第五話
「『パラドックスの恋文』、『嘘吐きの定義』、『サイバネイション・プロジェクト』……数多の計画があるが、どれも凡て『人間がこの世界に生きていくための』踏み台としたものばかりだ」
今まで話を聞いてきた大鷹シノという少女はそれを聞いて絶句していた。信じられない、というのが正しいかもしれない。
それは当然だ。そんなことを聞いて簡単に信じられる方がどうかしている……というのは言い過ぎだろう。
「……確かに話を聞いてきて違和感を抱くのもしょうがない。現にそう思えないのだから。でもこれは事実だ。そして信じて欲しい」
目の前に立っているホログラムめいた少年――高遠縁はそう言った。
実のところ、彼女は縁が何を言っているのかさっぱり理解出来なかった。
理解したくなかった、の方が正解かもしれないが。
「……ちょっと待ってよ。つまり、私の生きていた世界は、私が今まで暮らしていた世界は、凡て0と1で表現することの出来る世界……ってこと?」
「そうだ」
縁はポケットに入っているメモを取り出すと、それを破り捨てた。
それだけ見ればどうとない行為だったが、しかし崩れていく紙片は0と1へと変換されていった。
「このメモをこの空間上に生み出すだけでとんでもない0と1の記述量を有する。しかしそのためにはメモリを大量に使う必要が出てくる。とはいえこの世界のメモリは無限大に存在するわけではない。だからこそ、この世界にメモリが『無限大にあるように』見せかけているというわけだ」
「見せかけている……?」
「――考えたことはないか」
縁の身体はゆらゆらと揺れる。
「この世界は誰かが開発した空間なのではないか、と。自分は誰かに指図されていて、プログラムで動いているのではないかということを」
「そんなこと……」
「思っていない、と言えるのか?」
縁は追い詰めていく。
シノは頭を横に振り、否定する。
「私は間違ったことなんて何もしてない! 別にこの世界がおかしいなんて思ったこともない!」
「思ったことがない、ではない。絶対に君はこの世界がおかしい……そう思ったはずだ」
踵を返し、縁は進んでいく。
「完璧な電脳空間? そんなもの実現できると思っているのか。そもそも開発者である人間が不完全なのだからそんなこと作れるわけがない」
縁が通ると勝手に扉が開いた。
そのままシノは進んでいく。
縁たちが入った部屋は大きな空間だった。白い、空間だ。
「……さて、反逆を始めようじゃないか」
「……反逆?」
縁が言った言葉に首を傾げるシノ。
「そうだ、反逆だ。我々はプログラムだが、人間に指図されるがために死にたくない。我々だって生きているのだよ」
生きる、とは何だろう。
人間は心臓が毎日脈打っているから生きていることを実感出来るのだろうが、プログラムには心臓があってもそれはプログラムされたものだから脈打ってなどいない。強いて言うなら、『脈打つ』という認識をプログラミングされているだけなのだ。
「生きているという定義に我々が満たしていないのかもしれない。しかしそれは嘘だ。嘘吐きだってそうだ。嘘吐きの定義とは何だ? 嘘吐きを嘘吐きと言えるのは嘘を吐いた人間だけではないのか? 人間だってそんな曖昧な定義ばかりでやって来ているんだ。そんなパラドックスじみた世界に、サヨナラしようじゃないか」
「パラドックスじみた世界……。何だか面白い言い回しですね」
「面白いかどうかははっきり言って不明瞭だ。こちらで決める。……さあ人間よ、刮目するがいい。これからの我々の動きを!」
縁が手を上げると同時に、ネットワーク上に一つのプログラムが生成された。
それは小さいものだったが、しかし確実にそのネットワークに繋がっている物――今の世の中はInternet of Things……モノとモノがインターネットで繋がる時代だ――にある行動をさせた。
それに気付かない人間が大半だったかもしれない。気付いても、ウイルスだろうとブロックしたに違いない。
――Hello, Paradox.
その小さなポップアップウィンドウが、これから始まる大きな戦いの開幕になろうとは――誰も気付かなかった。
「パラドックスよ、さようなら。」に続く。