじいろのー、お飲み物??

マキは不思議そうに、向こう側にいるケイジに。

ガラスのコップに野菜ジュースを注ごうとした。

が、野菜ジュースの入ったガラス製のコップは回収された。

「なにするのー!?」

「マキちゃんは、こっち」

ケイジが指し示したのは、プラスチックの小さいコップだった。

うさぎのイラストが目立っている。

「えー。それじゃあ赤ちゃんみたいだよぉ。マキはもうアダルトな世代に入って来てるじゃん?そーゆうガキんちょみたいなのはムリだしぃー」

…誰だ。そんな言葉を教えた奴は。

ムッとした俺は、更に続けて少女を諌める。

「割ってケガでもしたら危ないし、大変だろ!?後始末をする俺の事も少しは考えろ!それにな、その言葉遣いだけど俺の前では使うな。するな。わかったか!?」

「…はい。もうしません」

うつむいた彼女の目には水滴が付着している様にも見えた。

俺は…悪くはないよな?正しい事を言ってるだけだし。

マキが良くない事をして叱るのは、いけない事なのか?

今は、今だけは…俺にしか出来ない役目で。

本音は、お母さんに叱って欲しかったんじゃないのか―?




ケイジくんに怒られちゃった。

思い出す。ナミダが出てきちゃう。

悲しいよぉ。さびしいよぉ。苦しいよぉ。

マキ、慶治くんに嫌われちゃったのかな?

やだ。そんなの嫌だよ!

マキがわるいのは解っているから、

ごめんなさいをすれば、いいんだよね―?

そうすれば、また慶治くんは笑って。

マキのことすきになってくれるよね?

おうちに帰って来られるよね…。

あれ…?すきって、どういうことなの?

「好き」

呟いた瞬間わたしの頭の中に浮かび上がったあなたの寝顔に。

伝えたいと思いがこみ上げてきた夏の夜―。




ヤベエ、言い過ぎたな。

さすがに12歳にアレはキツかったかもな、

けど俺は見てたんだ。あのひとがガラスの破片でケガをして

血が出てて、かわいそうで、誰も助けてやらなくて。

自分一人で、手当を全部して。

何事も無かったかの様に、笑顔をつくっていた事も―。

5歳の俺には理解できない、親族の事で悩んでいたみたいだったし。

俺って生まれて来て、本当に良かったのか?

誰にも存在を否定されてないって、心から言えるのだろうか?

あのひとにも、迷惑をかけているんじゃないかって―。

時々、いや、いつも。

心の中で記憶を追いかけているんだ。

あのひとにまた会えるなら。

俺は、なんだってする。

距離が邪魔をしても、そんなもん関係ない。

幸せはいつも、遠くにあるものなんだ―。

おまえも幸せになれよ。

蒔希。いい名前だよな―。




俺がそんな事をぼんやりと考えていると、蒔希が普段は見せない様な真面目な顔をして口を開いた。

「あの、慶治くん…蒔希はあなたに大事な話があるの。でも、その前に…話しておかなきゃいけないというか、慶治くんに知っていて欲しい事があるの。聞いてくれる?」


それはとても真剣な眼差しで、俺は圧倒されつつ、頷いた。


こくり。蒔希は大きく息を吸って、頷いた後ゆっくりと語り始めた。

蒔希の家庭が複雑で妹や継母との確執がある事。

妹に嫌われているのではないかと悩んでいる事。

そして―遠くの公園まで実の母を探しに行った事。


大事な話というのは、母親が行方不明だという話だと思った俺は意表を突かれた。

話にはまだ続きがあって―。


「私はこんな人だけど…けいじくん、あなたが好きです」

真っ直ぐに俺を見つめ、瞳を涙でいっぱいにしながら、震える指と声を必死で抑えながら。俺は蒔希に告白された。



どうしよう…ときっとお互いがそう思っているだろう。

話しておかなくてはならないことがあるのは俺も同じで。

蒔希は言ってくれた。こんな俺のことを好きだと。

でもそれは、俺がかくまってあげた恩や兄の様に慕っていることを恋心だと錯覚しているだけではないか?


俺は怖くなった。蒔希に嫌われることを。全てを話したら嫌われてしまうのではないかと。

だが俺だって…。彼女の嘘のないきれいな涙を見ていたら決心がっいた。


「蒔希っ…!」

俺は彼女の涙を拭いて強く抱きしめた。

「話してくれてありがとう、つらかったな…その…返事をする前に、俺も話しておかなくてはならないことがあるんだ…」

「うん…聞くよ…さいごまで」

蒔希の鼓動と俺の鼓動が重なって、ドキドキが加速する。


「俺の家は会社をやってる。継げば金には困らない。でも長女で嫁に来た母さんは本当は自分の家の家業を継ぐはずだったんだ。

でも金で利用されて、それに耐えられなくなった母さんは家を出てしまったんだ。それで俺は怒って家を飛び出して、今ここに暮らしてるんだ。悪い息子だろう?俺なんかより蒔希には相応しい奴がいるよ。だから…」


蒔希に言い聞かせたつもりだったが。

「…けいじくん…どうして泣いているの…?」

無意識に俺は涙を流していた。

「さ…さぁ?花粉症かな」

「今八月だよ…?」


じっと見つめて首を傾げつつも、まだ泣いている少女を再び抱きしめて。

「目、とじて…」

そう慣れないせりふを口にして。

「!?」

もっと慣れないキスをして。

「好きだ…!」

「俺も蒔希のことが好きだ」


瞬間、蒔希は大粒のキラキラ光る涙をこぼした。

愛する君のあこがれのなみだ―。




「松岡 慶治だ。好きなように呼べ。」

そう自己紹介をしたのは、いつだっけか。

「藍井 蒔希だよぉ。けいくんかぁ。よろしくねぇ!」

そう名乗ったのは一度きり。


恋なんて、知らないで育った私たちは

愛なんてものに、振り回される日が訪れるとは思いもしなかった―。

二人の未来がどうなるかなんて、誰も知らない。


誰も聞いてこない。

誰にも話さない。

だれにも言わないで―。

守っていくって決めたから。


愛し続けると誓いを立てたからー。


時に祈るの。

あなたの無事を。

きみの帰りが遅くならないように。

とらわれて、戻って来られない状況を。

つくってしまうことのないように―。


…。

「…起きたか?」






第一部、完。

読んで頂き、ありがとうございました。

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