第7話
ボク、リティ、そしてドワーフのエレンドさんの三人は、暗い夜の道を歩いていました。
これからエレンドさんのお店兼家に行くところでなのです。
エレンドさんは久しぶり(と言っても四日ぶりらしい)にお酒を飲んだので、ついつい遅くまで飲みふけってしまい、結果こんな時間になってしまいました。
さすがにこの時間から一時間かけて我が家まで戻るのは面倒、という事で近くにあるエレンドさんの家にお邪魔することになりました。
重戦士の装備はとても重いのですが、エレンドさんは何もつけてないような足取りで歩いています。
あれだけ飲んでたのに……。
更にこれほど装備を着込んでいると、普通は鎧の当たる音が鳴るのですが、さすがはドワーフ製品。
まるで普通の布の服を着ているかのように静かです。
ソロで潜るとどうしても隠密行動を取る必要があるらしく、なるべく静かに行動できるような造りにしたそうで。
この辺りは並みの鍛冶屋じゃ再現できないですね。
「エレンドさんのお店って、どの辺にあるの?」
「第一城壁のサウスの真ん中辺りじゃな」
「もしかしてサウス大通り沿いです?」
アークは迷宮から東西南北へと四つの大通りが伸びています。
城壁を越えるには、この大通りを使うしかありません。
このため人の行き来が多く、この通り沿いにはいくつものお店が立ち並んでいます。
「さすがに通り沿いではない。そこから一本奥に入ったところじゃよ」
「それでも近いです。もうエレンドさんの家に住もうかな」
「リリスちゃん、さすがにそれは迷惑かけすぎだよ」
第一城壁内で大通りから一本奥という事は、迷宮まで徒歩十五分程度の距離くらい。家と比べると通勤の便は雲泥の差ですよ。
「はっはっは。別にいいぞ、どうせ使ってない部屋が二つあるしの」
本当にっ!?
言ってみるものです。
これは何としてでも引っ越さなければ!
「ただし、店の奥に炉があるから夏は暑いぞ」
「ボクは氷の魔女の家系ですよ? 夏場の冷却はお任せください!」
「……炉を冷やされると困るのじゃが」
「炉そのものは冷やしませんよ。ボクとリティ、エレンドさんの部屋だけ冷却します!」
しかもボクの魔力は無尽蔵。
エコなエアコンです。
「お家賃は当然払いますから! 二人で月三万……いえ四万ギルくらいまでなら」
サウス第一城壁内でしかも大通りから一本外れた程度のところに部屋を借りるとなると、最低月八万ギルはするでしょう。
二人で住めるような大きさの部屋だと十万ギルは行くかも知れません。
それを四万はさすがに無茶ですが、ボクたち二人が出せる限界がこのライン。
ちなみに今住んでいる部屋は、月二万五千ギルという破格の値段です。
これも第二城壁の端っこだからこそ。
「飯を作ってくれるのであれば、金はいらんぞ」
なんていい人!
料理なら今でも作っているし、二人分も三人分も作る手間ひまは変わりません。
「迷宮に潜った日以外であれば、毎日作りますよ!」
「迷宮へ行ったときまで作れとは言わんよ。ただし家具は無いから自分で調達してくるのじゃぞ? それに掃除も全くしておらんからの」
「それくらい当然やります!」
と、ボクがノリノリに答えていると、リティがおずおずと口を挟んできました。
「あ、あの。本当にいいのですか?」
「かまわん。使われていない部屋がもったいないしの。それに店は元々わしの爺さんが建てたものじゃ。わしもタダで住んでおるしの」
あれ。エレンドさんって一人暮らしと思ったんだけど、お爺さんと一緒に暮らしているのかな。
「お爺さんと一緒に住んでいるのです?」
「既に引退してベーマルドの実家にいるぞ。爺さんが引退する時にわしが継いだのじゃよ」
「エレンドさんのお父さんは継がなかったんですか?」
「親父は鍛冶より細工のほうが好きでの。シーレアス公国で店をやっとる」
げっ、シーレアス公国か。
あの国とは度々小競り合い程度だけど、うちの国と戦っているんだよね。
だから苦手。
そんな事を色々と話しながら歩いていると、エレンドさんの足が止まりました。
「ついたぞ」
「ここですか!」
「おおきいー」
個人の店舗としてはかなり大きい。三階建てで、一階が店舗になっている感じです。
エレンドさんが鍵を開けて入っていくのについていき、ボクとリティも中へと入りました。
壁につけられているランプに火を灯すと、薄暗く店内を照らしました。
あれ、外からの広さと店内の広さが合ってない。
少し狭いですね。カウンターが結構手前まで来ているので、奥のスペースをかなり広く取っているのですね。
棚には、ランプの光に照らされた武具たちが数点置いてあります。
どうやらここにあるのはサンプルで、人に合わせてカスタマイズを行うのかな。
つまり、全部オーダーメイドかセミオーダー。
これは高くなります。
エレンドさん、商売下手だなぁ。
「そこから奥へ入ったところに階段がある。二階が台所とわしの部屋で、三階の二部屋がお主ら用じゃ。ベッドはないから、そこにある毛布を持って適当に寝てくれ。水浴びしたかったら、二階にあるから勝手に使ってくれてかまわん。トイレは三階じゃ」
「はい! ありがとうございます!」
店内の奥はランプの光が届かないほど広がっています。
銀狐族のリティやドワーフのエレンドさんは夜目が利くからいいけど、人間のボクには見えないくらい暗い。
仕方ないなぁ。
<普く照らす魂、輝く明星、闇を払う光、一筋の光明となれ、灯火の光!>
ボクが呪文を唱えると、杖の先端が明るく輝きました。
一応氷系の魔法以外も、簡単なものなら使えるんだからね!
「光の魔法も使えるのじゃな」
「基礎的な魔法なら大抵使えるよ! うちの母様は教育ママだったからね」
「教育ママとはなんぞや?」
「勉強ばかりやらせてくる母様の事」
だから体力不足なんだよね。
しかも魔法は使えても、魔法の仕組みがいまいち分からないから、自分で魔法研究するような知識もないのです。
がっかりすぎるよ。
「リリスちゃんのお母様って怖かったしね」
「リティには甘かったよね」
「そうかな?」
「うんうん」
「思い出話は後にして、そろそろ寝るぞ」
「「はーい」」
何だかエレンドさんってお父さんみたいです。
ちゃんと干してあるのか意外とふかふかの毛布を持って、三階へとあがりました。
廊下を挟んで二つの部屋があります。
あ、でも廊下は奥で左へと曲がっている。あっちがトイレかな。
ちなみにアークは下水が完備されています。
あまりに汚いと、ダスト系の魔物が寄ってくるからだとか。
「別々に寝ることないし、今夜は一緒に寝ようか。その前に簡単な掃除くらいはしないとね」
「そうだね。リリスちゃんって風の魔法使えたよね? 取りあえず窓を開けて埃を吹き飛ばせばいいよね」
「うん、わかった」
そしてボクたちは掃除をした後、深い眠りにつきました。
おやすみなさい。