第16話
ザシュ!
ララさんの持つミスリルの細剣が、ゴブリンを紙のように易々と切り裂き、一瞬で細切れ肉状態へと変えます。
その剣筋は目で追うのもやっとの速度。
彼女が、ひゅん、と細剣を一振りすると、剣についていたゴブリンの緑色の血が飛んでいきました。
ミスリルの武器は、魔力を武器へと伝えることにより切れ味が数段アップします。
そして魔力を籠めれば籠めるほど、切れ味も威力も格段に上がっていきます。
人間であれば、あっという間に魔力切れを起こすだろうけど、そこはハイエルフのララさんです。
人間に比べて膨大な魔力を持っているメリットを生かして、次々とゴブリンたちを切り刻んでいきました。
ゴブリンの構えた古い錆びた剣ごと、切っちゃってるし。
正直、ボクたちの出番が全くありません。
念のためにエレンドさんがララさんの後方に控えていますが、それは杞憂に終わりそうな勢い。
「ねぇリティ」
「どうしたの?」
ボクは背後を警戒しているリティに声をかけました。
たまに後ろから襲ってくる魔物もいるしね。
「ボク後ろで踊ってていいかな?」
目指せ歌って踊れる魔法使い。
「一応魔法の準備はしておこうよ」
そうリティは言うものの、このペースだと呪文を唱え終わる前に、ララさんが全て片付けてしまいそう。
最初はあがり症で、よく何も無いところで転んでいたのにな。
それが半年でここまで化けるなんて、あれが才能という奴だね。
ララさんがボクたちのパーティーに加わってから半年が過ぎました。
その間パーティーの連携練習とララさんのランクアップの為に、五階のアンデッドフロアにほぼ毎日通い詰めでした。
その甲斐もあってララさんもE-ランクまで上がり、そろそろ本格的に下の階層へ潜ることになったのだけど、でもまずは十階層です。
エレンドさんがC+ランク、ボクとリティがE+ランク、ララさんがE-ランクだからね。
ランク的に言えば、五階層から十階層が目安になります。
ちなみにこのランク、決して低いランクの人は弱い、という訳ではありません。
どんなに強い人でも、最初はF-ランクからスタートします。
ランクは強さを測る物差しというよりも、ギルドへの貢献度と言った方が正解。
でも貢献度が大きい、ということはそれだけ深層階にいる魔物を倒してその素材を集めている事になるから、結果的にはランクの高い人は強い、という事になるけど。
そして今のあのララさん。
どう見ても強さがE-ランクには見合っていない。
武器の性能が良い、というのも理由の一つだろうけど、彼女一人でも十階層へ行けるくらいの強さです。
まあボクとリティもEランクで十階層まで潜っていたしね。
そして今日は、いよいよ十階層のボス、オーガを倒しにいく最中なのです。
ララさんが最後のゴブリンを切り捨てて、戦闘は終わりました。
完全勝利です。
七階層のここまで、傷らしい傷を全く受けていない彼女はまさに無双状態。
そんなララさんが勢い良くボクのほうへとすっ飛んで来ました。
「こ、こわかったぁぁぁぁぁぁぁ!」
そう叫びつつ、ミスリルの鎧を着込んだままボクを抱きしめてきました。
痛いって……。
「怖いって、ゴブリンを肉塊にしてたじゃないですか」
「あれは必死だったのっ!」
彼女のあがり症もボクたち相手なら克服できたのですが、その結果なぜか異様に懐かれてしまいました。
毎回戦闘が終わるたびにコレである。
ハイエルフって気高い種族と聞き及んでいるんだけど、そのプライドはどこ行った。
「はいはい、ララさんならきっとオーガも真っ二つですよ」
「オーガなんて怖いのいやぁぁぁぁ。リリスさんも一緒に前に出てほしい!」
「ボクを殺す気ですか!」
魔法使いを前面に出さないでください。
……数ヶ月前まで前面に出ていたけどさ。
「その辺にして、次へ行くのじゃ」
「リリスさぁぁぁん」
エレンドさんがララさんの首根っこを掴むと、そのままずるずると引きずっていきます。もはや手馴れたものです。
必死で手をボクのほうへと伸ばすものの、腕力でドワーフに勝てる訳がありません。
「後ろからしっかり見ていますから、頑張って戦ってください」
「あうぅぅぅぅぅ」
ドワーフに引きずられながら、うっすら涙目で叫ぶハイエルフ。
あれさえなければ、凄腕の魔法剣士なんだけどな。
「ふふっ、リリスちゃんモテモテだね。ちょっと嫉妬しちゃうな」
リティがボクの肩を軽く叩いてきました。
「嬉しいような悲しいような複雑な気分だよ」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「さて、ボスじゃな」
「うん、ララさんは初めてだよね」
「こわいですぅぅぅ」
だから鎧を着たまま抱きつかないように。
かといって鎧がなくても、ハイエルフのララさんはスレンダーなお身体なので、抱きしめられてもあまり嬉しくはないんだけどね。
「戦略じゃが、まず部屋に入ったらわしがオーガを足止めする。その間にお前さんらで取り巻きのゴブリンどもを片付けるのじゃ」
重戦士が一番強い敵を引き受けている間に、雑魚を倒す。
一番無難な戦い方です。
いぶし銀なエレンドさんらしいやり方ですね。
でも、彼一人で大丈夫かな。
「氷の盾、いります?」
そう提案するも、その呪文の名を聞いたエレンドさんは一瞬身震いをしたあと、拒否されました。
「……その魔法はいい思い出がないのじゃ」
まだ氷の嵐の影響を引き摺っているらしい。
「わしはソロで何度もオーガを倒しているからの。大丈夫じゃよ」
そういえば、エレンドさんはソロで十階層より下に潜っていたんでしたっけ。
そういやここに来るまで、ボク一回も呪文を唱えていない。リティも一発も弩を撃っていないし。
……ボクら要らない子?
「エレンドさんが最初に部屋に入る。五秒後くらいにララちゃんが入って、その後に私とリリスちゃんが入る。これでいいかな?」
「うむ」
「はい」
「あうぅぅ~、あたし一番最後がいい」
「前衛が前に出ないでどうするっ!」
「はぅっ?!」
ボクの突っ込みのチョップがララさんの頭に炸裂しました。
いざとなったら、部屋の中に蹴り飛ばしてやろう。
入る順番通りに隊列を組んだ後、エレンドさんが声をかけました。
「準備はいいかの?」
約一名を除き、頷く。
「では入るとするかの」
そしてエレンドさんがボス部屋の扉を開けました。
さあ、ボス戦です!