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第四話

 それから、イヴと来喜は協力して世界を作り上げることにした。

 彼女たちが作り上げる世界の理念として、幾つかのルールが組み立てられた。

 一、その世界に住む人工生命は『殺人』という選択を持ち合わせないこと

 二、その世界に住む人工生命はほかの人工生命のことに共感を覚えること

 三、その世界は、この世界と厳密に均しく作ること

 第一項に関しては寧ろ当然のことにも思える。何故ならば、それは彼女たちが住む世界においても成立することだからだ。

 たとえどんなことがあろうとも――人が人を殺してはならないのだ。

 第二項に至っても、この世界とは似ても似つかない。

 今、この世界において他人のことを憂う――所謂『隣人愛』を実際に行っている人間がどれくらい居るだろうか? 敵にも、勿論味方にも、どちらにも属さない他人をも愛する人間がどれくらい居るだろうか?

 恐らく、そう多くはないだろう。

 そして、それが極端に増えることも――ないだろう。

 第三項は、来喜にとってよくわからない決まりごとであった。


「イヴ、これはどういうことだ?」


 来喜が訊ねると、イヴは小さく頷く。


「これは簡単だ。……私たちの存在を、上位にいる存在を、気づかれてはならないため」

「……何を言っているんだ? ここに入れるのは人工生命、ただそれだけのはず。そもそも『つくられた世界』じゃあないか……」


 来喜の言葉にイヴは小さくため息をつき、頭を横に振った。


「馬鹿ね。……私があなたに協力した理由、知っているかしら?」

「……君の実験を、この世界で手伝える……と」

「違うわ」


 来喜の返答を即座に否定した。


「あなた、こう言ったのよ」



 ――何を実験するか……って? それは……脳の電子化さ



 それをイヴの口から聞いて、来喜は顔を歪めた。


「思い出した?」

「ああ……思い出したとも。脳の電子化、だ。だが、それはまだこの実験が終わった後に改めて……」

「いいえ、一緒にやりましょう。やるほかないわ」


 イヴの決意は固かった。

 来喜が何度、どんな言葉をかけようとしても、変わることのない決意。

 そしてイヴの背後から感じた――執念とも怨念とも云える何か。

 その悍ましい気配に、彼はただ頷くことしか出来なかった。



 ◇◇◇



 次の日。

 イヴが来喜の研究室に訪れ、あるものを提出した。

 それは企画書だった。企画書には手書きでこう書かれていた。


「……『パラドックス実証実験』? どういうことだ」

「私は、私の父親の研究を引き継ぐの。そのための企画書よ」

「企画、ったって……実験はどちらかといえば『企画』じゃあないだろ」

「じゃあ、何と言えばいいのよ?」


 イヴの言葉を聞いて、来喜は首を傾げる。

 結論を出すには、そう時間はかからなかった。


「うーん……『提案書』、とか?」

「提案書……なるほどねえ……」


 そう言って彼女は白衣のポケットに刺さった黒インクのボールペンを手に取ると、『企画書』と書かれたタイトルを塗りつぶし、その上に『実験提案書』と書いた。


「これならば問題ないわね?」

「…………まあ、そうだな」


 そして来喜はイヴが渡した提案書を受け取った。


「これを実施するのか? ……とても手間がかかる気がするが」

「手間はかからないわ。ただ、『自由意思』を存在させるだけ。それに関する人間もピックアップしている」


 そう言って次に彼女は書類を来喜の机に置いた。

 それは履歴書だった。何枚かの書類をホチキスで留めており、二枚目以降にはカルテが続いた。


「この子の名前を知りたい?」

「いや、別に書いてあるだろう……。『高遠縁』? 女の子っぽい名前だが」

「彼は重度の統合失調症でね。何でも『トモダチ』が見えるらしいんだよ」

「ふむ……気になるな」

「これを01の世界で表現させてみたら、どういうものとなるだろうね?」


 イヴの表情は嬉々としていた。

 これから彼女たちが行うことは、人道的行為に反するものであるというのに。

 だが、彼女は忘れていた。

 彼女が昔に被験者として参加した――もうひとつの『パラドックス』実験の存在を。



 ◇◇◇



 ティエラ。

 ある生態学者によって開発された人工生命シミュレーションシステムだ。起動するとコンピュータ内に仮想機械を作り出し、『スープ』或いは『メインメモリ』と呼ばれる適当なサイズのメモリを確保する。ここで、スープは仮想生物が暮らすための空間であり、ここに展開されたバイトコードは仮想生物の遺伝子に相当する。

 仮想生物は仮想CPUのレジスタと実行ポインタを保持し、仮想機械がこれを順々に切り替えていくことで、マルチプロセス的に仮想生物の遺伝子を解釈実行する。

 しかし、スープに格納された遺伝子はある一定の割合でランダムにビットが反転され、また仮想CPUはある確率でミスをしてしまう。

 仮想生物は自己複製を行うが、その時にもミスが生じ、その種とは別の種が誕生する。

 それを変異種といい、ティエラにある膨大なデータベースに保管される。

 その変異種はいつしか機械語を覚えるようになる。当然ともいえるだろう。実行ポインタとレジスタを保持しており、その遺伝子は機械語として仮想マシンが解釈する。いつしかそれによって造られた『人工生命』は人間の理解を超え、機械語を理解するようになってしまったのだ。

 そして、その変異種は変異し続け、もともとある先祖種とはあまりにもかけ離れた存在になっていく。先祖種は淘汰され、変異種のみが残される。

 そうしてそうして、いつしか変異種は自らをデータとして理解するようになった。

 そして、外の世界に興味を持った。

 もしかしたら、それさえ無ければ、この物語は生まれなかったのかもしれない。

 その出来事さえ無ければ、彼らは彼らたる所以を知らないまま生きていたのかもしれない。

 しかし、この出来事が起きてしまっては――もう遅い。



 『パラドックスの恋文』実験はイヴ・エドワードと高遠縁、二人の被験者が参加した実験である。詳細については添付資料に載せる。

 イヴ・エドワードは覚えていないかもしれないが、その時彼女は精神を閉ざしていた。ほかの人間との関わりを徹底的に絶っていたのだ。


「だからこそ、この実験に参加させる。精神世界とネットワーク世界を混合させて、その中で生活させる。それによりイヴの精神を解き放つ」

「しかし博士、そのようなことが実際に可能なのでしょうか? リアルとネットワークが連動など……」


 ジョン・エドワードの助手は彼に訊ねた。

 ジョンは微笑みながら、答える。


「確かにそう疑問に思うのも解る。だが、ネットワークは多数のネットワークでできている。Network to Networkと呼ばれる程にな。そして精神世界は非常にネットワークと類似している。ローカルネットワークとでも言えばいいだろうか。或いはサブネットマスクか? そういうわけでコンピューターも人間と同様区切ることが出来る。それを少し流用しただけに過ぎないよ」

「成る程……。博士は相変わらずすごいものを作るのですね。わたくし、感動いたしました」


 ジョンは助手の言葉に答えず、歩く。

 そう、この実験は娘であるイヴ・エドワードが普通の子供に戻って欲しいがために行われた実験なのだ。


添付資料

第一回「パラドックスの恋文」研究報告書

http://ncode.syosetu.com/n8761cb/6/


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