第5話
目を塞いでその時を待っていたけど、聞こえてきたのは犬の悲鳴っぽい声と、何かが壁にぶつかって弾かれたような音でした。
おそるおそる目を開けると、サーベルウルフの一匹が頭を光の矢で撃ちぬかれて転がっているのと、ボクのすぐ前に鉄の塊がいました。
残りの二頭は、その鉄の塊に弾かれたみたいです。
サーベルウルフたちがこちらを警戒しつつ、唸り声をあげてます。
鉄の塊と思っていたけど、これは重戦士?
重戦士とはその名の通り、硬い鎧や大きな盾を持って仲間を守るパーティの盾です。
生半可な攻撃は全て弾き返し、時には魔法ですら防ぐ要となる職業。
でもこの重戦士はかなり身長が低い。
ボクよりも小さいって子供か何かかな?
「ばかぁ! 一人で無茶なことしないでよっ!」
思案していると後ろからリティの叫び声と、頭を叩かれる衝撃がきました。
いたい。
「だって……リティを助けるにはこれしかなかったの!」
「そんな事望んでないっ! 私が生き残ってもリリスちゃんが死んじゃったら意味がないの!」
「ボクだって同じだよ!」
「じゃあなんで一人でそんなまねをしたのよっ! やるなら二人一緒にでしょ!」
「あのままだと二人とも死んじゃうじゃない!」
そう言い合っていると、重戦士がボクたちよりも大きな声で怒鳴りつけてきました。
「お前さんら、遊んどらんと攻撃するのじゃ!」
「は、はいっ!」
「あうっ」
そうでした。
まだボクたちの前にはサーベルウルフが十頭近く、そしてジャイアントフロッグが二匹いるのでした。
でも前衛がいるなら、大技が使える!
<凍える魂、戒めの蔦、霜夜の大地>
両手を突き出し杖を掲げて呪文を唱えると、リティがボクの横に並んで弩に魔力をチャージしていきます。
一瞬で淡い金色の魔力が輝く光の矢へと変化していくのと同時に、ボクの周囲に文字が現れ、渦巻いていきます。
<零度の伝播となりて我が敵を封じよ凍らせよ>
重戦士の持つ大きなハルバードが一閃し、近寄ってこようとしていたサーベルウルフたちを牽制しました。
同時にリティの矢が放たれ、後ろにいたジャイアントフロッグの大きな腹に突き刺さります。
緑色の気色の悪い液体を流して倒れていくカエルたち。
そして普段より少し長い詠唱をかけたボクの呪文が完成しました。
<伝えよ凍土の戒め、氷の蔦!>
突き出した杖の先端を、石の床にトンっと置きました。
と同時に杖の先端から何本もの氷の蔦が生まれ、床を這って稲妻状に敵へと襲い掛かります。
床だけでなく、左右の壁、天井までも侵食していく蔦。
その蔦に捕らわれた魔物がみるみると凍りついていきます。
「ほほぉ、見事な呪文じゃな」
重戦士がボクの魔法を見て感心したように呟きます。
そしてわずか数秒後には、目の前に居た魔物全てが凍りつき、身動きできない状態になりました。
普通の動物であれば全身凍らせてしまえばそれで死んでしまいますが、相手は魔物。
強靭な生命力で、凍らせたとしてもなかなか死んでくれません。
なので、トドメが必要になります。
「リティ!」
「うん!」
リティがボクの合図で次々と矢を放ち、凍った魔物を的確に射殺していきます。
重戦士も動けない敵をハルバードの一撃で粉砕しました。
そして最後の魔物がリティの矢によって絶命し、戦闘の終わりを告げました。
「ふぅ~」
一息ついたボクはそのまま床へと座り込んでしまいました。
何せさっきまで全力疾走を続けて、更に大技の魔法も使ったしね。
「なんとか勝てたね」
リティもボクの隣にペタンと座ってきました。
二人とも疲れきっているのに、なぜか笑顔。
互いに顔を合わせて笑ってしまいました。
「もう大丈夫じゃの」
そんなボクたちの前に、振り返った重戦士が顔を覗かせました。
深い皺に立派な髭が生えている男性、ドワーフです。
なるほど、ドワーフの重戦士か。であれば身長が小さいのも、そしてあの大きなハルバードを片手で軽々と振り回すのもわかります。
というか、お礼言わなきゃ!
「危ないところをありがとうございました!」
慌てて立ち上がってお辞儀をしました。
「なに、わしは大したことしとらんよ。お前さんの前に立って少々武器を振り回しただけじゃ。とどめを刺したのはお前さんの魔法じゃよ」
「あなたが居なければボクは魔法を使う暇もなく、食べられていましたよ」
「冒険者は助け合いじゃ。わしが危ないところを見つけたら、次はわしを助けてくれれば良い」
がははと笑うドワーフです。
実際ボクたち二人じゃ到底勝ち目が無かったです。でも前衛が一人加わるだけで、この差。
やはり欲しいですね。
このドワーフの重戦士を勧誘してみようかな。
「あ、ボクの名前はリリス=ラスティーナ、E+ランクの魔法使いです」
「私はリティ=シルバーフェストと申します。リリスちゃんと同じE+ランクの魔弓士です」
「ラスティーナ? どこかで聞いた覚えがある名じゃな。それに魔弓士とは珍しいの。わしもそこそこ長く冒険者をやっとるが、初めてみたぞい」
うちの家名ってそこまで有名だったかな?
「それよりあなたのお名前は?」
「わしはエレンド、C+の見ての通り重戦士じゃ。それよりE+ランクが十階層に来るなんて無謀ではないかの?」
「はい、その通りです」
確かにボクたちは調子に乗りすぎていました。
ここはアークの迷宮、冒険者が命を落すなんて珍しくないところです。
つい十階層のオーガを何度も倒していたから、侮っていたのは事実。
「勇気と無謀を履き違えるのはいただけないぞ」
「おっしゃるとおりです」
「まあ、次回からはもっと低階層で頑張るのじゃな」
よし、ここです!
「ところでエレンドさん」
「ん?」
「他にパーティを組んでいらっしゃらないんですか?」
「わしはソロじゃ」
「ではお願いがあります。ボクたちとパーティを組んでくれませんか?」
そうボクがお願いすると、ドワーフのエレンドさんは渋い表情になりました。
確かにこのドワーフの重戦士であれば、ソロで十階層よりも下へいけるだけの実力があると思う。
でも十階層から下は、魔法を使ったり特殊攻撃をしてくる魔物が増えてきます。
重戦士は硬いけど攻撃力が低い職業。
後衛が居たほうが戦いは楽になるはず。
「うーむ、確かに先ほどの魔法を見る限り、十階層より下に潜っても十分通用する力はあるが」
「お願いします! ボクたちに力を貸してください!」
「私もお願いします!」
二人してエレンドさんに頭を下げますが、彼は渋い表情のまま。
「お前さんら二人とも魔法が使えるよの。ならば、わしでなくとも他にいくらでも組んでくれる奴がいると思うがの」
「はい、でもボクはあなたが良いのです」
「なぜじゃ? そりゃわしも男じゃ。女子と組むほうが嬉しいが」
「ボクの目的は、ここの迷宮の最下層へ行くこと。その目的にエレンドさんなら力を貸してくれると直感したからです」
そうボクが言うと、エレンドさんはいきなり高笑いをしはじめました。
え? 何か変なこと言った?!
「はっはっは、今時駆け出しではない冒険者が最下層へ行くのを目的とするものがいるとはの」
お金を稼ぐ、ある程度の名声を得る、だけであれば別に最下層へ行かなくてもSランクまで上がれば十分目的は達成できます。
そしてこの三百年間、未だ誰一人として最下層に到達した人はいません。
駆け出しの頃は誰しも一度は自分こそ最下層へ! と夢を見ますが、実際に迷宮へ潜ってそれが如何に大変な事なのか分かると、さっさと諦めるのが普通です。
でもボクは男に戻る為に、どうしても最下層へ、リッチロードに会いたい。
「ふむ、気に入った! ならばわしの大好物を奢ってくれれば、パーティを組んでやろう」
そんなボクの顔を見たエレンドさんは、さっきまでの渋い表情から一転して破顔しました。
でも大好物ってなんだろう?
ドワーフだから鉄とか鍛冶に使う何かかな?
「大好物とは?」
「知らんのか? ドワーフは酒が大好物なんじゃよ」
こうしてボクたち二人のパーティに、ドワーフの重戦士エレンドさんが加わってくれました。