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とあるギルドの受付嬢の一日 ~剣と魔法と書類に判子~

……………………


 君は冒険者ギルドの受付職員に採用された。


 明日より、冒険者ギルド・ドーフェル支部において職務を開始するように。


 受付で行われる主な業務はクエストの受注、クエスト達成手続き、新規冒険者登録の3つである。詳しい業務内容については、受付業務マニュアル(注:部外秘)を参考せよ。


 いかなるミスも許されない。ミスを犯した場合は罰金が給与から差し引かれる。


 受付業務時間は9時から16時である。


 全ての冒険者たちに幸あれ。


……………………


……………………


 ローベルニア王国、地方都市ドーフェル。


 一言で言うなら酷い田舎である。市場は狭いし、大衆食堂は1軒だけ。まともに買い物をしようと言うなら、この都市を出て隣町まで行く必要がある。


 しかし、そんな田舎にも栄えある冒険者ギルド支部が存在する。


 なぜなら、ドーフェルの近くには複数のダンジョンが存在しており、それを攻略せんとする冒険者たちが集まっているからだ。


 冒険者!


 冒険者とは一言で言うならば、ロクデナシである。


 数ある職業の中でわざわざ冒険者などと言う不安定な職を選んだ連中に、まともな奴はいない。皆無である。前科持ちのもの、精神に問題があるもの、経済的に問題を抱えているもの。そういう人間が冒険者となるのだ。そうに決まっている。


 そんな冒険者たちが所属する冒険者ギルド。


 その受付業務は過酷である。なにせ、そのロクデナシたちを相手に、正面から戦うのだから。


 さて、そんなことでドーフェルの冒険者ギルドを覗いてみよう。


「本日の受付業務を開始します」


 9時丁度に受付のシャッターが開いて、受付業務を行う人物が姿を見せた。


 黒髪をショートヘアにまとめ、分厚いレンズの眼鏡の向こうに神経質そうな青い瞳を鈍く輝かせた女性。ギルド職員の緑と白の制服には“ベルティルデ・バウマイスター”という名札を付けている。


 彼女がこのドーフェル支部のたったひとりの受付職員だ。


 シャッターが開き、受付カウンターの脇にあるマジック・タイプライターと警備ゴーレムが重低音を響かせ起動し、受付業務が開始された。ベルティルデ嬢の一日の始まりである。


 シャッターが開いたのと同時に、最初の冒険者が姿を見せた。


「クエストを達成した。ゴブリンの討伐クエストだ」


 安物の皮の鎧に身を包んだ男が、そうベルティルデ嬢に告げた。


「では、ギルドカードとクエスト受注書類、依頼主からの達成通告書をお出しください」

「ええっと。これでいいよな?」


 ベルティルデ嬢が言うのに、男は顔写真と名前に冒険者ランク、そして有効期限が記されたギルドカードを出し、次に各種書類を懐から出して、ベルティルデ嬢に見せた。


「確認させていただきます」


 まずはギルドカードで身元確認を行う。偽のギルドカードでないかどうかは、印章などで判別し、本人かどうかは顔写真で確認する。


 次にクエスト受注書類と達成通告書の確認だ。


 ギルドで保管しているクエスト受注書の写しと本人が持ってきたクエスト受注書、そして達成通告書の依頼主の筆跡を確認し、そして押された通し番号から達成通告書が偽造でないか確認する。


 けしからんことに、達成通告書を偽造して、達成していないクエストの報酬を受け取ろうという不届きものがいるので、確認は念入りに行われる。これも冒険者がロクデナシであるがためである。


「確認しました。では、これを持って銀行へどうぞ。それでは」


 全ての書類を念入りに、2時間かけて確認したベルティルデ嬢は、クエスト報酬を引き下ろせるチケットを男に渡し、長い間待たされていた男はようやく報酬を手にすることが出来たのだった。


……………………


……………………


「次の方、どうぞ」


 ベルティルデ嬢が読み上げソフトのような平坦な口調で告げるのに、次の冒険者が受付カウンターにやって来た。


「クエスト達成だ! オークを5体にトロールを10体! あの忌々しい連中を全滅させてやったぞ! 俺たちの勝利だ!」


 先ほどの男とは体格も装備も大柄で高級な男が胸を張ってやってきた。


 オークとトロールは魔物だ。ダンジョンから湧き出てきて、村落を襲ったり、家畜を盗んだりする迷惑な存在だ。オークもトロールも人間の何倍もの身体能力を持っている重大な脅威だ。もっともオツムの方はどちらも、いまいちである。


「では、ギルドカードとクエスト受注書類、依頼主からの達成通告書をお出しください」

「ほらよ! すげえだろ!」


 男は豪快に笑いながら、ギルドカードと書類を乱雑にカウンターにぶちまけた。


 ベルティルデ嬢は眉を小さく歪めて、それを神経質な手振りで綺麗にキチンと整えると、確認作業に入った。


 そして、早速不備を発見した。


「ギルドカードの有効期限が切れていますね」

「何だって?」


 本日は青暦1675年9月9日だが、男のギルドカードの有効期限は青暦1675年9月3日となっていた。


「有効期限切れのため、このクエストは無効になります」

「おい! ちょっと待てよ! そんな話があってたまるか!」


 ギルドカードは定期的な更新が必要となる。有効期限切れのギルドカードでは、クエストの受注も報酬の受け取りも行えない。


「俺たちがどれだけ苦労して、あの怪物と戦ったのか分からないのか! 3ヶ月も戦ったんだぞ! たった6日超過してるぐらい、構わないだろう!」

「規則ですので。では、次の方どうぞ」


 男が抗議するのに、ベルティルデ嬢はそう返して、さようならと手を振った。


「ふざけんな! この金が入らないと、俺たちのパーティーは──」

「警備ゴーレム。この方を出口まで」


 カウンターから身を乗り出して叫ぶ男の首筋を、警備ゴーレムが掴んだ。


「おい! 畜生! 離せ!」

「今後はギルドカードの有効期限に気をつけてください。それでは」


 叫ぶ男を警備ゴーレムがつまみ出し、ベルティルデ嬢は次の冒険者を受け入れる準備を始めたのだった。


……………………


……………………


「次の方、どうぞ」


 ベルティルデ嬢のどこまでも平坦な声が響き、受付カウンターに冒険者が現われた。


「あ、あの、ここで相談するべきことではないと分かっているのですが……」


 そう言って姿を見せた音は焼け焦げた跡の残るプレートアーマーに長剣を下げて、憂鬱そうな顔をした青年だった。


「どのようなご用件でしょうか?」

「仲間と一緒にダンジョンに潜ったんです。地下5層を目指してたんですが、珍しく上手くいったんで欲を出して7層に挑んだんです」


 青年が肩を落としたまま語り始めるのに、ベルティルデ嬢は時計の方を見ていた。1秒ごとに指でトントンとカウンターを叩いているのだが、俯いている青年は気づいていないようだ。


「そうしたらミノタウロスに出くわして……俺以外のパーティーのメンバーは全滅してしまって……」

「手短にお願いします。後が混んでいますので」


 呟くように語る青年にベルティルデ嬢が淡々と促した。


「ああ、すいません。それで、仲間を蘇生させたいんですが、蘇生費用が足りなくて、ちょっとお金を……」


 蘇生。この世界では金さえ払えば、死んだ人間も──よほど酷い状態でない限りは──蘇ることができる。蘇生魔法の使える魔術師や聖職者が、蘇生を請け負っていた。


「冒険者保険には加入していますか?」

「……いいえ。冒険者になったばかりで、余裕がなくて……」


 冒険者の仕事はリスキーだ。傷を負ったり、死んだりしたりする。そう言う場合に備えて、冒険者ギルドでは保険サービスを運営してた。毎年、保険費を納めれば、いざというときに助かるのだ。


「では、お手伝いできません」

「そこを何とかお願いします! 本当にいい仲間なんです。ドミニクは最近恋人が出来たし、パトリックは腕がいい魔術師で、ルディは俺の幼馴染で……」


 青年が頭を下げて、ベルティルデ嬢に頼み込んだ。


「そうですか。なら。これをどうぞ」

「これは?」


 青年の語る話を聞いたベルティルデ嬢が引き出しから一枚のチラシを出して渡すのに、青年は首を傾げた。


「葬儀社です。冒険者ギルドの協賛企業ですので、割引が効きます。それでは」


 話は終わりだというように、ベルティルデ嬢は手を振った。


「……はあ……」


 仲間を失った青年はガックリと肩を落とすと、受付カウンターから去っていった。


……………………


……………………


「次の方、どうぞ」


 ベルティルデ嬢がどこから声を出しているのか分からないほどに淡々と告げるのに、次の冒険者が受付にやって来た。


「クエストを受注したい」


 現われたのは熊のような髭とバサバサした髪で覆われた大男だった。男の目には固い決意と執念の色が燃えていた。


「ギルドカードとクエスト受注書類をお出しください」

「これだ。この仕事を受けたい」


 男は自分のギルドカードとクエスト受注書類を受付カウンターに置いた。


「どうしても、この仕事を受けたいんだ。こいつは俺の宿敵なんだ」


 クエストの内容は魔狼の群れの討伐だった。“片目のギル”と呼ばれる魔狼が率いる群れを、村の傍から追い払うか、殲滅するのがクエストの内容だ。


「“片目のギル”。こいつをずっと追っていた。俺の生まれ育った村を襲った奴で、こいつを殺すために冒険者になったんだ。奴と戦うのはこれが最初じゃないぞ。これまで30回、奴と戦った。だが、まだ倒せていない。それで今度こそは──」

「残念ですが、クエストは受注できません」


 男が熱を持って語るのに、ベルティルデ嬢が冷たい言葉を流し込んだ。


「なんでだ!?」

「同種のクエストで30回失敗しています。ペナルティとして、今後1年間は同種のクエストの受注が禁じられます」


 冒険者が仕事に失敗することはある。


 そのペナルティは自分の命で支払うこともあるし、冒険者ギルドの規則によって罰されることもある。今回は後者であった。


 クエストに何度も失敗した場合、ペナルティとして同種のクエストの受注が一定期間制限される。魔獣退治のクエストの場合、難易度にもよるが、30回も失敗したら、当然その規定に引っかかる。


「30回目の失敗の際に説明があったと思いますが」

「そんなもの覚えてねえ。俺はこいつを殺したいんだ。クエストを受けさせてくれ」


 ベルティルデ嬢が告げるのを無視して、男はクエスト受注書類を叩いた。


「1年後にまたどうぞ。その間、別種のクエストでしたら受注可能です。それでは」

「クソ野郎!」


 男は罵倒の言葉を吐きながら、受付カウンターから去っていた。


 追記すると、“片目のギル”と呼ばれる魔狼は3日後に地元の猟師が偶然、しとめることとなった。大柄な魔狼だったが、傷だらけで毛皮は使い物にならず、二束三文で売り払われたそうだ。


……………………


……………………


「次の方、どうぞ」


 読み上げソフトの方がまだ感情が篭っていると思える声で、ベルティルデ嬢が次の冒険者を出迎えた。


「こんにちは!」


 現われたのはカウンターからようやく顔が見えるぐらいの、小さい背丈の子供がふたりだった。ひとりは皮の鎧姿の少年で、もう一方はローブ姿の少女だ。


「僕たち冒険者になりに来ました!」

「では、現在の身分を証明できる身分証明書と出生証明書をお出しください」


 元気のいい声で少年が言うのに、ベルティルデ嬢が淡々と述べた。


「はい!」


 少年は背伸びして受付カウンターの上に、領主が発行する身分証明書と出生証明書をふたり分、並べた。


 出生証明書には氏名と誕生日と出生地、そして両親の名前が記されている。領主の印を確認し、それが本物だと判別したベルティルデ嬢は書類の項目を丁寧に確認した。


 そして、結論を述べた。


「残念ですが、冒険者登録は行えません」

「なんで!?」


 ベルティルデ嬢が書類を突き返すのに、少年と少女が驚きの表情を受けべた。


「冒険者登録が行えるのは満16歳以上です。あなた方はその年齢を満たしていません」


 出生証明書から判別されたこの少年と少女の年齢は10歳だ。まだ、冒険者ギルドが規定している年齢を満たしていない。


「そんなの関係ないよ! 僕たちは大人にだって勝てるんだから!」

「そうだよ! 私の魔力はAランクだし、攻撃魔術は何でも使えるから!」


 子供特有の甲高い声で、少年と少女が抗議の声を上げた。


 たまにいるのだ。大人顔負けの戦闘技能を持った子供が。なぜか生まれたときから人生設計でもしているように訓練し、なぜか魔力が高いというそういう人種が生まれるのだ。気味が悪い話である。


「そうですか。6年後にまたお越しください」


 だが、冒険者ギルドの鉄の規則の前には、膨大な魔力も無意味である。


「お願いします。お母さんとお父さんが病気で、僕たちが冒険者になって稼がなきゃならないんです」

「そうですか。大変ですね」


 少年と少女が必死に潤んだ瞳で頼み込んだが、ベルティルデ嬢の視線は時計に向けられていた。細い指が1秒ごとにトントンと受付カウンターを叩く。


「……冒険者にならなくても、ダンジョンに潜ってもいいですか?」

「ダメです。冒険者登録が行われていないものが、国に指定されたダンジョンに侵入するのは犯罪となります」


 少女がオズオズと申し出るのに、ベルティルデ嬢は冷たく返した。


 ダンジョン探索は冒険者ギルドの独占事業である。国から与えられた特権であり、あらゆる法律がその独占を守っている。


「でも、お金が必要なんです。どうにか冒険者に登録させてくれませんか?」

「6年後にお越しください。それでは」


 少年が頼み込んだが、ベルティルデ嬢は手を振って話を打ち切った。


 少年と少女は顔を向き合わせて、深い溜息を吐くと、肩を落として受付カウンターから去って行った。


 いくら強かろうと、いくら魔力があろうとも、子供ではどうしようもない。冒険者にならずに傭兵になるという道もあるが、傭兵団だって、子供は低賃金の荷物もちにしか使わない。


 病気の両親を抱えた彼らにできるのは、剣術も魔力も関係ない普通の仕事の下働きをすることであった。


……………………


……………………


「次の方、どうぞ」


 実は機械なんじゃなかろうかと疑いたくなるような、淡々とした声でベルティルデ嬢が列に並ぶ冒険者を受付カウンターに導いた。


「冒険者登録に来ました」


 現われたのは買ったばかりだろう、新品の鎖帷子の鎧を纏った男だった。


「では、現在の身分を証明できる身分証明書と出生証明書をお出しください」

「どうぞ」


 男はベルティルデ嬢が指定した書類を受付カウンターに置いた。


 領主の発行した身分証明書と出生証明書。領主の印に問題はなし、年齢に問題はなし、国籍に問題はなし、氏名に──。


「身分証明書と出生証明書とで、氏名のスペルが1文字違いますね」

「あれ? そうですか?」


 ベルティルデ嬢が問題の場所を指差すのに、男の顔が僅かに青褪めた。


「書類の不備のため、冒険者登録は行えません」

「そんな! この書類を揃えるのには銀貨2枚も支払ったのに──」


 そこまで口にして、男が自分が言ってしまった言葉に固まった。


「銀貨、ですか。証明書の発行は通常銅貨5枚で済むのですが」

「い、いや。これはその……」


 ベルティルデ嬢が眼鏡のレンズの向こうから青い瞳で、うろたえている男をジッと見つめた。


「す、すいません! 書類を取得しなおしてきます!」

「警備ゴーレム。彼を拘束してください。書類偽造の疑いがあります」


 銀貨を払って手に入れた書類を放って逃げようとした男に、警備ゴーレムが体当たりして取り押さえた。


「ぎ、偽造したんじゃない! ただ、ちょっと不備があるだけで……!」

「公文書の偽造は大罪です。警備部隊に通報しました。彼らが来るまで、あなたの身柄はここに拘束されます。これは冒険者ギルドに与えられた正当な権限によるものです」


 警備ゴーレムに両腕を捕まれた男が叫ぶのに、ベルティルデ嬢は淡々と告げて受付カウンターに“業務停止中”の看板を下げた。


 結局のところ、男の用意した書類は偽造だったことが発覚し、ついで領主の印が一時的に盗まれて、偽造されていたことも発覚した。何百と言う偽造書類が出回っている可能性が浮き上がってきたのだった。


「ご協力に感謝します」

「当然のことをしただけです。それでは」


 男の身柄を拘束しに来た警備部隊の指揮官が礼を述べるのに、ベルティルデ嬢は短くそう答えて、“業務停止中”の看板を引き上げた。


 やはり、冒険者になろうなどという奴はロクデナシがほとんどなのだ。


……………………


……………………


「次の方、どうぞ」


 地獄の最下層にあるというコキュートスから響いてくるような冷たい声で、ベルティルデ嬢はまた冒険者を受付カウンターに導いた。


「ここ、冒険者ギルドですよね?」


 現われたのは奇妙な格好の男だった。何かのデフォルメした人物の絵が書かれた奇妙な柄のシャツに、見たことがない生地で出来た青色のズボンを身に纏い、腰には黒い長剣を下げていた。


「そうですが、ご用件は?」

「おお! マジで、冒険者ギルドあるのか! 流石は異世界だぜ!」


 ベルティルデ嬢が男の質問に答えたのに、男は急に興奮しだした。


「俺、冒険者になりたいんですけど!」

「では、現在の身分を証明できる身分証明書と出生証明書をお出しください」


 男が満面の笑みを浮かべて言うのに、ベルティルデ嬢は氷のような表情で定型通りの言葉を返した。


「え? そんなのいるの? というか、普通ギルドカードが身分証明になるんじゃ……」

「必要な書類がないようでしたら、準備してまたお越しください」


 うろたえる男にベルティルデ嬢は、冒険者登録に必要なものを記したパンフレットを男の方に渡してそう言った。


 身元の証明できないものは総じて犯罪者などのロクデナシである。そういった人間を国の認可を受けている冒険者ギルドが受け付け、公的な身分証明ともなるギルドカードを発行するなど論外である。ロクデナシはもう間に合っているのだ。


「み、身分証明はこれじゃだめですかね?」


 渡されたパンフレットを見て唸りながら、男はズボンのポケットから一枚のカードを出した。


「……どこの文字でしょうか、これは?」

「日本語です。これは運転免許証」


 ベルティルデ嬢が見たこともないカクカクした文字の並ぶカードを見て尋ねるのに、男は聞いたこともない言語を告げた。


「残念ですが、当支部では冒険者ギルドと協定を結んだ国家が発行した身分証明書のみを受け付けております」

「いや、そう言われても……」


 運転免許証を押し返された男は、どうしていいやら呻いていた。


「ホラ、魔力測定とかあるでしょ? 俺って魔力が高いってステータスに表示してあるし、ギルドに加えてくれたら大活躍するって。魔王とかドラゴンとか倒しちゃいますよ?」

「冒険者登録においては魔力測定は行いません。身分証明書と出生証明書を揃えてから、またお越しください」


 食い下がる男にベルティルデ嬢は冷たく返し、時計に目を向けた。


「お願いしますよ。テンプレでしょ、こういうの。それに俺はこの魔剣で勇者になるって言われてるんだよ。そう、神様に!」

「そうですか。では、これをどうぞ」


 男が腰に下げた黒い長剣を指示して自信満々に告げるのに、ベルティルデ嬢は引き出しから一枚の紙を取り出して差し出した。


「何これ?」

「最寄りの精神科病院の案内です。それでは」


 ギルドの引き出しにはこういった精神科病院の案内が準備してある。


 なぜなら、こういう人種はよく現れるからだ。勇者だとか、神の使いだとか名乗る人物で、大抵が異世界から来たのだというのだ。彼らは冒険者登録ができない知ると、一様に混乱する。


 冒険者ギルドはかくいう人種に対応するために、精神科病院との間で連絡網を構築したのだった。精神科病院では、彼らの妄想を治療するために、懸命な試みが行われている。


「やっぱ、異世界とかないよな……」


 精神科病院の案内を受け取った男はそう呟くと、肩を落として去って行った。


……………………


……………………


「帝竜を討ち取ったぞ!」


 ベルティルデ嬢の声は響かず、男女の騒がしい声が冒険者ギルド・ドーフェル支部に響き渡った。


「帝竜は死んだ!」

「あの忌々しいドラゴンはもういないぞ!」


 ボロボロの鎧とローブをまとった20名ほどの男女。誰もが満面の笑みで、冒険者ギルド・ドーフェル支部に入ってきた。


 帝竜。黒い鱗を持った巨大なドラゴンで、長い間このローベルニア王国を脅かしていた魔物だ。恐ろしい怪物で、翼を広げれば街ひとつがスッポリ収まるほどの巨大さを誇り、口から放たれる炎はいくつもの騎士団を焼き払った。


 都市を滅ぼし、農村を焼け野原にし、王国の全ての臣民を恐怖に陥れたドラゴン。冒険者ギルドはAAAクラスの最高脅威のクエストとして、帝竜討伐のクエストを張り出していた。


 その怪物が死んだと、彼らは告げていた。


「私たちがやってやったんだ!」

「そう! 我々がやった! 我らがホラントがトドメを刺した!」


 男女がそう言って、ひとりの男を担ぎ出した。


 熱で変形したプレートアーマーに身を包み、巨大なハルバードを握った男が仲間に連れ出され、胴上げされた。


「ああ! あのクソッタレなドラゴンの頭に、このハルバードの刃を叩き込んでやったぞ!」


 男は満面の笑みを浮かべて、仲間にされるがままに胴上げされ、狭い冒険者ギルド・ドーフェル支部の広間で喜びに叫んでいた。彼も、彼の仲間たちも喜びに満ち溢れていた。


 この20名程のパーティーは王国中を駆け巡って、黒い鱗の怪物を追い詰めた。あらゆる場所で戦い、その過程で仲間を失うこともあった。それでも彼らは諦めずに戦い続け、このドーフェルで最後の戦いに臨んだのだ。


 そして、彼らは手に持つ武器と魔術を駆使して、帝竜と戦い、そして勝利したのだ。かの悪名高いドラゴンはドーフェルで力尽き、それが討伐されたことをクエストの依頼主であるローベルニア王国政府が確認した。


 国すら脅かした魔物を倒したという栄誉。彼らの名前は歴史に記され、民衆たちは彼らの戦いを語り継ぐだろう。


「さあ! クエスト達成の通知を出そうぜ!」

「お前が行けよ、ホラント! その名誉はお前にある!」


 AAAクラスのクエストの達成。そうなれば、莫大な報酬が支払われる。ここにいる全員が、その報酬で今日の晩を祝うつもりだった。もう、彼らは帝竜の討伐に私財を投げ打って挑んでおり、報酬をもらわなければ戦勝祝いも開けない。


 帝竜にトドメを刺したというホラントという男がクエスト受注書類と依頼主からの達成通告書を手に持ち、肩で風を切って堂々と受付カウンターに向かってきた。


「やあ! 報酬を受け取りに来た!」


 ホラントがそう告げたと同時に、チャイムが鳴り響いた。


「本日の業務は終了しました」

「へ?」


 ベルティルデ嬢が指差すのに、ホラントがその先にある時計を見た。


 時刻は16時丁度。窓口業務時間は9時から16時まで。


「次回は時間に余裕を持ってお越しください。それでは」


 ベルティルデ嬢はそう言って、受付カウンターのシャッターを下ろした。警備ゴーレムの電源も落ち、鈍い音が響いて待機状態になった。


「……いや、これはないだろ」

「ど、どうするんだ? 今日の宿代もないぞ?」


 先ほどまでは浮かれていた冒険者たちは一気にどんよりとした。


「また、明日来よう……。今日は野宿だ……」


 帝竜にトドメを刺した男、ホラントがそう言い、彼らはシャッターの下りた受付カウンターから去って行った。


 16時、業務終了。


 かくて、冒険者ギルド・ドーフェル支部の業務は終わり、ベルティルデ嬢の一日も終わった。冒険者ギルドは大変クリーンな職場であり、サービス残業などという言葉はない。




 指定された書類を揃えよう。


 書類の不備に気をつけよう。


 ギルドカードは早めに更新しよう。


 時間に余裕を持って受付を訪れよう。


 以上のことを十二分に踏まえて、ロクデナシな冒険者諸君も、ロクデナシでない冒険者諸君も、冒険者ギルドの窓口を利用するように。




 全ての冒険者たちに幸あらんことを。








 こんな冒険者ギルドは嫌だ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 識字率が低く、計算能力や、スケジュール管理も普及していなそうな中世風異世界で、クエストの文字が読め、資金の管理や分け前の分配に必要な計算能力や定められた期間にクエストを達成するスケジュール…
[良い点] こんなギルドは嫌だ。だがこれこそ日本に必要な気がしなくもない。 だが嫌である。正論過ぎて浪漫先生の隙がねぇ(笑)
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